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恋の舞
何もしない
「言いたいこと言いやがって」
和馬が舌打ちしている。
「紗江さまは、お優しい方ですね。まっすぐで」
最後には、承知してくれていた。
「そう思ってくれるのか。ありがたい。悪いやつではないんだか、言い方がきついのが難だな・・・」
「慣れています。芸者の子は、そう見られて当然なのです。気にしないでください」
「・・・」
気まずい雰囲気になり、和馬の目が憐れむような色を帯びて、ゆきを見る。
(そんな目で見て欲しくない)
「何もしないから。安心しろ」
呟くように、低く言った。
「・・・」
「うん、何もしない」
自分に言い聞かせるように、目を伏せてもう一度言った。
きっと優しさから出た言葉に違いないのだが、聞いた瞬間に、胸が痛んだ。
「疲れただろうから、早く休むか。明日の朝は何もしなくていいぞ。飯をつくろうにも、鍋釜を修理しないことにはな。また紗江が来ると思うから、それまでゆっくりすればいい」
「はい。ありがとうございます。・・・本当に、迷惑では・・・」
何度も確認せずにはいられない。
和馬を見た顔は、泣きそうになっているかもしれない。
「何度も言ってるじゃないか」
「何度も聞きたいのです。後悔しておられるのなら、言ってください」
「後悔? ゆきを連れてきたのは、おれだ。ゆきこそ、後悔するんじゃないか?」
「後悔するかもしれません」
ここにいても辛いだけだと。
「やっぱり気にしているんだろう。紗江はひどいことを言ったんだ。慰み者ならいいが、嫁をもらったら出ていけとか・・・」
「慣れています」
「いや、慣れてはいかん。そこは怒ってもいいところだ。・・・そういうおれも、言い返すことはできなかったが」
慣れているの意味が違うと思ったが、ゆきは黙ってうなずいた。
慰み者になることに、慣れているの意味だったが、とても口にできなかった。
口にすることではなかった。
慰み者になってもいいと思っている自分がいる。
「ゆきは、おれが守る」
言ってから、照れたように顔をそむけて立ち上がった。
ここは老婆やが使っていた女中部屋だった。
「カビ臭いかもしれんが、我慢してくれ」
足を痛めたゆきの代わりに布団を出してくれた。
足は、一晩で痛みもひいて、庇いながらも歩けるようになっていた。
お湯を沸かすことはできるので、お茶を淹れて、表へ持っていった。
廻り髪結が来ていた。
どうぞ、と差し出すと、
髪結さんが櫛を取り落とした。
「びっくりしたあ、旦那も隅に置けねえや」
カミソリを使っているところじゃなくてよかった。
「老婆さんが化けて出たのかと思いやしたよ」
と冗談を言った。
紗江が握り飯と、漬物を持って来た。
「おゆきちゃん、よく眠れた? 昨日はひどいことを言ったかも。ごめんなさいね。朝ごはん遅くなっちゃったわね。何か困ったことがあったら遠慮なく言うのよ。兄上にこんなこと言われたのってことでもなんでも言ってちょうだい」
昨夜の厳しさが嘘のように消えて、明るい笑顔になっている。
これが本来の紗江の姿なのだろう。
和馬はもう出かけていた。
平助が呼びに来て、朝食を食べに行き、そのまま湯屋、見回りと、屋敷には帰ってこない。
「腹ごしらえがすんだら、必要なものを揃えましょう」
「何から何まで、ありがとうございます」
「よく考えたら、あの堅物が己で拾ってきたって言うのだから、大丈夫なんだろうと思って。兄上の目を信じてみようと思ったの。遊びなんてしたこともない人がね。だから騙されることもあると思うんだけど、あなたは素直そうな人だし。お互い、しばらくやってみないとわからないものね」
「私が、ここに置いてくださいと頼んだのです。私のわがままを聞いてくださいました」
「そう。どうしてここがよかったの?」
「こんなことを言うと怒られるかもしれましんが、居心地がよかった、としか言いようがありません・・・」
あら、まあ、と紗江が笑い出した。
「兄上のそばが居心地がいいなんて・・・つまらない男なのに、おかし。お風呂屋にも行きましょう。旅の垢も落としたいでしょ。でももう少し待ってね。朝のうちは、同心が女湯に入っているから」
「え?」
八丁堀の女湯には、刀掛けがあるのだ。
紗江はテキパキと、暮らしに必要なさまざまなことを手配し、教えてくれた。
髪結が近所に話したのか、何度も出入りする紗江や、ゆきの姿を目撃されているからか、片桐家の新しい女中を一目見ようと、周りが騒がしくなり、注目されるようになった。
ゆきを見ながら、何やらヒソヒソと話している。
若い女を連れ込んだと、和馬の評判を落とすんじゃないかと、気になって仕方がなかった。
目まぐるしく一日が終わり、夜は、和馬と二人きりになる。
「今日はどうだった」
寝る前の白湯を運んできたところだった。
「紗江さまに、とてもよくしていただきました」
「そうか。よかった。しばらく周りがうるさいだろうが、それも一時のことだ」
「はい」
もう噂になっていることは、耳に入っているようだ。
「困ったことはなかったか」
「いいえ」
「そうか。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
何もしないの宣言通り、和馬は、ゆきに触れることなく、いく日もすぎた。
