10 / 59
第二幕
寄辺
しおりを挟む
「……あぁ、やはり其方ではならぬな」
明頼の頭を明瞭にしたのは、空を焼く朱でも、わずかな蕾の芽吹き始めた枝から鳥が飛び立つ羽ばたきでもない。その言葉の真意を尋ねるより先に、宵君は縁台から腰を上げた。
「其方の問いの答えは全て、其方が言い淀んだところにあろう。私に心中を明らかに出来ぬのであれば、私とて其方を選ぶことは出来ぬ。揺るがぬ実力の不足もある。大方、私の同志は暁光でなければならぬのか、との問いだろうが」
言葉を切り、宵君は振り返る。握られたままの拳に視線を落とし、その口元が笑った。
「……しかし、其方の心にあるのは京でも公主でもなく、私の隣に並び立てぬ不服のみとは。随分、慕ってくれておるようだ」
「……何卒、何卒お許し下さいませんか。私の稚拙な心を、お許し下さいませんか、兄君」
草履から足を抜き、宵君が襖の手前で立ち止まる。明頼は弾かれたように縁台から立ち上がり、柱に手をかけ縁側に立つ宵君に駆け寄った。
「貴方の隣に、など……暁光殿のような、雲の上の方に嫉妬心を抱くなど、烏滸がましいとは重々存じております。しかしなれど……」
「……明頼」
「貴方だけなのです! 武術の才もなく、生家から疎まれ、父君や母君も、幻驢芭に仕える者達すら『要らぬ用心であった』と笑った私を貴方だけが……」
深い海の色をした目を細め、宵君は明頼が手を伸ばした右手を優しくやんわりと避ける。微かに指先を掠めた袖が、乱暴に振り払われるよりもずっと酷く明頼を打ちのめした。
「……先の問いの答えは、『是』だ」
ただ一言残して、宵君は立ち尽くす明頼に背を向けた。板の軋む音が遠ざかり、忙しなく務めに就き始めた家臣達のそれに紛れて消える。
「……貴方だけが、幻驢芭の次男として扱って下さいました」
わずかに後ずされば、足の裏で砂利が擦れる音がした。風に吹かれ、所在なくただ揺れる幟のような心地に、明頼は固く瞼を伏せ、唇を噛むことしか出来ない。
「明頼殿」
突如背後から掛けられた声に、明頼は飛び退くように振り返った。そこには庭に片膝をついた若い男が居り、その出で立ちから忍の類と理解したが、見覚えのない男だ。
「お初にお目にかかります、白爪の配下、虎牙と申します」
「……忍が名乗るとは、珍しい奴だな」
警戒を僅かに緩めた明頼を見上げ、虎牙は頬を掻いて笑う。
「えぇ……だって、貴方はお味方になる方でしょ? あ、白爪の配下、って言いましたけど、俺は今は亡き大殿に仰せつかって洸清様に仕えてる身ですんで、当然火の中水の中、洸清様にお仕えするってわけなんですが」
軽薄な笑いを零しながら紡がれる言葉を呆然と聞き、京で戦が起こることを前提としているような口ぶりに、明頼は堪らず声を上げた。
「待て。では洸清殿は、暁光殿と……」
「ゆうべは口利いてませんね。あぁ、兄弟喧嘩とかじゃなくて」
「分かっている。頼む、もう少し真剣に聞かせてくれないか。暁光殿も洸清殿も御心は揺るがぬのか」
立ち上がり、さぁどうでしょう、と首を振った虎牙だが、真剣に、と頼んだ明頼の言葉を思い出したのか、「あー……」とばつが悪そうな声を漏らした。
「多分、もう戻らないと思いますよ。御二人共、頑固ですから。……俺だって、俺だってこんなことになるとか思わなかったよ、この前まで酒酌み交わして笑ってたのにさ」
落ち着きなく手のひらで頬を撫でる虎牙の様は、由緒ある家に仕える忍の取る行動とはとても思えないが、その仕える家が割れようとしているのだから無理もないだろう。
「貴方はどうなさるんです? お宅の忍に止められて、先刻の話は聞けなかったけど」
「あぁ、墮速か……」
とても忍びらしからぬ、薬草と花ばかりを扱っているどこか抜けた男を思い浮かべた。敵ではないとはいえ、よく知らぬ余所者を宵君に近づかせなかった墮速の働きに、明頼は胸中で感謝した。幻驢芭に仕える忍である堕速は、堕們の実弟でもある。
