すべてはあなたを守るため

高菜あやめ

文字の大きさ
32 / 41

二十三日目-2

しおりを挟む
 たぶん俺は、自分の心の半分くらい分かってない。つらさや悲しさ、にくしみに恐怖……そういった感情は訓練で克服できたと信じてた。
 でも本当は、ただ意識しないで済むようになっただけだ。いろいろな感情は、たしかに俺の中に存在してて、たまにこうやって自己主張する。俺は手の甲で涙をぬぐった。

「そうやって少しずつ、君の気持ちが外に出るようになればいいと思う」
「殿下は俺を、弱くするつもりですか」
「弱い部分も君の一部だ。認めてあげて」

 殿下は立ったまま、体を屈ませて項垂れる俺を抱きしめた。

「あと、また『殿下』に戻ってる」
「セレ様」
「そう、セレと呼び捨てにして。これから一緒に、長い時を刻むことになるのだから」

 最後の言葉に、なぜかゾクリとした。殿下……セレの声音が変わったからだ。
 俺はノロノロと顔を上げると、セレは泣きそうな顔をしてた。なぜだ、何が彼を苦しめている?

「僕は本当は、前国王の弟ではない」
「へっ……」
「彼のことはむしろ、弟のように思ってる」

 セレの瞳がゆっくりと動いた。その視線の先を追うと、壁の中央かけられたカーテンにたどり着いた。おそらくあの奥に、何か絵画が掛けられているのだ。
 ああいう飾り方は、たいていは価値ある肖像画で、おそらく王族の誰かだろう。セレは俺を抱きしめてた腕を解くと、壁に近づき、カーテンの横に垂れていた紐をひいた。

「……お綺麗な方ですね」
「うん」

 セレにそっくりなその女性は、驚くほど精巧に描かれていた。銀色の長い髪に、白いドレスがとても映える。しかし絵の具の劣化からか、少し黄ばんで見えた。額縁は新調してるようだが、かえって絵画の劣化が目立つ。

「昔はこんな布など掛けずに、むきだしで飾られていたから、かなり傷んでしまってね。でも修復に出すこともかなわない。母の存在は、知られてはならなかったから」
「それは、お母様がエルフだからでしょうか」
「結果的には、そういうことになるね。父は晩年、母を娶ったことを後悔していた」

 セレは肖像画を、切なそうに見つめている。

「母が、自分の後を追うと分かったからだよ。そして、母は父の予想を裏切らなかった……エルフの愛は重いから、愛する者を失っては生きてはいけない」

 つまり、セレは俺が死んだら後を追うつもりだ。それはまずい、これから健康に気をつけて生きていかなくては。それでセレよりも、一日でも長く生きなくては。

「そうして母を失った僕は、長いことここに一人で暮らすことになった」

 子どもの頃からずっと一人だったのか。それはきっと、寂しかっただろう。

「宰相補佐のおばあさんが、セレのお世話係だったと聞きました」
「ふふ、そうだったな」

 名前を呼んだだけで、セレはうれしそうに笑う。たぶん彼の名前を呼ぶ人は少ないだろう……今は殿下と呼ばれ、戴冠式を終えれば陛下と呼ばれる方だ。

「最初の頃は、世話をされてたというより、してた方だったな。暗闇を怖がって、よく泣いていた。その度に、古参のメイドに叱られてたよ」

 泣くほど神経が細かったのか。宰相補佐の親族とは思えない繊細さだな。

「でも年が経つにつれて、貫禄が出てきて、やがて小言も多くなったな。その頃かな……孫だと連れてきたのが」
「ワイダール宰相補佐、ですね」
「そう。昔は素直でかわいかったのに」
「想像がつきませんね」

 セレは懐かしそうに笑うけど、どこか憂いを帯びていた。

「そのうち彼女もいなくなり、彼も成長した。でも僕はずっと変わらない……」

 セレの瞳に影が落ちた。今きっと、大事なことを打ち明けようとしてる。俺は固唾を飲んで、次に続く言葉を待った。

「もうずっと、何十年もこのままだ。エルフの寿命は長くてね……」

 なんてことだ……セレの苦悩がようやく分かった。しかし分かったところで、どうにもならないことも悟った。

(いや、待てよ)

 たしか先ほど『これから一緒に、長い時を刻むことになる』と言われた。この意味は、なんだ?

(いや、まさか……嘘だろ)

 セレのうつろな双眸が、俺の姿をとらえた途端、光を宿した。それはいわゆる希望の光だった。

「でもこれからは、僕は一人ではない。君がそう望んでくれるなら」
「あ……」
「ねえ、お願いだから、僕と一緒に生きると言って。ずっと変わらず、そばにいてくれると言って」
「それは、俺も……寿命が変わるってことですか」

 セレは儚く微笑んだ。このやさしいエルフは、この期に及んで俺に選択肢を与えるつもりだ。

 きっと婚姻式で彼に抱かれたら、そういうことになるのだ。体に大きな変化が起きるから、その負担に耐えられる体力があるのか危惧されていたのだ。

「その体の変化は、危険をともなうのでしょうか」
「分からない。調べようにも文献がないから、試してみないことには」
「お母様の場合はどうだったんです?」
「母は、父の寿命までは変えなかった。変えたら国王としての立場に差し障る。また母の秘密も知られ、危険が及ぶだろう……他国からの標的になってしまう」

 たしかに、エルフの不老長寿の秘密や、ケガを癒す不思議な力は、争いの種になるはずだ。だからエルフの所在は隠され、伝説にすら昇華したのだろう。

 彼らは、人に知られたら狩られる運命だと理解してた。そして悲しいことだが、その理解は誤ってない。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね

ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」 オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。 しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。 その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。 「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」 卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。 見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……? 追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様 悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。

禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。 そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。 冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。 愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。 禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

転生令息は冒険者を目指す!?

葛城 惶
BL
ある時、日本に大規模災害が発生した。  救助活動中に取り残された少女を助けた自衛官、天海隆司は直後に土砂の崩落に巻き込まれ、意識を失う。  再び目を開けた時、彼は全く知らない世界に転生していた。  異世界で美貌の貴族令息に転生した脳筋の元自衛官は憧れの冒険者になれるのか?!  とってもお馬鹿なコメディです(;^_^A

もう一度、その腕に

結衣可
BL
もう一度、その腕に

祖国に棄てられた少年は賢者に愛される

結衣可
BL
 祖国に棄てられた少年――ユリアン。  彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。  その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。  絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。  誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。   棄てられた少年と、孤独な賢者。  陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

【完結済】氷の貴公子の前世は平社員〜不器用な恋の行方〜

キノア9g
BL
氷の貴公子と称えられるユリウスには、人に言えない秘めた想いがある――それは幼馴染であり、忠実な近衛騎士ゼノンへの片想い。そしてその誇り高さゆえに、自分からその気持ちを打ち明けることもできない。 そんなある日、落馬をきっかけに前世の記憶を思い出したユリウスは、ゼノンへの気持ちに改めて戸惑い、自分が男に恋していた事実に動揺する。プライドから思いを隠し、ゼノンに嫌われていると思い込むユリウスは、あえて冷たい態度を取ってしまう。一方ゼノンも、急に避けられる理由がわからず戸惑いを募らせていく。 近づきたいのに近づけない。 すれ違いと誤解ばかりが積み重なり、視線だけが行き場を失っていく。 秘めた感情と誇りに縛られたまま、ユリウスはこのもどかしい距離にどんな答えを見つけるのか――。 プロローグ+全8話+エピローグ

処理中です...