1 / 47
序の舞
江戸の花
冷や汗が流れた。
「おばさま?・・・」
周りを見回しても、人、人、人・・・。
今日はお祭り?
ちょうど桜が見頃になっていた。
この世の人間を全部ここに集めたのかと思いたくなる人混みに、ゆきはめまいがした。
お花見どころではない。
すぐそばにいたはずの叔母の姿が見えなくなってしまったのだ。
ゆきの、か細い声は、すぐにかき消されて、体は人の波に飲み込まれた。
探したいのに、流されるだけで、元いた場所からどんどん離れていってしまう。
この人々の中から特定の一人を探し出すのは、至難の業だ。
今、自分がどこにいるかさえもわからなくなる。
「江戸見物でもしようか」
と言った叔母の言葉に嬉々として頷いたのが運の尽きだ。
ゆきはきょろきょろと人の顔を見ながら、流されるままに歩いていたが、恐ろしくなって、道の端に少しずつ寄っていき、桜の幹につかまるようにして立ち止まった。
歩くのさえ辛くなった。
ほっと息をつき、桜を見あげる。
(どうしよう・・・)
叔母も、同じように流されて行ってしまったのだろうか。
でも、叔母はもう江戸の人だ。
この人混みには慣れているだろう。
鈍臭いゆきを、探しているに違いない。
「綺麗・・・」
今、ゆきの視界には、桜の花しかない。
わずかな風にも、花びらが枝を離れてひらひらと舞う。
ふわりと腕を上げ、花びらを追う。
口が勝手に三味線の音色を即興でつむぎ始めた。
愛しい枝を、風の横恋慕で引き離された花びらが、風にのって舞う。
ーーいやよ、邪魔しないで。
私が愛しているのは、あなたではないわ。
帰して。
連れて行かないで・・・。
ゆきの口ずさむ節も舞も即興である。
体が勝手に踊りだす。
ほとんど無意識的に体が動いてしまうのだ。
道に人がたくさんいることさえ忘れて、没頭した。
周りが見えなくなってしまう。
川のように流れていた人々が、ゆきの舞に目を止め、足を止め、輪ができていくのに気がつくまでに、どれほどの刻がかかったのか。
「え?」
ゆきの手が止まった。
突然に拍手が聞こえ、銭を投げる人までいた。
「いいぞ。ねえちゃん!」
などという声も飛んだ。
「なに?」
周りにできた輪を、目を見張って眺めていたゆきは、みるみる赤くなって、思わず手で顔を覆った。
やってしまった。
つい、桜の美しさに見惚れ、体が動いてしまった。
叔母を探すどころではなくなった。
「ごめんなさい!」
叫ぶように頭を下げると、人の輪をかき分けるようにして、その場を離れる。
顔から火が吹き出そうに恥ずかしかった。
方角も構わずに、とにかく走った。
この場所から離れなきゃ。
人が多い中を走るのは難しい。
だけど、ぶつかりながらも、走って行けるのは、江戸の人々が、うまくゆきを避けてくれるからだ。
「ちょっと待ちなさい!」
誰か知らない男の人が追いかけてきた。
「話がある。止まってくれ!」
お店の主人のような、いきな格好をした人が追いかけてきた。
しかも、一人ではない。
恐怖に駆られて、ゆきは足が止められなかった。
下り坂ということもあって、転がり出した玉のように、止まらなくなった。
そして、間の悪いことに、ゆきの行手に立ちはだかる人がいた。
武士だ。
一目でそれとわかる役人の姿で立っていた。
「旦那、その子を捕まえてください!」
と後ろで叫んでいる。
私、何か悪いことでもしたのだろうか。
どいて!
泣きそうになりながら心の中で叫んだ。
脇をすり抜ける余裕がない。
「ん? なんだ? スリか?」
ゆきを避ける気はないようだった。
「ごめんなさい!」
そう悲鳴のように叫ぶことしかできなかった。
どんっ!!
坂を転がる勢いのままに、ゆきはぶつかっていった。
おそらく、受け止めようとしてくれたのだろうが、勢いがつきすぎ、役人を突き飛ばすように押し倒していた。
「おばさま?・・・」
周りを見回しても、人、人、人・・・。
今日はお祭り?
