許嫁は刺客

かじや みの

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許嫁

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(もう、今夜は仕事にならない)

 久美は、天井板を音もなく戻すと、闇を見つめた。

 少なからず動揺している。

 男女の行為を見るのはどうということはないが、相手が悪すぎた。

 ただの見知らぬ男と女ならば、仕事に支障はないと思うのだが、動揺していては、気配をさとられる恐れがあった。

 潔く引くこともつとめをまっとうする秘訣だ。

 まして、相手は剣の使い手。
 女を抱いていながら、隙のない背中を目にして、その腕前が侮れないことを感じていた。

 着物を着たままのまぐわいは、すぐに仕事に戻るため。
 かける時間も短く、淡白に終わらせるつもりだったのだろうが、ちゃんと女を満足させられる技量も持っているのはさすがだった。

 女は確かに満足そうだった。

 そういう男だったのか。

 相手の女が、その後どこへ帰るのかとか、気になることはあったのだが、さっさと身を引く。
 闇の中を戻りながら、複雑な気持ちになる。

(やっぱり、今夜はだめ)

 いろんな思いが渦を巻くように心の中を引っ掻きまわす。

 外に出て、止まることなく城を後にした。

 迷いは禁物だ。

 黒装束を闇に溶け込ませて、久美は家路を急いだ。
 家につくまで気は抜けないが、追ってくる気配がなければ、危険な区域は脱したと言える。

 伊原静馬。

 もう一度、その名を思い浮かべた。

 政変が藩を真っ二つに割るまでは、許嫁であり、祝言も間近に控えていた。

 それが、白紙に戻って、両家の婚姻は、今は無かったことになっている。
 お家が真っ二つに分かれることによって、二人は引き裂かれたと言っていい。

 だが、静馬とは、顔合わせで一度会っただけで、お互いのことはよく知らない。

 わかっているのは、静馬が、藩内でも指折りの剣士であり、その男ぶりが噂になるほどの美丈夫だということだけだ。

 女にモテる静馬が、警護する夜の城で、奥女中とまぐわっている図は、以前ならば、裏切りと呼んでもいいものだが、いかんせん、今はもう、許嫁でもなんでもない。

 それこそ、ただの男と女でしかなくなっている。

 久美が文句を言える立場ではないのだ。

 しかし、今、久美の胸にきざすのは、男への殺意だった。

(私の手で葬ってあげる)

 音もなく道を走りながら、頭巾の中で唇を歪めた。
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