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親友の幼馴染

第2話

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 沢渡さんから逃れて、私は隣のクラスへと入る。
 彼の机を確認するも、不在。
 席に居ないということは、高確率で教室に居ないということなのだけれども、念の為、教室内を一通り見渡してみるがその姿は確認出来ず。
 心の中でだけ溜息を吐いて、友香の席へ。
「どしたの? 何だか疲れた顔してるみたいだけれど。夏休みを前にして、もう夏バテ? 確かに最近あっついからねー。あ、睡眠ちゃんと取ってる? ご飯もちゃんと食べてる? 胸にばっかり栄養いってんじゃないの?」
 あんたは私のお母さんか、とでもツッコむべきだろうか。
 それとも、胸の話だけは止めて頂きたい、とお願いするべきだろうか。
 平均サイズよりかなり大きいのもあって、普段から視線を集めやすいのだ、他所のクラスでこの手の話題が出ると、ほぼ必ずみんな見てくる。
 それはちょっと恥ずかしい。いくら部活で男子どころか女子にまで見られまくって慣れてきたとはいえ。
 何の話だ、何の。とはいえ、何の為にここまで来たかと言えば、
「んっと、ちょっと相談に乗って欲しいというか、聞いて欲しい話があってね……」
 その言葉を聞いた友香は急に目を輝かせて、
「ほぉーう。友香お姉さんのお悩み相談室をご所望な訳ね」
「そのノリはよくわかんないけど、」
 それより何より大事なのは相談内容である。沢渡さんに押された背中、貰った勇気を胸に抱いて、
「あのね、恋愛相談に乗って欲しいかなって思っ、」
「えぇッ!? とうとう話してくれる気になったのッ!? わかった聞く聞く! 沢渡さんからそれとなく話は聞いてたけど、でも椎子が話してくれなきゃどうしようもなかったし。だからさぁドンと来いッ! キリキリと吐け! さあ!」
 おのれ沢渡さん……。友香と面識はほとんどないと勝手に思い込んでいたけれど、そんなことなかったのか。
 むしろ、私の恋愛事情で友香と沢渡さんがお喋りしている絵面が想像出来てしまう。
 テンションあげあげで盛り上がる沢渡さんと、そんな沢渡さんに押されつつも好奇心を抑えられずに目を輝かせる友香の二人が、
「それでそれでッ!? 誰なの、友香の好きな人ってッ!???」
「友香ちゃん、ちょっと黙って」
 私は、限りなく低い声で告げる。すると、友香はサッと血の気が引いたように青い顔になって、
「あ、ごめん。ちょっと興奮しちゃって。私、デリカシーなかったよね」
 そう、こういうところだ。友香は、勢いや好奇心に任せて突っ走るようなところはあるけれども、根は優しくて心配りだってきちんと出来る女の子だ。だから、
「椎子に好きな人が居るなんて、大声で言う話じゃなかったね。それを他所のクラスのみんなに聞かれたりしたら、そりゃ恥ずかしいよね」
「いやそれはちょっと違うかな。そんなの私のクラスじゃ日常茶飯事ってヤツだし、みんなに聞かれるってのを気にしてる訳じゃなくて、」
 私は、この教室を端から端までもう一度見渡す。
 クラス中の誰もが私達に注目していて、だから私と視線が合う。
 男子達は、私と目が合うとさっと逸らすわざとらしい態度を見せて。
 女子たちは、微笑ましいものを見るかのように優しい笑顔だったり、あるいは親指を立てて訳知り顔で二度頷いてみたり、……その頷きはどういう意図があるのだろうか。
 ともあれ、目的の人物はまだこの教室に戻ってきては居ないようだった。
「良かった。まだ帰ってきてないみたい。でも、もし今の話を聞かれてたらって思うと、」
 それを想像してしまって、私は急に恥ずかしくなってくる。
「あはは、椎子ったら耳まで真っ赤だよ? 誰に聞かれたらってのは、聞くまでもなくわかるよ。でもそっかー。椎子の好きな人ってこのクラスのヤツなのかー。誰だろ」
 それは友香がとってもよく知る、今教室に入ってきたあの人だよ、とは口が裂けても言えなかった。少なくとも、今は。
「あ、あのね友香ちゃん、詳しい話は放課後でもいいかな! 今日は水泳部は休みだし、その時に話そ! じゃね!」
 この話を彼に聞かれるのは、どうしても避けたかった。だから、友香の返事を待たずして離脱する。
 教室に入ってきた彼の様子は、のんびりとしていて、どこか気だるげなぼんやりとした雰囲気は、この暑さに降参しました、と全身で宣言しているかのよう。
 そんな彼と入れ替わるようにして、私は廊下へと向かう。
 すれ違う、その一瞬。彼が私の目を見て、ほんの少しだけ笑った。そして挨拶代わりに片手を挙げてくれる。
 だから私も、片手を挙げることで挨拶を返す。
 言葉を交わすことはなく、でも確かに気持ちは通じ合っていた、みたいな。
 彼にとっての私は、幼馴染である友香の友人でしかないのだろうけれども。
 でも、たったこれだけのことで、私の心は幸せな気持ちでいっぱいになる。
 午後からの授業も頑張ろうって、そう思えてしまう。
 それに、もし私が勇気を出して告白して、それで受け入れて貰えたら。
 きっともっと幸せな気持ちでいっぱいになって、毎日がもっとずっと楽しくなるに違いない。
 そんな想像をしてしまった私は、もう後には引けないのだ。
 ただただ、実らない恋に身を焦がすばかりでは駄目なのだ。
 実らないのではない、実らせないようにと、ひたすらに身を引いて気持ちに蓋をして押し込めていては駄目なのだ。
 私は、私の恋を始める為に。
 今日の放課後が、勝負だ。
 一世一代の、告白と言っても良い。これは大事になるぞ、でも私にとっては大事な告白なのだ。だから、

