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1 涙味のホールケーキ
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12月に入ると、街は一気にクリスマスムードになる。
街を彩る飾りも、赤と緑が目立ち、耳に入る音楽も、クリスマスソングのみになる。
恋人たちが我がもの顔に闊歩して、幸せを見せびらかす。
クリスマスなんて嫌い。
大人になってから、自分には関係ないものになっていたが、ここ数年は関係ないを通り越して、憎くすらある。
この日を、恋人と過ごしたことのない歴25年。
唯一の楽しみは、この時期にしか食べられないクリスマスケーキを味わうことぐらいだ。
西園寺美香、25歳。身長160㎝、体重80kg。
華やかな名前に釣り合わない、平凡でかなりぽっちゃり体型。
そのせいで、クリスマス前に振られること3回目。
理由は決まって、クリスマスに手を繋いで歩けない、というものだった。
「その日は、一緒に過ごせない。嫌なら別れよう」
3回目ともなれば、振られる方も、慣れたものだ。
「彼女がデブじゃあ、カッコつかないもんな」
悪いのは太っていることだという。
「だあれ? このぽっちゃりさん」
隣にスレンダーで派手めな彼女を連れて、わざわざ見せびらかしてくるクズ男。
「もうただの知り合い」
この時期に男の正体が露呈する。
ただ引っ掛けてみたかっただけの、都合のいい女扱い。
薄々は気がついていた。
何人かいる彼女の一人に過ぎないことぐらい。
それでも、都合のいい女をやめられなかったのだ。
こんなやつに、一時でも寄り添っていたのかと思うと、後でゾッとするのだが、別れの時はそれなりにダメージをくう。
だが、泣き喚くなど、言語道断。
「拓くんにはお似合い。・・・じゃあね」
にっこり笑って、手を振って別れた。
一人になって清々した。
あんなやつ、こっちから振ればよかった。
ぐずぐずしている自分が情けなくて嫌い。
イルミネーションが彩る駅前の繁華街を歩く。
街ゆく人に、見られているような気がして、落ち着かない。
逃げるようにして家路を急いだ。
可哀想なおデブさん。
おデブさんに勝ち目はなし。
コートを着て、一まわり着膨れしているから、余計に目立ってしまう体型。
私、一生恋人できないかもしれないな。
デブがうつむいたらもっと惨めになるのに、顔があげられなかった。
ふと目に止まったケーキ屋さんでケーキを買って、一人暮らしのマンションに帰った。
何か食べないと、気持ちがおさまらない。
一緒に食事をするつもりだったから、お腹も空いている。
クリスマスはもう少し先だったが、売れ残っていた6号のイチゴのシンプルなホールケーキだ。
ケーキを持っているというだけで、心が浮き立つ。
「わーい、やったー!」
さらに気分を上げるために、手を叩いてはしゃいだ。
美香でもさすがに一人でこれを食べたことはなかった。
憧れていた一気食い。
「今日は特別」
フリーになったお祝い。
振られた勢いで、なんでも許される気がした。
目の前のケーキに挑む。
半分くらいは楽勝で、一気にいけたが、もう半分はペースが落ち、コーヒーで口直ししながら、押し込むように口に入れた。
美味しいはずなのに、味がしなかった。
もう、クリスマスケーキなんて食べない。
いつの間にか溢れた涙のしょっぱい味が、舌に広がっていった。
「私は最初からわかっていたわよ。あれはクズ男だって」
「そうだよね」
「美香は性格がいいんだから、もっとちゃんとした男捕まえられると思うんだけどなあ」
「太ってるから、無理よ。もういいんだ。男はいいの」
会社の同僚であり、理解者である佐藤るみが、オフィスの休憩室でお弁当を食べながら話を聞いてくれた。
美香は、名古屋のメーカーに勤めるOLだ。
