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貴族編
第43話 執務室にて
しおりを挟む父上と食事を楽しんだ。どうやら父上はきゅうりの酢漬けが大好物なようで、それが大きな騒動となった。
「ロラン。一番うまいものが何か知っているか?」
何を言って……ああ、食事の時の会話か。一番うまい? ……どうせ、愛する者の手料理と言うんじゃないのか?
「きゅうりの酢漬けだ」
うわっ。普通に答えたよ。当主なんだから、もうちょっと有り難い話みたいのを聞きたかったよ。でも、きゅうりの酢漬けだと? なにそれ?
「なん、だと」
いや、そんなに愕然とした顔をしなくても……あれ? ちょっと引きすぎなんじゃないの? きゅうりの酢漬けってそんなに一般的な食べ物じゃないよね? きゅうりはまあ、食べたことはあるけど……
「なんと情けない。これから後継者を目指そうと思っている者が、そう言う考えではいけないぞ」
どういう考えなんだ? とにかくこの話を終わらせたい。
「まぁ、そう嫌がるな。今から旨い物を食わせてやる。これを食ったら、他のものが食えなくなるかも知れぬぞ」
それはないと思うけど、ちょっと気になる。シャンドル家の当主がこれ程言う食べ物だ……絶対に旨いに決まっているよね。
「今から用意してやる。ロランにも食べてもらいたいのだ」
「いや、今から用意させるのは大変ではないですか?」
「舐めてもらっては困るぞ。どんな時でも出せるように常に用意させておるわ!! シャンドル家当主を見くびるでない!!」
そんなところで尊敬しているわけではないんだけどな……まぁ、酢漬けがなくても見くびったりはしないよ?
父上は執事を呼び出し、何かを話している。表情は実に明るい……いや、だんだん暗くなってきたぞ。執事も何やら頭を下げっぱなしだ。
「ロラン。残念な知らせだ。どうやら、在庫がないようだ……」
あれ? いつでも食べれるって……
「私が昨晩、全部食べてしまったようなのだ。済まなかった」
……僕は初めて人を軽蔑の目で見た気がする。なんか、無性に食べたくなったぞ。きゅうりの酢漬け!!
二人の間に沈黙がしばらく続いた。
「今晩のきゅうりの酢漬けが……」
さっきからずっとそんな調子だ。
ふう。美味しかった……やっぱりシャンドル家の食事は格別だったな。これが毎日食べれられると思うと、なんだか幸せな気分になる。
「それでは父上。僕はこの辺で。美味しい食事でした」
「ちょっと待て。私は食事をするために呼んだわけではないぞ?」
あれ? そうだっけ? あまりにも食事の話題で盛り上がったから、自然と本題に入っていたのかと思ったよ。
「何の用でしょう?」
「うむ。後継者争いは、どうだ? やっていけそうか?」
「どうでしょう。まだ始まってもいませんし、なんとも……僕はやるべきことをやるだけです」
「いい答えだな。その通りだ。まずは自分を高めることに時間を費やすがいい。そうすれば自然とお前を評価するものがいるだろう」
そういうものなのかな? 僕には、後継者争いのために何かをしようという気持ちはまだない。目の前の問題を解決していく。今はそれだけかな。
「それだけですか?」
「なぜ、そんなに早く戻ろうとするのだ。父との会話をもっと楽しもうとかいう気はないのか?」
ないです!! とは言えないか。正直、ノーマンの事が気になって食事も喉に……というのは嘘だけど、戻ってマリアから報告を聞きたいと思っているところかな。
……あれ? このことって父上に聞いても、問題ないかな? いや、そうなるとノーマンが僕に危害を加えようとしていたことも言わなければならないか……やっぱり、止めておいたほうがいいかな。
「父上。少し聞いてもいいですか? エア達のことなんですが」
「む? ああ、二人はどうだ? 器量もいいし、美人だろ? 相手が了承すれば、手を出しても……」
何を言っているんだ?
「そう言う話ではないのか。意外と奥手なのだな。ロランは。それとも雲隠のせいか? あの体でロランを骨抜きにしてしまったか。許せぬ!!」
本当に何の話をしているんだ? 今にも立ち上がり、どこかに行ってしまいそうな雰囲気だったので、抑えるのに苦労した。
「落ち着いてください。話の続きをしていいですか?」
「……もちろんだ。少し興奮してしまったようだな」
少し? まぁいいか。
「エアとミーチェは父上付きのメイドと聞いていましたが、ノーマンはヘレル付きの執事と。父上付きはわかるのですが……」
「ふむ。ヘレルの執事については耳に入っている。しかし、不思議だな。ロランが知らないとは。てっきり、ロランが引き抜いたものと思っていたが……」
僕が引き抜いた? どういうことだ?
「引き抜くも何も、ここに来たのは今日ですよ。そんなこと出来ると思っているのですか?」
「いやいや。その執事は随分前からロラン付きになることを希望していたと聞いていたぞ。手を出してくるのが早いと、内心では嬉しかったのだが、違ったか。だとすると、厄介だな」
「どういうことです?」
「実はな、その執事はヘレルがスラムで引き抜いてきた少年でな。随分前からかわいがっていたようなのだ。それがロランに引き抜かれたことを知って、随分と憤慨していたぞ。しかし、ロランが知らぬとなると、その執事はどうしてロラン付きになったのだろうな」
どうも話が分からなくなってきたな。ということはヘレルはノーマンを使って、僕に危害を加えようとしてきたことに無関係ということなのか?