ちょうど桜が見頃になっていた。
この世の人間を全部ここに集めたのかと思いたくなる人混みに、ゆきはめまいがした。
お花見どころではない。
すぐそばにいたはずの叔母の姿が見えなくなってしまったのだ。
ゆきの、か細い声は、すぐにかき消されて、体は人の波に飲み込まれた。
探したいのに、流されるだけで、元いた場所からどんどん離れていってしまう。
この人々の中から特定の一人を探し出すのは、至難の業だ。
今、自分がどこにいるかさえもわからなくなる。
「江戸見物でもしようか」
と言った叔母の言葉に嬉々として頷いたのが運の尽きだ。
ゆきはきょろきょろと人の顔を見ながら、流されるままに歩いていたが、恐ろしくなって、道の端に少しずつ寄っていき、桜の幹につかまるようにして立ち止まった。
歩くのさえ辛くなった。
ほっと息をつき、桜を見あげる。
(どうしよう・・・)
叔母も、同じように流されて行ってしまったのだろうか。
でも、叔母はもう江戸の人だ。
この人混みには慣れているだろう。
鈍臭いゆきを、探しているに違いない。
「綺麗・・・」
今、ゆきの視界には、桜の花しかない。
わずかな風にも、花びらが枝を離れてひらひらと舞う。
ふわりと腕を上げ、花びらを追う。
口が勝手に三味線の音色を即興でつむぎ始めた。
愛しい枝を、風の横恋慕で引き離された花びらが、風にのって舞う。
ーーいやよ、邪魔しないで。
私が愛しているのは、あなたではないわ。
帰して。
連れて行かないで・・・。
ゆきの口ずさむ節も舞も即興である。
体が勝手に踊りだす。
ほとんど無意識的に体が動いてしまうのだ。
道に人がたくさんいることさえ忘れて、没頭した。
周りが見えなくなってしまう。
川のように流れていた人々が、ゆきの舞に目を止め、足を止め、輪ができていくのに気がつくまでに、どれほどの刻がかかったのか。
「え?」
ゆきの手が止まった。
突然に拍手が聞こえ、銭を投げる人までいた。
「いいぞ。ねえちゃん!」
などという声も飛んだ。
「なに?」
周りにできた輪を、目を見張って眺めていたゆきは、みるみる赤くなって、思わず手で顔を覆った。
やってしまった。
つい、桜の美しさに見惚れ、体が動いてしまった。
叔母を探すどころではなくなった。
「ごめんなさい!」
叫ぶように頭を下げると、人の輪をかき分けるようにして、その場を離れる。
顔から火が吹き出そうに恥ずかしかった。
方角も構わずに、とにかく走った。
この場所から離れなきゃ。
人が多い中を走るのは難しい。
だけど、ぶつかりながらも、走って行けるのは、江戸の人々が、うまくゆきを避けてくれるからだ。
「ちょっと待ちなさい!」
誰か知らない男の人が追いかけてきた。
「話がある。止まってくれ!」
お店の主人のような、いきな格好をした人が追いかけてきた。
しかも、一人ではない。
恐怖に駆られて、ゆきは足が止められなかった。
下り坂ということもあって、転がり出した玉のように、止まらなくなった。
そして、間の悪いことに、ゆきの行手に立ちはだかる人がいた。
武士だ。
一目でそれとわかる役人の姿で立っていた。
「旦那、その子を捕まえてください!」
と後ろで叫んでいる。
私、何か悪いことでもしたのだろうか。
どいて!
泣きそうになりながら心の中で叫んだ。
脇をすり抜ける余裕がない。
「ん? なんだ? スリか?」
ゆきを避ける気はないようだった。
「ごめんなさい!」
そう悲鳴のように叫ぶことしかできなかった。
どんっ!!
坂を転がる勢いのままに、ゆきはぶつかっていった。
おそらく、受け止めようとしてくれたのだろうが、勢いがつきすぎ、役人を突き飛ばすように押し倒していた。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。