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1章 王女、敵国へ潜入する
9 新たな誓い
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ワゴンは、招待客に飲み物や食べ物をを配るために時々とまる。
テオは、この場から早く逃げ出したい衝動にかられた。
吐き気がする。嫌悪感に襲われていた。
これは、陰謀なのではないかという思いにとらわれた。
シーザスとヤンで共謀して、リアを陥れたのではないだろうか。
考えすぎよ。
被害妄想だわ。
頭を振って、否定してみるが、ゼルダ王女が王子の手を取って、勝ち誇ったように笑うシーンが頭に浮かんでしまう。
でもそのシーンは、王子の姿が暗いままだ。
王子がいれば完成したはずだった絵は、未完成のまま、この場を去ることになる。
どちらにしても嫌悪することに変わりはない。
王子は敵に違いないのだから。
この国に、味方なんていない。
そう思ったら、助け出してくれた旦那さまの顔が浮かんだ。
あの人は、味方だろうか。
いや。
すぐに否定する。
だって、敵国の人なのだ。
滅んだ国の召使いだと知って、気まぐれに同情してくれただけだ。
その時、歓声があがった。
音楽もやんだ。
クロスを上げてみたが、着飾った人々の足元が見えるだけで、何が起こったのかわからない。
その足が、一方向に向けられている。
上座の方だ。
「王子だ」
「リュークンさまだ」
と口々に、言う声が聞こえた。
とうとうお出ましになったのだ。
「テオさま、今のうちに」
リカに促される。
そうだ。人々の視線が王子に向いている隙に出られる。
ワゴンの下からそっと這い出ると、リカが抱きしめてくれた。
壁にぴったりとくっつくようにして抱き合う召使いを気にとめる者はいなかった。
「リカ・・・」
「私はここで、あなたさまが来るのをいつまでもお待ちしています。・・・きっと・・・きっと、私を迎えにいらしてください」
「ええ。きっと・・・きっと来るわ。それまで、くれぐれも無理しないで」
「さあ、早く」
リカが背中を押した。
王太子が、人々に何かを語りかけると、また歓声と拍手がおこり、音楽が始まった。
人々は、王子を見ているのだろう。
後ろのものは、伸び上がるようにして、上座を見ようとしている。
テオは姿勢を低くし、人々の間をすり抜けて、出口へ向かって走った。
扉を出る一瞬だけ、後ろを振り返ってみた。
が、王子の姿は遠く、人々に隠れて見えなかった。
警護の兵士たちも、入る者には目を光らせても、出ていく者には警戒しない。
停車場を抜けて、馬車が停められている場所の方へ行く。
それなら、召使いの格好でも怪しまれない。
あの人が乗ってきた馬車はないか探してみる。
テオは重大な過ちを犯していた。
名前を聞いていないのだ。
お屋敷に行けばわかるだろうと思っていたし、聞かされても、召使いが名前を呼べるわけがないので聞かなかった。
旦那さまも名乗ろうとしなかった。
控えの間で休めばいいと言っていたのだから、それなりの身分の人だということだけはわかる。
城内に控えの間が与えられるほどなのだ。
だから馬車で来ていると思ったのだが、あの従者がいてくれたらいいのだけど、名前を知らないために、人に聞くこともできない。
探しようがなかった。
従者は見つけられなかった。
馬車じゃないのかもしれない。
テオは探すのを諦め、ため息をついて、とぼとぼと歩き出した。
これからどうしよう。
また振り出しに戻ってしまった。
リカを迎えに行けるのはいつになることか。
きっと来ると言ったが、それは、リカを召使いとして雇えるだけの身分になる、ということだ。
どうすればいいのか、今の自分にはわからないし、何もできない。
途方もなく遠い気がする。
主役である王子が出て、宴もたけなわというのに、馬車が一台出ていく。
テオは道をあけ、頭を下げる。
目の前を通り過ぎ、そのまま行くと思ったのに、止まった。
御者が降りてきて、テオに声をかけてきた。
「どうぞこちらへ、馬車にお乗りください。王さまがお話ししたいと仰せです」
「王さま?」
いったいどこの王さまか。
確かに、馬車の後ろには、護衛の騎士たちが馬に乗ってついている。
どこかの国の王さまらしい。
テオはドキドキしながら御者の後に従った。
馬車の扉が開いている。
「やはり、リアの王城の召使いだ。間違いない」
聞き覚えのある声がした。
「こんなところでどうしたのかね」
テオは顔を上げた。
懐かしい顔を目にして、手で口元を覆って座り込んでしまった。
「おじさま・・・どうして・・・」
母の兄であり、ジュート王国の王、ヘンリック。
何度も王城へ訪れて来てくれたので、この服装を覚えていたのだ。
「なんと! 早く乗りなさい」
気がついた伯父は、人目を憚って、それ以上は口にせず、御者を促した。
御者に持ち上げられるようにして、馬車に乗り込む。
馬車はすぐに走り出した。
「テオーネルラ、よく生きていてくれた。全員殺されたと聞いて、諦めておったのだ」