「大体分かってますけどね。あんたがどうするか、っていうかどうすべきか」
「其方に分かるものか。分かってなるものか。私には、兄君だけが心の拠り所であったのだ、それを……」
「……そうやって、いつまで宵殿に寄っかかってんですか、あんた」
苛立ちを隠しもせず、眉間に皺を寄せた虎牙は明頼の言葉を遮る。
「ああいう人が背負ってるものは、とんでもなく巨大なんすよ。あれくらい強くなきゃ押し潰されちまうくらい。それをあんたは一緒に背負うべきなのに……何であんたまで乗っかってんですか。それがあんたと上様……暁光殿の一番の差じゃないんですか」
淡々と零れる言葉は矢尻のように明頼の肌を掠めたが、何も返す言葉はなかった。私は兄君を慕うつもりで怠慢の時を重ねて来たのか、と明頼は目を見張ったまま俯く。
「……兄君は、私如きに煩わされるような御方だろうか。否、其方のいう通りであるな。兄君の影となるつもりが、いつしかそのおみ足へ縋る荷になっていたのだ、私は」
やがて随分長く庭に佇む明頼を不審がり、家臣達の足音が近づいてきた。それをいち早く察知した虎牙は、明頼に目配せを送る。
「其方の主へ伝えよ。この明頼、皇家への義のもと洸清殿にお味方致すと」
「……御意」
襖の影から家人が明頼に声を掛けるより早く、虎牙は塀の外へ跳び去った。
「戻りました」
簡潔な挨拶を述べ、虎牙は室の前で立ち止まり、跪いた。入れ、と声が掛かると、ぴたりと自身の身幅分のみ襖を開け、後ろ手に閉じる。
「虎牙、大儀であった」
「……まだ何も言ってませんけど」
「私はお前に任務を成すまで戻るなと言った。お前が戻ったということは、明頼殿にはこの私にご加勢頂けるということだろう」
洸清の言葉に、虎牙は呆気にとられたが、そうですね、と大人しく口を閉ざした。そういうところは兄弟そっくりなんだよな、と内心で溜息を噛み殺し、随分と背の高い男の隣に腰を下ろす。と、その顔を見上げて虎牙は目を見開いた。
「えっ、鯨一郎殿! 何であんたが」
「私が呼んだのだ」
鯨一郎に代わって答えた洸清は、虎牙に一枚の折り畳まれた書状を差し出す。傍へ寄ってそれを受け取り、目を通した虎牙は何すか、これ、と眉を潜めた。
「此度、公主殿下の権威をお護りすべくこの洸清と手を携えてはくれぬかと京中の武家諸侯へ文をしたためた」
「んな大胆な……」
「……だが、応えたのは此処に居る者達のみ」
洸清の言葉に顔を上げ、面々を見渡せば、鯨一郎をはじめ五名の男が軽く会釈をする。幻驢芭家に仕える者は無論、酒熾家の恭也をはじめ白爪家に仕える家の者も席を空けたままである。
「たった、これだけっすか」
「案ずるな。これを見よ」
引き攣った声を漏らす虎牙に洸清が見せたのは、上等な紙に幼い文字が走り、皇家の印が捺された書状であった。それを受け取った虎牙は、何度もその書面を視線で辿る。
「皇家の近衛軍、実に三万の兵の使役を許可する……?」
洸清は書状を返すよう手で合図し、虎牙はそれに従い元通り折り畳んだ文を差し出す。
「深夜、御所から密者が参ってな。公主殿下は宵殿、暁光殿への賛同を撤回され、御二人に御所へ出頭するよう命ぜられたが、これを拒否されたとのこと。つまり我々は謀反人ではない」
「謀反はあの御二人の方、ってことですか」
それでいて、この味方の少なさは一体何なのか。虎牙は首を捻った。あの御二人も、大概滅茶苦茶なことしてると思うんだが、何でそんなに味方がつく? 考えを巡らせていると、洸清がひとつ溜息をつく。その表情は苦々しく、書状を袂へ仕舞うと指先で脇息の細工を弄んだ。
「……あちらには管納院がついている」
「はぁ……成程。寺が着く方に民は着く、武家だって仏を信じる民だ。誰しも仏敵にはなりたくないってことっすか」
