Sealed

高菜あやめ

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 ヘルガの都は、シグリッドの湖から流れ出す二つの大きな川に挟まれた風光明媚な街としても名高い。芸術の都に相応しく、その街並みは数百年の時を経ても変わらず、古めかしいが趣が感じられた。
 リゼットは、歴史ある石畳を一歩一歩ふみしめながら、高まる興奮を抑えきれずに、キョロキョロと周囲を見回す。

(感動……! あ、この道って何度も絵画でモチーフにされてる通りだ。カフェの位置も、同じ……もしかして、あそこで売られてる食べ物って、たしか有名な画家が好きだったやつじゃ……)

 感動に打ち震えていても、顔に出さないようつとめる。なんていっても、ここには遊びできてるわけではない。

(今ヘルガでは、オークション週間なんだっけ。一般参加できる気軽なものから、招待制のものまでいろいろあるみたいだけど、冷やかしで参加はむずかしそう……でも、蚤の市もたくさんある。どれかひとつでも、のぞける時間あるといいなあ)

 くりかえすが、遊びできているわけではない。
 リゼットは、次に機会があれば絶対にプライベートでこようと、かたく心に誓った。
 治安も悪くない上、明日から開催されるオークションに備えて厳重な警備体制かしかれているため、特に裏道とかに入らない限り安全のようだ。
 街中いたるところに、旅行者らしき姿が見受けられるが、彼らのほとんどに連れがなく一人旅らしい。そのためリゼットのような若い女性が一人で歩いていても、さして不自然には見えなかった。
 芸術家は風変わりで個性的な人間が多い。群れをなすのを好まないというよりも、単独行動を好む性質なのだろう。

(もしスヴェンにならずに、あのまま学校へ通ってたら、私もあんな風に一人旅をしてたかも)

 学校をやめたことを、後悔してないといえば嘘になる。でも自分で決めたことだ。

(それにしても、体中痛い、疲れた……)

 昨日は日が暮れてから、人目を避けるためか王宮の裏門から出発した。用意された馬車は快適だったが、それでも丸一日乗っていたので、疲労感はハンパない。
 しかも移動中は、必要最低限の休憩しかはさまなかったので、睡眠もほとんど取れなかった。ゆれる車内で熟睡できるほど、リゼットは馬車の移動に慣れてない。
 憧れの街に到着して、本当ならすぐにでも観光したいところなのに、さすがに体力が持ちそうになかった。残念だが、明日のオークションに備えて、今夜は早めに宿へ戻って、旅の疲れを癒した方がよさそうだ。

(あ、でも待ち合わせがあるんだった)

 リゼットはひと休みする前に、宿泊予定の宿に隣接する料理店に入った。流行りの店なのか混み合っていたが、奥の席が空いていたので案内してもらえた。

(こんな奥のテーブルで、分かるかなあ)

 アルトゥルの説明によれば、この店で夕食をとっていれば、向こうがリゼットを見つけてくれるらしい。

(どんな人だろう? 王宮の人かな、アルトゥル様の部下の人?)

 リゼットは、その人物と一緒にオークションに参加することになっている。そして、出品されたオーレリーが本物だったら、なんとしても落札しなければならない。

(そりゃ、盗まれたからって、盗みかえすわけにはいかないものね。オークションにかけられているわけだし)

 リゼットの役目はもちろん、オーレリーが本物かどうかの鑑定だ。

(贋作……ニセモノ……だったら、落札せずに戻ってくればいいって言われたけど)

 アルトゥルはガッカリするだろう。いやガッカリとかいうレベルじゃない、国の一大事だ。オーレリーの不在がバレたら、外交問題になることは必至、最悪の場合、戦いの火種になってしまう。

(責任が重すぎる……)

 リゼットは暗い気持ちでメニューを開いた。本当に、この能力を持ってて得したことなんて、一度もない。

(本物のオーレリーじゃなかったら、どうしよう……)

