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133 英雄未満の共闘
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剣が止まった。ではなく、斬る相手が尽きただけだった。
地面に散らばる鉄と骨と、どこかの部族名が刻まれた盾──この辺りがもう既に「戦場」というより、「静物画の練習素材」だった。
「次だ」
フィオナが短く言った。戦闘中だというのに、髪の一房も乱れていない。美しい、と言えば美しいのだが、正直なところ、俺は彼女の美しさより、その不変さに恐怖していた。
「戦闘中も冷静な女」とかじゃない。「常にそうでしかいられない人間」である。呼吸が訓練、まばたきが鍛錬、寝言が斬撃。何の因果でこんな人が流れ着くんだ。
「で、どこへ?」と訊くと、「斧の声が聞こえる方」と返ってくる。
斧の声とは。
だが、俺にはわかっていた。
あの音──地面を震わせ、空気を裂き、鳥を沈黙させる咆哮。
「ウゥオオオアアア!!」
まさに、あれである。
「来たか。バイキングの頭だな」
俺が言うと、フィオナは一切の表情を変えず、「斧の中心に切り込む」と答えた。いや、もう少し周辺から行こうよ。せめて、肩とか。腕とか。
奴は見た目からして間違っていた。
何より顔がすごい。誤訳された怒りの絵文字みたいな造形。肉が喋ってるのかと思うくらい、顔面の各パーツが大声で主張しあっていた。
「フハハハ! 貴様らがこの都市の守り手かァ!?」
「俺は違う」
反射的に否定してしまった。というか、誰が守り手だ。むしろ守られたい側だ。
「私はそうだ」
横からフィオナが堂々と答える。
やめてくれ、正直に名乗らないでくれ、俺まで巻き込まれるだろうが。
「ならば貴様から潰す!」
ほらみろ。
バイキングの頭が斧を振りかぶった瞬間、フィオナが前に出た。
剣と斧が衝突し、火花が走る。
「……おい、俺は?」
当然ながら、俺も前に出ざるを得なかった。
英雄ではない。名乗る気もない。
だがこの場で、彼女一人に任せるというのも──それはそれで、俺の安眠を脅かす罪悪感になる。
──そして俺たちは、英雄未満の共闘を始めた。
武器は、知恵と言葉と、偏屈な意地である。
俺は常々思っているのだが、斧というものには、どうにも根本的な“自意識の重さ”がある。
まず、外見が既に自己主張に満ちている。刃の面積が無駄に広く、柄が短いくせに妙に堂々としていて、まるで「重さこそが正義」と言わんばかりだ。実際、そうなのだろう。斧というのは、本質的に“威圧”の武器なのである。
「斧というのは、振りかざした時点で『俺を見ろ!』と叫んでいるのだ。これは一種の自己紹介であると同時に、自傷的な宣言でもある。なぜなら、振れば振るほど制御を失うからだ」
斧が振るわれた。バイキングの頭は全身で風を叩きつけ、瓦礫を飛ばす。フィオナは剣の軌道をわずかにずらし、直撃を避ける。火花が咲き、地面が吠えた。
「斧という道具には、反省がない。後悔がない。あるのは慣性と質量と、自負だけである。だからこそ、斧を握った瞬間に“問い”を持つことができなくなるのだ。己の腕力が正義だと、思い込んでしまうから」
フィオナの剣がバイキングの足元をなぞった。刃先が甲冑を弾く。かすり傷にもならないが、着実に重心を揺らしている。
「略奪と栄光は似ている。どちらも『手に入れた』という事実によって過去が正当化される。だが、斧による征服は、手に入れるものではなく、壊すものに過ぎないのではないか? 何も生まれず、ただ割れる。これは“建設”ではなく、“放棄”だ」
バイキングの頭の眉間に、わずかな皺が寄った。斧の振りが、ほんのわずかに、鈍った。
「お前の斧は、お前の意志か? それとも、誰かが決めた“強者”の記号か? そうして何百年と繰り返された暴力の形式を、お前はなぞっているだけではないのか?」
振り下ろされた斧が、石畳をかすめる。土煙が舞い、視界が遮られる。その隙に、フィオナが一歩詰める。
「剣は問いかける。槍は探る。だが斧は断定する。『これがすべてだ』と。そこに迷いはない。だからこそ、迷いを与えれば崩れる。斧が最も苦手とするのは、“疑念”だ。自分はなぜ振っているのか? それを考えた瞬間、斧はただの鉄塊になる」
そのとき、バイキングの斧がわずかに止まった。ほんの一瞬の硬直。刃が地をかすめ、衝撃が遅れる。
「そして俺が今、こうして喋り続けている理由もまた、斧への問いかけである。なぜ振るうのか。なぜそこまで大声で叫ぶのか。なぜ破壊した先に価値があると信じるのか」
フィオナの剣が、その硬直を逃さなかった。
一閃、肩口を裂く。返す刃が、膝を断ち、そして──斧が手から滑り落ちた。
「斧というのは、重さを“手放す自由”を知らない。