「神子には背けど、仏には背けぬらしい。こんなことならば、御所の向かいに社でも祀っておくのだったな。今更後の祭りだが……」
苦笑いする洸清に、家臣どもは唸る。では、この面々は信仰を捨て、義を選んだ者達か。虎牙は数度頷き、分かりました、と呟いた。
「……それにしても、洸清殿も人が悪い」
肩の力を抜いた虎牙の言葉に洸清は首を傾げる。主上への侮辱ともとれる発言を咎めようと鯨一郎が腰を上げる前に、だって、と遮った。
「俺が明頼殿の元へ行く前に、公主殿下を言いくるめて兵を動かす許可を取るなんて、意外でしたよ」
「……お前の手腕は信用している。明頼殿にお味方頂けることは、お前を遣わせようと考えたとき既に決まっていた。ゆえに、公主殿下には初めからそのようにお伝えしたまで」
珍しく僅かに微笑んだ洸清は、淡々と告げる。つい先日までは暁光の後姿を追ってばかりいたというのに、不気味な程洸清は冷静だった。
「人も悪くあらねば、何一つ成せることなく捻り潰されて終わる。あの御二人を相手取るならば清い手段ばかりを選んでは居れぬだろう」
洸清は深緑の目を伏せ、首に飾った勾玉守を撫でる。深く、それでいて澄んだ赤い石。昔日に暁光が土産だと洸清に贈ったものだ。兄の首には、三つの翡翠の勾玉が飾られている。清らかな緑を綺麗だろう、と撫でていた兄の笑みを思い浮かべた。
「互いの首を護るように、と祈ったのに……」
呟きを声に乗せていたかどうか。少なくとも、この場の誰一人それに答えることは出来なかった。
明頼の頭を明瞭にしたのは、空を焼く朱でも、わずかな蕾の芽吹き始めた枝から鳥が飛び立つ羽ばたきでもない。その言葉の真意を尋ねるより先に、宵君は縁台から腰を上げた。
「其方の問いの答えは全て、其方が言い淀んだところにあろう。私に心中を明らかに出来ぬのであれば、私とて其方を選ぶことは出来ぬ。揺るがぬ実力の不足もある。大方、私の同志は暁光でなければならぬのか、との問いだろうが」
言葉を切り、宵君は振り返る。握られたままの拳に視線を落とし、その口元が笑った。
「……しかし、其方の心にあるのは京でも公主でもなく、私の隣に並び立てぬ不服のみとは。随分、慕ってくれておるようだ」
「……何卒、何卒お許し下さいませんか。私の稚拙な心を、お許し下さいませんか、兄君」
草履から足を抜き、宵君が襖の手前で立ち止まる。明頼は弾かれたように縁台から立ち上がり、柱に手をかけ縁側に立つ宵君に駆け寄った。
「貴方の隣に、など……暁光殿のような、雲の上の方に嫉妬心を抱くなど、烏滸がましいとは重々存じております。しかしなれど……」
「……明頼」
「貴方だけなのです! 武術の才もなく、生家から疎まれ、父君や母君も、幻驢芭に仕える者達すら『要らぬ用心であった』と笑った私を貴方だけが……」
深い海の色をした目を細め、宵君は明頼が手を伸ばした右手を優しくやんわりと避ける。微かに指先を掠めた袖が、乱暴に振り払われるよりもずっと酷く明頼を打ちのめした。
「……先の問いの答えは、『是』だ」
ただ一言残して、宵君は立ち尽くす明頼に背を向けた。板の軋む音が遠ざかり、忙しなく務めに就き始めた家臣達のそれに紛れて消える。
「……貴方だけが、幻驢芭の次男として扱って下さいました」
わずかに後ずされば、足の裏で砂利が擦れる音がした。風に吹かれ、所在なくただ揺れる幟のような心地に、明頼は固く瞼を伏せ、唇を噛むことしか出来ない。
「明頼殿」
突如背後から掛けられた声に、明頼は飛び退くように振り返った。そこには庭に片膝をついた若い男が居り、その出で立ちから忍の類と理解したが、見覚えのない男だ。
「お初にお目にかかります、白爪の配下、虎牙と申します」
「……忍が名乗るとは、珍しい奴だな」
警戒を僅かに緩めた明頼を見上げ、虎牙は頬を掻いて笑う。
「えぇ……だって、貴方はお味方になる方でしょ? あ、白爪の配下、って言いましたけど、俺は今は亡き大殿に仰せつかって洸清様に仕えてる身ですんで、当然火の中水の中、洸清様にお仕えするってわけなんですが」