「おじさま」
抱き合って再会を喜び、ほっとして、涙が止まらなくなった。
テオの従姉妹でもあるジュート王国の王女、ララも乗っていて、泣いて喜んでくれた。
「どうしてこちらに?」
落ち着いたところで、テオは話を切り出した。
ジュート王国も同盟国だから、舞踏会に招かれても不思議ではない。
でも、ヤンよりもリア寄りだし、リアの王妃は妹なのだから、ヤンを快く思っていないことはわかっているはずだった。
「舞踏会に招かれたのだ。よっぽど断ろうかと腹が立ったのだが、リアの二の舞は避けねばならぬし、存念を聞いておくのもよかろうと思ったのでな。おそらく、向こうもこちらの出方を伺っておるのだろう」
この世界は、小国が群雄割拠し、同盟を結び、または反目しあって、均衡を保っていた。
ヤン王国がリア王国を滅ぼしたことによって、均衡が崩れはじめ、各国の力関係も変化する。
「慎重に振る舞わねばならぬが、堪忍袋の緒が切れてしまってな」
「まったくよ。失礼しちゃうわ」
ララが唇を尖らせた。
「ララが?」
ヘンリックは苦笑している。
「そうなのよ。ジーザスのゼルダさまを、ご存じ? あの方が、王子の婚約者になるんですって。もう、腹が立って」
手にしていた手袋を引っ張って、怒りをあらわにした。
「王子がいらっしゃるのを待ってられなかったわ!」
ララも、ゼルダが好きではないらしい。
「ヤンはシーザスとの結びつきを強めたいらしい」
「酷すぎるわ。・・・ああ、テオー・・・。テオーネルラというかわいい婚約者がいたのに・・・」
ララは、テオを抱き寄せた。
「王子とも話してみたかったのだが、シーザスが後ろ盾となると、どうもな・・・」
「王太子と王子は、仲が良くないという噂があるとか」
リカが確か、そう言っていた。
「そんな噂もあるにはあるが、王太子には逆らえんだろう。まもなく王になり、国の全てを統べるだろうからな」
この話はもう、決まりなのだろう。
王太子の意向がすべてなのだ。
王子といえども逆らえない。
やはり、同じ穴のむじな。
「そんなことより、そなたの話を聞かせてくれ。どのように逃れたのだ」
これまでの経緯をかいつまんで話した。
「ここで出会えて本当によかった。リリアが天国からはからってくれたのだろう。しばらくジュートでゆっくりすればよい。ララもおるしな」
「ありがとうございます、おじさま。お言葉に甘えさせていただきます」
馬車の揺れと、安心して気が緩んだせいで、眠くなり、目をつぶった。
もっともっと強くなって、自信をつけて、必ず戻ってこよう。
今は、力を蓄えるとき。
きっと戻るわ。リカ、ラビ、待っていて。
味方はいないんじゃない。
いるし、作れるものだ。
テオは、この場から早く逃げ出したい衝動にかられた。
吐き気がする。嫌悪感に襲われていた。
これは、陰謀なのではないかという思いにとらわれた。
シーザスとヤンで共謀して、リアを陥れたのではないだろうか。
考えすぎよ。
被害妄想だわ。
頭を振って、否定してみるが、ゼルダ王女が王子の手を取って、勝ち誇ったように笑うシーンが頭に浮かんでしまう。
でもそのシーンは、王子の姿が暗いままだ。
王子がいれば完成したはずだった絵は、未完成のまま、この場を去ることになる。
どちらにしても嫌悪することに変わりはない。
王子は敵に違いないのだから。
この国に、味方なんていない。
そう思ったら、助け出してくれた旦那さまの顔が浮かんだ。
あの人は、味方だろうか。
いや。
すぐに否定する。
だって、敵国の人なのだ。
滅んだ国の召使いだと知って、気まぐれに同情してくれただけだ。
その時、歓声があがった。
音楽もやんだ。
クロスを上げてみたが、着飾った人々の足元が見えるだけで、何が起こったのかわからない。
その足が、一方向に向けられている。
上座の方だ。
「王子だ」
「リュークンさまだ」
と口々に、言う声が聞こえた。
とうとうお出ましになったのだ。
「テオさま、今のうちに」
リカに促される。
そうだ。人々の視線が王子に向いている隙に出られる。
ワゴンの下からそっと這い出ると、リカが抱きしめてくれた。
壁にぴったりとくっつくようにして抱き合う召使いを気にとめる者はいなかった。
「リカ・・・」
「私はここで、あなたさまが来るのをいつまでもお待ちしています。・・・きっと・・・きっと、私を迎えにいらしてください」
「ええ。きっと・・・きっと来るわ。それまで、くれぐれも無理しないで」
「さあ、早く」
リカが背中を押した。
王太子が、人々に何かを語りかけると、また歓声と拍手がおこり、音楽が始まった。
人々は、王子を見ているのだろう。
後ろのものは、伸び上がるようにして、上座を見ようとしている。
テオは姿勢を低くし、人々の間をすり抜けて、出口へ向かって走った。
扉を出る一瞬だけ、後ろを振り返ってみた。
が、王子の姿は遠く、人々に隠れて見えなかった。
警護の兵士たちも、入る者には目を光らせても、出ていく者には警戒しない。
停車場を抜けて、馬車が停められている場所の方へ行く。
それなら、召使いの格好でも怪しまれない。
あの人が乗ってきた馬車はないか探してみる。