だがその自由を知った時、人は、斧を“置く”ことができる」
俺は口を閉じた。
語りは終わった。
戦もまた、終わっていた。
地面に散らばる鉄と骨と、どこかの部族名が刻まれた盾──この辺りがもう既に「戦場」というより、「静物画の練習素材」だった。
「次だ」
フィオナが短く言った。戦闘中だというのに、髪の一房も乱れていない。美しい、と言えば美しいのだが、正直なところ、俺は彼女の美しさより、その不変さに恐怖していた。
「戦闘中も冷静な女」とかじゃない。「常にそうでしかいられない人間」である。呼吸が訓練、まばたきが鍛錬、寝言が斬撃。何の因果でこんな人が流れ着くんだ。
「で、どこへ?」と訊くと、「斧の声が聞こえる方」と返ってくる。
斧の声とは。
だが、俺にはわかっていた。
あの音──地面を震わせ、空気を裂き、鳥を沈黙させる咆哮。
「ウゥオオオアアア!!」
まさに、あれである。
「来たか。バイキングの頭だな」
俺が言うと、フィオナは一切の表情を変えず、「斧の中心に切り込む」と答えた。いや、もう少し周辺から行こうよ。せめて、肩とか。腕とか。
奴は見た目からして間違っていた。
何より顔がすごい。誤訳された怒りの絵文字みたいな造形。肉が喋ってるのかと思うくらい、顔面の各パーツが大声で主張しあっていた。
「フハハハ! 貴様らがこの都市の守り手かァ!?」
「俺は違う」
反射的に否定してしまった。というか、誰が守り手だ。むしろ守られたい側だ。
「私はそうだ」
横からフィオナが堂々と答える。
やめてくれ、正直に名乗らないでくれ、俺まで巻き込まれるだろうが。
「ならば貴様から潰す!」
ほらみろ。
バイキングの頭が斧を振りかぶった瞬間、フィオナが前に出た。
剣と斧が衝突し、火花が走る。
「……おい、俺は?」
当然ながら、俺も前に出ざるを得なかった。
英雄ではない。名乗る気もない。
だがこの場で、彼女一人に任せるというのも──それはそれで、俺の安眠を脅かす罪悪感になる。
──そして俺たちは、英雄未満の共闘を始めた。
武器は、知恵と言葉と、偏屈な意地である。
俺は常々思っているのだが、斧というものには、どうにも根本的な“自意識の重さ”がある。
まず、外見が既に自己主張に満ちている。刃の面積が無駄に広く、柄が短いくせに妙に堂々としていて、まるで「重さこそが正義」と言わんばかりだ。実際、そうなのだろう。斧というのは、本質的に“威圧”の武器なのである。
「斧というのは、振りかざした時点で『俺を見ろ!』と叫んでいるのだ。これは一種の自己紹介であると同時に、自傷的な宣言でもある。なぜなら、振れば振るほど制御を失うからだ」
斧が振るわれた。バイキングの頭は全身で風を叩きつけ、瓦礫を飛ばす。フィオナは剣の軌道をわずかにずらし、直撃を避ける。火花が咲き、地面が吠えた。
「斧という道具には、反省がない。後悔がない。あるのは慣性と質量と、自負だけである。だからこそ、斧を握った瞬間に“問い”を持つことができなくなるのだ。己の腕力が正義だと、思い込んでしまうから」
フィオナの剣がバイキングの足元をなぞった。刃先が甲冑を弾く。かすり傷にもならないが、着実に重心を揺らしている。
「略奪と栄光は似ている。どちらも『手に入れた』という事実によって過去が正当化される。だが、斧による征服は、手に入れるものではなく、壊すものに過ぎないのではないか? 何も生まれず、ただ割れる。これは“建設”ではなく、“放棄”だ」
バイキングの頭の眉間に、わずかな皺が寄った。斧の振りが、ほんのわずかに、鈍った。
「お前の斧は、お前の意志か? それとも、誰かが決めた“強者”の記号か? そうして何百年と繰り返された暴力の形式を、お前はなぞっているだけではないのか?」
振り下ろされた斧が、石畳をかすめる。土煙が舞い、視界が遮られる。その隙に、フィオナが一歩詰める。
「剣は問いかける。槍は探る。だが斧は断定する。『これがすべてだ』と。そこに迷いはない。だからこそ、迷いを与えれば崩れる。斧が最も苦手とするのは、“疑念”だ。自分はなぜ振っているのか? それを考えた瞬間、斧はただの鉄塊になる」
そのとき、バイキングの斧がわずかに止まった。ほんの一瞬の硬直。刃が地をかすめ、衝撃が遅れる。
「そして俺が今、こうして喋り続けている理由もまた、斧への問いかけである。なぜ振るうのか。なぜそこまで大声で叫ぶのか。なぜ破壊した先に価値があると信じるのか」
フィオナの剣が、その硬直を逃さなかった。
一閃、肩口を裂く。返す刃が、膝を断ち、そして──斧が手から滑り落ちた。
「斧というのは、重さを“手放す自由”を知らない。
だがその自由を知った時、人は、斧を“置く”ことができる」
俺は口を閉じた。
語りは終わった。
戦もまた、終わっていた。
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