雪の匣庭

東崎 惟子@ 日曜西C24a

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深山安綺羽(七月二十日)

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七月二十日
 待ちに待った日がやって来た。
 今朝から泣き出しそうな曇り空ではあったが、夕方ごろについにぽろぽろと涙を降らし始めた。その時に備え、僕は防魔の衣装に身を包む。あちこちに魔匠が施された古風のドレスである。その機能だけでなく、デザイン面も気に入っている。装飾過剰な袖口やスカート部分が、蝶の翅に似ている気がするからだ。僕は魔匠に身を包み、例の幼胚が入った櫃を手にした。椅子に腰かけて、その時を今か今かと待ち続ける。
 七時三十二分、最初の稲光が町を貫いた。
 すぐに幼胚に目をやるが何ら変化がない。最初の一回でうまくいくものでもないのだろう。次の落雷を待つ。
 二回、三回、四回と白光が放たれ、轟音が響いた。だが、幼胚は相変わらずのままだ。次第に焦りが生じてくる。それは、今回の落雷で発生には至らないのではないかというのはもちろんのこと、それ以上に偽物をつかまされたのではないかという危惧である。周到な下調べの上に手に入れたものであるから、本物であることにまず間違いはないのだが、万に一つでも偽物だということがあれば……僕のここ数年の努力が水泡に帰す。それに、数世代に亘ってバッタモノを守らされて、命まで奪われた守り人達があまりに報われない。いかに胡散臭い宗旨の旗下に集った連中とはいえ、その無垢なる信仰が空虚な実であったとあれば同情の念を禁じ得ない。我らのために、ここは是が非でも発生してほしい。その一念が天に届いたのが、六回目の落雷と同時に櫃に叩きつけるような衝撃が走った。不意のことに木の櫃は手から落ち、乾いた音を立てて中身をまろび出した。
 果たして、収められていた宝石もどきは、二つに割れていた。僕の全身が歓喜に打ち震える。発生したのだ。あとは宿主を探すだけだ。傘だけを手に、僕は町に繰り出す。僕の目には、雷雨に降られる夜の町しか映らないが、見る者が見ればきっと町中を飛び交う無数の幼生の存在に気付くに違いない。ああ、年は取りたくない。在りし日の僕であったなら、きっと見えているだろうに。
 僕は宿主として有力な少女の下へ向かった。彼女はいつも駅近くで路上ライブをしている。誰もが耳を塞ぎたくなるような酷い歌声だが、僕だけは知っている。その声が魔唱であることを。寄生体が引き寄せられるとすれば、一番に彼女の下が考えられる。
 しかし、至極当たり前のことなのだが、彼女は雨天でも歌い続けるほど酔狂な人間ではなかったらしく、ライブ会場には雨がシャッターをしたたかに打ち据える喧噪の他に誰もいなかった。僕と彼女は既知の仲である。何度か彼女の路上ライブの聴衆――私一人で「衆」となるのかは些か疑問だが――となったことがあるとはいえ、住居を知るほど深いものではない。私はひとまず諦め、今度は雨混じりの曇天を恨めしく見上げながら帰路についた。翌日、晴れてくれれば、きっと彼女はここに現れるだろう。
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