テオは重大な過ちを犯していた。
名前を聞いていないのだ。
お屋敷に行けばわかるだろうと思っていたし、聞かされても、召使いが名前を呼べるわけがないので聞かなかった。
旦那さまも名乗ろうとしなかった。
控えの間で休めばいいと言っていたのだから、それなりの身分の人だということだけはわかる。
城内に控えの間が与えられるほどなのだ。
だから馬車で来ていると思ったのだが、あの従者がいてくれたらいいのだけど、名前を知らないために、人に聞くこともできない。
探しようがなかった。
従者は見つけられなかった。
馬車じゃないのかもしれない。
テオは探すのを諦め、ため息をついて、とぼとぼと歩き出した。
これからどうしよう。
また振り出しに戻ってしまった。
リカを迎えに行けるのはいつになることか。
きっと来ると言ったが、それは、リカを召使いとして雇えるだけの身分になる、ということだ。
どうすればいいのか、今の自分にはわからないし、何もできない。
途方もなく遠い気がする。
主役である王子が出て、宴もたけなわというのに、馬車が一台出ていく。
テオは道をあけ、頭を下げる。
目の前を通り過ぎ、そのまま行くと思ったのに、止まった。
御者が降りてきて、テオに声をかけてきた。
「どうぞこちらへ、馬車にお乗りください。王さまがお話ししたいと仰せです」
「王さま?」
いったいどこの王さまか。
確かに、馬車の後ろには、護衛の騎士たちが馬に乗ってついている。
どこかの国の王さまらしい。
テオはドキドキしながら御者の後に従った。
馬車の扉が開いている。
「やはり、リアの王城の召使いだ。間違いない」
聞き覚えのある声がした。
「こんなところでどうしたのかね」
テオは顔を上げた。
懐かしい顔を目にして、手で口元を覆って座り込んでしまった。
「おじさま・・・どうして・・・」
母の兄であり、ジュート王国の王、ヘンリック。
何度も王城へ訪れて来てくれたので、この服装を覚えていたのだ。
「なんと! 早く乗りなさい」
気がついた伯父は、人目を憚って、それ以上は口にせず、御者を促した。
御者に持ち上げられるようにして、馬車に乗り込む。
馬車はすぐに走り出した。
「テオーネルラ、よく生きていてくれた。全員殺されたと聞いて、諦めておったのだ」
「おじさま」
抱き合って再会を喜び、ほっとして、涙が止まらなくなった。
テオの従姉妹でもあるジュート王国の王女、ララも乗っていて、泣いて喜んでくれた。
「どうしてこちらに?」
落ち着いたところで、テオは話を切り出した。
ジュート王国も同盟国だから、舞踏会に招かれても不思議ではない。
でも、ヤンよりもリア寄りだし、リアの王妃は妹なのだから、ヤンを快く思っていないことはわかっているはずだった。
「舞踏会に招かれたのだ。よっぽど断ろうかと腹が立ったのだが、リアの二の舞は避けねばならぬし、存念を聞いておくのもよかろうと思ったのでな。おそらく、向こうもこちらの出方を伺っておるのだろう」
この世界は、小国が群雄割拠し、同盟を結び、または反目しあって、均衡を保っていた。
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「慎重に振る舞わねばならぬが、堪忍袋の緒が切れてしまってな」
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ヘンリックは苦笑している。
「そうなのよ。ジーザスのゼルダさまを、ご存じ? あの方が、王子の婚約者になるんですって。もう、腹が立って」
手にしていた手袋を引っ張って、怒りをあらわにした。
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ララも、ゼルダが好きではないらしい。
「ヤンはシーザスとの結びつきを強めたいらしい」
「酷すぎるわ。・・・ああ、テオー・・・。テオーネルラというかわいい婚約者がいたのに・・・」
ララは、テオを抱き寄せた。
「王子とも話してみたかったのだが、シーザスが後ろ盾となると、どうもな・・・」
「王太子と王子は、仲が良くないという噂があるとか」
リカが確か、そう言っていた。
「そんな噂もあるにはあるが、王太子には逆らえんだろう。まもなく王になり、国の全てを統べるだろうからな」
この話はもう、決まりなのだろう。
王太子の意向がすべてなのだ。
王子といえども逆らえない。
やはり、同じ穴のむじな。
「そんなことより、そなたの話を聞かせてくれ。どのように逃れたのだ」
これまでの経緯をかいつまんで話した。
「ここで出会えて本当によかった。リリアが天国からはからってくれたのだろう。しばらくジュートでゆっくりすればよい。ララもおるしな」
「ありがとうございます、おじさま。お言葉に甘えさせていただきます」
馬車の揺れと、安心して気が緩んだせいで、眠くなり、目をつぶった。
もっともっと強くなって、自信をつけて、必ず戻ってこよう。
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