2 / 17
2 新年の福餅
しおりを挟む
年末年始は毎年実家に帰る。
実家があるのは、三重県の伊勢市。
伊勢神宮のお膝元だ。
内宮と外宮があるが、西園寺家はどちらかというと外宮に近い。
駅に降り立つと、見慣れた景色にほっとする。
歩いて行けないこともないが、荷物があるだろうからと、車で迎えに来てくれる。
「美香」
娘に甘い父が、ロータリーに車を停めた。
「おかえり」
「パパ、ただいま。みんな元気?」
「まあな」
ごくごく普通の家庭である。
名家ということもない。
大昔はそうだったのかもしれないが、大きな家に住んでいるわけでも、商売をしているわけでもなく、団地の一角の一軒家だった。
公務員の両親と、まだ独身の姉が住む家は、子供の頃と何も変わっていない。
実家に帰ると、それまでにあったことがリセットされたように、頭の中から消えてしまう気がする。
この家で暮らした記憶が強くよみがえり、美香の頭の中を支配する。
「やっぱ、落ち着くね、家は」
「いつでも帰ってきていいんだぞ」
「もう、パパは美香に甘すぎよ」
高校生の頃は、そんな父に反発し、家を出たくて名古屋の大学に進学したのだった。
家を離れたことで、その良さがわかるという、絵に描いたような典型的な経験をした。
家族と暮らすことが、本当にかけがえのないことなのだと今はわかる。
でも、帰るつもりはなかった。
帰ってしまったら、もっと甘えてしまうから。
夕食はすき焼きだ。
お肉の焼けるいい匂いが食欲をそそる。
新年を迎えたら、新しい自分になる。
神様にもそう、毎年宣言しているつもりなのに、ここ数年、何も変わっていなかった。
「ねえ、お姉ちゃん。自炊すると痩せるってほんと?」
お肉を頬張りながら、姉に聞いてみる。
「なあに? 美香、痩せたいと思ってるんだ」
「そりゃあ、思ってるわよ」
姉の薫は、標準体重をキープしているようだ。
母も働いているから、二人で代わりばんこに食事を作っているらしい。
姉の姿を見ていても、それは嘘ではない気がした。
「痩せると思うよ。栄養バランス考えたりするしね。でも、美香にできるかどうか」
「やっぱり無理だと思う?」
「それは、やる気次第でしょ。やるのは美香なんだから」
「毎日は、無理かも。料理得意じゃないし」
「毎日じゃなくてもいいんじゃないの。悩んでたら痩せないわよ。決めないと」
「決める?」
「痩せるって決めるの」
「決めてるつもりなんだけどなあ」
「甘い甘い」
「甘いとだめなのかなあ。甘いの大好きなんだけど」
「美香は甘くていいんだ」
父が言った。
「もう。甘いのはパパだった」
姉がため息をついた。
「彼氏なんて作らなくていいからな。連れてくるならパパよりもいい男じゃないと認めない」
「パパの方が決めちゃってるね」
伊勢の新年は、人人人!
神宮周辺は人で溢れかえる。
地元の人間は、参拝者の少ない時間帯を狙うか、時期を外す。
でも、美香はいつまでもいられないから、仕方なく人の波に呑み込まれながら、参拝の列に並んだ。
そして、ここでも、列に並ぶ。
参拝者のお目当ての一つ、おかげ横丁。
出来立ての、こし餡が乗った餅が食べられる。
美香も、伊勢に帰ったら必ず食べる餅だった。
両親も姉も、もっと人が少なくなってからくるつもりで、今日は美香一人で来ていた。
客の回転が早いから、少し待っていれば席はあく。
新しい年に、願いを込めて食べる餅。
実は、名古屋でもお土産で売っているこの餅は、食べようと思えばいつでも食べられる。
それでも、ここ、伊勢で、食べる餅は格別だ。
味も違う気がする。
「んんーー」
滑らかなあんこの甘さが、口いっぱいに広がる。
甘すぎないので、いくらでも入ってしまう。
今年こそ、痩せます!
