スラム出身の公爵家庶子が、スラムの力を使って、後継者候補達を蹴落として、成り上がっていく。でも、性悪王女が可愛くてそれどころではないかも

秋田ノ介

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スラム編

変態師匠と変態シスターと僕

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 王暦298年 ウィンローズ王国王都デールのとあるスラム街の一角。

 スラム街。それは犯罪者の巣窟……世間ではそのように認識されている。

 しかし……すごく平和だった。それにいい人ばかりだった。まぁ、中には悪い人もいるかもしれないけど、僕が住んでいる場所はそんな人は一人もいなかった。

 「魔法薬をお届けにあがりましたぁ」
 「ああ。ロラン君。今日も麗しい姿をしておいでなんですね。ちょっと抱擁をさせてもらっても?」

 ここの教会のシスター、マリアは少し変わっている。僕に会う度に抱きついてきたり、弄ったりしてくる。そうときは息が荒く冷静さを失うほどだ。ふわっと栗色の髪が鼻をくすぐってくる。これもスラム流の挨拶とマリアに教えてもらっているから、素直に受け入れている。

 だけど、不思議なことに他の人にやっているのを見た試しがない。きっと、ローカルのルールみたいでマリアはここの出身ではないのかも知れないな。
 
 「ロラン君という存在を下界に導いてくれた神に感謝を」
 ひとしきりの挨拶が終わり、顔を赤らめて満足げのマリアはようやく話が出来る状態になった。
 
 「さて、お疲れ様です。ちょうど在庫がなくなったところだったので、本当に助かりますわ。この魔法薬、効果がすごいって遠くから買いに来る人がいるのよ」
 
 師匠とマリアは昔馴染みようで、なぜかマリアのいる教会だけに卸しているんだ。

 冷静を取り戻したマリアは良識的な人だ。最初の頃はギャップに戸惑ったけど。さすがは一人で教会と隣の孤児院を支えていることはあるな。マリアは、まだ若そうに見える。二十代半ばだと思うけど、正確な年齢を聞くと怒られてしまうので、聞かないようにしている。普段は修道服で身を覆っていて、隠しきれない体のラインがかえって強調されて、なんとなくエロいんだ。

 といっても僕はあまり気にしたことないよ。周りの大人たちが言っているものだから、僕もそのうち意識しちゃっただけで。

 ちなみに、ここはスラムの端にある古びた教会で、定期的に魔法薬を届けにやって来ているんだ。僕は結構、ここのマリアが好きだ。なんというか、静かに話せる大人の女性って感じで、なんとなく落ち着くんだ。これは恋? いや、違うと思う。同居人のせいで、癒やしを求めてるだけだと思う。

 教会に魔法薬を届ける時は、必ず孤児院にも立ち寄っている。その時に、子供たちに勉強を教えているんだ。いつものように孤児院に向かうと、扉から女の子が飛び出してきた。

 「ロランお兄ちゃん!! 今日もいっぱい教えてね」
 「ララは本当に勉強が好きなんだな。でも、勉強はすぐに身につくものじゃないんだ。ゆっくりとやろう」
 「うん!!」

 ララは僕の2つ年下で妹みたいな感じだ。この子が僕に一番懐いてくれているし、一番勉強熱心な子かな。ララ以外にも子供がたくさんいるけど、勉強に熱心な子はそんなにいないかな。一応、子供たちには読み書きと計算の勉強を教えているんだ。これだけでも王都で仕事が見つかるらしいからね。

 ここの子供たちは、みんな戦争で親をなくした子達ばかりだ。僕が住む国はウィンローズ王国で隣国グラット帝国と長いこと戦争をしているんだ。昔の王国は大陸全てを治めるほどに凄く強い国だったらしい。だけど、百年くらい前からグラット帝国に侵略され始めたんだ。

 今では半分くらいグラット帝国に取られてしまって、今は凄くマズイ状況だって大人たちが言っているのを聞いたんだ。なんでも、国王陛下と王国の槍である魔法師シャンドル家の当主を相次いで亡くなってしまったみたいで、グラット帝国の侵攻を防ぐことが出来ないって。王都も近いうちに占領されてしまうんじゃないかって話になっているんだ。

 このスラムにいる人たちの大半が、戦争で行き場を失った人達ばかりだ。もちろん犯罪者もいるけど、やりたくてやった人たちばかりじゃない。喧嘩もあるし、迷惑なことをされることもあるけど、それ以上に楽しいことがあるんだ。

 大人たちは外の世界や夜の大人の世界の話とか、僕が知らないような事を教えてくれる。孤児院の子供たちとは仲良くやっている。僕はそんなスラムが居心地が良くて、とても好きなんだ。

 孤児院の子どもたちはいつも和気あいあいとしている。生活も苦しいし、きっとつらい気持ちになることもあるだろうけど、前を向いて一生懸命になっているんだろうと思う。友達と優しいマリア、それにスラムの大人たちに囲まれているおかげなんだろうな。

 そんな楽しい孤児院を離れると、僕の気分は途端に憂鬱になる。……この平和な場所にいたいなぁ。僕には帰る家がある。そこに帰りたくない理由があった。その理由は……同居人の変人がいるせいだ。

 「師匠。魔法薬を届けて……ってまだ寝てるのか」
 目の前で大股を広げて、寝ている女性が変人だ……じゃなくて、同居人だ。この人について、僕は何度も周りに言われたことがある。

