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第二部
7. 悩み相談
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その日の夜。
いつもより少し早めに帰宅した津和は、俺の作った渾身の夕食を見て微笑んだ。
「作ってくれたんだ。ありがとう」
「いや、うん……」
笑ってお礼を言われたが、どうも反応はイマイチだ。
いつもならテイクアウトか、スーパーの惣菜に頼りがちなため、もっと驚かれると思ったのに。
食事中もいつもどおり、他愛のない話をするものの、普段より口数が少ない気がする。
笑顔もあまりなく、どちらかというとかたい表情だった。
(なんか、嫌いな物でもあったかな……)
津和に食べ物の好き嫌いはあまりない。
それでも一緒に暮らすうちに、なんとなく好みの系統くらいはわかってくる。
できるだけ好きそうなメニューにしたが、そのかいあってか、いつもより津和の箸は進んでいるように見えなくもない。
ただ、よろこんで食べてるようにも見えなかった。
(まさかと思うけど、めずらしく俺が作ったから、苦手なものがあっても我慢して食べてるとか……?)
掃除と片づけは、まあ人並みにできると思うが、料理はまったく自信がない。
ひとり暮らし歴は長いくせに、津和と出会うまで自炊とは呼べない、いいかげんな食生活を送ってきた。家ではもっぱらインスタント食品ですませ、面倒なときはゼリー飲料にたよっていた。
そのため味音痴になってるかもしれないと、今回どの料理もネットのレシピの分量どおりに作った。
調味料にいたるまで、計量スプーンを使うという徹底ぶりをみせた結果、わりとうまくできたと思ってた。
(でも味付けって、好みもあるからなあ)
食器を洗う津和の後ろ姿をながめながら、次の作戦を練ることにした。
弁当はどうだろう、難易度高いだろうか。
そもそも彼が、会社で弁当を食べるかどうか……。
津和の会社には、社食はないらしい。
そのため外へ食べにいくようだが、時々テイクアウトして席で食べることもあるそうだ。
もしかしたらテイクアウトする代わりに、弁当を食べてくれるかもしれない。
「あのさ津和さん、明日だけど」
「明日は遅くなるから、夕食は用意しなくていいよ」
背を向けたままそう言われて、俺は何も言えなくなった。
やんわりと、でもハッキリ断られてしまった。弁当どころか、夕食も作るなと釘刺されたようなものだ。
(少し、いや、けっこうショックかも)
そのあとは各自お風呂をすませて、普通に寝た。
とうぜん甘いムードにはまったくならず、なんだかよそよそしさすら感じて泣きたくなったが、俺は努めて気づかないフリをした。
まるで近づこうとすると、離れていくようだ。
しかたなく背を向けて寝れば、今度は寝ぼけてるのか、向こうからすりよってきた。
(困ったな……なにをどうすれば、よろこんでもらえんの? よく分からん……)
背中から伝わるぬくもりに困惑しつつ、俺は浅い眠りについた。
「……で、なんで俺に相談?」
翌日。在宅勤務後に松永を呼びだして、津和のマンション近くの飲み屋へ誘った。
久しぶりに飲む酒は苦く感じた。友人には迷惑かけて申し訳ないが、ひとりで思い悩んでいても無駄だ。
松永は、仕事の相談かと思ったらしい。
席に着いて、俺が事情を説明すると、あからさまに嫌な顔をした。
「それって、当人同士の問題だろー。男らしく面と向かって、相手と話せよ」
「もう、なにをどう聞いたらいいか分かんねえ……」
「面倒くせぇな」
松永は舌打ちしながらも、席を立とうとはせず、代わりに追加のおつまみを注文した。
話に付き合ってくれるだけでも、本当にありがたい。
「面と向かって聞いても、本音を引きだせなきゃ意味ないだろ。俺は、態度で示したいんだよ」
「示すって、何を?」
「その、えーと、好意だよ……相手にちゃんと伝わるような方法を知りたいんだよ……」
