【完結】誰に抱かれてもあなたへの愛は揺らがない

かじや みの

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序の舞

江戸の花

 冷や汗が流れた。
「おばさま?・・・」
 周りを見回しても、人、人、人・・・。

 今日はお祭り?
 ちょうど桜が見頃になっていた。

 この世の人間を全部ここに集めたのかと思いたくなる人混みに、ゆきはめまいがした。
 お花見どころではない。

 すぐそばにいたはずの叔母の姿が見えなくなってしまったのだ。

 ゆきの、か細い声は、すぐにかき消されて、体は人の波に飲み込まれた。

 探したいのに、流されるだけで、元いた場所からどんどん離れていってしまう。
 この人々の中から特定の一人を探し出すのは、至難の業だ。

 今、自分がどこにいるかさえもわからなくなる。

「江戸見物でもしようか」
 と言った叔母の言葉に嬉々として頷いたのが運の尽きだ。

 ゆきはきょろきょろと人の顔を見ながら、流されるままに歩いていたが、恐ろしくなって、道の端に少しずつ寄っていき、桜の幹につかまるようにして立ち止まった。
 歩くのさえ辛くなった。

 ほっと息をつき、桜を見あげる。

(どうしよう・・・)

 叔母も、同じように流されて行ってしまったのだろうか。
 でも、叔母はもう江戸の人だ。
 この人混みには慣れているだろう。

 鈍臭いゆきを、探しているに違いない。

「綺麗・・・」
 今、ゆきの視界には、桜の花しかない。
 わずかな風にも、花びらが枝を離れてひらひらと舞う。

 ふわりと腕を上げ、花びらを追う。
 口が勝手に三味線の音色を即興でつむぎ始めた。

 愛しい枝を、風の横恋慕で引き離された花びらが、風にのって舞う。


 ーーいやよ、邪魔しないで。
 私が愛しているのは、あなたではないわ。
 帰して。
 連れて行かないで・・・。


 ゆきの口ずさむ節も舞も即興である。

 体が勝手に踊りだす。
 ほとんど無意識的に体が動いてしまうのだ。
 道に人がたくさんいることさえ忘れて、没頭した。

 周りが見えなくなってしまう。

 川のように流れていた人々が、ゆきの舞に目を止め、足を止め、輪ができていくのに気がつくまでに、どれほどの刻がかかったのか。

「え?」

 ゆきの手が止まった。

 突然に拍手が聞こえ、銭を投げる人までいた。
「いいぞ。ねえちゃん!」
 などという声も飛んだ。

「なに?」

 周りにできた輪を、目を見張って眺めていたゆきは、みるみる赤くなって、思わず手で顔を覆った。

 やってしまった。

 つい、桜の美しさに見惚れ、体が動いてしまった。
 叔母を探すどころではなくなった。

「ごめんなさい!」

 叫ぶように頭を下げると、人の輪をかき分けるようにして、その場を離れる。
 顔から火が吹き出そうに恥ずかしかった。

 方角も構わずに、とにかく走った。

 この場所から離れなきゃ。

 人が多い中を走るのは難しい。
 だけど、ぶつかりながらも、走って行けるのは、江戸の人々が、うまくゆきを避けてくれるからだ。

「ちょっと待ちなさい!」
 誰か知らない男の人が追いかけてきた。
「話がある。止まってくれ!」
 お店の主人のような、いきな格好をした人が追いかけてきた。
 しかも、一人ではない。
 恐怖に駆られて、ゆきは足が止められなかった。
 下り坂ということもあって、転がり出した玉のように、止まらなくなった。

 そして、間の悪いことに、ゆきの行手に立ちはだかる人がいた。
 武士だ。
 一目でそれとわかる役人の姿で立っていた。
「旦那、その子を捕まえてください!」
 と後ろで叫んでいる。

 私、何か悪いことでもしたのだろうか。
 どいて!

 泣きそうになりながら心の中で叫んだ。
 脇をすり抜ける余裕がない。

「ん? なんだ? スリか?」

 ゆきを避ける気はないようだった。
「ごめんなさい!」
 そう悲鳴のように叫ぶことしかできなかった。

 どんっ!!

 坂を転がる勢いのままに、ゆきはぶつかっていった。

 おそらく、受け止めようとしてくれたのだろうが、勢いがつきすぎ、役人を突き飛ばすように押し倒していた。
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