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4−2 再会のメロンパン
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警戒心が緩んだのは、ここがホームグラウンドだから。
そして、エレベーター内から見る景色の凄さと、非日常感が、正常な思考を妨げた。
「申し遅れました。僕はこういう者です」
外の景色が見えることで閉塞感がなく、二人きりだということを忘れてしまいそうになるが、名刺を差し出されて向き合うと、急に現実に引き戻されたような気になった。
「西野京一郎です」
「ライターをなさっていらっしゃるのですね」
「ええ。全国を旅行して、ホテルや観光地の記事を書いています。これからの会食も、新メニューの試食会ですよ」
「お仕事なんですね。東京にもお仕事で?」
「そうです」
「旅慣れていらっしゃるのですね。私は・・・」
あまり取り出したことのない名刺入れを、慌ててうちボケットから出した。
「西園寺美香です」
「西園寺さん」
「そんな苗字ですけど、名家でもなんでもありませんよ。ごく普通の家ですから」
苦笑して、初対面の人にいつも言う言葉を西野にも言った。
「素敵なお名前ですね」
名前だけはね、と心の中で呟くのもいつものことだった。
「会社はお近くなのですか?」
「はい」
話しているうちに、エレベーターが止まり、ドアが開いた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
降りたところは、最上階ではなかった。
「え?」
「こちらです」
にこりと甘い微笑を浮かべて、立ち尽くす美香をうながした。
ホテルのフロアだ。
しかも・・・。
西野がドアを開けたのは、スイートルームだった。
美香が、これまでも、これからもきっと縁のない部屋。
「どうぞ」
「でも・・・」
「遠慮はいりませんよ」
そういうことじゃなくて・・・。
あり得ないとわかっていても、変な想像が、頭の中で勝手に繰り広げられて、美香の頬が赤くなる。
「一人ではもったいないと思いまして。メロンパンのお詫びには、とてもなりませんが」
「・・・」
「お気に召しませんか」
スイートルームへの好奇心と、ここまでついてきてしまったのだからと覚悟を決めて、足を踏み入れた。
一面のガラス窓の向こうは、絶景だった。
ある意味、最上階のレストランよりも贅沢な景色だと思った。
ここに泊まった人が、独り占めできる景色。
「わあ! すごい。宇宙にいるみたい」
さっきとはまるで違って、街の明かりがはるか下の方にあり、星のように輝いていた。
暗くなりきっていない空が、地平線でオレンジのグラデーションになっている。
窓の外を呆然と眺めている間に、西野がキッチンでコーヒーを淹れていた。
いい匂いが鼻腔を満たし、人が動き何かをしている音が耳を心地よく打つ。
「どうぞ」
テーブルにカップを置いた。
東京で見た王子様に劣らない、さまになるスタイルで。
そして、低く、心地よい声。
本当の贅沢というのは、こういうことを言うのだと思った。
素直にテーブルにつき、コーヒーを飲んだ。
「やはりいいですね。あなたの幸せそうな顔が見られて僕も嬉しい。お会いできてよかった」
かけられるその言葉も、夢の中の出来事のような気がして、美香は曖昧な微笑を浮かべた。
「本当に、夢みたい」
そう口にも出してしまった。
夢はすぐに覚める。
「ゆっくりしていってください。僕はもう行きます。好きなだけいていいですよ」
「ありがとうございます。あの・・・ここで、メロンパン食べていってもいいですか」
「もちろんです」
西野が出ていった後、メロンパンを袋から取り出した。
少し潰れて、生地が割れたメロンパンをかじる。
見た目は悪くても、中身は同じ。
「最高のメロンパンだね」
そう呟いて笑ったが、なぜか涙が頬をつたって落ちていく。
なんで・・・。
お金持ちの気まぐれなんて、やめてほしい。
綺麗で心地いいけれど、私のものではない。
東京でも感じた寂しさを、ここでも感じていた。
これはきっと、一人だから、ではないのだ。