 本物だと確信があれば、アルトゥルだってわざわざリゼットを送りこまないだろう。贋作の可能性が大いにあるのだ、きっと。

「お待たせしました」

 注文した郷土料理が運ばれてきたらしいが、考えに没頭しているリゼットは、顔を上げずに小さく会釈だけ返す。

(でも本物に近いニセモノだったら? いつかはバレてしまうけど、一時しのぎにはならないかなあ……いやいや、誰がお金払って落札すると思ってんの。国の金庫から出すならば、みんなの血税でしょうよ。ニセモノと分かってて、大金支払うなんてとんでもないよ……はあ、どうにかならないかな……)

 堂々めぐりで、らちがあかない。きっと空腹で燃料切れで、頭が回らないのかもしれない……その時ふと、いつまでたっても料理がテーブルに置かれる気配がないことに気づいた。
 リゼットが不審に思って顔を上げると、いつの間に向かいの席に、地味な茶色地のマント姿の男が座っていた。フードを目深にかぶっていて顔がよく見えないが、旅行者だろうか。

「あのう、すいませんが相席はちょっと……待ち合わせしてるもので」
「……」
「す、すいません、そこ、人が来るので……」

 すると突然、目の前の男が笑い出した。

「俺が来るって聞いてなかったのか? アルから話があっただろ、こっちがお前を見つけるって」

 緩慢な動作でフードをたくし上げたのは、予想外の人物だった。

「お、皇子!?」
「こら、そんな風にぼんやりしてると、スリに目をつけられるぞ。ここらは治安が悪くないとはいえ、観光地で人が多いからな」

 リゼットの目の前で、ニヤニヤと人の悪い笑顔を浮かべるのは、疑いようもなくクリストフェル皇子その人だった。マントを脱いで向かいの席に落ち着く。

「メニューはないか……なら、俺も同じやつ」

 クリストフェルは、ポカンとするリゼットを尻目に、通りすがりの給仕にさっさと注文を済ませた。

「ど、どうして皇子がこんなところにいるんですか! 仮に皇子ともあろうお方が、お供もつけずに……」
「あんまり大きな声で、皇子皇子って連呼するな。お忍びで来た意味が無くなるだろう?」
「お忍びですか!」
「アルトゥルは知ってるがな」
「えええ……なんで教えてくれなかったんですか……」
「それは、本当のことを話したらお前が」

 クリストフェルが言いかけたちょうどその時、リゼットの注文した料理が運ばれてきた。給仕の娘は、皇子をチラリと見て頬を赤らめている。

(しまった、普通にしてても、この人目立つ……)

 クリストフェルの、ラフな旅行服に前髪を無造作に下ろしたスタイルは、普段の皇子らしい装いと比べて親しみやすく見せている。高貴な身分のオーラは幾分抑えられているものの、美形振りはごまかしようもなく、近くのテーブルに座る人々の目をうばっていた。

(これは早く食べて、宿へ戻ったほうがよさそう)

 だかまだ皇子の注文分がきてない。ここは待つべきだろう。

「俺のことはいいから、冷めないうちに食べろ」
「いえ、でも皇子……」
「俺の事はフェルと呼べ。それから、タメ口でいいからな」
「では……フェル様」
「『様』はいらん。あとタメ口でいいと言っただろう」
「だって、そんなに急には無理だってばっ!」
「そうか?」

 クリストフェルは、クスクスと面白そうに笑いながら、リゼットの顔をのぞきこんだ。

「目の下の、くまがひどいな」
「疲れてるんですっ……昨日からずっと、馬車に揺られっぱなしだったので」
「馬車は時間をくうからな。馬なら、半日で着く距離だぞ」
「あいにく、私は馬に乗れませんので」
「ふうん……お転婆の癖に馬に乗れないなんて、思わぬ弱点だな」

 リゼットは顔を赤らめ、むっとしたようにフォークを手に取った。




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