駅近のオフィスで、経理事務をしている。
繁華街は目の前なので、お昼は外に食べに行く社員が大半なのだが、二人はお弁当持参だ。
るみはもう結婚している。
旦那の分と二つ、朝からお弁当を作るのだ。
美香はデパ地下で買ったもの。
「それやめて自分で作ったら?」
お料理上手のるみが指をさす。
美香の前には、お弁当のほかに、パンがいくつか。
この時期、パン屋さんにも、クリスマスシーズンに合わせて、少し豪華なトッピングがたっぷりかかった甘いパンが登場する。
見てしまうと買わずにいられない。
「美香、痩せたら絶対綺麗になるって。男が全然寄り付かないわけでもないんだから。優し過ぎちゃうのよね。えくぼが可愛いって言われてその気になっちゃだめよ。男を見る目を鍛えないと。もっと自分を大切にしなきゃ」
先に男をゲットしたるみの言うことは、説得力があった。
「大切にしてるよ~。好きなもの食べさせてあげてるし」
それだけが楽しみなのだ。
「ケーキ一気食いしたんでしょ。あれは自分を大切にしていることにならないの」
「そうかな」
あははっと苦笑してみせる。
確かに罪悪感はあるけど。
「今度作り方教えてあげる。自炊苦手なんだから」
「そうなんだけど・・・」
るみは、結婚してから少し太ったことを気にしていたが、美香から見たら細いことには変わりない。
スタイルキープの鍵は自炊だと力説した。
「男のためじゃなくて、自分のためなんだからね」
「はいはい」
自分のために自炊するという意味がよくわからなかった。
自分のためだったら、食べに行っちゃったほうが美味しいのに、と思ってしまう。
「応援してるからね」
「何を?」
「何をって、ダイエットよ」
「え? したいとは思ってるけど、待って」
ダイエットしたいとはいつも思っているが、今から始める覚悟ができていなかった。
「来年は、美味しいクリスマスケーキ食べようよ」
るみは、自分の思いつきに満足し、興奮している。
「食べたいでしょ!」
意思の弱い美香の背中をどんと叩いた。
「クズ男を見返すのよ!」
街を彩る飾りも、赤と緑が目立ち、耳に入る音楽も、クリスマスソングのみになる。
恋人たちが我がもの顔に闊歩して、幸せを見せびらかす。
クリスマスなんて嫌い。
大人になってから、自分には関係ないものになっていたが、ここ数年は関係ないを通り越して、憎くすらある。
この日を、恋人と過ごしたことのない歴25年。
唯一の楽しみは、この時期にしか食べられないクリスマスケーキを味わうことぐらいだ。
西園寺美香、25歳。身長160㎝、体重80kg。
華やかな名前に釣り合わない、平凡でかなりぽっちゃり体型。
そのせいで、クリスマス前に振られること3回目。
理由は決まって、クリスマスに手を繋いで歩けない、というものだった。
「その日は、一緒に過ごせない。嫌なら別れよう」
3回目ともなれば、振られる方も、慣れたものだ。
「彼女がデブじゃあ、カッコつかないもんな」
悪いのは太っていることだという。
「だあれ? このぽっちゃりさん」
隣にスレンダーで派手めな彼女を連れて、わざわざ見せびらかしてくるクズ男。
「もうただの知り合い」
この時期に男の正体が露呈する。
ただ引っ掛けてみたかっただけの、都合のいい女扱い。
薄々は気がついていた。
何人かいる彼女の一人に過ぎないことぐらい。
それでも、都合のいい女をやめられなかったのだ。
こんなやつに、一時でも寄り添っていたのかと思うと、後でゾッとするのだが、別れの時はそれなりにダメージをくう。
だが、泣き喚くなど、言語道断。
「拓くんにはお似合い。・・・じゃあね」
にっこり笑って、手を振って別れた。
一人になって清々した。
あんなやつ、こっちから振ればよかった。
ぐずぐずしている自分が情けなくて嫌い。
イルミネーションが彩る駅前の繁華街を歩く。
街ゆく人に、見られているような気がして、落ち着かない。