軽薄な笑いを零しながら紡がれる言葉を呆然と聞き、京で戦が起こることを前提としているような口ぶりに、明頼は堪らず声を上げた。
「待て。では洸清殿は、暁光殿と……」
「ゆうべは口利いてませんね。あぁ、兄弟喧嘩とかじゃなくて」
「分かっている。頼む、もう少し真剣に聞かせてくれないか。暁光殿も洸清殿も御心は揺るがぬのか」
立ち上がり、さぁどうでしょう、と首を振った虎牙だが、真剣に、と頼んだ明頼の言葉を思い出したのか、「あー……」とばつが悪そうな声を漏らした。
「多分、もう戻らないと思いますよ。御二人共、頑固ですから。……俺だって、俺だってこんなことになるとか思わなかったよ、この前まで酒酌み交わして笑ってたのにさ」
落ち着きなく手のひらで頬を撫でる虎牙の様は、由緒ある家に仕える忍の取る行動とはとても思えないが、その仕える家が割れようとしているのだから無理もないだろう。
「貴方はどうなさるんです? お宅の忍に止められて、先刻の話は聞けなかったけど」
「あぁ、墮速か……」
とても忍びらしからぬ、薬草と花ばかりを扱っているどこか抜けた男を思い浮かべた。敵ではないとはいえ、よく知らぬ余所者を宵君に近づかせなかった墮速の働きに、明頼は胸中で感謝した。幻驢芭に仕える忍である堕速は、堕們の実弟でもある。
「大体分かってますけどね。あんたがどうするか、っていうかどうすべきか」
「其方に分かるものか。分かってなるものか。私には、兄君だけが心の拠り所であったのだ、それを……」
「……そうやって、いつまで宵殿に寄っかかってんですか、あんた」
苛立ちを隠しもせず、眉間に皺を寄せた虎牙は明頼の言葉を遮る。
「ああいう人が背負ってるものは、とんでもなく巨大なんすよ。あれくらい強くなきゃ押し潰されちまうくらい。それをあんたは一緒に背負うべきなのに……何であんたまで乗っかってんですか。それがあんたと上様……暁光殿の一番の差じゃないんですか」
淡々と零れる言葉は矢尻のように明頼の肌を掠めたが、何も返す言葉はなかった。私は兄君を慕うつもりで怠慢の時を重ねて来たのか、と明頼は目を見張ったまま俯く。
「……兄君は、私如きに煩わされるような御方だろうか。否、其方のいう通りであるな。兄君の影となるつもりが、いつしかそのおみ足へ縋る荷になっていたのだ、私は」
やがて随分長く庭に佇む明頼を不審がり、家臣達の足音が近づいてきた。それをいち早く察知した虎牙は、明頼に目配せを送る。
「其方の主へ伝えよ。この明頼、皇家への義のもと洸清殿にお味方致すと」
「……御意」
襖の影から家人が明頼に声を掛けるより早く、虎牙は塀の外へ跳び去った。
「戻りました」
簡潔な挨拶を述べ、虎牙は室の前で立ち止まり、跪いた。入れ、と声が掛かると、ぴたりと自身の身幅分のみ襖を開け、後ろ手に閉じる。
「虎牙、大儀であった」
「……まだ何も言ってませんけど」
「私はお前に任務を成すまで戻るなと言った。お前が戻ったということは、明頼殿にはこの私にご加勢頂けるということだろう」
洸清の言葉に、虎牙は呆気にとられたが、そうですね、と大人しく口を閉ざした。そういうところは兄弟そっくりなんだよな、と内心で溜息を噛み殺し、随分と背の高い男の隣に腰を下ろす。と、その顔を見上げて虎牙は目を見開いた。
「えっ、鯨一郎殿! 何であんたが」
「私が呼んだのだ」
鯨一郎に代わって答えた洸清は、虎牙に一枚の折り畳まれた書状を差し出す。傍へ寄ってそれを受け取り、目を通した虎牙は何すか、これ、と眉を潜めた。
「此度、公主殿下の権威をお護りすべくこの洸清と手を携えてはくれぬかと京中の武家諸侯へ文をしたためた」
「んな大胆な……」
「……だが、応えたのは此処に居る者達のみ」
