106 / 138
106 継続する漂流者の流入
しおりを挟む
海というのは、人を飲み込み、人を育て、人を流す。あるいは、人を迷わせ、知らぬ間に別の場所へと運び出す。
そして最近、この街の海は、人を“ちょいちょい投げてくる”ようになった。
以前なら数か月に一度あるかないか、珍しい祭のような頻度でしか現れなかった漂流者が、週に一度、いや、下手をすれば数日おきにぽこんと海から現れるようになったのだ。まるでどこかの異世界転送装置が乱雑な設定のまま放置されているか、あるいは別世界の下水の出口がここになっているかのような勢いで。
最初の頃こそ、人々はそのたびに驚き、集まり、助け、喜び、そして珍しがった。が、慣れとは実に強い。三人目の時点で半分飽き、五人目には「またか」とため息をつき、七人目には「もうタオル用意しとこう」と予め用意を始める始末である。
街の海岸には“漂流者干し場”なるスペースが設けられ、毛布と温かいスープ、そして濡れたスーツを乾かすための紐が常備された。タオルが支給され、名前を書く欄すら用意されている。漂流者たちはこれを“転生キット”と呼んでいた。
カズマはと言えば、初期の漂流者として、なんとなく“案内役”的な立場になっていた。
「いや、俺もこの前まで会社員だっただけなんで……」と言いつつ、スーツを着たまま漂着してきた新参者を迎え、「わかります、俺もそうでした。駅のホームで、ね」と曖昧に励ます係になっていた。
別に望んでそうなったわけではない。彼はただ“最初に来た、わりと喋れる人間”というだけだったのだが、これが異世界では立派な立場になる。序列とは、常に最も意味のない基準で決まるものだ。
「……で、どんな感じなんですか、ここ」
新しい漂流者にそう聞かれるたび、カズマは少し黙ってから、こう答えるのが常だった。
「うーん、慣れれば、まあ……家賃はないですし……ご飯も、まあまあ……労働は、あります」
要するに、特別快適ではないが、特別絶望でもないということだ。
漂流者たちは、それぞれ奇妙な背景を持っていた。
手品師、元プロゲーマー、漫画編集者、薬剤師、スタントマン、フリーター、迷子、そして猫。なぜか一匹だけ猫が混じっていたのだが、街ではそれも自然に受け入れられていた。
「異世界ですからね、猫くらい喋ってもおかしくないです」
そう言ったのはレイヴィアである。
彼女は海辺の岩に腰をかけ、スカートを潮風になびかせながら、漂流者たちを見つめていた。まるで古い劇場の観客のように、静かで、遠くて、それでいて興味津々な目だった。
「この方々は、皆さま、どこか浮いておられます。物理的にも、精神的にも」
「そりゃあ……いきなり異世界ですしね」
「でも、不思議です。みなさま、案外、馴染んでゆかれる」
「日本が、そういう国なんですよ。変なことに、妙に強い」
「慣性の文化、というやつでしょうか」
「うまいこと言いますね」
カズマとレイヴィアのやり取りは、どこか緩やかで、異種間にしては妙に落ち着いていた。まるで深夜のラジオ番組のようだった。
街はというと、漂流者の受け入れ体制を次第に“制度化”し始めていた。
「漂流者初期対応係」「持ち物登録」「スキル確認」「異文化衝突カウンセリング」などの部署が仮設され、漂着したばかりの者たちは一通りこれらを受けるようになった。まるで市役所の仮窓口である。
「ここに名前を……いや、覚えてない場合は記号でもいいですよ。“うどん”とかでも」
カズマは、新入りにそう優しく言っていた。
かつて、自分がそう言われて救われたから。
その姿を見ながら、俺は思った。
漂流者が増えている。これは偶然か、運命か、それとももっと別の“構造”によるものか。誰かが仕組んだ“流入”なのか、それとも、この世界が何かを必要として“吸い寄せている”のか。
いずれにせよ、この街には、また新しい顔が増えた。そしてまた、何かが少しだけ変わっていくのかもしれない。
変化というのは、いつだって静かに、雑に、そして気づかないうちに始まっている。
そして最近、この街の海は、人を“ちょいちょい投げてくる”ようになった。
以前なら数か月に一度あるかないか、珍しい祭のような頻度でしか現れなかった漂流者が、週に一度、いや、下手をすれば数日おきにぽこんと海から現れるようになったのだ。まるでどこかの異世界転送装置が乱雑な設定のまま放置されているか、あるいは別世界の下水の出口がここになっているかのような勢いで。
最初の頃こそ、人々はそのたびに驚き、集まり、助け、喜び、そして珍しがった。が、慣れとは実に強い。三人目の時点で半分飽き、五人目には「またか」とため息をつき、七人目には「もうタオル用意しとこう」と予め用意を始める始末である。
街の海岸には“漂流者干し場”なるスペースが設けられ、毛布と温かいスープ、そして濡れたスーツを乾かすための紐が常備された。タオルが支給され、名前を書く欄すら用意されている。漂流者たちはこれを“転生キット”と呼んでいた。
カズマはと言えば、初期の漂流者として、なんとなく“案内役”的な立場になっていた。
「いや、俺もこの前まで会社員だっただけなんで……」と言いつつ、スーツを着たまま漂着してきた新参者を迎え、「わかります、俺もそうでした。駅のホームで、ね」と曖昧に励ます係になっていた。