松永の冷たい視線を感じながら、俺は尻つぼみにつぶやいた。
手元のビールは、とっくに泡がなくなっているのに、半分も減ってない。
向かいの友人は背もたれに腕をかけると、かったるそうに首をかしげた。
「そんなもん、大昔から全人類が悩み続けているテーマじゃねえか。史実でも小説でも、映画や漫画、アニメ見ててもわかるだろー」
「で、どれを参考にすればいい?」
「どれも参考になりゃしねえよ。つまりさ、解答は無い問題。だからみんな夢中になるんだよ」
松永は二杯目のビールを空けて、肩でため息をついた。
そして、テーブルに置かれた俺のスマホを指さす。
「さっきから光ってねえ?」
「あ、ホントだ」
画面をふせて置いといたので、着信に気づけなかった。
確認すると津和からで、『今どこ?』といった短いメッセージが数個入っていた。
(おかしいな? 出かける前に友達と飲んでくるって、メッセージ入れといたんだけど)
首をひねりつつ、店の名前を打って返信すると、ほどなくして津和が現れた。
「えっ、来たの?」
「来たらマズイ?」
突然の津和の登場に、向かいの友人もポカンとしていた。
まさか相談をされてた当事者本人が、この場に現れるとは思わなかったんだろう。
テーブルの前にやってきた津和は、座る素振りすら見せなかった。
長居をするつもりはないらしい。そして先ほどと同じ問いをくり返す。
「俺が来たらマズイの?」
「いや、別に。それにしても、はやかったな」
「……遅いよ」
「え、でもメッセ送ってから、五分も経ってないよ?」
「……」
不機嫌そうに押し黙る津和に、場の空気が悪くなりかけたけど……向かいの友人が、明るい声がこの場を救ってくれた。
「はじめまして、松永っていいます。千野とは大学からの付き合いで、今も仕事を通して度々お世話になってます」
「……はじめまして、津和です……ケイ、帰るよ」
必要最低限の挨拶と、その後に続く勝手な提案に、俺は眉をひそめた。
「俺、まだ食い終わってねえよ。なんなら先に帰ってていいから」
「それじゃ、迎えに来た意味がないじゃないか」
「そもそも迎えなんて、頼んでねえだろ」
「まあまあ、二人とも」
松永があきれた様子で割って入った。
「千野、ここはいいからもう帰れよ」
「え、でも」
「いいから。今ちゃんと話さないと、お前の嫌いな面倒くせえことになるぞ?」
松永の言葉に、俺はしぶしぶ席を立つ。
津和は、そんな俺の態度が気に入らなかったようだ。財布から適当に数枚札を出してテーブルに置くと、俺の腕をつかんだ。
(一体どうした!?)
津和の様子が、あきらかにおかしい。
先日会社の飲み会に参加したときだって、こんなふうに不機嫌にならなかったのに。
俺は、松永に先に帰ることを詫びると、なぜか隣からにらまれた。
「……行こう」
津和は、俺の手首をしっかり握ると、なかば引きずられるように店の出口へと向かった。
歩きながら後ろを振り返ると、松永がヒラヒラと手を振りながら、苦笑いを浮かべていた。
いつもより少し早めに帰宅した津和は、俺の作った渾身の夕食を見て微笑んだ。
「作ってくれたんだ。ありがとう」
「いや、うん……」
笑ってお礼を言われたが、どうも反応はイマイチだ。
いつもならテイクアウトか、スーパーの惣菜に頼りがちなため、もっと驚かれると思ったのに。
食事中もいつもどおり、他愛のない話をするものの、普段より口数が少ない気がする。
笑顔もあまりなく、どちらかというとかたい表情だった。
(なんか、嫌いな物でもあったかな……)
津和に食べ物の好き嫌いはあまりない。
それでも一緒に暮らすうちに、なんとなく好みの系統くらいはわかってくる。
できるだけ好きそうなメニューにしたが、そのかいあってか、いつもより津和の箸は進んでいるように見えなくもない。
ただ、よろこんで食べてるようにも見えなかった。
(まさかと思うけど、めずらしく俺が作ったから、苦手なものがあっても我慢して食べてるとか……?)