と神様に宣言してきた。
姉が言っていたように、決めてきた。
けれど、誓ったのに、もう、甘いもの?と思われるかもしれないが、罪悪感はない。
一年後、またここに戻ってきた時には、きっと違う自分になっていたい。
ここから始めるための誓いの餅だ。
名古屋に帰る電車の中で、美香は新たに決意する。
お金持ちになりたければ、お金がなくてもお金持ちの気持ちで過ごせば、お金を引き寄せられるという。
年末年始の休みの間に、自分はどうなりたいのか、ずっと考えてきた。
帰ったら、それを実行する。
今年こそ、できる。
痩せるためではなくて、自分のためにそれをして、結果的に痩せていればいい。
今までとは違うことをしないと、きっと現実は動かないのだ。
はじめの一歩を、踏み出す準備は整った。
実家があるのは、三重県の伊勢市。
伊勢神宮のお膝元だ。
内宮と外宮があるが、西園寺家はどちらかというと外宮に近い。
駅に降り立つと、見慣れた景色にほっとする。
歩いて行けないこともないが、荷物があるだろうからと、車で迎えに来てくれる。
「美香」
娘に甘い父が、ロータリーに車を停めた。
「おかえり」
「パパ、ただいま。みんな元気?」
「まあな」
ごくごく普通の家庭である。
名家ということもない。
大昔はそうだったのかもしれないが、大きな家に住んでいるわけでも、商売をしているわけでもなく、団地の一角の一軒家だった。
公務員の両親と、まだ独身の姉が住む家は、子供の頃と何も変わっていない。
実家に帰ると、それまでにあったことがリセットされたように、頭の中から消えてしまう気がする。
この家で暮らした記憶が強くよみがえり、美香の頭の中を支配する。
「やっぱ、落ち着くね、家は」
「いつでも帰ってきていいんだぞ」
「もう、パパは美香に甘すぎよ」
高校生の頃は、そんな父に反発し、家を出たくて名古屋の大学に進学したのだった。
家を離れたことで、その良さがわかるという、絵に描いたような典型的な経験をした。
家族と暮らすことが、本当にかけがえのないことなのだと今はわかる。
でも、帰るつもりはなかった。
帰ってしまったら、もっと甘えてしまうから。
夕食はすき焼きだ。
お肉の焼けるいい匂いが食欲をそそる。
新年を迎えたら、新しい自分になる。
神様にもそう、毎年宣言しているつもりなのに、ここ数年、何も変わっていなかった。
「ねえ、お姉ちゃん。自炊すると痩せるってほんと?」
お肉を頬張りながら、姉に聞いてみる。
「なあに? 美香、痩せたいと思ってるんだ」
「そりゃあ、思ってるわよ」
姉の薫は、標準体重をキープしているようだ。
母も働いているから、二人で代わりばんこに食事を作っているらしい。
姉の姿を見ていても、それは嘘ではない気がした。
「痩せると思うよ。栄養バランス考えたりするしね。でも、美香にできるかどうか」
「やっぱり無理だと思う?」
「それは、やる気次第でしょ。やるのは美香なんだから」
「毎日は、無理かも。料理得意じゃないし」
「毎日じゃなくてもいいんじゃないの。悩んでたら痩せないわよ。決めないと」
「決める?」
「痩せるって決めるの」
「決めてるつもりなんだけどなあ」
「甘い甘い」
「甘いとだめなのかなあ。甘いの大好きなんだけど」
「美香は甘くていいんだ」
父が言った。
「もう。甘いのはパパだった」
姉がため息をついた。
「彼氏なんて作らなくていいからな。連れてくるならパパよりもいい男じゃないと認めない」
「パパの方が決めちゃってるね」
伊勢の新年は、人人人!
神宮周辺は人で溢れかえる。
地元の人間は、参拝者の少ない時間帯を狙うか、時期を外す。
でも、美香はいつまでもいられないから、仕方なく人の波に呑み込まれながら、参拝の列に並んだ。
そして、ここでも、列に並ぶ。
参拝者のお目当ての一つ、おかげ横丁。
出来立ての、こし餡が乗った餅が食べられる。
美香も、伊勢に帰ったら必ず食べる餅だった。
両親も姉も、もっと人が少なくなってからくるつもりで、今日は美香一人で来ていた。
客の回転が早いから、少し待っていれば席はあく。
新しい年に、願いを込めて食べる餅。
実は、名古屋でもお土産で売っているこの餅は、食べようと思えばいつでも食べられる。
それでも、ここ、伊勢で、食べる餅は格別だ。
味も違う気がする。
「んんーー」
滑らかなあんこの甘さが、口いっぱいに広がる。
甘すぎないので、いくらでも入ってしまう。
今年こそ、痩せます!