メロンパンを平らげ、コーヒーカップを洗って元に戻し、美香がいた痕跡を消してから部屋を出た。
そして、エレベーター内から見る景色の凄さと、非日常感が、正常な思考を妨げた。
「申し遅れました。僕はこういう者です」
外の景色が見えることで閉塞感がなく、二人きりだということを忘れてしまいそうになるが、名刺を差し出されて向き合うと、急に現実に引き戻されたような気になった。
「西野京一郎です」
「ライターをなさっていらっしゃるのですね」
「ええ。全国を旅行して、ホテルや観光地の記事を書いています。これからの会食も、新メニューの試食会ですよ」
「お仕事なんですね。東京にもお仕事で?」
「そうです」
「旅慣れていらっしゃるのですね。私は・・・」
あまり取り出したことのない名刺入れを、慌ててうちボケットから出した。
「西園寺美香です」
「西園寺さん」
「そんな苗字ですけど、名家でもなんでもありませんよ。ごく普通の家ですから」
苦笑して、初対面の人にいつも言う言葉を西野にも言った。
「素敵なお名前ですね」
名前だけはね、と心の中で呟くのもいつものことだった。
「会社はお近くなのですか?」
「はい」
話しているうちに、エレベーターが止まり、ドアが開いた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
降りたところは、最上階ではなかった。
「え?」
「こちらです」
にこりと甘い微笑を浮かべて、立ち尽くす美香をうながした。
ホテルのフロアだ。
しかも・・・。
西野がドアを開けたのは、スイートルームだった。
美香が、これまでも、これからもきっと縁のない部屋。
「どうぞ」
「でも・・・」
「遠慮はいりませんよ」
そういうことじゃなくて・・・。
あり得ないとわかっていても、変な想像が、頭の中で勝手に繰り広げられて、美香の頬が赤くなる。
「一人ではもったいないと思いまして。メロンパンのお詫びには、とてもなりませんが」
「・・・」
「お気に召しませんか」
スイートルームへの好奇心と、ここまでついてきてしまったのだからと覚悟を決めて、足を踏み入れた。
一面のガラス窓の向こうは、絶景だった。
ある意味、最上階のレストランよりも贅沢な景色だと思った。
ここに泊まった人が、独り占めできる景色。
「わあ! すごい。宇宙にいるみたい」
さっきとはまるで違って、街の明かりがはるか下の方にあり、星のように輝いていた。
暗くなりきっていない空が、地平線でオレンジのグラデーションになっている。
窓の外を呆然と眺めている間に、西野がキッチンでコーヒーを淹れていた。
いい匂いが鼻腔を満たし、人が動き何かをしている音が耳を心地よく打つ。
「どうぞ」
テーブルにカップを置いた。
東京で見た王子様に劣らない、さまになるスタイルで。
そして、低く、心地よい声。
本当の贅沢というのは、こういうことを言うのだと思った。
素直にテーブルにつき、コーヒーを飲んだ。
「やはりいいですね。あなたの幸せそうな顔が見られて僕も嬉しい。お会いできてよかった」
かけられるその言葉も、夢の中の出来事のような気がして、美香は曖昧な微笑を浮かべた。
「本当に、夢みたい」
そう口にも出してしまった。
夢はすぐに覚める。
「ゆっくりしていってください。僕はもう行きます。好きなだけいていいですよ」
「ありがとうございます。あの・・・ここで、メロンパン食べていってもいいですか」
「もちろんです」
西野が出ていった後、メロンパンを袋から取り出した。
少し潰れて、生地が割れたメロンパンをかじる。
見た目は悪くても、中身は同じ。
「最高のメロンパンだね」
そう呟いて笑ったが、なぜか涙が頬をつたって落ちていく。
なんで・・・。
お金持ちの気まぐれなんて、やめてほしい。
綺麗で心地いいけれど、私のものではない。
東京でも感じた寂しさを、ここでも感じていた。
これはきっと、一人だから、ではないのだ。
メロンパンを平らげ、コーヒーカップを洗って元に戻し、美香がいた痕跡を消してから部屋を出た。
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