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83 老い、影落とす
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まことに困った話だが、最近の村では「老い」が流行している。
老いが流行るとはなんぞや、と思うかもしれないが、実際に起こっているのだから仕方がない。昨日まで元気に木を担ぎ上げていたウサギ族の老兵が、今朝にはヨボヨボとよろけて転び、リュナの大鍋に足から突っ込むという珍事まで発生した。熱かったらしい。
「なんか……顔がシワシワになってる子、多くない?」
リュナが言う。彼女は例の進化温泉以来、俺の生活圏に定着し、妙に俺の背後をうろつくようになった。まるで背後霊。獣人の背後霊というのは耳と尻尾のせいでいっそう目立つ。
それはさておき、彼女の言葉は事実だった。俺が見ても、最近、やけに腰の曲がった獣人やら、歩くたびに骨がミシミシ言ってそうなウサギ族やらが増えてきていた。
「加速してるな」と、医者が言った。
例の時間加速の森。あの森に入った者は、戻ってきてしばらくすると急に動きが鈍くなり、目がかすみ、記憶が飛び始める。そして何より――顔が妙にくたびれる。表情に“疲労感”という三文字が常駐するようになる。
「まるで人生を早送りにしたみたいだな」と、俺はスープを啜りながら言った。
「違うな。巻き戻しの早送りだ」
「いや、意味わかんないぞそれ」
医者は真顔で頷いた。相変わらずだ。何かを診断しては勝手に診断結果を発表し、誰かが咳をすれば「死期かもしれん」と余計なことを言い、スープを飲み干せば「腸内環境良好」と診断する。だが今回は珍しく、言っていることに芯があった。
「魔素が時間感覚を狂わせている。森の中では本人は気づかないが、外に出るとズレが出る」
つまり、森の中では一日が一時間のように流れるが、本人は一日いたと思っている。そして実際には、数週間分の“老い”を身体だけが受け取っているのだ。
「だったら、もう森に入らなければいいんじゃないの?」
リュナが言った。もっともな意見である。だが、それができれば苦労はしない。森は便利なのだ。あそこには急速に成長する薬草、収穫に適した果実、そして一部のウサギにとっては“子作り”に最適な環境まで整っている。まるで高機能すぎるラブホテルである。
「それに、もう手遅れのやつもいる」
と、医者が指差した先には、村の片隅で石の上に座り、なにやら“ボールだったもの”を見つめている老獣人がいた。彼はそれを手のひらで転がしながら、「これは……鍋の蓋だったか、はたまた初恋の手紙か……」などと言っている。完全に混濁である。
「……どうする?」
「どうするって?」
「このままだと、村に“老い”が溜まっていく。命の偏りが始まるぞ」
俺はスープを置いた。いよいよもって現実逃避できなくなってきたのだ。
村には今、“子ども”と“老人”が同時に急増している。寿命の前借りをするかのように育った子どもと、寿命の帳尻合わせで急に老いた者たち。ここには“若者”がいない。
「つまり、世代が飛んでるってことか?」
「そうだ。そして制度が追いついていない。教育も、医療も、介護も、なにもかもだ」
リュナは俺の言葉を聞きながら、そっと俺の手元のスープを一口奪った。
「ぬるいね。温めなおそうか?」
「おまえ、今そういうタイミングじゃないだろ」
「でも、温めなおすことは大事だよ。スープも、命もね」
妙に深いことを言った気になっている彼女を見て、俺はちょっとだけ笑った。
制度――それはつまり、“命に時間を与えるもの”だ。
俺たちの村は、今ようやく“世代”という概念を得た。だがそれを支えるものは、まだ何もない。
老いが流行るとはなんぞや、と思うかもしれないが、実際に起こっているのだから仕方がない。昨日まで元気に木を担ぎ上げていたウサギ族の老兵が、今朝にはヨボヨボとよろけて転び、リュナの大鍋に足から突っ込むという珍事まで発生した。熱かったらしい。
「なんか……顔がシワシワになってる子、多くない?」
リュナが言う。彼女は例の進化温泉以来、俺の生活圏に定着し、妙に俺の背後をうろつくようになった。まるで背後霊。獣人の背後霊というのは耳と尻尾のせいでいっそう目立つ。
それはさておき、彼女の言葉は事実だった。俺が見ても、最近、やけに腰の曲がった獣人やら、歩くたびに骨がミシミシ言ってそうなウサギ族やらが増えてきていた。
「加速してるな」と、医者が言った。
例の時間加速の森。あの森に入った者は、戻ってきてしばらくすると急に動きが鈍くなり、目がかすみ、記憶が飛び始める。そして何より――顔が妙にくたびれる。表情に“疲労感”という三文字が常駐するようになる。
「まるで人生を早送りにしたみたいだな」と、俺はスープを啜りながら言った。
「違うな。巻き戻しの早送りだ」
「いや、意味わかんないぞそれ」
医者は真顔で頷いた。相変わらずだ。何かを診断しては勝手に診断結果を発表し、誰かが咳をすれば「死期かもしれん」と余計なことを言い、スープを飲み干せば「腸内環境良好」と診断する。だが今回は珍しく、言っていることに芯があった。
「魔素が時間感覚を狂わせている。森の中では本人は気づかないが、外に出るとズレが出る」
つまり、森の中では一日が一時間のように流れるが、本人は一日いたと思っている。そして実際には、数週間分の“老い”を身体だけが受け取っているのだ。
「だったら、もう森に入らなければいいんじゃないの?」
リュナが言った。もっともな意見である。だが、それができれば苦労はしない。森は便利なのだ。あそこには急速に成長する薬草、収穫に適した果実、そして一部のウサギにとっては“子作り”に最適な環境まで整っている。まるで高機能すぎるラブホテルである。
「それに、もう手遅れのやつもいる」
と、医者が指差した先には、村の片隅で石の上に座り、なにやら“ボールだったもの”を見つめている老獣人がいた。彼はそれを手のひらで転がしながら、「これは……鍋の蓋だったか、はたまた初恋の手紙か……」などと言っている。完全に混濁である。
「……どうする?」
「どうするって?」
「このままだと、村に“老い”が溜まっていく。命の偏りが始まるぞ」
俺はスープを置いた。いよいよもって現実逃避できなくなってきたのだ。
村には今、“子ども”と“老人”が同時に急増している。寿命の前借りをするかのように育った子どもと、寿命の帳尻合わせで急に老いた者たち。ここには“若者”がいない。
「つまり、世代が飛んでるってことか?」
「そうだ。そして制度が追いついていない。教育も、医療も、介護も、なにもかもだ」
リュナは俺の言葉を聞きながら、そっと俺の手元のスープを一口奪った。
「ぬるいね。温めなおそうか?」
「おまえ、今そういうタイミングじゃないだろ」
「でも、温めなおすことは大事だよ。スープも、命もね」
妙に深いことを言った気になっている彼女を見て、俺はちょっとだけ笑った。
制度――それはつまり、“命に時間を与えるもの”だ。
俺たちの村は、今ようやく“世代”という概念を得た。だがそれを支えるものは、まだ何もない。
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