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十五日目-1
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翌朝。
殿下が仕事へ向かった後、俺は一人部屋の中で頭を抱えていた。
(嘘だろ……いろいろ、ヤバい)
朝食のテーブルを片付けたメイドさんの一人が、俺の様子を気づいて声をかけてくれた。
「どうかされましたか」
「いや、ちょっと……食べすぎたみたいなので、隣の部屋で少し横になります」
「なにかお薬でもお持ちしましょうか」
「いえ、そんなたいしたことじゃないです。少し落ち着いたら、あとで図書室へ行こうと思います」
「かしこまりました。ではお休みの間、こちらで控えておりますから、なにかあればお声がけください」
メイドさんは親切心でそう言ってくれたが、正直ひとりにしてもらいたい……が、これが限界だろう。
俺は寝室に入って鍵をかけると、ベッドの上でズボンを脱ぎ捨てた。開いたカーテンから差し込む光で、自分の肌がやけに白く見える。
震える俺の指が、右太腿に走る傷をなぞった。ややピンク色を帯びたそこは、表皮の神経が敏感になっている部分と、感覚すら無くなって何も感じない部分が、まだらのようになっている。
だが問題はそこじゃない。傷の深さだ。
ついこの間までは、えぐれて落ちくぼんでいた部分が、盛り上がって平らになっている。
(なんで、こんなことに……)
このケガを負ったのは、かれこれ半年以上前のことだ。
戦火の中、最初の処置が悪かったせいか、ところどころ神経が癒着してうまく動かせなくなった。それでもがむしゃらにリハビリを続けて、なんとか歩けるようになったものの、後遺症で走ることがままならなくなった。
動かせるかどうかばかりを気にしていたから、見てくれは二の次だった。かなりの深傷であることは、容易に見て取れる。幸いにも服で隠れる部分なので、特に気にはしてなかった……この任務につくまでは。
まさか殿下が、ここまできれいな人だとは思ってもみなかった。エルフの再来とささやかれるのもうなずける、神々しいまでに美しい容姿だ。
かりそめの妾とはいえ、これほどきれいな人の相手が俺でいいものかと、初顔合わせの時に若干不安になった。だが殿下の気さくな性格に助けられて、俺は次第に自分の立ち位置に馴染んでいった……と、ここまではいい。
(もしかすると、ここんとこ食糧事情がいいから?)
傭兵部隊は質実剛健をモットーにする為、食事は質素で味気ない。過分な食事のせいで太るなど言語道断。少しでも太ると動きが鈍くなり、それが生死にかかってくる可能性があるからだ。
そのため俺たちは、体力をつける目的でたくさん食べても、嗜好品を口にすることは滅多にない。嗜好品とは、簡単に言えば酒類や菓子類だ。
(ここに来てから、ケーキやら飴やら食べる機会が増えたよな……余計な贅肉が足についたのか?)
だが贅肉は基本腹につくものだ。足につくこともあるが、こんなふうに、傷のとこだけ盛り上がるようにつくわけない。つまり食べ物が影響しているとは考えにくい。
(となると、やっぱりあの『癒す』とか言って舐められる、あれか?)
殿下は、毎晩かならず寝る前にベッドでこの傷を舐める。変な性癖だと思ったが、基本俺には拒否権は無いと思ってるから好きにさせておいた。
しかし、こういう事態となれば、性癖うんぬんじゃない。
(たしか大昔に読んだ絵本で、エルフが傷ついた人を癒すシーンとかなかったか?)
