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恋の舞
同心の妹
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「夜遅くに呼び出すなんて、何かあると思ったけど、いったいどういうことなのよ。説明して」
片桐家に戻って、遅くなった夕餉をとったあと、平助を呼びに行かせたのは、和馬の妹の紗江だった。
紗江は、同じ同心の加納家に嫁いでいる。
眉を吊り上げて怒っていた。
それは、ゆきを見たからだ。
しかも、くじいた足に布を巻いているのが、和馬だったからかもしれない。
「どこのあばずれ女を拾ってきたのよ。どうかしてるわ」
「紗江さま、落ち着いて」
平助がなだめている。
「平助、あなたがついていながら、このざまは何なの。信じられない」
「話を聞け、紗江」
「堅物で通った兄上をここまで落とすのは、あっぱれだとは思うけど、片桐家の女中になろうというのなら、私の許しが必要よ」
「だと思って呼んだんじゃないか」
紗江が、ゆきの前にいる和馬をどかし、きちんと正座をした。
ゆきは顔が上げられなかった。
怒るのも無理はない。
あばずれなのも嘘じゃない。追い出されても文句は言えなかった。
和馬の家族に許してもらわなければ、ここにはいられないのだ。
最初の難関である。
「顔を上げなさい」
「はい」
ゆきは、顔を上げたが、目は紗江を見ずに落とした。
右足は横に投げ出してはいるが、両手は畳についている。
「まあ、見た感じは思ったよりもおとなしめね。芸者の子だというから、もっと派手で気取っているのかと思ったわ」
「尾張で武家奉公をしていたそうだ」
「そう。行儀作法はよさそうね」
荒かった語気が落ち着いたようだ。
口ごたえせず、おとなしくしているのが、印象を変えたらしかった。
「いい子なんですよ。いない間に掃除をしてくれたし、錆びついた鍋で夕餉を作ってくれようとしたり」
平助が口添えしてくれている。
「そう。男どもの評判もいい、と。兄上も?」
と、横目で和馬を見た。
「あ、ああ。ずっといるわけじゃない。一緒に江戸に来た叔母とはぐれて、見つからず、そんな話になったんだ」
「見つからない? 同心と岡っ引きの手にかかっても見つからなかったの? なんてお粗末」
ふっと息をついて、首を振った。
「面目ない」
平助が額を叩く。
「それでは仕方がないわね」
紗江は天井を仰いだ。
「私が、迷子になったのが悪いのです。親分さんのせいではありません」
「庇うことないわ。見つけられなかったのは、事実なんだから」
「厳しいーっ」
平助が打たれた真似をしてひっくり返った。
「恐れ入りやの鬼子母神!」
ばかね、と紗江が笑うと、ゆきもつられて笑った。
「おゆきさんと言ったかしら」
「はい」
「これだけは言っておくわ。その行方不明の叔母さんが見つかるか、兄上がお嫁さんをもらうときには、この家を出ていってもらいます。それまでは女中として働くのを認めましょう。ただし、くれぐれも、妙な気は起こさないで」
「妙な気って・・・」
つぶやいたのは和馬だ。
「それは兄上もです。そりゃあ、男と女だから、間違いはあるでしょう。私が言いたいのは、そうなったとしても、片桐の嫁になろうなどとは思わないこと。わかるわね」
「もちろんです」
ゆきは、頭を下げた。
「なんか、間違いがある前提だな・・・」
和馬が苦笑している。
「兄上は甘いわ。そこまで考えておいた方がいいのよ。女は、情を通じると、つけあがるから」
断定した。
分をわきまえろということだろう。
「ま、お大身でもないのだから、気楽にやってもらえばいいけど」
「お許しいただき、ありがとうございます。お言葉、肝にめいじます」
「まあ、しっかりしているのね」
厳しいように思えるが、紗江の言うことに、嘘はない。
まっすぐで裏表のないところが、和馬に似ていると思った。
「事情はわかったわ。疲れたでしょうから、今日は休みましょう。詳しいことは、また明日話しましょう」
もう立ち上がっている。
「じゃあ、あっしも、紗江さまを送りがてら、おいとまを」
平助も立ち上がった。
嵐が過ぎ去ったように、静かになり、和馬とゆきだけが残された。
片桐家に戻って、遅くなった夕餉をとったあと、平助を呼びに行かせたのは、和馬の妹の紗江だった。
紗江は、同じ同心の加納家に嫁いでいる。
眉を吊り上げて怒っていた。
それは、ゆきを見たからだ。
しかも、くじいた足に布を巻いているのが、和馬だったからかもしれない。
「どこのあばずれ女を拾ってきたのよ。どうかしてるわ」
「紗江さま、落ち着いて」
平助がなだめている。
「平助、あなたがついていながら、このざまは何なの。信じられない」
「話を聞け、紗江」
「堅物で通った兄上をここまで落とすのは、あっぱれだとは思うけど、片桐家の女中になろうというのなら、私の許しが必要よ」
「だと思って呼んだんじゃないか」
紗江が、ゆきの前にいる和馬をどかし、きちんと正座をした。
ゆきは顔が上げられなかった。
怒るのも無理はない。
あばずれなのも嘘じゃない。追い出されても文句は言えなかった。
和馬の家族に許してもらわなければ、ここにはいられないのだ。
最初の難関である。
「顔を上げなさい」
「はい」
ゆきは、顔を上げたが、目は紗江を見ずに落とした。
右足は横に投げ出してはいるが、両手は畳についている。
「まあ、見た感じは思ったよりもおとなしめね。芸者の子だというから、もっと派手で気取っているのかと思ったわ」
「尾張で武家奉公をしていたそうだ」
「そう。行儀作法はよさそうね」
荒かった語気が落ち着いたようだ。
口ごたえせず、おとなしくしているのが、印象を変えたらしかった。
「いい子なんですよ。いない間に掃除をしてくれたし、錆びついた鍋で夕餉を作ってくれようとしたり」
平助が口添えしてくれている。
「そう。男どもの評判もいい、と。兄上も?」
と、横目で和馬を見た。
「あ、ああ。ずっといるわけじゃない。一緒に江戸に来た叔母とはぐれて、見つからず、そんな話になったんだ」
「見つからない? 同心と岡っ引きの手にかかっても見つからなかったの? なんてお粗末」
ふっと息をついて、首を振った。
「面目ない」
平助が額を叩く。
「それでは仕方がないわね」
紗江は天井を仰いだ。
「私が、迷子になったのが悪いのです。親分さんのせいではありません」
「庇うことないわ。見つけられなかったのは、事実なんだから」
「厳しいーっ」
平助が打たれた真似をしてひっくり返った。
「恐れ入りやの鬼子母神!」
ばかね、と紗江が笑うと、ゆきもつられて笑った。
「おゆきさんと言ったかしら」
「はい」
「これだけは言っておくわ。その行方不明の叔母さんが見つかるか、兄上がお嫁さんをもらうときには、この家を出ていってもらいます。それまでは女中として働くのを認めましょう。ただし、くれぐれも、妙な気は起こさないで」
「妙な気って・・・」
つぶやいたのは和馬だ。
「それは兄上もです。そりゃあ、男と女だから、間違いはあるでしょう。私が言いたいのは、そうなったとしても、片桐の嫁になろうなどとは思わないこと。わかるわね」
「もちろんです」
ゆきは、頭を下げた。
「なんか、間違いがある前提だな・・・」
和馬が苦笑している。
「兄上は甘いわ。そこまで考えておいた方がいいのよ。女は、情を通じると、つけあがるから」
断定した。
分をわきまえろということだろう。
「ま、お大身でもないのだから、気楽にやってもらえばいいけど」
「お許しいただき、ありがとうございます。お言葉、肝にめいじます」
「まあ、しっかりしているのね」
厳しいように思えるが、紗江の言うことに、嘘はない。
まっすぐで裏表のないところが、和馬に似ていると思った。
「事情はわかったわ。疲れたでしょうから、今日は休みましょう。詳しいことは、また明日話しましょう」
もう立ち上がっている。
「じゃあ、あっしも、紗江さまを送りがてら、おいとまを」
平助も立ち上がった。
嵐が過ぎ去ったように、静かになり、和馬とゆきだけが残された。
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