別に望んでそうなったわけではない。彼はただ“最初に来た、わりと喋れる人間”というだけだったのだが、これが異世界では立派な立場になる。序列とは、常に最も意味のない基準で決まるものだ。
「……で、どんな感じなんですか、ここ」
新しい漂流者にそう聞かれるたび、カズマは少し黙ってから、こう答えるのが常だった。
「うーん、慣れれば、まあ……家賃はないですし……ご飯も、まあまあ……労働は、あります」
要するに、特別快適ではないが、特別絶望でもないということだ。
漂流者たちは、それぞれ奇妙な背景を持っていた。
手品師、元プロゲーマー、漫画編集者、薬剤師、スタントマン、フリーター、迷子、そして猫。なぜか一匹だけ猫が混じっていたのだが、街ではそれも自然に受け入れられていた。
「異世界ですからね、猫くらい喋ってもおかしくないです」
そう言ったのはレイヴィアである。
彼女は海辺の岩に腰をかけ、スカートを潮風になびかせながら、漂流者たちを見つめていた。まるで古い劇場の観客のように、静かで、遠くて、それでいて興味津々な目だった。
「この方々は、皆さま、どこか浮いておられます。物理的にも、精神的にも」
「そりゃあ……いきなり異世界ですしね」
「でも、不思議です。みなさま、案外、馴染んでゆかれる」
「日本が、そういう国なんですよ。変なことに、妙に強い」
「慣性の文化、というやつでしょうか」
「うまいこと言いますね」
カズマとレイヴィアのやり取りは、どこか緩やかで、異種間にしては妙に落ち着いていた。まるで深夜のラジオ番組のようだった。
街はというと、漂流者の受け入れ体制を次第に“制度化”し始めていた。
「漂流者初期対応係」「持ち物登録」「スキル確認」「異文化衝突カウンセリング」などの部署が仮設され、漂着したばかりの者たちは一通りこれらを受けるようになった。まるで市役所の仮窓口である。
「ここに名前を……いや、覚えてない場合は記号でもいいですよ。“うどん”とかでも」
カズマは、新入りにそう優しく言っていた。
かつて、自分がそう言われて救われたから。
その姿を見ながら、俺は思った。
漂流者が増えている。これは偶然か、運命か、それとももっと別の“構造”によるものか。誰かが仕組んだ“流入”なのか、それとも、この世界が何かを必要として“吸い寄せている”のか。
いずれにせよ、この街には、また新しい顔が増えた。そしてまた、何かが少しだけ変わっていくのかもしれない。
変化というのは、いつだって静かに、雑に、そして気づかないうちに始まっている。
12
あなたにおすすめの小説
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます
竹桜
ファンタジー
ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。
そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。
そして、ヒロインは4人いる。
ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。
エンドのルートしては六種類ある。
バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。
残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。
大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。
そして、主人公は不幸にも死んでしまった。
次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。
だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。
主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。
そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密
藤原遊
ファンタジー
魔法が支配する世界で、魔力を持たない少女アリア・マーウェラ。彼女は、かつて街を守るために命を落とした英雄的冒険者の両親を持ちながら、その体質ゆえに魔法を使えず、魔道具すら扱えない。しかし、彼女は圧倒的な身体能力と戦闘センスを武器に、ギルドでソロ冒険者として活動していた。街の人々やギルド仲間からは「英雄の娘」として大切にされつつも、「魔力を捨てて進化した次世代型脳筋剣士」と妙な評価を受けている。
そんなある日、アリアは山中で倒れていた謎の魔法使いイアンを助ける。彼は並外れた魔法の才能を持ちながら、孤独な影を背負っていた。やがて二人は冒険の中で信頼を深め、街を脅かす魔王復活を阻止するため、「カギ」を探す旅に出る。
しかしイアンには秘密があった。彼は魔族と人間の混血であり、魔王軍四天王の血を引いていたのだ。その事実が明らかになったとき、アリアは「どんな過去があっても、イアンはイアンだよ」と笑顔で受け入れる。
過去に囚われたイアンと、前を向いて進むアリア。二人の絆が、世界を揺るがす冒険の行方を決める――。シリアスとギャグが織り交ざる、剣と魔法の冒険譚!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる