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2章 屍を超えていけ
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「まだいたのか」
「いちゃあ悪いか。ここではなんだ。ちょいと顔かせ」
恰幅のいい武士が、肩を掴んだ手を離さず、右腕を後ろ手に固定すると、景三郎を押して歩かせた。
右腕を封じられたら何もできない。
殺気は感じないので、黙って従う。
泣き止んだおあきが、堪えるようにギュッと口を結んでついてきた。
「片瀬さまに何かしたら、許さないから」
と、気丈にも、武士を睨みあげている。
「なぜおれの名を?」
あのとき、名乗った覚えはない。
「吉村右京さまが教えてくださいました。片瀬さまが刀を探しに来られたら、吉村さまが預かっていると伝えて欲しいと」
「右京が・・・」
おあきは頷くと、旅籠屋に駆け込んで行った。
「女将さん!」
「まあ、表から何ですか!」
「片瀬さまが・・・」
武士が景三郎を押して入っていったのは、おあきの働く旅籠だった。
「おお、蔵人、戻ったのか」
階を降りてきた武士が言った。
「おい、酒だ。酒がねえぞ」
と、女将にいい、
「これはこれは。いい土産持ってきたじゃねえか」
とニヤリと笑った。
部屋の戸を開けると、むうっと酒臭い気に包まれた。
三人の中でも、頭目と思われる武士が、気だるそうに片肘ついて寝転んでいた。
「おう、なんだ。どこかで見た顔だな」
「こやつが鶴の屋敷から出てきたぞ」
「なに!?」
「ほう、そりゃいったいどういうことだ」
座り直した武士の前に突き出されるように座らされた。
「そうこわい顔をするな。おれは相良兵吾。そっちが夏目甚兵衛、でかいのが高木蔵人だ」
二人を示して名乗り、盃を景三郎に差し出した。
「おめえは?・・・」
「片瀬景三郎」
「挨拶がわりだ。受けろ」
盃を受け取ると、相良が酒を注いだ。
「なぜここにいる」
景三郎は、相良を睨みながら言った。
三人が居続ける理由がわからない。
「桑名は良いところだ。気に入ったぜ。飲め」
仕方なく、酒を一気に干す。
「ここからすぐに出ていけ。すぐにだ」
「そう、鶴之丞が言ったのか」
「鶴之丞?」
「知らねえのか。久松だ。今は式部と言ったか」
「式部を知っているのか?」
「おい、こいつ何も知らねえみたいだな」
蔵人が言った。
「ま、どうせ暇なんだ。知らねえなら話してやるか」
同じ頃、百姓姿の男が、家老の屋敷に入っていった。
庭にまわり、声をかける。
「いよいよ動き出したか」
声の主は、女の膝枕に頭をあずけていた。
「厄介だの」
歳は四十を過ぎたくらいか。
服部半蔵である。
桑名藩の家老の一人だ。
「どうするのです? お頭」
艶っぽく女が言った。
半蔵がそばに置いている女忍びだ。
「そうだなあ。とりあえず吉村どのに報告せねばならん」
「それだけ?」
「不服か? 此度のこと、我らはなるべく関わりたくない。仕方がないから探りの人数は出すがな」
「つまらない」
「おりょう、もうよい」
と起き上がった。
「して、久松の手の者は」
報告に来た忍びに問う。
小指を耳に突っ込んで掻いている。
「はい。早乙女伊織という若党が一人、それとなく見張っているようです」
「ほう。久松が江戸から連れてきた男か。役者も顔負けの美人だと評判の」
「美人?」
おりょうが反応する。
「美人だけなら害はないが、その男を迎えた家は断絶するといういわく付きの色小姓だ。しかも腕が立つ」
「まあ。・・・どうなさるの?」
興味津々の目で服部半蔵を見つめた。
「殺すの?」
「バカ言え!」
半蔵が慌てた。
「吉村どのの許しがなくば我らは動けぬ。当分は探るだけだ」
「私にもやらせてくださいな、お頭」
と、しなだれかかる。
「お前は美人に興味があるのだろう。見るだけだぞ」
おりょうをやんわり押し除けた。
「江戸と申せば、例の三人組はいかがいたしましょう。食いついてきましたが」
「食いついた? それを早く申せ」
忍びの言葉に顔を顰める。
「血に飢えた江戸の狼か。危険だな。吉村さまに報告せねばなるまいな」
億劫そうに立ち上がる。が、思い出したように、
「目を離すなよ」
と、忍びに念押しした。
「おりょうも、決して軽はずみに動くな」
「はいはい」
おりょうは手をひらひらさせて、半蔵を追い立てた。
「やっと面白くなってきたわね」
半蔵を見送り、一人になった部屋で、つぶやいた。
その唇に、妖艶な笑みが浮かんでいた。
「いちゃあ悪いか。ここではなんだ。ちょいと顔かせ」
恰幅のいい武士が、肩を掴んだ手を離さず、右腕を後ろ手に固定すると、景三郎を押して歩かせた。
右腕を封じられたら何もできない。
殺気は感じないので、黙って従う。
泣き止んだおあきが、堪えるようにギュッと口を結んでついてきた。
「片瀬さまに何かしたら、許さないから」
と、気丈にも、武士を睨みあげている。
「なぜおれの名を?」
あのとき、名乗った覚えはない。
「吉村右京さまが教えてくださいました。片瀬さまが刀を探しに来られたら、吉村さまが預かっていると伝えて欲しいと」
「右京が・・・」
おあきは頷くと、旅籠屋に駆け込んで行った。
「女将さん!」
「まあ、表から何ですか!」
「片瀬さまが・・・」
武士が景三郎を押して入っていったのは、おあきの働く旅籠だった。
「おお、蔵人、戻ったのか」
階を降りてきた武士が言った。
「おい、酒だ。酒がねえぞ」
と、女将にいい、
「これはこれは。いい土産持ってきたじゃねえか」
とニヤリと笑った。
部屋の戸を開けると、むうっと酒臭い気に包まれた。
三人の中でも、頭目と思われる武士が、気だるそうに片肘ついて寝転んでいた。
「おう、なんだ。どこかで見た顔だな」
「こやつが鶴の屋敷から出てきたぞ」
「なに!?」
「ほう、そりゃいったいどういうことだ」
座り直した武士の前に突き出されるように座らされた。
「そうこわい顔をするな。おれは相良兵吾。そっちが夏目甚兵衛、でかいのが高木蔵人だ」
二人を示して名乗り、盃を景三郎に差し出した。
「おめえは?・・・」
「片瀬景三郎」
「挨拶がわりだ。受けろ」
盃を受け取ると、相良が酒を注いだ。
「なぜここにいる」
景三郎は、相良を睨みながら言った。
三人が居続ける理由がわからない。
「桑名は良いところだ。気に入ったぜ。飲め」
仕方なく、酒を一気に干す。
「ここからすぐに出ていけ。すぐにだ」
「そう、鶴之丞が言ったのか」
「鶴之丞?」
「知らねえのか。久松だ。今は式部と言ったか」
「式部を知っているのか?」
「おい、こいつ何も知らねえみたいだな」
蔵人が言った。
「ま、どうせ暇なんだ。知らねえなら話してやるか」
同じ頃、百姓姿の男が、家老の屋敷に入っていった。
庭にまわり、声をかける。
「いよいよ動き出したか」
声の主は、女の膝枕に頭をあずけていた。
「厄介だの」
歳は四十を過ぎたくらいか。
服部半蔵である。
桑名藩の家老の一人だ。
「どうするのです? お頭」
艶っぽく女が言った。
半蔵がそばに置いている女忍びだ。
「そうだなあ。とりあえず吉村どのに報告せねばならん」
「それだけ?」
「不服か? 此度のこと、我らはなるべく関わりたくない。仕方がないから探りの人数は出すがな」
「つまらない」
「おりょう、もうよい」
と起き上がった。
「して、久松の手の者は」
報告に来た忍びに問う。
小指を耳に突っ込んで掻いている。
「はい。早乙女伊織という若党が一人、それとなく見張っているようです」
「ほう。久松が江戸から連れてきた男か。役者も顔負けの美人だと評判の」
「美人?」
おりょうが反応する。
「美人だけなら害はないが、その男を迎えた家は断絶するといういわく付きの色小姓だ。しかも腕が立つ」
「まあ。・・・どうなさるの?」
興味津々の目で服部半蔵を見つめた。
「殺すの?」
「バカ言え!」
半蔵が慌てた。
「吉村どのの許しがなくば我らは動けぬ。当分は探るだけだ」
「私にもやらせてくださいな、お頭」
と、しなだれかかる。
「お前は美人に興味があるのだろう。見るだけだぞ」
おりょうをやんわり押し除けた。
「江戸と申せば、例の三人組はいかがいたしましょう。食いついてきましたが」
「食いついた? それを早く申せ」
忍びの言葉に顔を顰める。
「血に飢えた江戸の狼か。危険だな。吉村さまに報告せねばなるまいな」
億劫そうに立ち上がる。が、思い出したように、
「目を離すなよ」
と、忍びに念押しした。
「おりょうも、決して軽はずみに動くな」
「はいはい」
おりょうは手をひらひらさせて、半蔵を追い立てた。
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私はこの日月神示(ひつきしんじ)に出会い、研究し始めてもう25年になります。
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