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第1話:小さな恋のメヌエット【短編】

日直当番

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 その日は、たまたま、ぼくとすみれちゃんが日直当番になった。ラッキー!ちょっとウキウキな気分。放課後は、先生に頼まれて、みんなの習字を壁に貼ったりして、帰りが遅くなる。
 
 下駄箱が並んでいる玄関には、だれもいない。すみれちゃんと、ぼくだけ。

「リョウマは、もう帰ったのかな?」と、すみれちゃんに聞いてみる。アイツは、いつも、すみれちゃんと一緒に帰るから、玄関で待っているかもしれない。

「急いで帰っちゃった。お母さんがお出かけで、留守番を頼まれてるの。リョウマには、小さな弟がいるから。赤ちゃんをひとりぼっちに出来ないもんね」

「へぇー。アイツ子守とかしてんだ」

 リョウマは、言葉が乱暴でこわそうに見えるけど、やさしい所もあるらしい。

すみれちゃんは、靴箱からかわいいスニーカーを出しながら小声で言った。

「リョウマの本当のお母さんは、リョウマが小さい時に病気で亡くなってる。新しいお母さんはね……きびしいの。だから、リョウマは、イライラして、みんなにイヤミを言ったりするみたい」

「そうなんだ……でも、この頃はおとなしいよね。すみれちゃんと、仲良くしてるからかな」

 すみれちゃんは、「ふふ」と笑いながら玄関を走り出た。

「リョウマはね、何でも話してくれるの」

「すみれちゃんのことが、好きなんだよ」

すみれちゃんに追いついて、言った。

すみれちゃんは、ぼくをチラ見して「わたしも、リョウマが好きだもん。友達だからね」そして、つんと顔を上げる。その横顔が、たまらなく可愛いい。好きだなぁー。

あれ?ぼくは、思わず立ち止まった。

今、すみれちゃんは、リョウマを”友達”って言った。もしかしたら、すみれちゃんは、リョウマをふつうに好きなのかも。ふつうに好きだから、気楽に「好き」って言えるんじゃないかな……

「……」
言葉を探していると、 

「でもね、リョウマと話したりしても、ドキドキしたりは、ぜんぜんないよ」と言う。

 すみれちゃんが、じっとぼくを見ている。

 なにか言いたげな目。
 
 ぁぁ…… こんな時なんて言えばいいんだろう……

 もどかしくて、自分のバカな頭をコツンとぶんなぐった。
 
 「いてっ!」

 好き って言いたかったのに。「いてっ!」とろくでもない言葉を吐いたぼくは、ばかだ。ますます自分がなさけない。
 
 すみれちゃんは、優しく「手がぶつかったの?」と聞いてくれた。

「うん。コイツ、勝手に動く……自分の手なのに……」

いきなり、ぼくの右手が勝手に動いて、すみれちゃんをぐいと引き寄せた。
そして、口も勝手に動いた。

「すみれちゃんが、リョウマと仲良くしていると、すごくくやしくて」

「あ、リョウマとは、そんなんじゃない」
 
 すみれちゃんは、首をブンブンと横にふる。そして、「ちゃんと、言っておきたかったの。リョウマと帰るのは、友達だからだよ。わたしが、一番好きなのは……」とうつむいて「はずかしくて言えない」とつぶやいた。

「ぼくは、すみれちゃんが一番好きだよ」
やっと、言えた。こころから素直に言った。

すみれちゃんは、うれしそうに「わたしも」と言ってふわりと笑った。そして、ぼくたちは、顔を見合わせてゆっくり歩き出した。



 第1話 おしまい
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