許嫁は刺客

かじや みの

文字の大きさ
6 / 26

欲望

しおりを挟む
「ああん・・・ああ・・・は、あ・・・んん・・・ああっ・・・もっと・・・もっと優しく、して・・・くださいませっ・・・ああ」

 あからさまに喘ぐ女は、貴子だ。

 ここで、声を上げてよがれる女は一人しかいない。

 男の荒い息遣いが、それに混じる。

 西の丸は、房事の最中だった。

 昨夜よりも早く、忍び込んでいる。

 父が言った。

「通春さまは、西の丸で何に励まれると思う。・・・子作りだ。藩主になったとて、子がいなければすぐに誰かに奪われる。殿が通春さまを強く遠ざけられぬのは、子がおらぬからだ」

 讃岐守は前年、江戸で嫡子を亡くしている。
 他に子がおらず、北の方との間にも、まだ子がなかった。

 通春に子ができれば、お家は一気にそちらになびく。

(やはりそういうことか)

 父の言う通り、西の丸は、房事に励んでいた。

 あの、きつい貴子が、甘えた声で鳴く。

 どんな顔で抱かれているのか、見てみたくなり、板を僅かにずらす。

 灯りが煌々と照らす中で、裸の男女が抱き合い、うごめいていた。

 男の背中が見える。
 言葉は男を抑えようとしているように聞こえたが、その背中に足を絡めて、離すまいとしているのは貴子の方だった。

 首に抱きつき、目尻を下げ、だらしなく口を開けて喘いでいる。

「もっと・・・もっと、くださりませ・・・ああっ」

 一際声が大きくなったのは、通春が乳房をもんだからだ。
 悶えるように、身をくねらせている。

 動きが次第に激しくなり、そろそろ絶頂を迎えようとしていた。

 こんなものを聞かされれば、伊原でなくても女を抱きたくなるだろう。
 そして、女たちも。

 女の方が切実かもしれない。
 主人に付き従い、男と交わることさえ許されない身の上だ。
 そこへ、見目良き男が目の前に現れ、甘い言葉を囁けば、簡単に落ちる。
 逆に、女が誘えば男も拒まないだろう。

 もう言葉さえいらない。
 すでに前戯は出来上がっている。

 侍女は、同じ部屋の衝立の外に控えている。

 ここは、男子禁制の奥ではない。
 もしかすると、父が言ったように、通春が許しているのかもしれなかった。
 己の欲望を満たすことを。


 久美は最後まで見届けることなく、板を戻した。

 今、仕掛けるならば、簡単にやれそうな気がする。

 僧侶上がりの男を殺すのは、わけないことのように思えた。

 しかし、その後、手だれの護衛がいる。

 無事に逃げ切れるかどうかわからない。

 護衛は一人ではなく、複数なら、それだけ難易度も上がるのだ。

(やるなら、やはり、護衛からか)

 護衛を倒してからでなければ、本丸は狙えない。

 そっと移動し、昨夜、伊原がいた場所に行く。

 悩ましい声は、襖一枚では筒抜けである。

 主人二人が寝静まった後、女は来るだろうか。

 板をずらしてのぞいてみた。

(あれは・・・)

 灯りに浮かび上がったのは、伊原ではなかった。

 もう一人、一緒にいた男だ。
 伊原はどこか別のところにいるのか、交代で見回りでもしているのかもしれない。

 探すかどうか、迷った。
 だが、近くにいるはずだと思い、動かないことに決める。

 交代するならここに姿を現すだろう。

 昨夜は動揺してしまったが、もう大丈夫。
 何があっても驚きはしない。



 程なくして、声はやみ、主人は眠りについたようだ。

 しばらくして、そっと戸が開き、女が入ってきた。
 茶か、水か盆に湯呑みをのせている。

「お疲れ様でございます。さあ、どうぞ、笠間さま」
 と女が言った。
「かたじけない、あやどの」

 女は、昨夜伊原が抱いていた女だった。

 思わず息をつめた。

 男が湯呑みに口をつけ、飲み干した。
 その仰向けになり、上下する喉仏を見ている女の目が色っぽい。

 久美は、女から目が離せなくなった。

 女が動く。
 飲み終わったばかりのその口に、食らいつくように唇を重ね、男を押し倒した。
 口を吸い合う音と、息遣いだけが聞こえる。

 男の方も抑えが効かなくなったのか、女の背中に回した手で、帯を解いている。
 裸にするつもりか。

(どうしよう)

 覗き見している自分が滑稽に思える。

 迷っている間に、衣擦れの音が、肌が擦れる音に変わる。

 随分と大胆な女のようだ。
 昨夜はもっと抑えた感じだったが、もうたがが外れてしまったのか、止まらなくなってしまっている。

 着物を脱ぎ捨ててしまい、いつの間に挿入したのか、男にまたがって一心に腰を振っていた。
 豊かな胸を隠そうともしていない。
 それでも声だけは出さずに抑えている。

 そのせいか、抑えきれない女の恍惚の表情が、余計になまめかしく灯りに浮かび上がった。
 もう、灯りから離れることも忘れている。

 久美は見ていられず板を戻し、目を闇にならした。

 欲望のままにうごめく女の顔が、脳裏に焼き付いてしまっている。

 その顔を、美しいと思う己がいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳主婦のカレンはインスタグラムで20歳大学生の晴人と知り合う。親密な関係となった3度目のデートのときに、晴人が実は17歳の高校2年生だと知る。 カレンと晴人はその後、どうなる?

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

処理中です...