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79 またもや漂流者
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人間というものは、三人集まれば派閥が生まれ、五人集まれば隣人トラブルが勃発し、十人集まれば「話し合いの場」が開かれる。つまり、人口増加とはすなわち混沌の兆しであり、希望と煩悩が同居する壮大な社会実験である。
さて、そんな前置きをぺろりと飲み込んでしまうように──
またもや、海が人を吐き出した。
「今回も三人かな?」と俺の隣でルナが耳をぴょこぴょこさせながら数を数えていた。彼女の数え方は、大抵の場合“勘”である。そしてその勘が案外あたるから面倒くさい。
波間に見えた人影は、確かに三つ。ぐったりとした姿勢のまま、それぞれ勝手なペースで浜に流れ着き、そして、潮が引くと共に、まるで舞台の幕が上がるように起き上がった。
一人目は、分厚い本を抱えた壮年の男だった。
長い睫毛の奥の瞳には、何やら「すべてを教えたくてたまらない」という圧倒的な圧力が宿っており、すぐにこちらに向き直るなり、スッと姿勢を正して言った。
「職業は教育者だ。世界を記述し、子らに伝えるのが務めだ」
そう名乗られても、こちらとしては「お、おう」としか言いようがない。
「世界って……けっこう広いぞ?」と俺が返すと、
「だからこそ記述するのだ」と言って、胸元のポケットから羽ペンを取り出して見せた。完全にやる気である。
「ルナ、じがよめるようになりたい!」と即座にルナが反応したが、彼は嬉しそうに頷いて「まずは音から始めよう」と言った。
その声が、なんとなく“学び舎の鐘”のように聞こえたのは気のせいだろうか。
次に起き上がったのは、女だった。
濡れた髪を淡々と整え、服の裾をぴしりと直すと、まるで初対面で名刺を差し出すかのように口を開いた。
「私は裁定者。物事の境界を識り、秩序を記す者だ」
……なんだこの、格好いい風の自己紹介は。
俺が一瞬言葉に詰まっていると、彼女は鋭い目で俺を一瞥し、さらに続けた。
「この場所には、まだ線がない。必要ならば、引くことができる」
いや、あの、線というのはな、物理的な話か概念的な話か、それとも比喩か──
「ちなみに、村の掲示板は誰が管理している?」
「いや、あれは誰がっていうか、なんとなくで……」
「ふむ、ならば今日から私が担当する。まず“使用権に関する取り決め”から始めよう」
……お、おう。
三人目は、まったく違うテンションだった。
すでに浜辺でくるくると踊りながら、何かの旋律を口ずさみつつ、足元に螺旋模様を描いていた。
「やっぱり芸術家か……」と俺が呟くと、彼女はくるりとこちらを向いて、きらきらした目で言った。
「わたくしは、音と形と感情を編む者──」
「芸術家だな」と遮ると、「ああもう、味気ない……」と肩を落とした。
だが、彼女の足取りはまるで風に乗っているようで、砂浜に残された足跡すら何かの詩のようだった。
「この場所、いいわね。言葉にしていない色が、まだたくさんある」
……何がどうなってるのか、よくわからんが、つまり気に入ったらしい。
レイヴィアがゆっくりと近づいてきて、三人を見渡しながら言った。
「文化って、こういうことなんですね」
まったくその通りだと思う。
だけど同時に──これはまた、面倒な連中が増えたな、とも思った。
だがそれが悪いことではないのは、広場の風景がすべてを語っていた。
教育者の前には、好奇心を持て余した若者たちが集まり、試しに枝で地面を引っかきながら、見慣れぬ形を真似していた。
裁定者のまわりには、口下手な村人たちが、石を置いて「このあたり……俺の畑の端だと思ってたんだけどなあ」と曖昧に相談しはじめていた。
芸術家は石壁に詩を書き、言葉にできない感情を色に変えて飾っていた。
夕暮れ、広場に座ってそれを見ていたルナが、ぽそりと呟いた。
「このむら、にぎやかになってきたね」
レイヴィアが隣で微笑んだ。
「にぎやか……でも、なんだか、ちゃんと動いてる気がする」
俺は焚き火の明かりに照らされた広場を眺めながら、誰にともなく答えた。