逃げるようにして家路を急いだ。
可哀想なおデブさん。
おデブさんに勝ち目はなし。
コートを着て、一まわり着膨れしているから、余計に目立ってしまう体型。
私、一生恋人できないかもしれないな。
デブがうつむいたらもっと惨めになるのに、顔があげられなかった。
ふと目に止まったケーキ屋さんでケーキを買って、一人暮らしのマンションに帰った。
何か食べないと、気持ちがおさまらない。
一緒に食事をするつもりだったから、お腹も空いている。
クリスマスはもう少し先だったが、売れ残っていた6号のイチゴのシンプルなホールケーキだ。
ケーキを持っているというだけで、心が浮き立つ。
「わーい、やったー!」
さらに気分を上げるために、手を叩いてはしゃいだ。
美香でもさすがに一人でこれを食べたことはなかった。
憧れていた一気食い。
「今日は特別」
フリーになったお祝い。
振られた勢いで、なんでも許される気がした。
目の前のケーキに挑む。
半分くらいは楽勝で、一気にいけたが、もう半分はペースが落ち、コーヒーで口直ししながら、押し込むように口に入れた。
美味しいはずなのに、味がしなかった。
もう、クリスマスケーキなんて食べない。
いつの間にか溢れた涙のしょっぱい味が、舌に広がっていった。
「私は最初からわかっていたわよ。あれはクズ男だって」
「そうだよね」
「美香は性格がいいんだから、もっとちゃんとした男捕まえられると思うんだけどなあ」
「太ってるから、無理よ。もういいんだ。男はいいの」
会社の同僚であり、理解者である佐藤るみが、オフィスの休憩室でお弁当を食べながら話を聞いてくれた。
美香は、名古屋のメーカーに勤めるOLだ。
駅近のオフィスで、経理事務をしている。
繁華街は目の前なので、お昼は外に食べに行く社員が大半なのだが、二人はお弁当持参だ。
るみはもう結婚している。
旦那の分と二つ、朝からお弁当を作るのだ。
美香はデパ地下で買ったもの。
「それやめて自分で作ったら?」
お料理上手のるみが指をさす。
美香の前には、お弁当のほかに、パンがいくつか。
この時期、パン屋さんにも、クリスマスシーズンに合わせて、少し豪華なトッピングがたっぷりかかった甘いパンが登場する。
見てしまうと買わずにいられない。
「美香、痩せたら絶対綺麗になるって。男が全然寄り付かないわけでもないんだから。優し過ぎちゃうのよね。えくぼが可愛いって言われてその気になっちゃだめよ。男を見る目を鍛えないと。もっと自分を大切にしなきゃ」
先に男をゲットしたるみの言うことは、説得力があった。
「大切にしてるよ~。好きなもの食べさせてあげてるし」
それだけが楽しみなのだ。
「ケーキ一気食いしたんでしょ。あれは自分を大切にしていることにならないの」
「そうかな」
あははっと苦笑してみせる。
確かに罪悪感はあるけど。
「今度作り方教えてあげる。自炊苦手なんだから」
「そうなんだけど・・・」
るみは、結婚してから少し太ったことを気にしていたが、美香から見たら細いことには変わりない。
スタイルキープの鍵は自炊だと力説した。
「男のためじゃなくて、自分のためなんだからね」
「はいはい」
自分のために自炊するという意味がよくわからなかった。
自分のためだったら、食べに行っちゃったほうが美味しいのに、と思ってしまう。
「応援してるからね」
「何を?」
「何をって、ダイエットよ」
「え? したいとは思ってるけど、待って」
ダイエットしたいとはいつも思っているが、今から始める覚悟ができていなかった。
「来年は、美味しいクリスマスケーキ食べようよ」
るみは、自分の思いつきに満足し、興奮している。
「食べたいでしょ!」
意思の弱い美香の背中をどんと叩いた。
「クズ男を見返すのよ!」
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