子どもの頃に読んだ、数少ない絵本の記憶を必死にたぐりよせる。数少なすぎて、情報量があきらかに不足している。
俺は再びズボンを身につけると、できるだけ冷静さを装って寝室の扉を開いた。
「落ち着いたので、これから図書室へ行ってきます」
王宮内の図書室にやってくるのは、実はこれがはじめてだ。俺は読書家ではない上、普段から本を読む習慣はない。
だから部屋に入って、迷わず受付カウンターへ向かった。この膨大な蔵書の中から、自分の力でお目当ての本を探そうなんて無謀なことはしない。
受付には、一見十代にしか見えない少女がいた。しかし彼女が膝の上で開いて、猫背の姿勢で貪るように読んでいる本は、小難しそうでやたら分厚い。
俺が声をかけると、少女はすぐに顔をあげて対応してくれた。顔はそばかすがちっていて童顔だが、目尻のシワが実年齢を物語っていた……おそらく三十は超えている。
「なにかお探しですか」
彼女はゼルダと名のり、この図書室の司書だと言う。
俺は簡単に、神話のたぐいが書かれた本はないか聞くと、ゼルダは迷いの無い足取りで、該当する棚を案内してくれた。
「何かご用があれば、またお声がけください。ではごゆっくり」
ゼルダは案内が済むと、さっさとカウンターへ戻っていった。事務的な態度に徹してるが、むしろありがたく好感が持てた。
(えーと、どこから手をつけてみるかな)
ずらりと並んだ本は、上の段に行くほど難しいようだ。とりあえず中段に並ぶ一冊を抜き取って、ページをめくってみたが、それでもかなり難しく感じた。言語はこの大陸の共通語で書かれていて、俺にもなじみのある言語だったが、書き方が古臭くてかなり読みづらそうだ。
あきらめずに数冊開いてみて、なんとか読めそうな本を見つけると、その場に座り込んで目次を確認する。
(……エルフの起源、生命力、神秘的な力……架空の話とごっちゃになってそうだな)
しばらく読み進めていたが、ふと集中力が途切れて顔を上げた。辺りには誰もいない上、とても静かだった。
図書館へ向かう際は、いつものように付き添いの兵士が送ってくれたものの、図書室の中まではついてこなかった。きっとこの部屋の中は、安全が保証されているのだろう。
(そっか、一人になりたい時は、ここに来るといいんだな……)
殿下が仕事へ向かった後、俺は一人部屋の中で頭を抱えていた。
(嘘だろ……いろいろ、ヤバい)
朝食のテーブルを片付けたメイドさんの一人が、俺の様子を気づいて声をかけてくれた。
「どうかされましたか」
「いや、ちょっと……食べすぎたみたいなので、隣の部屋で少し横になります」
「なにかお薬でもお持ちしましょうか」
「いえ、そんなたいしたことじゃないです。少し落ち着いたら、あとで図書室へ行こうと思います」
「かしこまりました。ではお休みの間、こちらで控えておりますから、なにかあればお声がけください」
メイドさんは親切心でそう言ってくれたが、正直ひとりにしてもらいたい……が、これが限界だろう。
俺は寝室に入って鍵をかけると、ベッドの上でズボンを脱ぎ捨てた。開いたカーテンから差し込む光で、自分の肌がやけに白く見える。
震える俺の指が、右太腿に走る傷をなぞった。ややピンク色を帯びたそこは、表皮の神経が敏感になっている部分と、感覚すら無くなって何も感じない部分が、まだらのようになっている。
だが問題はそこじゃない。傷の深さだ。
ついこの間までは、えぐれて落ちくぼんでいた部分が、盛り上がって平らになっている。
(なんで、こんなことに……)
このケガを負ったのは、かれこれ半年以上前のことだ。
戦火の中、最初の処置が悪かったせいか、ところどころ神経が癒着してうまく動かせなくなった。それでもがむしゃらにリハビリを続けて、なんとか歩けるようになったものの、後遺症で走ることがままならなくなった。
動かせるかどうかばかりを気にしていたから、見てくれは二の次だった。かなりの深傷であることは、容易に見て取れる。幸いにも服で隠れる部分なので、特に気にはしてなかった……この任務につくまでは。
まさか殿下が、ここまできれいな人だとは思ってもみなかった。エルフの再来とささやかれるのもうなずける、神々しいまでに美しい容姿だ。
かりそめの妾とはいえ、これほどきれいな人の相手が俺でいいものかと、初顔合わせの時に若干不安になった。だが殿下の気さくな性格に助けられて、俺は次第に自分の立ち位置に馴染んでいった……と、ここまではいい。
(もしかすると、ここんとこ食糧事情がいいから?)
傭兵部隊は質実剛健をモットーにする為、食事は質素で味気ない。過分な食事のせいで太るなど言語道断。少しでも太ると動きが鈍くなり、それが生死にかかってくる可能性があるからだ。
そのため俺たちは、体力をつける目的でたくさん食べても、嗜好品を口にすることは滅多にない。嗜好品とは、簡単に言えば酒類や菓子類だ。
(ここに来てから、ケーキやら飴やら食べる機会が増えたよな……余計な贅肉が足についたのか?)
だが贅肉は基本腹につくものだ。足につくこともあるが、こんなふうに、傷のとこだけ盛り上がるようにつくわけない。つまり食べ物が影響しているとは考えにくい。
(となると、やっぱりあの『癒す』とか言って舐められる、あれか?)
殿下は、毎晩かならず寝る前にベッドでこの傷を舐める。変な性癖だと思ったが、基本俺には拒否権は無いと思ってるから好きにさせておいた。
しかし、こういう事態となれば、性癖うんぬんじゃない。
(たしか大昔に読んだ絵本で、エルフが傷ついた人を癒すシーンとかなかったか?)
子どもの頃に読んだ、数少ない絵本の記憶を必死にたぐりよせる。数少なすぎて、情報量があきらかに不足している。
俺は再びズボンを身につけると、できるだけ冷静さを装って寝室の扉を開いた。
「落ち着いたので、これから図書室へ行ってきます」
王宮内の図書室にやってくるのは、実はこれがはじめてだ。俺は読書家ではない上、普段から本を読む習慣はない。
だから部屋に入って、迷わず受付カウンターへ向かった。この膨大な蔵書の中から、自分の力でお目当ての本を探そうなんて無謀なことはしない。
受付には、一見十代にしか見えない少女がいた。しかし彼女が膝の上で開いて、猫背の姿勢で貪るように読んでいる本は、小難しそうでやたら分厚い。
俺が声をかけると、少女はすぐに顔をあげて対応してくれた。顔はそばかすがちっていて童顔だが、目尻のシワが実年齢を物語っていた……おそらく三十は超えている。
「なにかお探しですか」
彼女はゼルダと名のり、この図書室の司書だと言う。
俺は簡単に、神話のたぐいが書かれた本はないか聞くと、ゼルダは迷いの無い足取りで、該当する棚を案内してくれた。
「何かご用があれば、またお声がけください。ではごゆっくり」
ゼルダは案内が済むと、さっさとカウンターへ戻っていった。事務的な態度に徹してるが、むしろありがたく好感が持てた。
(えーと、どこから手をつけてみるかな)
ずらりと並んだ本は、上の段に行くほど難しいようだ。とりあえず中段に並ぶ一冊を抜き取って、ページをめくってみたが、それでもかなり難しく感じた。言語はこの大陸の共通語で書かれていて、俺にもなじみのある言語だったが、書き方が古臭くてかなり読みづらそうだ。
あきらめずに数冊開いてみて、なんとか読めそうな本を見つけると、その場に座り込んで目次を確認する。
(……エルフの起源、生命力、神秘的な力……架空の話とごっちゃになってそうだな)
しばらく読み進めていたが、ふと集中力が途切れて顔を上げた。辺りには誰もいない上、とても静かだった。
図書館へ向かう際は、いつものように付き添いの兵士が送ってくれたものの、図書室の中まではついてこなかった。きっとこの部屋の中は、安全が保証されているのだろう。
(そっか、一人になりたい時は、ここに来るといいんだな……)
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