「動いてる。方向はまだ定かじゃないけどな」
風が、ページをめくるように静かに通り過ぎていった。
──その風の中に、何か、新しい物語の予感があった。
さて、そんな前置きをぺろりと飲み込んでしまうように──
またもや、海が人を吐き出した。
「今回も三人かな?」と俺の隣でルナが耳をぴょこぴょこさせながら数を数えていた。彼女の数え方は、大抵の場合“勘”である。そしてその勘が案外あたるから面倒くさい。
波間に見えた人影は、確かに三つ。ぐったりとした姿勢のまま、それぞれ勝手なペースで浜に流れ着き、そして、潮が引くと共に、まるで舞台の幕が上がるように起き上がった。
一人目は、分厚い本を抱えた壮年の男だった。
長い睫毛の奥の瞳には、何やら「すべてを教えたくてたまらない」という圧倒的な圧力が宿っており、すぐにこちらに向き直るなり、スッと姿勢を正して言った。
「職業は教育者だ。世界を記述し、子らに伝えるのが務めだ」
そう名乗られても、こちらとしては「お、おう」としか言いようがない。
「世界って……けっこう広いぞ?」と俺が返すと、
「だからこそ記述するのだ」と言って、胸元のポケットから羽ペンを取り出して見せた。完全にやる気である。
「ルナ、じがよめるようになりたい!」と即座にルナが反応したが、彼は嬉しそうに頷いて「まずは音から始めよう」と言った。
その声が、なんとなく“学び舎の鐘”のように聞こえたのは気のせいだろうか。
次に起き上がったのは、女だった。
濡れた髪を淡々と整え、服の裾をぴしりと直すと、まるで初対面で名刺を差し出すかのように口を開いた。
「私は裁定者。物事の境界を識り、秩序を記す者だ」
……なんだこの、格好いい風の自己紹介は。
俺が一瞬言葉に詰まっていると、彼女は鋭い目で俺を一瞥し、さらに続けた。
「この場所には、まだ線がない。必要ならば、引くことができる」
いや、あの、線というのはな、物理的な話か概念的な話か、それとも比喩か──
「ちなみに、村の掲示板は誰が管理している?」
「いや、あれは誰がっていうか、なんとなくで……」
「ふむ、ならば今日から私が担当する。まず“使用権に関する取り決め”から始めよう」
……お、おう。
三人目は、まったく違うテンションだった。
すでに浜辺でくるくると踊りながら、何かの旋律を口ずさみつつ、足元に螺旋模様を描いていた。
「やっぱり芸術家か……」と俺が呟くと、彼女はくるりとこちらを向いて、きらきらした目で言った。
「わたくしは、音と形と感情を編む者──」
「芸術家だな」と遮ると、「ああもう、味気ない……」と肩を落とした。
だが、彼女の足取りはまるで風に乗っているようで、砂浜に残された足跡すら何かの詩のようだった。
「この場所、いいわね。言葉にしていない色が、まだたくさんある」
……何がどうなってるのか、よくわからんが、つまり気に入ったらしい。
レイヴィアがゆっくりと近づいてきて、三人を見渡しながら言った。
「文化って、こういうことなんですね」
まったくその通りだと思う。
だけど同時に──これはまた、面倒な連中が増えたな、とも思った。
だがそれが悪いことではないのは、広場の風景がすべてを語っていた。
教育者の前には、好奇心を持て余した若者たちが集まり、試しに枝で地面を引っかきながら、見慣れぬ形を真似していた。
裁定者のまわりには、口下手な村人たちが、石を置いて「このあたり……俺の畑の端だと思ってたんだけどなあ」と曖昧に相談しはじめていた。
芸術家は石壁に詩を書き、言葉にできない感情を色に変えて飾っていた。
夕暮れ、広場に座ってそれを見ていたルナが、ぽそりと呟いた。
「このむら、にぎやかになってきたね」
レイヴィアが隣で微笑んだ。
「にぎやか……でも、なんだか、ちゃんと動いてる気がする」
俺は焚き火の明かりに照らされた広場を眺めながら、誰にともなく答えた。
「動いてる。方向はまだ定かじゃないけどな」
風が、ページをめくるように静かに通り過ぎていった。
──その風の中に、何か、新しい物語の予感があった。
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