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第1話:小さな恋のメヌエット【短編】

すり替えられた、リコーダー

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 ガラガラと音をたてて、教室の前の方の戸が開いた。入って来たのは、美月先生ではなく教頭先生だった。

「えーっ。教頭じゃん」

「なんでぇー?」

「やだぁー」


 教室のみんなの顔が青ざめる。教頭先生は絶対笑わない。楽しいはずの音楽が、だいなし……

クラスの冷たい空気を感じたのか、教頭先生は、苦虫を嚙みつぶしたような顔で言った。

「美月先生は、風邪をひいて熱があるのでお休みです。ぇーと、今日はリコーダーの練習をしよう。運動会で演奏する曲を練習しなさい」

 それだけ言うと教頭先生は、そそくさと教室から出ていった。

 よかった。行っちゃったよ。ぼくは、机からリコーダーを取り出した。

 美月先生は、『曲を演奏する時は、一音ずつ「トウ、トウ……」と息を舌で切ったほうが、メロディーの歯切れがよくなり、はっきりと聞えます』と教えてくれたけれど、舌の使い方って……?よくわからない。

 六年生の音楽の教科書にのっている『メヌエット』が、あちこちから聞こえだす。調子っぱずれの音をかき分けて、際立って美しいメロデーが聞こえてきた。

 ♪~ミドラファ
    レシソミ~♪

     ♪~ラドシラソ#ミミ
          レドシ ララ~♪

 物悲しい澄んだ音にみんなは自分の演奏を止めて、耳を澄ました。だれが、吹いているのだろう?音のするほうを見ると、すみれちゃんが、楽譜を見ながら一生懸命に吹いていた。

 と、リョウマが席を立って、すみれちゃんの机の上に、どたりと座った。びっくりして、手を止めるすみれちゃん。
 

「リコーダー忘れて来ちゃった。ちょっと貸してぇーー」と、すみれちゃんのリコーダーを、ひょいと、取り上げた。

 そしてリコーダーを、自分のくちびるに近づけて「ん?これって間接キス……?」とすみれちゃんの顔をのぞき込む。

「えっ……」
 すみれちゃんはうつむいて真っ赤になっている。

「は?俺じゃだめ?」
リョウマは、リコーダーを唇から離して笛を見て叫んだ。

「おお!これは、ロビンの笛だ!汚ねぇ~」とリコーダーを机の上に投げつける。リコーダーは、机でポンと飛びはね、床に転がった。

 えっ?!

 クラス全員が同じ形の笛を使っている。ぼくは、急いで自分のリコーダーに入っている名前を調べた。
 
 リコーダーには【夢野すみれ】の名前があった。

 どうして?
 リコーダーは、今朝ランドセルにぶら下げて、家から持って来たのに、どうしちゃったのかな?
 なんで、ぼくが、すみれちゃんの笛を持っているんだよ?

 とにかく、ぼくは立ち上がり、笛をすみれちゃんに返した。そして、自分のリコーダーを拾う。


 リョウマは、「わぉ~!ロビンとすみれ~ ロビンとすみれ~ 」と手を叩き「ヒューヒュー」と指笛ではやし立てた。


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