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第十四章
Good bye.
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「ま、マスター……? 何、これ……」
次の瞬間だった。突然水槽の中に、沢山の泡が出て来て。中の子を覆いつくしていった。……それはここだけじゃなくて、全部の水槽で起きている。
苦しんでる。中の子が、もがいてる。わからないけど、何か悪い事が起きているんだ。辛そうで、悲しそうで。それで……。
「ッ……!!」
”消えてしまった”。あっという間だった。まるで元から、中には何も入っていなかったかのようで。……何もない。誰も、居ない。
「マスター! 止めて、止めてよ! お願いだから!」
ボクは察した。マスターが、あの子を消したんだって。まるでお洋服の汚れを落とすみたいに、簡単に。
消えていく。次々とボクが、消えていく。……水に溶けていく、泡となって。皆、皆。
「大丈夫。君のための肉体は、何度でも作り直せる。安心してくれ」
「違う! そうじゃない! あの子たちだって生きてるのに、消しちゃうなんて!」
ボクは必死に止めた。ボクじゃあこれを止められない、だから必死にマスターにお願いした。
……嫌だった。目の前で誰かが死ぬのは、もう見たくない。それに何より……。これじゃあまるで、ボクが殺されるみたいで。
「……なら、勝手にしたらいい」
「えっ……?」
「こいつらを助けたいならそうすればいい。……だがそうなれば、私は君を捨てる」
「ッッ……!!」
突然、マスターから冷たい気配が伝わってきた。……まるでどうでもいい何かを見るように、ボクを見てるのがわかって。
「あ……あ……」
捨てられる。本当に、捨てられる。もう今のマスターは、今までの優しいマスターじゃない。……ボクは生まれて初めて、心の底から恐怖した。
「……そんなの、嫌だろう? だったら捨てればいい。こんなゴミのことは忘れて、私と一緒に暮らそう。……さあ」
マスターは手を伸ばした。……その手先からは、マスターの優しい気持ちが伝わってきて。思わずボクはそれにすがりたくなるんだけど……。
でも無理だった。あの子たちの恨めしい視線を、背中に感じて。……ボクは今、選択を迫られているんだとわかった。
レオの言葉が頭に響いていた。選択には、結果があるっていう言葉。……もしも今、ボクがこの手を握ったら。どうなるんだろう。……ボクだったら、どう思うんだろう。
「……どうしたんだい? さあ、私の手を……――」
「っ……」
……。そうして、気が付けばボクは。……マスターの手を、払いのけていた。
「……クロ」
今まで生きてきて、産まれてきて。マスターを拒否したことなんて無かった。ただの一度だって、ただの一瞬だって。……それなのに。
「私のことが、嫌いなのか?」
「……ち、違う。そうじゃない、の。……本当なら、今すぐにだって……この手を握って。マスターに、愛されたい。マスターに、包まれたい。……でも、でも……」
「うん?」
「……生きてく自信が、無いから……」
「……」
「……ボクがあの子たちを見捨てるってことは、きっと、あの子たちを背負うってことだと思う。……あの子たちの命を、これからずっと、ボクが……死ぬまで」
「……ああ、そうだね」
「……でも、でも。……そんな自信、無いんだ。皆を背負って生きていくなんて、そんな自信、無いから……」
「……だからいっそ、ということかい?」
死んだ方がマシだと思えた。あの子たちを見捨てて、自分だけが幸せになるくらいなら。
「……お願い、します。ボクはどうなってもいいから。捨てられてもいいから。……あの子たちを、……助けて……」
「……」
「……」
……マスターが、機械を操作した。それで水槽の中の泡が止まって、あの子たちから苦しむ様子が消えていった。
ボクは安心した。……安心すると一緒に、沢山の涙が出てきた。目の前が見えなくなるくらい、いっぱい。
それでもボクは歩いた。何回か転びながら、外に向かって歩いた。……ボクはもう、マスターの所には居られないから。約束はちゃんと、守らないといけないから。
「……君のそういう所が、私は愛おしい」
「っ……!」
……。不思議だった。なぜマスターは、ボクを抱きしめているんだろう。……ボクはマスターを、裏切ったのに。マスターを、捨ててしまったのに。
「すまなかった。君を試すような真似をして」
「……マスター……?」
「……これは全て、悪い夢だ。ただの夢なんだ」
「夢……?」
「ああ、そうだ。……目が覚めれば、いつものように愛し合おう。いつものように、触れあおう。……さあ、力を抜いて」
すると急に、強い眠気がボクを襲った。……足元がふわふわとして、まるで夢の中を泳いでる気分になって。
……ああ、よかった。全部夢だったんだ。この辛さも、悲しみも。何もかもが、悪い夢。
「……やはり君は美しい。その君だからこそ、私は全てを……」
……その時だった。マスターが一瞬、仮面を外したように見えて。生まれて初めて、ボクはマスターの素顔を初めて見た。
でもそれも一瞬だった。次の瞬きをする頃には、淡い眠気に包まれてて。マスターの素顔は……ボクの頭の中から消えていった。
「……愛している、クロ」
次の瞬間だった。突然水槽の中に、沢山の泡が出て来て。中の子を覆いつくしていった。……それはここだけじゃなくて、全部の水槽で起きている。
苦しんでる。中の子が、もがいてる。わからないけど、何か悪い事が起きているんだ。辛そうで、悲しそうで。それで……。
「ッ……!!」
”消えてしまった”。あっという間だった。まるで元から、中には何も入っていなかったかのようで。……何もない。誰も、居ない。
「マスター! 止めて、止めてよ! お願いだから!」
ボクは察した。マスターが、あの子を消したんだって。まるでお洋服の汚れを落とすみたいに、簡単に。
消えていく。次々とボクが、消えていく。……水に溶けていく、泡となって。皆、皆。
「大丈夫。君のための肉体は、何度でも作り直せる。安心してくれ」
「違う! そうじゃない! あの子たちだって生きてるのに、消しちゃうなんて!」
ボクは必死に止めた。ボクじゃあこれを止められない、だから必死にマスターにお願いした。
……嫌だった。目の前で誰かが死ぬのは、もう見たくない。それに何より……。これじゃあまるで、ボクが殺されるみたいで。
「……なら、勝手にしたらいい」
「えっ……?」
「こいつらを助けたいならそうすればいい。……だがそうなれば、私は君を捨てる」
「ッッ……!!」
突然、マスターから冷たい気配が伝わってきた。……まるでどうでもいい何かを見るように、ボクを見てるのがわかって。
「あ……あ……」
捨てられる。本当に、捨てられる。もう今のマスターは、今までの優しいマスターじゃない。……ボクは生まれて初めて、心の底から恐怖した。
「……そんなの、嫌だろう? だったら捨てればいい。こんなゴミのことは忘れて、私と一緒に暮らそう。……さあ」
マスターは手を伸ばした。……その手先からは、マスターの優しい気持ちが伝わってきて。思わずボクはそれにすがりたくなるんだけど……。
でも無理だった。あの子たちの恨めしい視線を、背中に感じて。……ボクは今、選択を迫られているんだとわかった。
レオの言葉が頭に響いていた。選択には、結果があるっていう言葉。……もしも今、ボクがこの手を握ったら。どうなるんだろう。……ボクだったら、どう思うんだろう。
「……どうしたんだい? さあ、私の手を……――」
「っ……」
……。そうして、気が付けばボクは。……マスターの手を、払いのけていた。
「……クロ」
今まで生きてきて、産まれてきて。マスターを拒否したことなんて無かった。ただの一度だって、ただの一瞬だって。……それなのに。
「私のことが、嫌いなのか?」
「……ち、違う。そうじゃない、の。……本当なら、今すぐにだって……この手を握って。マスターに、愛されたい。マスターに、包まれたい。……でも、でも……」
「うん?」
「……生きてく自信が、無いから……」
「……」
「……ボクがあの子たちを見捨てるってことは、きっと、あの子たちを背負うってことだと思う。……あの子たちの命を、これからずっと、ボクが……死ぬまで」
「……ああ、そうだね」
「……でも、でも。……そんな自信、無いんだ。皆を背負って生きていくなんて、そんな自信、無いから……」
「……だからいっそ、ということかい?」
死んだ方がマシだと思えた。あの子たちを見捨てて、自分だけが幸せになるくらいなら。
「……お願い、します。ボクはどうなってもいいから。捨てられてもいいから。……あの子たちを、……助けて……」
「……」
「……」
……マスターが、機械を操作した。それで水槽の中の泡が止まって、あの子たちから苦しむ様子が消えていった。
ボクは安心した。……安心すると一緒に、沢山の涙が出てきた。目の前が見えなくなるくらい、いっぱい。
それでもボクは歩いた。何回か転びながら、外に向かって歩いた。……ボクはもう、マスターの所には居られないから。約束はちゃんと、守らないといけないから。
「……君のそういう所が、私は愛おしい」
「っ……!」
……。不思議だった。なぜマスターは、ボクを抱きしめているんだろう。……ボクはマスターを、裏切ったのに。マスターを、捨ててしまったのに。
「すまなかった。君を試すような真似をして」
「……マスター……?」
「……これは全て、悪い夢だ。ただの夢なんだ」
「夢……?」
「ああ、そうだ。……目が覚めれば、いつものように愛し合おう。いつものように、触れあおう。……さあ、力を抜いて」
すると急に、強い眠気がボクを襲った。……足元がふわふわとして、まるで夢の中を泳いでる気分になって。
……ああ、よかった。全部夢だったんだ。この辛さも、悲しみも。何もかもが、悪い夢。
「……やはり君は美しい。その君だからこそ、私は全てを……」
……その時だった。マスターが一瞬、仮面を外したように見えて。生まれて初めて、ボクはマスターの素顔を初めて見た。
でもそれも一瞬だった。次の瞬きをする頃には、淡い眠気に包まれてて。マスターの素顔は……ボクの頭の中から消えていった。
「……愛している、クロ」
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