「ふぅん、それで、誰に告白するのかしら?」
 そんなの決まってる。
「友香ちゃんだよ。私の想いを伝えなきゃ、私の恋は始まらないんだもの。今のままじゃ駄目だって、やっと気付けたの」
 果たして、私は何を口にしたのか。
「そうなの、それは凄いわね。それに大丈夫よ、私は女の子同士だからって、差別はしないし偏見の目でも見ないわ。応援するわよ」
 椎子ちゃんと友香さんが恋人同士になれるように、と。
 優しい声色で語りかけてくるのは、沢渡さんだった。そしてその声に追従するように、沢渡さんの取り巻きをやっている女の子達の声が、
「私も応援するわ」「むしろ女の子同士の方が美しいもの」「大好物よ」とかなんとか、いくつも声が重なる。
 そこで私は、我に返った。
 私はいつの間にか、自分のクラスの自分の席に戻ってきていた。
 沢渡さんは私の隣に立って、私の肩を何度も何度も優しく叩いてくるし、取り巻きの皆さんが私を見る目も温かい、いや、生暖かい感じだろうか。ともかく、
「えぇっとあの、私、今さっき、何か言いましたか……?」
「ええ言ったわね。友香さんに想いを伝えるのよね? 一世一代の告白、というところかしら?」
 いたずらっぽく笑う沢渡さんに、私は、
「いやあの、えっと、それは違って! でも違うんじゃなくって、意味が、あの! えっと! ――あ、」
 そこで昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り、ほぼ同時に先生が教室に入ってきて、だから。
 私は口を閉ざさざるを得なかった。誤解を解けなかったのは痛恨の極みではあるけれども。
 そうやって慌てる椎子ちゃんも可愛いわねー、なんて隣の席で微笑んでいる沢渡さんの姿を見ていると、私はきっとずっと沢渡さんには勝てないんだろうなと、ふとそんなことを思ったのだった。

 でもせめて、私が女の子好き、みたいなこの誤解だけは解きたいと切に願う。
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