すべてはゼロになる。

MaDaRa

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第一章 助けを求めた声

第3話 執行官

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魔王城の門前に、人間が持った松明の灯りが見える。
夜の闇を切り裂くような炎。
その光の中に、槍を構えた兵士たちが整列している。
後ろの方にはローブのようなものを羽織り、
杖を持った人間がいる。きっと魔法士だろう。
鎖に繋がれた魔法士も居る。
鎧の擦れる音、馬の鼻息、緊張で乾いた空気。
そして、その中心に一人だけ異質な男がいた。
金糸で縁取られたコート。
胸元には王国の紋章。
白手袋をはめた指先が、やけにキレイだ。
戦場に立つ人間の手じゃない。
男は俺を見るなり、口元を歪めた。

「ほう……噂通りだ。白銀の髪、
魔王と勇者の混血、レイだな」

言い方が気に食わない。
人間を見てる目ではない。
珍しい動物を見てるかのような目だ。

「私は王国直轄、執行官。
グラディオ=ヴァン=リューネ」

男は芝居がかった動作で名乗った。

「こちらに逃亡した奴隷が来たことは把握済みだ。
王国の法に基づき、逃亡奴隷の返還を要求する」

俺は門の前に立ったまま、目の前の奴らをみた。
50人くらいはいるだろうか。ピリついた空気だ。
松明の光が俺の髪を照らし、白銀が淡く輝いた。
こいつらの視線がそこに吸い寄せられるのが分かる。
俺の髪色は目立つな。ほんと。

「……で?」

俺が短く言うと、グラディオは眉をひそめた。

「理解できないのか? なら簡潔に言おう」

男は一歩前へ出た。

「返せ」

兵士たちが槍をわずかに上げる。
その動きだけで、殺気が濃くなる。
脅しのつもりなんだろう。
……魔王城で?
俺は笑ってしまいそうな気持ちを抑えた。

「お前ら、場所間違えてない?」

グラディオは平然と答える。

「ここが魔王城であることは承知している。
だが王国の法は、逃亡奴隷の返還を定めている」

「法ねー」

俺は口の中でその言葉を転がした。

「無抵抗の女の子を鎖で繋ぐのが法?」

グラディオの目がわずかに細くなる。

「それは誤解だ。彼女は魔法適正検査により
『補助魔法適正』と判定された。よって、
国家の資産として適切な処遇がなされる」

資産。処遇。
言葉が綺麗すぎて吐き気がする。
俺はため息をついた。

「適切な処遇って、奴隷区送りのことだろ?」

兵士の一人が顔をしかめた。
グラディオは肩をすくめながら言った。

「国には秩序がある。秩序を守るためには犠牲が必要だ」

犠牲。こいつは、平然とそう言う。
俺の中で怒りが湧き上がる。
でもここで暴れたら、メルリステラが怯える。

「へぇ。犠牲ね」

グラディオは俺を見て、勝ち誇ったように言う。

「返還すれば、今回の件は不問としよう。
魔王城が人間の秩序に干渉しなければ互いに平和だ」

平和?鎖を付けて?
俺は、医務室でのことを思い出した。
あの子の手首の傷。震える声。
泣きながら吐いた「助けて」。
俺は許さない。許す事など出来るはずがない。
俺は魔族と人間のハーフだ。俺も昔は差別をされた。
だが、そんな差別とは比べ物にならない事実が今ここにある。
そして今、その歪みきった事実が堂々と城門を叩き、
俺の目の前で御託を並べている。
俺は落ち着いてあしらう様に言った。

「返すわけないだろ」

その瞬間、空気が凍った。
兵士たちの槍がわずかに震える。
グラディオの笑みが消えた。

「……魔王の子。貴様、王国に逆らうのか」

「逆らうも何も」

俺は嘲笑った。

「間違いだらけの法や国なんてのに従う理由がない。
そもそもここは魔族領だぞ?」

グラディオは声を強めた。

「王国の法を侮辱するな。貴様は魔王の子とはいえ、
法の外にいるわけではない!」

……こいつ、本気で言ってるのか?
王国の法が世界の中心だと思ってるのか。恐ろしい。
この手の人間は悪意がない。だから一番厄介だ。

「なあ、グラディオ」

俺は穏やかな声で言った。

「お前に言っとく事がある」

「何だ」

「メルリステラの名前をちゃんと呼べよな」

グラディオの眉が跳ねた。

「……名前?」

「そうだ。あの子は“物”じゃない。人間だ」

グラディオは一瞬黙った。
そして、薄く笑みを浮かべた。

「感情論か。貴様の優しさは理解するが、
国家は感情では回らない。所詮、奴隷は奴隷だ」

俺はまた嘲笑う。

「感情で回らない国家が、人々を奴隷にするんだな」

グラディオの顔が歪む。

「口を慎め……!」

その時。
城の中から、微かな足音が聞こえた。
俺は振り向いた。
石の廊下の奥に、少女が立っていた。
肩までの黒髪。前髪で目元を隠している。
旅人の少女みたいな雰囲気だ。
でも瞳だけは隠せない。
青紫。星みたいな透明感。
メルリステラだった。
俺は思わず舌打ちした。