掃除と片づけは、まあ人並みにできると思うが、料理はまったく自信がない。
ひとり暮らし歴は長いくせに、津和と出会うまで自炊とは呼べない、いいかげんな食生活を送ってきた。家ではもっぱらインスタント食品ですませ、面倒なときはゼリー飲料にたよっていた。
そのため味音痴になってるかもしれないと、今回どの料理もネットのレシピの分量どおりに作った。
調味料にいたるまで、計量スプーンを使うという徹底ぶりをみせた結果、わりとうまくできたと思ってた。
(でも味付けって、好みもあるからなあ)
食器を洗う津和の後ろ姿をながめながら、次の作戦を練ることにした。
弁当はどうだろう、難易度高いだろうか。
そもそも彼が、会社で弁当を食べるかどうか……。
津和の会社には、社食はないらしい。
そのため外へ食べにいくようだが、時々テイクアウトして席で食べることもあるそうだ。
もしかしたらテイクアウトする代わりに、弁当を食べてくれるかもしれない。
「あのさ津和さん、明日だけど」
「明日は遅くなるから、夕食は用意しなくていいよ」
背を向けたままそう言われて、俺は何も言えなくなった。
やんわりと、でもハッキリ断られてしまった。弁当どころか、夕食も作るなと釘刺されたようなものだ。
(少し、いや、けっこうショックかも)
そのあとは各自お風呂をすませて、普通に寝た。
とうぜん甘いムードにはまったくならず、なんだかよそよそしさすら感じて泣きたくなったが、俺は努めて気づかないフリをした。
まるで近づこうとすると、離れていくようだ。
しかたなく背を向けて寝れば、今度は寝ぼけてるのか、向こうからすりよってきた。
(困ったな……なにをどうすれば、よろこんでもらえんの? よく分からん……)
背中から伝わるぬくもりに困惑しつつ、俺は浅い眠りについた。
「……で、なんで俺に相談?」
翌日。在宅勤務後に松永を呼びだして、津和のマンション近くの飲み屋へ誘った。
久しぶりに飲む酒は苦く感じた。友人には迷惑かけて申し訳ないが、ひとりで思い悩んでいても無駄だ。
松永は、仕事の相談かと思ったらしい。
席に着いて、俺が事情を説明すると、あからさまに嫌な顔をした。
「それって、当人同士の問題だろー。男らしく面と向かって、相手と話せよ」
「もう、なにをどう聞いたらいいか分かんねえ……」
「面倒くせぇな」
松永は舌打ちしながらも、席を立とうとはせず、代わりに追加のおつまみを注文した。
話に付き合ってくれるだけでも、本当にありがたい。
「面と向かって聞いても、本音を引きだせなきゃ意味ないだろ。俺は、態度で示したいんだよ」
「示すって、何を?」
「その、えーと、好意だよ……相手にちゃんと伝わるような方法を知りたいんだよ……」
松永の冷たい視線を感じながら、俺は尻つぼみにつぶやいた。
手元のビールは、とっくに泡がなくなっているのに、半分も減ってない。
向かいの友人は背もたれに腕をかけると、かったるそうに首をかしげた。
「そんなもん、大昔から全人類が悩み続けているテーマじゃねえか。史実でも小説でも、映画や漫画、アニメ見ててもわかるだろー」
「で、どれを参考にすればいい?」
「どれも参考になりゃしねえよ。つまりさ、解答は無い問題。だからみんな夢中になるんだよ」
松永は二杯目のビールを空けて、肩でため息をついた。
そして、テーブルに置かれた俺のスマホを指さす。
「さっきから光ってねえ?」
「あ、ホントだ」
画面をふせて置いといたので、着信に気づけなかった。
確認すると津和からで、『今どこ?』といった短いメッセージが数個入っていた。
(おかしいな? 出かける前に友達と飲んでくるって、メッセージ入れといたんだけど)
首をひねりつつ、店の名前を打って返信すると、ほどなくして津和が現れた。
「えっ、来たの?」
「来たらマズイ?」
突然の津和の登場に、向かいの友人もポカンとしていた。
まさか相談をされてた当事者本人が、この場に現れるとは思わなかったんだろう。
テーブルの前にやってきた津和は、座る素振りすら見せなかった。
長居をするつもりはないらしい。そして先ほどと同じ問いをくり返す。
「俺が来たらマズイの?」
「いや、別に。それにしても、はやかったな」
「……遅いよ」
「え、でもメッセ送ってから、五分も経ってないよ?」
「……」
不機嫌そうに押し黙る津和に、場の空気が悪くなりかけたけど……向かいの友人が、明るい声がこの場を救ってくれた。
「はじめまして、松永っていいます。千野とは大学からの付き合いで、今も仕事を通して度々お世話になってます」
「……はじめまして、津和です……ケイ、帰るよ」
必要最低限の挨拶と、その後に続く勝手な提案に、俺は眉をひそめた。
「俺、まだ食い終わってねえよ。なんなら先に帰ってていいから」
「それじゃ、迎えに来た意味がないじゃないか」
「そもそも迎えなんて、頼んでねえだろ」
「まあまあ、二人とも」
松永があきれた様子で割って入った。
「千野、ここはいいからもう帰れよ」
「え、でも」
「いいから。今ちゃんと話さないと、お前の嫌いな面倒くせえことになるぞ?」
松永の言葉に、俺はしぶしぶ席を立つ。
津和は、そんな俺の態度が気に入らなかったようだ。財布から適当に数枚札を出してテーブルに置くと、俺の腕をつかんだ。
(一体どうした!?)
津和の様子が、あきらかにおかしい。
先日会社の飲み会に参加したときだって、こんなふうに不機嫌にならなかったのに。
俺は、松永に先に帰ることを詫びると、なぜか隣からにらまれた。
「……行こう」
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歩きながら後ろを振り返ると、松永がヒラヒラと手を振りながら、苦笑いを浮かべていた。
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