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1章

4. 生き残った女の子

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「分かった!待ってて!動かないでね」

僕は彼女の足に突き刺さった罠を外そうとした。でも、硬くて取れそうにない。

「そうだ、木でてこを作れば!」

すぐに折れそうではない太い木を、硬い金属の罠の隙間にはめ込み、少し空いた隙間から彼女の足を取り出そうとした。

「アァァァッ!」

エンジェルが悲鳴をあげた。

「ごめんね!でももう少しだから、我慢してね」

本当に申し訳ない。僕は申し訳なさを最大にして、彼女の足を思いっきり金具から引っこ抜いた。

「グァッ!」

罠が刺さっていた足の傷口から血が溢れ出る。彼女は嗚咽した。すぐに止血しなきゃこのままだと死んじゃう。

「いいの!もう、いいのよ……ありがとう。それより娘を探して。隠れるように言ってあるの。私は……大丈夫だから」

「分かった!探しに行きます。あなたは絶対に眠らないで」

僕は時折振り向き彼女を見ながら近くを探した。

「どこにいるの?お母さんが心配してるよ!早く出てきて!」

僕は一目散に走りながら彼女の周りにある木々を駆け回った。枝や草を払いのけ、新しいかすり傷を作りながら。それでも僕は、彼女と娘の命を救いたかった。



————————————-



どれくらいの時間が経ったかはっきり覚えてない。でも、しばらく聞こえていたはずのお母さんであるエンジェルの息遣いやうめき声がしなくなったことは覚えていた。

「チリン、チリン」

僕の後ろの方から小型のベルの音がする。

「ドサ、ドサ、ドサ」

そのベルの音と共に何かが歩み寄る音が聞こえてきた。僕は恐る恐る振り向いた。

そこには涙で目を赤く腫らした子供の女の子のエンジェルが僕を警戒するように見つめていた。女の子と言っても、身長は軽く4メートルぐらいは超えていそうだ。でも、さっき会ったお母さんエンジェルより2回りも小さかった。

首に赤い首輪のようなものが付いていた。僕が聞いたベルは、その首輪に付いていたやつの音らしい。

「君が、エンジェルさんの娘だね。すぐにお母さんに会いに行こう。怪我してて大変なんだ」

でも、僕にはもう分かっていた。お母さんはもう死んじゃったと。でも、このままこの子と一緒に立ち去るわけにもいかない。

戻ってきたら、お母さんエンジェルは横向きになって倒れていてピクリとも動かなかった。僕たちは彼女の横になった背中をただ見つめているだけだった。近くに寄ったのに息をする音が全く聞こえなかった。

冷静になる必要があった。これからこの子を含め僕たちはどうすればいいのかを考えていた。

「クゥ~ン、クゥ~ン」

彼女の背中の向こう側からマックスが泣く声が聞こえた。マックスは、彼女が死んだことを分かっているようだった。僕はどうしても彼女の顔を見る勇気がない。苦しんだ顔のまま死んでいるに違いないから。

でも、僕の代わりに娘のエンジェルがお母さんエンジェルの顔をそっと覗き込んだ。口を開けて泣いていた。でも、彼女の口から声は漏れていなかった。

ー声が、出てない?ー

「ヒー、ヒー」といった音のない息が漏れるだけで、苦しそうにしていた。

彼女の首にベルが付いている理由が分かった気がする。よく目を凝らして見ると、彼女の手足には拘束された傷跡が残っていた。顎下の首元をよく見ると、縦に切れ目が入っている。

ー人間に声帯を取られたんだー

あまり深く考えなくても分かった。悲鳴をあげるのを防ぐために。他のエンジェルや人間に聞かれないようにするために。やったのは兵か?それとも政府がらみの研究者だろうか?こんな辛い仕打ちを幼い子供にするだなんてあり得ない。

知らず知らずのうちに、僕の目からは涙が溢れていた。

「もう、絶対にひとりにしないから……僕が守ってあげるからね……」

僕は、その子と一緒に泣いた。泣いて泣いて、日が明けるのに気づかなかった。
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