 「ロラン君はあんな美人と一緒に住めて羨ましいな」とか
 「あの清楚な佇まい、ティスさんは美しくて心が清らかなんだろう」とか

 でも僕は断固として否定する。

 ティスは決して心が清らかな人ではない。むしろこれほど汚れきっている人も少ないとさえ思う。酒浸りの日々を送り、朝日なんてもう何年も見てないのではないだろうか? 家事もしないし、風呂にも入らない。そのくせ、悪びれもせずに人をこき使ってくる。まったく、何で僕はこの人を師匠と呼んでいるんだろう。

 この人とは物心ついたときから一緒に暮らしている。母親というわけではない。僕の氏素性の事をなんか知っているような口ぶりを時々するが、教えてくれたことはない。もっとも僕には興味はない。ここでは親がいないのなんて当たり前だし、氏素性って言ったってスラムに住んでいるだけで高が知れていると思う。

 まあ、この人は残念な人だけど、育ててくれたことには人並みに感謝しているつもりだ。

 さて……僕は孤児院から帰ってから、まずやることは、大量の転がっている酒瓶を片付けることだ。この酒瓶は洗ってから酒屋に持っていくと、少し割引してくれるので、捨てるわけにはいかない。酒瓶を大事に拾いながら、ふと師匠の横顔を覗き込む。

 よだれ、いびき、寝言、それに大股を開いているせいで下着も丸見え……とても淑女とは思えない。まぁ、顔は……顔だけは美人だと思うよ。髪もきれいな紫色でサラサラだし、瞳だって見られるとドキッとする時があるよ。けどね……

 「美人なのに、残念だよな」
 「何が、残念なのだ?」

 師匠は時々驚くようなタイミングで声を掛けてくる。妖艶な足を覗かせながら、起き上がってくる。ここで心の声を暴露するわけにはいかない。話を変えなければ。
 
 「いや、あの……魔法薬は届け……」
 「さっき、聞いた」

 絶対ウソだ。あんなにいびきをかいていて、起きていたわけがない。確信を込めた疑いの目を向けても、師匠には痛くも痒くもないようだ。
 「昨日は飲みすぎてしまったな。頭が痛い」
 「昨日、も、ですよね? まったく……」

 「うるさいぞ。それよりも朝食を用意してくれ」

 僕は外を見る。朝? もう夕暮れ時なんですけど。僕としては一仕事終えて、ゆっくりしようかなって思っていたんですけど。

 「……そうか。夕飯か。だったら酒に合うものを頼む。それと魔法薬の代金を置いてけ」

 何たる暴君。全てをやらせておいて、普通、いたわりの言葉とかあってもいいと思うんだ。お疲れ様、とかありがとう、とか。そんな言葉、今までこの人から聞いた試しがない。

 僕はため息をしながら、師匠の言われたとおりに夕飯の準備をする。最近、スラムでも食材の調達が難しくなってきている。やっぱり戦争の影響がスラムにも来ているようだ。

 「師匠。聞きました? 戦争、ヤバイみたいですよ?」
 「私には関係のないことだ。それよりも飯をもってこい。つまみがないと、酒が飲めないだろ?」

 つまみなんてなくても、いつもガバガバ飲んでて、よく言うよ。まぁこんな戯言は日常茶飯事だ。気にしていたら、どうにかなってしまう。

 「関係ないってことはないでしょ。王都まで帝国が攻め込んでくるかもしれないんですよ。そしたら、このスラムだって大変なことになってしまうじゃないですか」

 「ロランはスラムが好きか?」
 「もちろんですよ。だって、いい人ばっかりじゃないですか。なんていうか、苦労を分かち合えるっていうか、人の痛みを知っている人達ばかりなんですから。あ、師匠は別ですよ」
 
 遠くから舌打ちが聞こえてきた。僕は今年で10歳になる……と思う。ずっとスラムに暮らしてきて、これだけは自信を持っているんだ。僕はスラムが好きだ。いや、スラムに住んでいる人達が好きだ。

 「ロランは変わっているな」
 「師匠には言われたくないです。師匠だって、スラムにいるのは好きだからなんでしょ?」

 そういえば、師匠がなんでスラムに住んでいるのか聞いたことがないな。話では以前、どこかの貴族の屋敷で錬金術師として雇われていたとか聞いたけど。師匠の作る魔法薬は一流らしい。ハッキリ言えば、どこでも暮らしていける能力を持っているはずだ。一人で生活するのは無理だけど。

 「そうだな。そろそろロランに話してやってもいいだろう」
 
 急に師匠がいつになく真面目な顔になった。腹でも壊したか?

 「実はな、私がここにいる理由はお前だ。お前はさる高貴な血を引いている。しかし理由があって、お前を匿わなければならなくなったのだ。故に私がお前を守っている。分かったか?」

 うん。分からない。神妙な表情を作るものだから、本気で答えてくれると思っていたよ。スラム生まれの僕が高貴な生まれ? 飲んだくれの師匠が僕を守っている? ……嘘にしてはひどいものだ。こんなのを誰が信じるというのだ。

 「師匠……飲みすぎですよ。嘘を付くなら、もっとマシなのをお願いしますよ。それより明日の分の魔法薬、今日中に頼みますよ」
 「ふっ……今は信じる必要はない。だけど、血がお前を導くだろう」

 もうダメだ。明日はマリアに謝らないとな。師匠の夜はまだまだ終わらなそうだ。絡まれる前に逃げよう。

 僕は夕飯を終わらせ、足早に自室に戻った。やっと自分の時間になったのだ。本棚から古い地図を引っ張り出した。そこには住んでいる大陸が描かれている。それを眺める時間が一番至福のときだ。
 
 「早く世界を見てみたいな。きっと面白いことがいっぱいあるんだろうな」

 いろんな妄想で時が過ぎていく。
 
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