すべてはあなたを守るため

高菜あやめ

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二十三日目-1

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 奥離宮の客間では、四人の男が顔を突き合わせていた。まず殿下と俺、それにワイダール宰相補佐にレイクドル近衛隊隊長という、揃いそうでこれまで揃ったことなかった組み合わせだ。

(あちぃ……)

 襟元に指をはさんでゆるめようとすると、大きな手にやんわりと止められる。

「駄目だよ。ね?」

 有無を言わせない殿下の微笑みに、俺は観念して手を下ろした。俺の今の格好は、寝巻きの上に分厚いガウン、首元に幾重にも巻かれたショール、足は羊毛で編んだルームシューズという徹底振りだ。もちろん、すべて殿下が着せてくれた。俺なら、こんな厚着はしない。
 あと宰相補佐の視線が痛い……何を病み上がり振ってんだ、と言われそうだ。

「まあ、まずは回復されてよかったですね」
「はい、ご迷惑をおかけしました……」

 殿下は、俺が熱を出したことに、えらく動揺したらしい。夜中に叩き起こされた宰相補佐に、典医を呼びに走らせ、しかし看護師は絶対に入れずに、一晩中俺につきっきりで看病してくれたそうだ。
 医者の見立てでは、環境の変化によるストレスや疲れによるものらしい。実際たった一晩で回復し、今朝は熱もすっかり下がった。

「熱は下がったのでしょう。なぜまだそのような姿をしてるのです」
「あー、そうですよね。俺ちょっと着替えてきます……」
「駄目だよ」

 殿下が、立ち上がりかけた俺の手首をつかんで、ソファーに引き戻す。

「また熱をぶり返したら、どうするの」
「え、いやその時は、また薬でも飲んで寝てますよ……」
「安静にしてれば、そんな心配はいらないでしょ」

 正面に座るワイダールからは、何も反論がない。たぶん殿下に遠慮してる……奴の隣に座るレイクドル隊長も、俺たちのやり取りを静観してた。

「君は何も心配せずに、ゆっくり休んで」

 殿下のそのひと言で、ようやくワイダールが口を開いた。

「ゆっくりできる時間はございません。彼にはすぐに回復いただく必要があります」
「しかし無理はさせたくない」

 殿下がワイダールに向けて、凍えるような冷たい声を発した。二人が話している姿はあまり見たことなかったが、俺への態度からは考えられないくらい事務的だ。

「貴方様の戴冠式まで、あと七日しかございません」
「たしかに悠長なことを話してる場合ではありませんね。ロキ様にはきちんとご説明をされた方がよろしいのでは?」

 宰相補佐の反発に、レイクドル隊長が加勢した。俺がすぐに回復しなきゃならない理由はなんだ? 戴冠式は長くて退屈だろうけど、戦場じゃない。
 頑として譲らない殿下に、俺の方が気を使ってしまいそうだ。俺はそうっと、発言権を求めて手をあげた。

「あのう、戴冠式ってそんな大変なんですか? 俺、何をする予定なんでしょう?」
「厳密に言うと、問題は戴冠式そのものではありません。その後に続く婚姻式です」
「こんいんしき……ああ、結婚ですか! えっ、あ、そうですね……あの、俺とってことですよね?」

 すると隣の殿下が、子どもっぽく口を尖らせた。

「他に誰がいる。僕には君だけって、分かってるよね?」
「ええ、ええ! もちろんです!」

 殿下の真剣なまなざしは、俺の気持ちがどこにあるのか探っているようだ。きっと腹の中では、俺のことを嘘つき呼ばわりしてるのだろう。でもそれは、非難よりも甘言に近くて、二人きりの時にしか言わない。

 とにかく俺は、もう腹をくくったつもりだ。それは殿下にも伝わってるはず。エルフである殿下の、でかくて重い愛情を受け止めるつもりだ……もう仕方ないではないか。
 俺が早く回復しなくちゃならない事情が、婚姻式と関係してるということは……十中八九、夜のことだろう。

(そういや体を慣らすって、少しやったけど……まだ足りないかな)

 赤裸々な話だが、殿下との体格差を考えると、ちょっと負担を強いられそうだが、まあいけると思う。俺をどこまでも甘やかしたい殿下にとっては、不本意な結果になるかもしれないが、最初は苦痛を伴うものだって聞くから、俺のことは気にしないで欲しい。

「……やはり、説明が必要のようですね。こちらは殿下にお任せしても?」
「ああ、そのつもりだ」

 なぜか皆、深刻な表情を浮かべてる。俺には想像できない理由でもあるのか……変な儀式があるとか? 回復にこだわっている点から、精神的な苦痛とかではなさそうだが。

「二人きりで話させて欲しい」

 殿下の言葉に、ワイダールとレイクドルが席を外すことになった。





 殿下に手を引かれ、俺はサンルームにやってきた。

「ここは、母のお気に入りの場所だった」

 殿下の口から母親の話を聞くのは、これがはじめてだ。指し示されたカウチは、弓形の出窓に向いていて、形よく整えられた庭がよく見渡せた。しかし高く茂った樹木によって、遠くの景色は空しか望めない。

「……とても王宮内とは思えませんね。まるで森の中に立つ屋敷のようです」
「目ふさがりになってるからね。母の姿は人にさらすわけにはいかなかったから」

 殿下はしんみりとした声でそう言うと、俺をカウチに座らせた。

「本題に入る前に、君をさらった連中について話そうか」

 ウルスたちのことだ。たしかに気にはなってたが、殿下の冷たい表情から、どうなったかなんとなく想像はつく。

「わざわざ話さなくてもいいです」
「……聞くのがつらい?」
「いえ、なんとなく殿下がつらそうだから」

 たぶん殿下は、俺が傷つくんじゃないかって思ってる。これまで仲間と信じてた男に裏切られた挙句、その末路はろくなもんじゃなかったからか。
 でも、裏切りなんてよくあることで、さしてめずらしくもない。魔がさして、やらかして、つかまって、その後はもう行き場が無くなる。だから馬鹿なことはするなと、国では散々教え込まれたはずだ。

「ロキ……泣いてるの」
「えっ、本当だ。俺どうしちゃったんでしょうね」

 ホントよくあることは、いざ自分の身に降りかかると、斜に構えていられなくなるから嫌だ。
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