「メル、出てくるな!」

メルリステラは小さく肩を震わせた。

「……ごめんなさい……でも……私がここに居たら…
自分から助けを求めたのは……」

その目が、俺を見ている。
怯えているのに、逃げない目。
俺は胸の奥が痛くなった。

「今は何も言うな。奥に戻れ、今すぐに」

メルリステラは唇を噛み、うなずいて奥へ下がった。
その一瞬。
グラディオの目が光った。

「あれだな」

グラディオは兵士へ命じる。

「捕縛しろ。逃亡奴隷を確保せよ」

兵士が動いた。
その瞬間、俺は手を上げた。
剣を抜く必要すらない。
掌に魔力を集める。
空気がきしむ音がした。
次の瞬間、地面が闇に包まれ、
兵士たちの体を半分ほど闇の中に引きずり込んだ。

「……っ!?」

兵士たちがうめいた。動けない。
拘束闇魔法。俺は兵士たちに言った。

「動くな」

兵士たちの顔が青ざめる。
グラディオが叫んだ。

「魔法で拘束だと……!? 貴様……!」

俺は一歩踏み出した。
白銀の髪が揺れ、夜風が頬を撫でる。

「最後の警告だ。メルリステラに近寄るな」

グラディオは唇を震わせた。

「王国に逆らえばどうなるか分かっているのか!
貴様が強くとも、王国には魔法士団軍がある!」

「軍ね、じゃあ聞くけど」

俺は指先をパチン、と小さく鳴らした。
次の瞬間、拘束魔法が紐のように伸び始めて
兵士たちの槍に絡みつく。金属が軋み、
まるで粘土みたいに槍がぐにゃりと曲がり、
槍先は兵士たちの首元に向けられた。
兵士たちは声も出ない。
グラディオが、初めて後ずさりした。

「……馬鹿な……」

俺は言った。

「先ほど警告はしたよな?これでもまだやるのか?」

グラディオは歯を食いしばり、叫んだ。

「うるさい!黙れ黙れ!貴様は怪物だ!」

怪物か…。
その言葉を聞いて、俺は少しだけ昔を思い出した。
俺はただ、泣いてる子を守りたいだけ。
でも、こいつらの国ではそれが怪物扱いされる。
少し魔法を使っただけなのにな。
俺は静かに言った。

「最後に一つだけ聞く」

グラディオが息を荒げる。

「何だ……!」

「お前は攻撃魔法を使えない人々を
奴隷にする国が正しいと思うか?
攻撃魔法だけがすべてなのか?」

グラディオは叫んだ。

「そうだ。弱者は国の荷物でしかない。
切り捨てねば国は滅ぶ!適材適所だ。それが国王陛下の…」

そこまで言いかけた時。
背後から、低い声が響いた。

「よく喋る男だな」

いつの間にか父さんが後ろに立っていた。
闇が形を取ったような存在感。
空気が一段重くなり、兵士たちが震えた。
それに続いて、母さんがゆっくりと階段を降りてきた。
白髪が月光を受け、青い瞳が冷たく光る。
勇者と魔王が並ぶ光景。
ここに居る人間からしたら、悪夢だろう。
グラディオは喉を鳴らし、無理に声を張った。

「魔王!勇者!王国の命により…」

母さんがその言葉を遮り言った。

「帰りなさい」

その声は静かだった。

「あなた達の法は、ここでは通用しない。
人を物扱いする国の秩序など、秩序ではない」

父さんが言う。

「今すぐ帰れ。さもなくば……お前らはここで終わる」

グラディオは顔を引きつらせた。

「……このままでは済まんぞ……王国は必ず貴様らを討つ!
魔王の子レイ……貴様は討伐対象だ!」

俺は肩を震わせながら言った。

「いいよ。来いよ。俺もお前達の顔は覚えといてやる」

グラディオは兵士に叫ぶ。

「撤退! 退け!」

俺は拘束魔法を解くと、兵士たちは転ぶように後退した。
槍を引きずり、松明の列が揺れながら遠ざかっていく。
周囲はまた闇に包まれ、静寂が戻った。
俺は息を吐いた。

「……始まったな」

父さんがうなずく。

「始まった」

母さんが俺の肩に手を置いた。

「レイ。準備をしなさい。
王国はもう、あなたを放っておかない」

俺はうなずいた。

「分かってる」

そして、城の奥のメルリステラがいる方向を見た。
黒髪の少女。星の瞳。
あの子を守るために。
あの子のような人々を増やさないために。
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