無人島転生 〜素材チートで開拓してたら、村どころか王国ができそうです〜

しゅがれっと

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87 米の導入

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 この世界に来て、何よりまず衝撃だったのは、米がなかったことである。

 干し肉。木の実。発光する果実のスープ。どれも美味ではあるし、命をつなぐには申し分ない。しかし、それらはあくまで“代替”でしかなかった。俺の魂は、ずっとひとつのものを探してさまよっていたのだ。

 ――米。

 白く、つややかに、湯気をたたえ、粒立つあの神聖な主食の王。食卓の中心。おにぎりの母。腹の底からあたたかく、涙腺の奥をじんわりと押してくる、あの炊きたての奇跡。

 「作ろう」と俺は言った。

 誰にでもなく、泥の地面に向かって。

 その日から俺は、街の北端のぬかるみに通うようになった。湿地。魔素がゆるく流れ、風が止まると土がぼこぼこと泡立つ。あきらかに田んぼに向いているとは言いがたいが、俺にはもうそこしか見えていなかった。

 「また泥遊び?」

 通りすがりのセリアが冷ややかに言う。彼女の眼差しには、過去の数々の“未遂文明”が反射していた。

 「違う。これは……田んぼだ」

 「はあ?」

 俺は頷いた。真顔で。

 「米を育てる。俺の世界の主食。炭水化物の極致にして、文化の源泉だ」

 こうして、世界初の“異世界米づくり計画”が始動した。

 種はなかった。だが、似たものはあった。細く長い葉を持ち、風に揺れると“実る未来の幻”を思わせる“ぬばぬば草”。触るとべとつく。匂いはやや酸っぱい。種子は小さく、食べ物に見えなくもない、というレベルだ。

 「これだ」と俺は言った。

 「……これが?」

 「いや、これかもしれない」

 この「かもしれない」から始まるのが文明だ。

 土を耕し、水を引き、魔素を調整し、植えた。最初は失敗の連続だった。水が逃げ、ぬばぬばが腐り、地面が沼地になって小動物が住み着いた。

 「おまえの田んぼ、うさぎの楽園になってるぞ」と医者が言った。

 「これはまだ予備田。最終形ではない」

 「熱中するのはいいがな、主食に殺されるなよ。胃が冒されるかもしれん」

 彼はそう言って、田んぼに医療用の札を立てて去っていった。

 それでも俺はあきらめなかった。魔素の流れと土地の傾斜を図に起こし、ぬばぬば草の成長速度と太陽光の角度を測定し、とうとう“それらしいもの”が芽吹いた日――俺は叫んだ。

 「いける……いけるぞ!」

 「何がです?」

 振り返ると、レイヴィアがいた。

 彼女はすでに足を手に入れ、陸の生活にも慣れている。今日も優雅に歩いている。だが、その視線には王族としての誇りと、探求者のような好奇心が宿っていた。

 「米だ。育ち始めたんだ」

 「……このぬばぬばが?」

 「そう。この粘りが可能性なんだ」

 彼女は田んぼをじっと見つめた。泥の中に、風の中に、彼女はきっと何かを見たのだろう。次の瞬間、すっと靴を脱ぎ、足を田に踏み入れた。

 「ならば、わたしも一緒に」

 海の王女が泥に入る。これはもう一種の文化的事件である。

 それからの日々、俺とレイヴィアは田を整え、風を読み、ぬばぬばを育てた。彼女の魔素感知能力は驚異的で、水位や気温の変化を言い当て、田んぼは日を追うごとに“稲っぽさ”を増していった。

 収穫の朝、エリスがやってきて言った。

 「……本当にできちゃったのね、これ」

 「ぬばぬば草(仮)は、もはや“米(仮)”だ」

 「正式名称の“仮”を外すには味次第ね」

 俺は息をのんで頷き、石鍋に魔素水を張り、ぬばぬば草(仮)をとぎ、炊いた。

 湯気が立ち、世界がしんとした。

 レイヴィアが、ひと口食べた。しばしの沈黙。そして、微笑んで言った。

 「これが、陸の魂なのですね」

 エリスは黙って二杯目を装い、医者は「腸内細菌が喜んでいる」と謎の診断を下した。

 俺は口の中のそれを嚙みしめた。

 それはたしかに、“俺の米”だった。ちょっとぬばぬばしていたが、それは希望の粘りである。

 異世界に米が生まれた瞬間だった。
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