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欲望
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「ああん・・・ああ・・・は、あ・・・んん・・・ああっ・・・もっと・・・もっと優しく、して・・・くださいませっ・・・ああ」
あからさまに喘ぐ女は、貴子だ。
ここで、声を上げてよがれる女は一人しかいない。
男の荒い息遣いが、それに混じる。
西の丸は、房事の最中だった。
昨夜よりも早く、忍び込んでいる。
父が言った。
「通春さまは、西の丸で何に励まれると思う。・・・子作りだ。藩主になったとて、子がいなければすぐに誰かに奪われる。殿が通春さまを強く遠ざけられぬのは、子がおらぬからだ」
讃岐守は前年、江戸で嫡子を亡くしている。
他に子がおらず、北の方との間にも、まだ子がなかった。
通春に子ができれば、お家は一気にそちらに靡く。
(やはりそういうことか)
父の言う通り、西の丸は、房事に励んでいた。
あの、きつい貴子が、甘えた声で鳴く。
どんな顔で抱かれているのか、見てみたくなり、板を僅かにずらす。
灯りが煌々と照らす中で、裸の男女が抱き合い、うごめいていた。
男の背中が見える。
言葉は男を抑えようとしているように聞こえたが、その背中に足を絡めて、離すまいとしているのは貴子の方だった。
首に抱きつき、目尻を下げ、だらしなく口を開けて喘いでいる。
「もっと・・・もっと、くださりませ・・・ああっ」
一際声が大きくなったのは、通春が乳房をもんだからだ。
悶えるように、身をくねらせている。
動きが次第に激しくなり、そろそろ絶頂を迎えようとしていた。
こんなものを聞かされれば、伊原でなくても女を抱きたくなるだろう。
そして、女たちも。
女の方が切実かもしれない。
主人に付き従い、男と交わることさえ許されない身の上だ。
そこへ、見目良き男が目の前に現れ、甘い言葉を囁けば、簡単に落ちる。
逆に、女が誘えば男も拒まないだろう。
もう言葉さえいらない。
すでに前戯は出来上がっている。
侍女は、同じ部屋の衝立の外に控えている。
ここは、男子禁制の奥ではない。
もしかすると、父が言ったように、通春が許しているのかもしれなかった。
己の欲望を満たすことを。
久美は最後まで見届けることなく、板を戻した。
今、仕掛けるならば、簡単にやれそうな気がする。
僧侶上がりの男を殺すのは、わけないことのように思えた。
しかし、その後、手だれの護衛がいる。
無事に逃げ切れるかどうかわからない。
護衛は一人ではなく、複数なら、それだけ難易度も上がるのだ。
(やるなら、やはり、護衛からか)
護衛を倒してからでなければ、本丸は狙えない。
そっと移動し、昨夜、伊原がいた場所に行く。
悩ましい声は、襖一枚では筒抜けである。
主人二人が寝静まった後、女は来るだろうか。
板をずらしてのぞいてみた。
(あれは・・・)
灯りに浮かび上がったのは、伊原ではなかった。
もう一人、一緒にいた男だ。
伊原はどこか別のところにいるのか、交代で見回りでもしているのかもしれない。
探すかどうか、迷った。
だが、近くにいるはずだと思い、動かないことに決める。
交代するならここに姿を現すだろう。
昨夜は動揺してしまったが、もう大丈夫。
何があっても驚きはしない。
程なくして、声はやみ、主人は眠りについたようだ。
しばらくして、そっと戸が開き、女が入ってきた。
茶か、水か盆に湯呑みをのせている。
「お疲れ様でございます。さあ、どうぞ、笠間さま」
と女が言った。
「かたじけない、あやどの」
女は、昨夜伊原が抱いていた女だった。
思わず息をつめた。
男が湯呑みに口をつけ、飲み干した。
その仰向けになり、上下する喉仏を見ている女の目が色っぽい。
久美は、女から目が離せなくなった。
女が動く。
飲み終わったばかりのその口に、食らいつくように唇を重ね、男を押し倒した。
口を吸い合う音と、息遣いだけが聞こえる。
男の方も抑えが効かなくなったのか、女の背中に回した手で、帯を解いている。
裸にするつもりか。
(どうしよう)
覗き見している自分が滑稽に思える。
迷っている間に、衣擦れの音が、肌が擦れる音に変わる。
随分と大胆な女のようだ。
昨夜はもっと抑えた感じだったが、もうたがが外れてしまったのか、止まらなくなってしまっている。
着物を脱ぎ捨ててしまい、いつの間に挿入したのか、男にまたがって一心に腰を振っていた。
豊かな胸を隠そうともしていない。
それでも声だけは出さずに抑えている。
そのせいか、抑えきれない女の恍惚の表情が、余計になまめかしく灯りに浮かび上がった。
もう、灯りから離れることも忘れている。
久美は見ていられず板を戻し、目を闇にならした。
欲望のままにうごめく女の顔が、脳裏に焼き付いてしまっている。
その顔を、美しいと思う己がいた。
あからさまに喘ぐ女は、貴子だ。
ここで、声を上げてよがれる女は一人しかいない。
男の荒い息遣いが、それに混じる。
西の丸は、房事の最中だった。
昨夜よりも早く、忍び込んでいる。
父が言った。
「通春さまは、西の丸で何に励まれると思う。・・・子作りだ。藩主になったとて、子がいなければすぐに誰かに奪われる。殿が通春さまを強く遠ざけられぬのは、子がおらぬからだ」
讃岐守は前年、江戸で嫡子を亡くしている。
他に子がおらず、北の方との間にも、まだ子がなかった。
通春に子ができれば、お家は一気にそちらに靡く。
(やはりそういうことか)
父の言う通り、西の丸は、房事に励んでいた。
あの、きつい貴子が、甘えた声で鳴く。
どんな顔で抱かれているのか、見てみたくなり、板を僅かにずらす。
灯りが煌々と照らす中で、裸の男女が抱き合い、うごめいていた。
男の背中が見える。
言葉は男を抑えようとしているように聞こえたが、その背中に足を絡めて、離すまいとしているのは貴子の方だった。
首に抱きつき、目尻を下げ、だらしなく口を開けて喘いでいる。
「もっと・・・もっと、くださりませ・・・ああっ」
一際声が大きくなったのは、通春が乳房をもんだからだ。
悶えるように、身をくねらせている。
動きが次第に激しくなり、そろそろ絶頂を迎えようとしていた。
こんなものを聞かされれば、伊原でなくても女を抱きたくなるだろう。
そして、女たちも。
女の方が切実かもしれない。
主人に付き従い、男と交わることさえ許されない身の上だ。
そこへ、見目良き男が目の前に現れ、甘い言葉を囁けば、簡単に落ちる。
逆に、女が誘えば男も拒まないだろう。
もう言葉さえいらない。
すでに前戯は出来上がっている。
侍女は、同じ部屋の衝立の外に控えている。
ここは、男子禁制の奥ではない。
もしかすると、父が言ったように、通春が許しているのかもしれなかった。
己の欲望を満たすことを。
久美は最後まで見届けることなく、板を戻した。
今、仕掛けるならば、簡単にやれそうな気がする。
僧侶上がりの男を殺すのは、わけないことのように思えた。
しかし、その後、手だれの護衛がいる。
無事に逃げ切れるかどうかわからない。
護衛は一人ではなく、複数なら、それだけ難易度も上がるのだ。
(やるなら、やはり、護衛からか)
護衛を倒してからでなければ、本丸は狙えない。
そっと移動し、昨夜、伊原がいた場所に行く。
悩ましい声は、襖一枚では筒抜けである。
主人二人が寝静まった後、女は来るだろうか。
板をずらしてのぞいてみた。
(あれは・・・)
灯りに浮かび上がったのは、伊原ではなかった。
もう一人、一緒にいた男だ。
伊原はどこか別のところにいるのか、交代で見回りでもしているのかもしれない。
探すかどうか、迷った。
だが、近くにいるはずだと思い、動かないことに決める。
交代するならここに姿を現すだろう。
昨夜は動揺してしまったが、もう大丈夫。
何があっても驚きはしない。
程なくして、声はやみ、主人は眠りについたようだ。
しばらくして、そっと戸が開き、女が入ってきた。
茶か、水か盆に湯呑みをのせている。
「お疲れ様でございます。さあ、どうぞ、笠間さま」
と女が言った。
「かたじけない、あやどの」
女は、昨夜伊原が抱いていた女だった。
思わず息をつめた。
男が湯呑みに口をつけ、飲み干した。
その仰向けになり、上下する喉仏を見ている女の目が色っぽい。
久美は、女から目が離せなくなった。
女が動く。
飲み終わったばかりのその口に、食らいつくように唇を重ね、男を押し倒した。
口を吸い合う音と、息遣いだけが聞こえる。
男の方も抑えが効かなくなったのか、女の背中に回した手で、帯を解いている。
裸にするつもりか。
(どうしよう)
覗き見している自分が滑稽に思える。
迷っている間に、衣擦れの音が、肌が擦れる音に変わる。
随分と大胆な女のようだ。
昨夜はもっと抑えた感じだったが、もうたがが外れてしまったのか、止まらなくなってしまっている。
着物を脱ぎ捨ててしまい、いつの間に挿入したのか、男にまたがって一心に腰を振っていた。
豊かな胸を隠そうともしていない。
それでも声だけは出さずに抑えている。
そのせいか、抑えきれない女の恍惚の表情が、余計になまめかしく灯りに浮かび上がった。
もう、灯りから離れることも忘れている。
久美は見ていられず板を戻し、目を闇にならした。
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その顔を、美しいと思う己がいた。
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