「何か問題でもあるのか?」
「そういう訳ではありませんが……僕とヘレルは後継者を争う関係ですから、そこからきた執事を信じて良いものかどうか、考えていたんです」
「なるほどな。まぁ、確実とは言えないが問題はあるまい。もしヘレルの指示で何かその執事が行動し、主人たるロランに何かあった場合、責任は当然、ヘレルに向けられる。それゆえ、執事やメイドの移動というのは厄介となるのだ」
そうなのか。つまり、ノーマンが異動を申し出たときにヘレルとしては認めると、危険が発生するということか。ノーマンが何かをすれば、ヘレルに責任が向くからだ。
「ヘレルはその執事を異動を拒まなかったんですか?」
「さあな。私は関与していないからな。しかし、その執事はロランの元にいるのだろ? それが全てではないか。さっきも言ったが、その執事に関してはヘレルはかわいがっていたからな、信頼もそれなりにしていたのではないか?」
ノーマンが僕に危害を加えるなど、ヘレルは夢にも思っていなかったということか。そうなるとヘレルが首謀者というのは、かなり薄くなってくるぞ。
「一応言っておくが、前の主人に責任を問う場合、繋がりを証明しなくてはならないからな」
? つまり……
「巧妙に隠されれば、責任を問えないということだ。いいか? 後継者争いというのは一度きりのものだ。やり直しなど出来ない。だからこそ、自らの知恵と人脈を多く利用して、有利に事を運ばねばならない。一度のミスが命取りになることもある。重々気をつけるのだぞ」
どうも僕が考えていたよりも後継者争いが血生臭くなるようだ。ノーマンだって、マリアが指摘をしなければ僕は刺されていたかもしれないのだ。
「分かりました。そのこと胸に刻んでおきます」
「うむ。お前は兄弟より遅れを取っていることは否めないからな。これより挽回するためには、多くのことをせねばならないが、お前にも強みはある」
僕の強み? 魔法とか?
「そうではない。我が家はシャンドル家だ。外ならともかく、内なら魔法は大した強みになどならない。ロランにはスラムのときの経験がある。それを思う存分活かすのだ。実はそれに関することを話そうと思って呼んだのだ」
スラムのときの経験……砂金、肥料作り、スラム畑……たしかに経験はあるかもしれないな。
「いい顔だ。折角、お前を呼び寄せたのだ。いい線をいってもらわねば、私が困るぞ。それでな、話というのはロランがここに来るときに提示した条件についてだ」
条件? ああ、村を作るって話だね。あとは工房に、母上の探索のこと。
「まずはリリーのことだ。これについてはまだ情報を集めている段階だ。正直、動かせる人員が少ないのでな時間がかかるやも知れぬ。しかし、諦めるつもりはない。シャンドル家当主の言葉として信頼してくれ」
母上であるリリーは行方不明だ。でも、この国にいれば、シャンドル家の捜索力で見つけられないわけがない。これについては僕が言うことは何もないかな。父上は信じろというのだから、待つことにしよう。
「次に村についてだ。ここより西に十キロメートルほどの場所を提供しようと思っている。川が流れ、平地もある。立地も悪くないからな。村作りとしては最適であろう」
十キロメートルか……思ったより近い。そこなら領都を拠点にしても十分に通うことが出来そうだな。そんないい場所を貰ってもいいのだろうか?
「構わぬ。というより、領都近くに広大な空き地があるのは望ましいことではない。開拓をしてくれるのは有り難いことなのだ。ただし……」
その後に言ったことは、現地に言ってから判断することにしよう。今は何を聞いても、あまり意味があるものだとは思えないからね。
「明日にでも行ってみます。資材や道具については……」
「こちらで融通はしよう。だた、無償というわけにはいかない。一応、後継者争いをしている手前、ロランが優遇していると思われたくはあるまい? まぁ、格安にしておいてやるから安心しろ」
有り難いな。スラムから持ってこようと思えば、持ってこれるけど馬車で二日の距離となると運ぶのも簡単ではないからね。それに領内で調達したほうが何かと便利なはずだ。
「ありがとうございます。それでは資材と道具はよろしくお願いします」
「うむ。担当を送るからその者と相談せよ。それと最後に工房の件だが、工房長がお前に興味を持ってな。開拓村に工房を一つ作ってもいいと行っていたぞ。どうする? 領都の工房でも構わないが……」
せっかくの申し出だ。断るのは、何だか勿体無い気がする。
「来ていただけるのでしたら……」
「分かった。工房長にはそう伝えよう。なんだったら、会いに行ってみるか? 私も少し用事があるからな」
今から? まぁ、でもその方が助かるか。村が完成する前に話はしておいた方がいいだろう。
「お願いします。ところで工房長というのはどんな方なんですか?」
「そうだな……豪快な……ばばあだ」
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