洸清の言葉に顔を上げ、面々を見渡せば、鯨一郎をはじめ五名の男が軽く会釈をする。幻驢芭家に仕える者は無論、酒熾家の恭也をはじめ白爪家に仕える家の者も席を空けたままである。
「たった、これだけっすか」
「案ずるな。これを見よ」
引き攣った声を漏らす虎牙に洸清が見せたのは、上等な紙に幼い文字が走り、皇家の印が捺された書状であった。それを受け取った虎牙は、何度もその書面を視線で辿る。
「皇家の近衛軍、実に三万の兵の使役を許可する……?」
洸清は書状を返すよう手で合図し、虎牙はそれに従い元通り折り畳んだ文を差し出す。
「深夜、御所から密者が参ってな。公主殿下は宵殿、暁光殿への賛同を撤回され、御二人に御所へ出頭するよう命ぜられたが、これを拒否されたとのこと。つまり我々は謀反人ではない」
「謀反はあの御二人の方、ってことですか」
それでいて、この味方の少なさは一体何なのか。虎牙は首を捻った。あの御二人も、大概滅茶苦茶なことしてると思うんだが、何でそんなに味方がつく? 考えを巡らせていると、洸清がひとつ溜息をつく。その表情は苦々しく、書状を袂へ仕舞うと指先で脇息の細工を弄んだ。
「……あちらには管納院がついている」
「はぁ……成程。寺が着く方に民は着く、武家だって仏を信じる民だ。誰しも仏敵にはなりたくないってことっすか」
「神子には背けど、仏には背けぬらしい。こんなことならば、御所の向かいに社でも祀っておくのだったな。今更後の祭りだが……」
苦笑いする洸清に、家臣どもは唸る。では、この面々は信仰を捨て、義を選んだ者達か。虎牙は数度頷き、分かりました、と呟いた。
「……それにしても、洸清殿も人が悪い」
肩の力を抜いた虎牙の言葉に洸清は首を傾げる。主上への侮辱ともとれる発言を咎めようと鯨一郎が腰を上げる前に、だって、と遮った。
「俺が明頼殿の元へ行く前に、公主殿下を言いくるめて兵を動かす許可を取るなんて、意外でしたよ」
「……お前の手腕は信用している。明頼殿にお味方頂けることは、お前を遣わせようと考えたとき既に決まっていた。ゆえに、公主殿下には初めからそのようにお伝えしたまで」
珍しく僅かに微笑んだ洸清は、淡々と告げる。つい先日までは暁光の後姿を追ってばかりいたというのに、不気味な程洸清は冷静だった。
「人も悪くあらねば、何一つ成せることなく捻り潰されて終わる。あの御二人を相手取るならば清い手段ばかりを選んでは居れぬだろう」
洸清は深緑の目を伏せ、首に飾った勾玉守を撫でる。深く、それでいて澄んだ赤い石。昔日に暁光が土産だと洸清に贈ったものだ。兄の首には、三つの翡翠の勾玉が飾られている。清らかな緑を綺麗だろう、と撫でていた兄の笑みを思い浮かべた。
「互いの首を護るように、と祈ったのに……」
呟きを声に乗せていたかどうか。少なくとも、この場の誰一人それに答えることは出来なかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】ふたつ星、輝いて 〜あやし兄弟と町娘の江戸捕物抄〜
上杉
歴史・時代
■歴史小説大賞奨励賞受賞しました!■
おりんは江戸のとある武家屋敷で下女として働く14歳の少女。ある日、突然屋敷で母の急死を告げられ、自分が花街へ売られることを知った彼女はその場から逃げだした。
母は殺されたのかもしれない――そんな絶望のどん底にいたおりんに声をかけたのは、奉行所で同心として働く有島惣次郎だった。
今も刺客の手が迫る彼女を守るため、彼の屋敷で住み込みで働くことが決まる。そこで彼の兄――有島清之進とともに生活を始めるのだが、病弱という噂とはかけ離れた腕っぷしのよさに、おりんは驚きを隠せない。
そうしてともに生活しながら少しづつ心を開いていった――その矢先のことだった。
母の命を奪った犯人が発覚すると同時に、何故か兄清之進に凶刃が迫り――。
とある秘密を抱えた兄弟と町娘おりんの紡ぐ江戸捕物抄です!お楽しみください!