叔母の消息もわからないままだ。
和馬が舌打ちしている。
「紗江さまは、お優しい方ですね。まっすぐで」
最後には、承知してくれていた。
「そう思ってくれるのか。ありがたい。悪いやつではないんだか、言い方がきついのが難だな・・・」
「慣れています。芸者の子は、そう見られて当然なのです。気にしないでください」
「・・・」
気まずい雰囲気になり、和馬の目が憐れむような色を帯びて、ゆきを見る。
(そんな目で見て欲しくない)
「何もしないから。安心しろ」
呟くように、低く言った。
「・・・」
「うん、何もしない」
自分に言い聞かせるように、目を伏せてもう一度言った。
きっと優しさから出た言葉に違いないのだが、聞いた瞬間に、胸が痛んだ。
「疲れただろうから、早く休むか。明日の朝は何もしなくていいぞ。飯をつくろうにも、鍋釜を修理しないことにはな。また紗江が来ると思うから、それまでゆっくりすればいい」
「はい。ありがとうございます。・・・本当に、迷惑では・・・」
何度も確認せずにはいられない。
和馬を見た顔は、泣きそうになっているかもしれない。
「何度も言ってるじゃないか」
「何度も聞きたいのです。後悔しておられるのなら、言ってください」
「後悔? ゆきを連れてきたのは、おれだ。ゆきこそ、後悔するんじゃないか?」
「後悔するかもしれません」
ここにいても辛いだけだと。
「やっぱり気にしているんだろう。紗江はひどいことを言ったんだ。慰み者ならいいが、嫁をもらったら出ていけとか・・・」
「慣れています」
「いや、慣れてはいかん。そこは怒ってもいいところだ。・・・そういうおれも、言い返すことはできなかったが」
慣れているの意味が違うと思ったが、ゆきは黙ってうなずいた。
慰み者になることに、慣れているの意味だったが、とても口にできなかった。
口にすることではなかった。
慰み者になってもいいと思っている自分がいる。
「ゆきは、おれが守る」
言ってから、照れたように顔をそむけて立ち上がった。
ここは老婆やが使っていた女中部屋だった。
「カビ臭いかもしれんが、我慢してくれ」
足を痛めたゆきの代わりに布団を出してくれた。
足は、一晩で痛みもひいて、庇いながらも歩けるようになっていた。
お湯を沸かすことはできるので、お茶を淹れて、表へ持っていった。
廻り髪結が来ていた。
どうぞ、と差し出すと、
髪結さんが櫛を取り落とした。
「びっくりしたあ、旦那も隅に置けねえや」
カミソリを使っているところじゃなくてよかった。
「老婆さんが化けて出たのかと思いやしたよ」
と冗談を言った。
紗江が握り飯と、漬物を持って来た。
「おゆきちゃん、よく眠れた? 昨日はひどいことを言ったかも。ごめんなさいね。朝ごはん遅くなっちゃったわね。何か困ったことがあったら遠慮なく言うのよ。兄上にこんなこと言われたのってことでもなんでも言ってちょうだい」
昨夜の厳しさが嘘のように消えて、明るい笑顔になっている。
これが本来の紗江の姿なのだろう。
和馬はもう出かけていた。
平助が呼びに来て、朝食を食べに行き、そのまま湯屋、見回りと、屋敷には帰ってこない。
「腹ごしらえがすんだら、必要なものを揃えましょう」
「何から何まで、ありがとうございます」
「よく考えたら、あの堅物が己で拾ってきたって言うのだから、大丈夫なんだろうと思って。兄上の目を信じてみようと思ったの。遊びなんてしたこともない人がね。だから騙されることもあると思うんだけど、あなたは素直そうな人だし。お互い、しばらくやってみないとわからないものね」
「私が、ここに置いてくださいと頼んだのです。私のわがままを聞いてくださいました」
「そう。どうしてここがよかったの?」
「こんなことを言うと怒られるかもしれましんが、居心地がよかった、としか言いようがありません・・・」
あら、まあ、と紗江が笑い出した。
「兄上のそばが居心地がいいなんて・・・つまらない男なのに、おかし。お風呂屋にも行きましょう。旅の垢も落としたいでしょ。でももう少し待ってね。朝のうちは、同心が女湯に入っているから」
「え?」
八丁堀の女湯には、刀掛けがあるのだ。
紗江はテキパキと、暮らしに必要なさまざまなことを手配し、教えてくれた。
髪結が近所に話したのか、何度も出入りする紗江や、ゆきの姿を目撃されているからか、片桐家の新しい女中を一目見ようと、周りが騒がしくなり、注目されるようになった。
ゆきを見ながら、何やらヒソヒソと話している。
若い女を連れ込んだと、和馬の評判を落とすんじゃないかと、気になって仕方がなかった。
目まぐるしく一日が終わり、夜は、和馬と二人きりになる。
「今日はどうだった」
寝る前の白湯を運んできたところだった。
「紗江さまに、とてもよくしていただきました」
「そうか。よかった。しばらく周りがうるさいだろうが、それも一時のことだ」
「はい」
もう噂になっていることは、耳に入っているようだ。
「困ったことはなかったか」
「いいえ」
「そうか。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
何もしないの宣言通り、和馬は、ゆきに触れることなく、いく日もすぎた。
叔母の消息もわからないままだ。
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