リンドグレーン大佐の提案

高菜あやめ

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第三部

4

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 ようやく男と話を終えて部屋に入ったのは、昼もかなり過ぎていた。
 今から改めて食堂へ行く気にもなれず、先に運ばれてあった旅行鞄をチラリとみやると、脱いだジャケットとともに背中からベッドへダイブした。

(背中が痛え……)

 昨夜、大佐に散々無理な体勢を取らされた為、体のあちこちがキシむように痛い。柔軟性が無いとしょっちゅう文句言われるが、そんなことは重々承知してる。

 昨夜の大佐は、久しぶりにしつこかった。真夜中に帰宅した癖に、眠っていたテオドアを容赦なく叩き起こして抱き潰すとは、なかなかに鬼畜だ。
 しかし一見意地の悪いしつこさに隠された、縋り付くような様子に、どうしても拒絶しきれなかった。

 荒い息遣いに、冷えた指先……濡れた舌で口内を蹂躙し、反論も肯定も許さない。熱く熟れた粘膜を擦り上げ、熱い飛沫を奥深くへ叩きつけると、余韻に浸ることもなく再び律動をはじめる。まるで喉の渇きを癒そうとするかのように、何度も何度も求められた。
 だが腰を掴む手はいつまでも冷たいままで、体温をすべて奪われそうで恐ろしくもあった。少しでも逃げる素振りを見せると、氷のような両手が腰の皮膚に食い込み、さらに激しく貪られた。

(クソッ……なんか変な気分になっちまった)

 テオドアは身を起こすと、しかたなくベッドから離れた。柔らかなスプリングは、大佐の屋敷の寝室を思い起こさせる。必死になって邪念を振り払うよう努めているうちに、小腹が空いてることに気づいた。そういえば昼もとっくに過ぎてる時間だ。

 ルームサービスでも取ろうと思うも、メニューには上品そうな料理しか並んでおらず、いまいち食欲をそそらない。

(しかも次の移動まで、三時間しかないのかよ……のんびり食ってる暇ねえか)

 今夜はこのホテルに宿泊予定としてるが、日が暮れる前に部屋を抜け出して、国境の街ネストリニーロへ向かわなくてはならない。そこでアーミテイジが待ってるからだ。
 先刻会った隻眼の男は、自己紹介こそしなかったが、ヒューム・イライアス大尉と分かってる。アーミテイジの腹心の部下で、西の国境までのガイド役……正確には西の国境にいるアーミテイジの元まで案内する為に、テオドアに接触してきた。

 イライアスはテオドアに対して、本日のネストリニーロ行き最終列車に乗るよう指示してきた。国境の街は、列車の終着駅でもあり、カッレロからローカル線で三時間はかかるらしい。夕方の電車を乗り損なえば、目的の駅に着く前に途中下車を余儀なくされるそうだ。

(少し早めに出て、列車に乗る前に、何か腹に入れとくか)

 再びジャケットを着ると、旅行者が好みそうな小型の鞄を手に部屋を出た。途中フロントに寄って、この近辺にどこかうまい飯を食べれる場所があるかたずねる。いくつかあげられた候補から、一番駅に近い店へ向かってホテルを出発した。





 店内に入ると、揚げ物の香ばしいにおいが鼻につく。簡易なテーブルセットが所せましと並び、そのほとんどは埋まっているものの、人の回転率が早いせいか空いてる席はすぐ見つかりそうだ。

 ここは駅にほど近い、帝都でもよく見かける安価なファストフード店だ。ホテルで教わったレストラン候補が真向かいにあったが、こちらの方が誰に対しても敷居が低くて入りやすい。
 テオドアは、焼いた肉のパテを挟んだバーガーに芋のフライを山盛り頼むと、少し迷ってコーヒーの代わりにソーダー水を注文した。

(ネストリニーロ行きの最終は、四時半か……)

 そこから三時間かかるとなれば、到着するころには、すっかり日も落ちてるだろう。そこからアーミテイジが待つ国境の砦へ向かうには、陸路を車で二時間半ほどの道のりを行かねばならない。
 イライアスは、とりあえず今日のところは砦に到着さえすればいいと言ってたが、到底そうとは思えない。おそらく砦に着いたら、すぐにアーミテイジと面会することになる。そうしたら、きっとあれこれ説明や指示を受けることになるだろう。

(まったく、特別手当でももらわなきゃ、やってらんねーよ)

 芋のフライを咀嚼しながら、ソーダ水に手を伸ばしたそのとき、隣から大きな笑い声が響いた。反射的に顔を向けると、成人前と思しき五人の少年たちが、四人掛けのテーブルに無理矢理座って談笑していた。
 服装から察するに、士官学校の学生たちのようだ。少し大人びた顔立ちで、芋のフライをつまみながらおしゃべりに花を咲かせてる。聞き耳を立てるわけではないが、すぐ隣とあって自然と会話が耳に入ってきた。

「やっぱ帝都だよな」
「でも帝都はコネがないと入れないんだろ」
「やっぱ地元の治安局とかがいいんじゃね? 今どき軍人のキャリアなんてつぶしがきかないって、去年卒業した先輩らが話してたぜ」

 どうやら卒業後の進路について、話しているようだ。クリフトンの息子が入学する一方で、こうして卒業する生徒がいるのも不思議ではない。

「文官コースにしときゃよかったかなあ」
「今さらだろ」
「それに文官コースの連中って、勉強ばっかしてるぜ。それでも留年せずに卒業できる奴らなんて、ほんのひと握りだって話だ」
「ならやっぱ士官で正解だな。でも就職先が決まらないことにはなあ……おい、レイはどうなんだよ」
「俺は帝都へ行くよ。司令部にいる叔父貴に頼んで、なんとか働き口を紹介してもらうつもりだ」
「え、マジずりー。やっぱコネじゃん」
「まだわかんねーよ。叔父貴は真面目だし、取り合ってもらえないかもな。でも試してみる価値あるだろ?」
「レイはいいよなあ」

 ふと気になって目線を上げると、ブルネットの髪のくせ毛が印象的な少年と目が合った。顎のなだらかな曲線がほんのり幼さを残しているものの、瞳の強さからなかなか根性がありそうに見える。

「レイ、どうかしたか」
「あ、いや……そろそろ出る時間だと思って」
「そっか。最後の休暇、楽しんでこいよ」
「そっちもな」

 ふとテオドアも時間が気になって、急いで目の前の皿を片付ける。あわただしいが、これは休暇を装った任務中なのでしかたがない。

(そういやクリフトン大尉も、今夜帝都へ戻るんだっけか)

 駅で鉢合わせたらまずいが、帝都行きは遅くまで走ってるので、もっとゆっくり出発するだろう。それにテオドアの乗る列車とは逆方向でホームも全く違う上、カッレラの中央停車場は、帝都のそれと引けを取らないくらい広い。

(でも、万が一バッタリ合っちまったときのために、手土産でも用意しとくか……カッレラの郊外に住んでる友だちに、夕メシ招かれたとして……ま、酒あたりが妥当かな)
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