よく効くお薬

高菜あやめ

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第二部

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 目が覚めると、隣に津和はいなかった。

(今、何時だろ……)

 ベッドボードに置かれたスマホに手を伸ばす。今日は土曜日なので、朝寝坊しても問題はない。ただ昨夜のことがあって、津和の姿が見えないのは少し気になった。

(頭痛は、治ったみたいだ。とりあえず、よかった……)

 罪滅ぼしではないが、昨夜迷惑掛けた分、今日はしっかり働かなくては。
 津和は朝食を済ませただろうか。そうだとしたら、昼食と夕食を作ろう。掃除機を掛けて、風呂とトイレを掃除して……天気が良ければ布団を干そう。シーツも洗わなくては。

(よしっ、時間は無限じゃないんだ……早く始めないと)

 勢い込んでベッドから起き上がった時、ちょうど寝室の扉が開いた。

「あ、起きたね」

 現れた津和はパジャマ姿で、まだ髪のセットすらしてなかった。週末も早起きな彼としては珍しい。俺はもう一度、スマホの時刻を確認する。

(午前九時過ぎ……二度寝でもするつもりかな……あれ、ところでいつ着替えたんだろ?)

 改めて自分を見下ろすと、同じ色違いのパジャマを着ている。昨夜はお互い、服のままベッドに入った記憶しかない。つまり夜中に、津和が着替えさせてくれたとしか考えられない。
 俺はさっそく朝から、激しい自己嫌悪に陥った。

(とにかく、昨夜の失態から謝らなくちゃ……!)

 俺が顔を上げるのと、津和が屈みこんで俺の顔を覗き込んだのは、ほぼ同時だった。だが、口を開いたのは津和の方が早かった。

「そろそろ、お腹空かない?」
「あ、うん……でも津和さんは」
「俺もまだ食べてない。支度したから、一緒に食べよう?」

 手を差し出されて、なぜか頭を撫でられる。津和はよくこうやって、俺の頭を撫でるのだが、それは何かしら世話を焼こうとする前兆でもあった。

「え、なに……」
「ん、寝起きも可愛いなあと思って」

 俺は警戒気味に、津和の手をそっと押しのけると、ベッドから出ようと毛布をまくった。しかしなぜか、津和の手で押し戻されてしまう。

「なんだよ、朝メシにするんだろ」
「あ、動かなくていいよ。ここへ運んでくる」
「え、そんな平気だって。向こうで食べれるから」
「違う違う。週末だから、でしょ? 忘れたの?」

 津和の含みのある言葉に、俺の顔が少し熱くなった。ここ最近の習慣で、週末前に抱かれた翌朝は……津和が朝食を作って、ベッドまで運んでくれる。

(ベッドで朝食って……わざわざ、なんで?)

 欧米では珍しくない光景らしいが、ここは日本で俺は日本人だから、さっぱり理解できない。でも、津和には憧れだったそうで、やりたいとせがまれて拒否できなかった。

「お待たせ。今朝はマッシュルームのオムレツにしたよ。ケイ好きでしょ?」
「うん……」

 たしかに好きだが、なんとなく釈然としない。昨日は抱かれてもないし、津和には面倒掛けたし、むしろ朝食作って運ぶのは、俺の役目なんじゃないかと思う。
 俺がグズグズと思い悩む中、津和は手際良くテーブルをセットして、俺の前に温かいカフェオレを置いてくれた。砂糖は入れない代わりに、ミルクたっぷりで、コーヒーがそれほど得意じゃない俺でも飲めるやつだ。

「はい、あーんして」
「お前なあ……いい加減それ、やめろって……」

 すると津和は、いかにも不思議そうに俺の顔を眺める。

「でもケイ、この体勢で食べるの下手だったよね」
「そ、それは」
「シーツにオムレツ落とすの、嫌なんでしょ」
「まあ、そうだけど……」

 反論できないままでいると、ひと口大に切り取られたオムレツが、大きな銀のスプーンで顔の前に差し出された。仕方なく口を開くと、津和は器用にスプーンを斜めに傾けて、うまいことオムレツを俺の唇の間にすべりこませる。うまいけど、これは……なんとも恥ずかしい。

「……」
「あ、上手く焼けてる」

 津和は必ず、同じスプーンで交互に自分も食べる。ひと口ずつ、オムレツが無くなるまで続けられるのだ。こんな面倒な事、何が楽しいのだろう……津和の趣味は、本当によく分からない。

「俺もう起きないと」
「どうして? せっかくの休みなんだから、もう少しベッドでゴロゴロしようよ」
「いーや、洗濯するの。あと掃除機も掛けたいし……」
「だから、どうして?」

 津和は朝食の皿をあっという間に片づけてしまうと、起き上がった俺をつかまえて、再びベッドへ押し倒した。まだ温かいシーツが、背中にふんわりと気持ち良くて、特にこんな寒い冬の朝は誘惑に負けてしまいそうだ。
 俺の顔を見下ろす津和の顔が、やけにキラキラと輝いている。何かを知ってて、でも俺には教えてくれない顔だ。

「ふーん、なるほどね……手ごわいなあ」
「な、何がだよ……」

 津和はクスクス笑いながら、俺にそっと唇を寄せた。

「んー、仕方ない。君が甘やかされる『理由』を、今あげるよ」
「あ、え……んんっ……」

 深いキスで、俺の言葉が吸い取られてしまう。朝の挨拶にしては、ちょっと濃過ぎやしないか。唇が離される頃には、すっかり息が上がってしまったじゃないか……俺は恨みがましい目で、ゆるく弧を描く濡れた口元をにらむ。すると今度は、その唇が耳元に寄せられた。

「俺はね、これでも我慢してるの」
「……?」

 甘い声音で囁かれ、俺は目を見開いた。

「君は、まったく分かってないみたいだけど、俺はもっともっと君を甘やかしたいの。世話を焼いて、可愛がって、俺がいないと寂しくて泣いちゃうくらいに」
「泣くか!」

 たまらず突っ込むと、津和は『だろうね』と笑顔を引っ込めて、真っ直ぐ俺を見下ろした。

「なぜだろう。俺のやりたい事ばかりを、君はどうしても否定したいんだね……だから、すぐに『借り』を作ったとばかり、どうにか『お返し』をしたがる。そんなもの、俺は望んでないのに」
「……」

 俺の浅はかな考えは、彼にとっくに見破られていた。
 自分の罪悪感を、一人よがりに『お返し』する事で解消しようとしてた。それは津和の為じゃない、自分の為だ……自分が楽になりたいから。

「ごめん、俺は……」
「いいよ、俺もそんな聖人君子じゃない。特に据え膳食わないなんて、そんな高尚な事もしない。君の優しさと甘さに、つけこもうと思う」

 再び唇が落ちてくる。撫でるように擦り合わせ、じれったさがもどかしくなる。パジャマのボタンが外され、胸の尖りに指先が触れた。

「君を抱けば、この甘い朝の言い訳ができるだろう?」
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