と神様に宣言してきた。
姉が言っていたように、決めてきた。
けれど、誓ったのに、もう、甘いもの?と思われるかもしれないが、罪悪感はない。
一年後、またここに戻ってきた時には、きっと違う自分になっていたい。
ここから始めるための誓いの餅だ。
名古屋に帰る電車の中で、美香は新たに決意する。
お金持ちになりたければ、お金がなくてもお金持ちの気持ちで過ごせば、お金を引き寄せられるという。
年末年始の休みの間に、自分はどうなりたいのか、ずっと考えてきた。
帰ったら、それを実行する。
今年こそ、できる。
痩せるためではなくて、自分のためにそれをして、結果的に痩せていればいい。
今までとは違うことをしないと、きっと現実は動かないのだ。
はじめの一歩を、踏み出す準備は整った。
0
あなたにおすすめの小説
お嬢様の“専属”
ユウキ
恋愛
雪が静かに降りしきる寒空の中、私は天涯孤独の身となった。行く当てもなく、1人彷徨う内に何もなくなってしまった。遂に体力も尽きたときに、偶然通りかかった侯爵家のお嬢様に拾われた。
お嬢様の気まぐれから、お嬢様の“専属”となった主人公のお話。
旦那様の愛が重い
おきょう
恋愛
マリーナの旦那様は愛情表現がはげしい。
毎朝毎晩「愛してる」と耳元でささやき、隣にいれば腰を抱き寄せてくる。
他人は大切にされていて羨ましいと言うけれど、マリーナには怖いばかり。
甘いばかりの言葉も、優しい視線も、どうにも嘘くさいと思ってしまう。
本心の分からない人の心を、一体どうやって信じればいいのだろう。
ある日、憧れブランドの社長が溺愛求婚してきました
蓮恭
恋愛
恋人に裏切られ、傷心のヒロイン杏子は勤め先の美容室を去り、人気の老舗美容室に転職する。
そこで真面目に培ってきた技術を買われ、憧れのヘアケアブランドの社長である統一郎の自宅を訪問して施術をする事に……。
しかも統一郎からどうしてもと頼まれたのは、その後の杏子の人生を大きく変えてしまうような事で……⁉︎
杏子は過去の臆病な自分と決別し、統一郎との新しい一歩を踏み出せるのか?
【サクサク読める現代物溺愛系恋愛ストーリーです】
冷徹社長は幼馴染の私にだけ甘い
森本イチカ
恋愛
妹じゃなくて、女として見て欲しい。
14歳年下の凛子は幼馴染の優にずっと片想いしていた。
やっと社会人になり、社長である優と少しでも近づけたと思っていた矢先、優がお見合いをしている事を知る凛子。
女としてみて欲しくて迫るが拒まれてーー
★短編ですが長編に変更可能です。
【完結】深く青く消えゆく
ここ
恋愛
ミッシェルは騎士を目指している。魔法が得意なため、魔法騎士が第一希望だ。日々父親に男らしくあれ、と鍛えられている。ミッシェルは真っ青な長い髪をしていて、顔立ちはかなり可愛らしい。背も高くない。そのことをからかわれることもある。そういうときは親友レオが助けてくれる。ミッシェルは親友の彼が大好きだ。
愛してやまないこの想いを
さとう涼
恋愛
ある日、恋人でない男性から結婚を申し込まれてしまった。
「覚悟して。断られても何度でもプロポーズするよ」
その日から、わたしの毎日は甘くとろけていく。
ライティングデザイン会社勤務の平凡なOLと建設会社勤務のやり手の設計課長のあまあまなストーリーです。
【完結】〝終の山〟と呼ばれた場所を誰もが行きたくなる〝最高の休憩所〟としたエレナは幸せになりました。
まりぃべる
恋愛
川上エレナは、介護老人福祉施設の臨時職員であったが不慮の事故により命を落とした。
けれど目覚めて見るとそこは、全く違う場所。
そこはお年寄りが身を寄せ合って住んでいた。世間からは〝終の山〟と言われていた場所で、普段は街の人から避けられている場所だという。
助けてもらったエレナは、この世界での人達と関わる内に、思う事が出てきて皆の反対を押し切って、その領地を治めている領主に苦言を呈しに行ってしまう。その領主は意外にも理解ある人で、終の山は少しずつ変わっていく。
そんなお話。
☆話の展開上、差別的に聞こえる言葉が一部あるかもしれませんが、気分が悪くならないような物語となるよう心構えているつもりです。
☆現実世界にも似たような名前、地域、単語などがありますが関係はありません。
☆勝手に言葉や単語を作っているものもあります。なるべく、現実世界にもある単語や言葉で理解していただけるように作っているつもりです。
☆専門的な話や知識もありますが、まりぃべるは(多少調べてはいますが)全く分からず装飾している部分も多々あります。現実世界とはちょっと違う物語としてみていただけると幸いです。
☆まりぃべるの世界観です。そのように楽しんでいただけると幸いです。
☆全29話です。書き上げてますので、更新時間はバラバラですが随時更新していく予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる