崩壊した世界からの脱出 -ボクたちはセックスしか知らない-

空倉霰

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第十五章

Marriage

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 神父さんのその一言で、ボクの全身はいっきに緊張してしまう。マスターの手を握る力が強くなっちゃって、ボクは心臓の音を必死にかき消そうとした。
「汝、シュバルツよ。あなたはどんな時でもクロを守り抜くと、誓いますか?」
「ああ。誓おう。……だがそれは神なんかにじゃない。クロ自身に誓う」
「……よろしい。それではクロよ、あなたはどんな時でも、シュバルツの側にいることを誓いますか?」
「あ……。あ……」
 ……声が出なかった。まるで急に、吃音になったみたいで。ボクはどうしても、思った通りの声を出すことが出来なかった。
 急に意識がハッキリとしてきた。さっきまでの夢を見ているような、ふわふわとした感覚はもう無くて。奇妙なまでの現実感が、ボクを襲った。
 木のせせらぐ音が聞こえる。皆の視線を感じる。草木が揺れて、風がボクの鼻をくすぐって。……どうしようもない。
「……どうしました、クロよ?」
 息が荒くなっていく。喉の奥が締め付けられて、上手く吸えない。辛い。
「大丈夫だよ、クロ。……ほら、ゆっくりと息を吸って。落ち着くんだ」
 マスターが背中をさすってくれた。それでもなぜか、気持ちは落ち着かなくて。それをどうしてなんだろうって、理由を考えていくうちに。ボクはひとつの答えに辿り着いた。
「マスター……。ボク、ボクは本当に……。幸せで、いいの?」
「……クロ」
 怖かった。幸せになるのが。……何か嫌な気持ちがして。
「ボク、何か忘れてる気がするんだ。大切なことを。……何か、大事なこと。なんだかボクだけが、幸せになってる気がして……」
「それは気のせいだよ、クロ。君は優しいから、そう思ってしまうだけなんだ。大丈夫。君は幸せになっていいんだよ」
「……。本当……?」
「ああ。もちろんだ。……ほら、見てごらん。彼らの顔を」
 マスターが後ろを向いた。だからボクも、後ろを向いて。もう一度皆のお顔を見てみる。
「っ……」
 皆が見守っていた。ボクのことを、マスターのことを。ある意味それは、当たり前なのかもしれないけど。なぜだかボクはそのことに驚いて。
 優しい目だった。皆、怒ってる感じは全然なくて。本当に心の奥底から祝福してくれているんだとわかって。またボクは、泣きそうになってしまう。
「ほらね。誰も君の幸せを、邪魔したりなんかしない。……邪魔者は、どこにも居ないよ」
 ……それでも、消えなかった。ボクの心の奥にある、恐怖心。むしろみんなの笑顔が、だんだん変な物に見えて来て。ボクは思わず身をすくめた。
 わからない。どうしてだろう。さっきまで幸せだったのに、なんで。……何か忘れている気がする。とても大事なことを、忘れている。
「……私と愛を誓うのが、嫌なのかい?」
 マスターが言った。でもそんなわけはないから、ボクは首をふるんだけど。……そうすると突然、マスターがボクに迫ってきて。ボクの背中を木に押し付けた。
「ではなぜだ? なぜそんな顔をする? ……君にはもう、心配することなどないというのに」
 必死な感じがした。マスターが何か、焦っているような気がして。……まるで待ち続けてた何かが、目の前で止まっているかのように。
「君には私が必要だ。何より、私には君が必要だ。……それじゃあ駄目なのか? それでは足りないというのか?」
「違う、違うの。そうじゃなくて……」
「じゃあなんだ? 君は何を望んでいる? 教えてくれ。一体何が足りない? どうすればいい? ――どうすれば君は、私の人になってくれる? 私のものになってくれる?」
 ……不思議だった。どうしてマスターが、こんなになってるのかが。それだけボクを、愛してくれてるってことなんだと思うけど……。何かそれ以外にも理由がある気がして。
 だからボクは聞いてみることにした。この際、ずっと気になってたことを。他に聞けるようなことなんてなかったし、もういっそのことって。
「……ねえ、マスター。マスターはどうして……、ボクを求めてくれるの?」
 ……。するとマスターは、少しキョトンとした気がした。でもすぐにいつものように戻って、にこって笑顔になって。
「決まっている。――君を愛しているからだ」
 ボクに迫ってくる。キスをする時みたいに。それでドレスの中に、手を入れて。ボクの身体に優しく触れて。……愛撫した。
「……何もかもが、愛らしくてたまらない。全てが、愛おしい。君の整った顔も、君の小さな身体も。お腹も、足も、腕も、耳も、骨も。……何もかもが」
「っ……」
「だが何より、私を惹き付けて止まないのは。君のその心だ。聖母のような愛情、全てを慈しめる心。それがどれだけ素晴らしいのか、君にはまだわからないんだよ」
「……マスター……」
 ボクたちはもう、キスをしかけていた。ほんの少し顔を動かせば、唇が触れてしまいそうで。……お互いの吐息が、耳に残って。
「誓おう。例え君が、どんな姿になろうとも。大火傷を負おうと、どんな傷を負おうと。君を愛する。……君の望む全てを、君にあげよう」
「……」
「……こんな私を、愛してほしい。どうか、クロ……」
 ……マスターはそれ以上、動かなかった。ボクの返事を待っていた。
 ボクはわかっていた。どうすればいいのか。……言葉とかじゃない。言葉じゃあ、伝えきれない。ボクは今ほどに、言葉の物足りなさを感じたことは無くて。
 マスターを愛したい。マスターに愛されたい。気が付けばボクの頭の中は、そのことでいっぱいになっていて。他のことなんて、考えられなくなって。それで、ボクは……。――マスターにキスをした。
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