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6. 変えられない運命

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「籠女は存在するの……本当だよ!」


 私は明美に自宅まで送られ、明美も久とのデートを断って一緒にいてくれた。今日は母がパートで不在だったため、念のためにと気を遣ってくれた。


「恵ちゃん、本当に行って大丈夫なの?今回の場所は、ちょっと恵ちゃんには重すぎるんじゃない?」


 明美は不安気な表情で私の顔を見ていた。だが、誘いを断る理由などなかった。まだ祖母のことが解決していない。


「私だから行かなきゃいけないの。おばあちゃんは私に何か伝えたがってる。お母さんのところにも来た。私の家族に問題があることかもしれないの。それに……あのお坊さん……」

「あぁ、あのお坊さん、亡くなったんだよね。ここら辺では結構知ってる人いるからさ。お坊さんの中でも霊感が強い方だったらしいよ。ある日急に発狂して、敷地内の自宅で自殺したって……」

「私の家系のせいかもしれないの……」

「え? どういうこと?」


 私は明美の顔を真っ直ぐ見て、今まであったことを正直に話した。


「私、昨日そのお坊さんと会ったの。死んでること知らなくて、また……見ちゃったみたい……。でも、めちゃくちゃリアルで。墓が荒らされてるからなんとかしてほしいって。その後、あの家に通されて変な現象が起きて。お前の家系は呪われてるって言われたの……その死んだはずのお坊さんに」

「つまり、恵ちゃんは昨日と今日で心霊体験を2回もしたってこと?」

「そうなる……のかな」


 明美は目を丸くしていた。その後、何か思い出したのか、バッグからプリントアウトして来た伊豆の地図と何かの資料を取り出した。


「実は、行く前に色々下調べしてたんだ。この地図見て。恵ちゃんのおばあちゃんが住んでた場所、分かる?」

「ああ、確かお母さんが覚えてて、教えてくれたの。確か……ここら辺?」

「うわぁ……ドンピシャだよ」

「つまり?」


 明美はそういうと、別の白黒の地図を出して来た。今は載っていない地名があることから相当古いものだと分かった。


「うちのお父さん、國學院大学出身なの。日本史とか民俗学に詳しくてさ、図書館でなんとか当時の地図を調べてくれたんだ。この村のあたりが、ちょうどこの付近になる」


子断村こだちむら?嫌な名前だね……」

「この村は、単に子供を間引きをしてただけじゃなかったみたいなの。この村には、昔から水神様に供物を捧げる風習があったの。その捧げ物というのが……」

「間引きされた赤ちゃん?」


 明美はゆっくりと頷く。


「お母さんは、もうみんな戦争で焼けちゃって当時の資料は残ってないって言ってた。でも、ここに普通に残ってるってどういうこと?」

「何か隠しておきたいものがあったんじゃないの?恵ちゃんの血筋に関わることを……」

「でも、いったい何を……」

「ただいまー」


 母が帰って来た。明美は母の声に気づき、荷物をまとめた。


「じゃ、私帰るね。何かあったら連絡して。一応、このことは恵ちゃんのお母さんには話さない方がいいと思う。私たち2人の秘密にしよう。当日は私と久が恵ちゃんの家まで迎えに行く。そしたら、駅まで一緒に行こう。ひとりじゃ……ね?」

「明美、ごめん……ありがとう」


 母が2階に上がって来た。


「恵、具合大丈夫?ごめんなさいね、明美ちゃん」

「いいんですよ。体調落ち着いたみたいなので、私はこれで帰ります。旅行当日は私たちが迎えに行くので、心配しないでください」


 恵は軽く会釈をして部屋を出ようとした。


「下まで送るわ」

「ありがとうございます」


 私は部屋の入り口まで明美を見送った。母と明美が部屋を後にした直後、父の部屋に人影が入っていくのが見えた。


「おばあ……ちゃん?」


 私は震える手に力を入れて、父の部屋のドアノブに手をかけた。扉の隙間から、水が漏れ出していることに気がついた。


『ギギギィ……』


 立て付けが悪い扉が奇妙な音を立てて開いた。


「何……これ……」


 父の部屋全体が水浸しになっていた。それは仄かに海水と似たような匂いを放っていた。その水は父の作業台の上に置かれた茶色い籠から流れ続けていた。籠には蓋がついており、近づくほど海水とは違った鼻を突く異臭で吐き気を催した。

 父は木工細工の職人をしていた。今日は出展のため朝から出かけているはずだった。今朝まではこんなものはなかったはずだ。父がこの奇妙な籠を作っていた記憶もない。これもまた、亡くなったお坊さんのような幻覚のひとつなのだろうか。

 震える腕が籠の蓋まで伸びていく。


「恵……」


 開きっぱなしだった扉の先に、母が佇んでいた。


「お、お母さん……」

「こんなところで、何してるの?」


 気がつけば机に置かれていた籠は消えており、床の水も一瞬にしてなくなっていた。


「お母さん……私、怖いの……。何が本当で、何が違うのか分からない……。もう……こんな力いらない!」


 私は自分を見失い、母に声をあげてしまった。また動揺する母を見て、後悔と、大事なことを隠そうとする母に対しての怒りが混ざった不快な感覚が我慢できなくなり、走って自室に閉じ籠った。ベッドに顔を突っ伏して、滝のように目から流れ出る涙がシーツを濡らしていくのが分かった。

 自分のすぐ隣に人の気配を感じた。しかし、それはとても温かくて、いつも感じる嫌な気配とはめっきり違っていた。


「恵……。お母さんだって、怖いの……。母さんは私に何も教えてくれなかったわ。知らなくていいことだからって……。だから、恵に嘘ついてた。ごめんなさい。あの村のこと……あの村で何があったのか、お母さんも詳しく知らないの。それは本当よ。ただ知ってるのは、私たちがちょっと人とは違うということだけ……それだけなの」


 私はゆっくりの顔を上げて、母の顔を見た。母の目からも涙が滲み出ていた。


「私たちは……呪われてるの?」


 母はゆっくり首を横に振った。


「呪われてるんじゃない。私たちが特別なだけなの。普通の方がいいかもしれない。見えない方がいいかもしれない。でも、これは宿命なの。もう、変えられないの……。恵が明美ちゃんと一緒にあのサークルを作ったのも、困ってる人たちを救いたかったからでしょ?人ならざるものになっても、感じていることはずっと変わらないから……。恵もそう思ったんでしょ?」

「お母さん……」


 祖母は私が霊が見える体質であることを知っていた。子供の頃から、霊を見て怖がる私を支えて励ましてくれた。だからこそ、あの話をしたのかもしれない。あの村で、悲惨な死を迎えていった子供達の魂を救ってほしい。祖母が出て来たのは、私へのメッセージだったのかもしれない。

 祖母は、あの村で過去に何があったのか見ていたのかもしれない。この特別な力を通じて。


「私が、この目で籠女の正体を見破る。できるのは、私だけ。任せて、おばあちゃん……」

「恵……。私も、何もできなかった……。母さんが近くにいることはずっと前に気がついていたのに……。恵みたいに強くなれなくて、ごめんね……」


 母は涙を流しながら優しく微笑み、私の頭を撫でた。そっと立ち上がり、部屋の入り口に手をかけた。


「ご飯、作ってくるから……」


 母はそう言って部屋を後にした。
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