※フィクションです。
※周辺の歴史事件などは、史実を踏んでいます。
皆さまご評価頂きありがとうございました。大変嬉しいです!
今後も精進してまいります!
別れし夫婦の御定書(おさだめがき)
佐倉 蘭
歴史・時代
★第11回歴史・時代小説大賞 奨励賞受賞★
嫡男を産めぬがゆえに、姑の策略で南町奉行所の例繰方与力・進藤 又十蔵と離縁させられた与岐(よき)。
離縁後、生家の父の猛反対を押し切って生まれ育った八丁堀の組屋敷を出ると、小伝馬町の仕舞屋に居を定めて一人暮らしを始めた。
月日は流れ、姑の思惑どおり後妻が嫡男を産み、婚家に置いてきた娘は二人とも無事与力の御家に嫁いだ。
おのれに起こったことは綺麗さっぱり水に流した与岐は、今では女だてらに離縁を望む町家の女房たちの代わりに亭主どもから去り状(三行半)をもぎ取るなどをする「公事師(くじし)」の生業(なりわい)をして生計を立てていた。
されどもある日突然、与岐の仕舞屋にとっくの昔に離縁したはずの元夫・又十蔵が転がり込んできて——
※「今宵は遣らずの雨」「大江戸ロミオ&ジュリエット」「大江戸シンデレラ」「大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜」にうっすらと関連したお話ですが単独でお読みいただけます。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
偽夫婦お家騒動始末記
紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】
故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。
紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。
隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。
江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。
そして、拾った陰間、紫音の正体は。
活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
日露戦争の真実
蔵屋
歴史・時代
私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。
日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。
日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。
帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。
日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。
ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。
ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。
深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。
この物語の始まりです。
『神知りて 人の幸せ 祈るのみ
神の伝えし 愛善の道』
この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。
作家 蔵屋日唱
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる