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第一章 地下アイドルの幽霊
第8話 可能性
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霊気――ねえ。その説明をしたところで、きっと理解してくれる人間は多くないと思う。何故ならオカルトの知識を持ち合わせている人間がそう多くなく、霊気がどうのこうの言われたってさっぱり分からないのだろう。
ぼくだって最初は分からなかった。けれども、何度も経験を積んでいくうちに霊気が何であるかということを理解していった。無論、それだけではない。心霊探偵がどういう仕事をしていて、幽霊が何を知っているかということも知らなくてはならなかった――ぼくは探偵として活動していく訳ではないのだけれどね。
「一言だけ言わせてもらうと……、この幽霊未遂は未遂ではない可能性が非常に高いだろう、遺憾ではあるが」
「何が遺憾なんだよ、心霊探偵はそういうのを導き出して解決させるのが仕事だろ……。それとも、とうとう職務放棄をしたくなったか?」
「そういうことを言いたいんじゃないんだよ、たーくん。僕ちゃんが言いたいのは、もっと別のカテゴリだ」
別のカテゴリ?
それを考える、何か糸口でもあっただろうか。
「これはあくまでも可能性の一つでしかないが……。しかし、可能性として考えるには十分だ。尤も、探偵というのは微かな可能性であってもきちんと考慮しなければならない。例えば、ビルからの転落が原因かもしれないという事件があったとしても、一パーセントぐらいは誰かがそこに連れて行って転落死を偽装したパターンもある――みたいなね」
まあ、それは聞いたことがあるな。
探偵だろうが警察だろうが、そこにある証拠――つまり状況証拠だけでは結論を導き出すのは非常に宜しくないということだ。百パーセントそれが真実であるとは言い切れないのだ。
例えば首つりがあったとしよう。九十七パーセントが自殺であったとして、残りの三パーセントは他殺の可能性があるかもしれない、ということだ。それを確定するために状況証拠を精査し、新たな証拠を見つけなくてはならない。
残念ながら、勘というのは新たな答えを導き出すには少々心許ないのが事実だ。勘は想像を拭い去ることが出来ないし、その疑念を拭い去るために証拠がある訳で。
つまり勘というのは、あくまで捜査の方針を決めるための物にしか過ぎないのだ。
しかし、良く刑事ドラマで刑事の勘だ――なんて言っているシーンもあるけれど、実際はそれだけで事件が大きく動くことは稀だろうし、それだけで事件が解決するならまだしも、大抵は事件が悪い方向に行ってしまうこともざらだ。そうなってしまったら刑事一人の責任では済まされない。それを監督していた上司も責任を取らされることになるだろう。そうなれば、やはり誰も慎重にならざるを得ないだろう。
「じゃあ、その探偵はどういうパターンを予想したというのか、教えてもらおうじゃないか」
「たーくん、話にはきちんとしたプロセスが存在する。説明だって証明だって、先ず結論から述べてしまうのはどうかと思わないかい?」
しかし結論を先に言ってから説明をするパターンも存在するが、それについてコメントは?
「それはそれ、これはこれだ」
ばっさり切り捨てやがった。
「じゃあ、分かったよ」
こうなった時の神原は、何を言ったって自分の理念を曲げることはない。だったらぼくはそれを受け入れて、少しでも話を長くしないように心がけるしかないのだ。
「だったら、そのパターンについて……順序立てて教えてもらおうじゃないか」
「最初は、恨みを持っているのではないか、と思っていたんだ」
「恨み?」
「要するに、ここにやってきたのは、幽霊がその存在を見つけて欲しかったから――だと思う。そしてそれはどのパターンでも、正解だと思う。つまり分岐点はここじゃない」
「見つけて欲しかった……ね。案外、寂しがり屋だったってことかな?」
幽霊も寂しがりな面はあったりする――怖い話をしていると幽霊が近寄ってくるとか聞いたことはあるだろうけれど、案外それも真実だ。百物語をしていると大抵は幽霊が近づいてきて、これだけ怖い話をしているということは幽霊が悪戯しても問題ないだろう、などと解釈してその姿を見せることがあるのだという。まあ、実際には百物語を終える頃には日が昇っていることが大抵で、結局幽霊がその姿を見せることは殆ど有り得ないのだけれどね。
「それもあるだろうね。寂しがり屋だからねえ、基本的に。幽霊はどんな存在であろうとも、その根幹には見つけて欲しい気持ちがある。何故なら、地縛霊というのはこの世に未練があるから縛られている訳で……。だから、幽霊というのは目立ちたがりな訳でもある」
「どういうことなんですか? さっきから話が全く見えてこないというか……」
「つまり、幽霊というのは自覚されるようになれば見ることが出来るようになる……ということだ。最初にきみが見ることが出来たのは、幽霊の声に気付いたから――だから幽霊の姿を見ることが出来た。けれども、他の人間はそもそもそれを信じていないから幽霊の声を聞き取ることすら叶わない、という訳だ」
「幽霊の声を聞き取れない……。なら、どうしてわたしはその声を聞き取ることが出来たの?」
「恐らく、緊張でもしていたからだろう。本来の精神から衰弱している場合など、幽霊に油断を見せた場合に限り、幽霊が入る隙を与えてしまう。例えば――コップがあるとするだろう。そのコップには常に満たされるように水が供給される。それが健康な状態であるとしよう。けれども、何かしらの理由でその水が供給されなかったとしよう。そうなると、コップから水が僅かに減ってしまう。そうして、その僅かな減少分に入り込むように幽霊が入っていく。それが今の状況だ」
「幽霊は、どうしてわたしに?」
「だから……、最初は恨みがあると思ったんだよ。見つけてしまったことへの恨みか? 或いは、関係なしに人間を恨んでいるために、見つけたその人間を恨んでいるのか? 答えは分かっていなかったけれど、しかしそれでは辻褄が合わない」
辻褄が合わない――ねえ。
最初はぼくも何かしら恨みがあるから楽屋から出さないようにしているのだと――思っていたけれど、それじゃないのか?
「つまりは、幽霊は見つけて欲しかった。それは恨みでも何でもなく、見つけてもらうことに何か意義があった。見つけてもらうことに、何か価値があった……はずだ。だから、正確にはきみは幽霊を見てしまったことに恐怖してしまっていただけで、幽霊が付き纏ったことで恐怖しているのではない――違うか?」
「それは……その……」
個室に、辿り着く。
正確には、その前のドアになるのだけれど。
ここだけ閉まっていることに、何か違和感を覚えるのだけれど、もしかしてここで何かがあったから――閉まっているのか? だとしたら説明が付く。
「まあ、結局答えを導き出すのはなかなか簡単なことではない。それは探偵であっても、警察であっても、一般人であっても……ね。そうして正解を導けば一番良いのだけれど、やはり人間の考えることだ。誤答があって然るべきだ。だからこうやって物事を整理するために、一度離れた視点で物事を語っておく方が良い。そうすることで、きっと別の答えが見えるはずだからね。……さて、答え合わせの時間だ。準備は良いかい?」
ようやっと、幽霊とのご対面って訳かい。
長い時間が掛かったような気がするけれど――神原は話が好きだからな。これでも短い方だったかもしれない。
そうして、神原はドアノブに手を掛けると――思い切りその個室の扉を開けた。
ぼくだって最初は分からなかった。けれども、何度も経験を積んでいくうちに霊気が何であるかということを理解していった。無論、それだけではない。心霊探偵がどういう仕事をしていて、幽霊が何を知っているかということも知らなくてはならなかった――ぼくは探偵として活動していく訳ではないのだけれどね。
「一言だけ言わせてもらうと……、この幽霊未遂は未遂ではない可能性が非常に高いだろう、遺憾ではあるが」
「何が遺憾なんだよ、心霊探偵はそういうのを導き出して解決させるのが仕事だろ……。それとも、とうとう職務放棄をしたくなったか?」
「そういうことを言いたいんじゃないんだよ、たーくん。僕ちゃんが言いたいのは、もっと別のカテゴリだ」
別のカテゴリ?
それを考える、何か糸口でもあっただろうか。
「これはあくまでも可能性の一つでしかないが……。しかし、可能性として考えるには十分だ。尤も、探偵というのは微かな可能性であってもきちんと考慮しなければならない。例えば、ビルからの転落が原因かもしれないという事件があったとしても、一パーセントぐらいは誰かがそこに連れて行って転落死を偽装したパターンもある――みたいなね」
まあ、それは聞いたことがあるな。
探偵だろうが警察だろうが、そこにある証拠――つまり状況証拠だけでは結論を導き出すのは非常に宜しくないということだ。百パーセントそれが真実であるとは言い切れないのだ。
例えば首つりがあったとしよう。九十七パーセントが自殺であったとして、残りの三パーセントは他殺の可能性があるかもしれない、ということだ。それを確定するために状況証拠を精査し、新たな証拠を見つけなくてはならない。
残念ながら、勘というのは新たな答えを導き出すには少々心許ないのが事実だ。勘は想像を拭い去ることが出来ないし、その疑念を拭い去るために証拠がある訳で。
つまり勘というのは、あくまで捜査の方針を決めるための物にしか過ぎないのだ。
しかし、良く刑事ドラマで刑事の勘だ――なんて言っているシーンもあるけれど、実際はそれだけで事件が大きく動くことは稀だろうし、それだけで事件が解決するならまだしも、大抵は事件が悪い方向に行ってしまうこともざらだ。そうなってしまったら刑事一人の責任では済まされない。それを監督していた上司も責任を取らされることになるだろう。そうなれば、やはり誰も慎重にならざるを得ないだろう。
「じゃあ、その探偵はどういうパターンを予想したというのか、教えてもらおうじゃないか」
「たーくん、話にはきちんとしたプロセスが存在する。説明だって証明だって、先ず結論から述べてしまうのはどうかと思わないかい?」
しかし結論を先に言ってから説明をするパターンも存在するが、それについてコメントは?
「それはそれ、これはこれだ」
ばっさり切り捨てやがった。
「じゃあ、分かったよ」
こうなった時の神原は、何を言ったって自分の理念を曲げることはない。だったらぼくはそれを受け入れて、少しでも話を長くしないように心がけるしかないのだ。
「だったら、そのパターンについて……順序立てて教えてもらおうじゃないか」
「最初は、恨みを持っているのではないか、と思っていたんだ」
「恨み?」
「要するに、ここにやってきたのは、幽霊がその存在を見つけて欲しかったから――だと思う。そしてそれはどのパターンでも、正解だと思う。つまり分岐点はここじゃない」
「見つけて欲しかった……ね。案外、寂しがり屋だったってことかな?」
幽霊も寂しがりな面はあったりする――怖い話をしていると幽霊が近寄ってくるとか聞いたことはあるだろうけれど、案外それも真実だ。百物語をしていると大抵は幽霊が近づいてきて、これだけ怖い話をしているということは幽霊が悪戯しても問題ないだろう、などと解釈してその姿を見せることがあるのだという。まあ、実際には百物語を終える頃には日が昇っていることが大抵で、結局幽霊がその姿を見せることは殆ど有り得ないのだけれどね。
「それもあるだろうね。寂しがり屋だからねえ、基本的に。幽霊はどんな存在であろうとも、その根幹には見つけて欲しい気持ちがある。何故なら、地縛霊というのはこの世に未練があるから縛られている訳で……。だから、幽霊というのは目立ちたがりな訳でもある」
「どういうことなんですか? さっきから話が全く見えてこないというか……」
「つまり、幽霊というのは自覚されるようになれば見ることが出来るようになる……ということだ。最初にきみが見ることが出来たのは、幽霊の声に気付いたから――だから幽霊の姿を見ることが出来た。けれども、他の人間はそもそもそれを信じていないから幽霊の声を聞き取ることすら叶わない、という訳だ」
「幽霊の声を聞き取れない……。なら、どうしてわたしはその声を聞き取ることが出来たの?」
「恐らく、緊張でもしていたからだろう。本来の精神から衰弱している場合など、幽霊に油断を見せた場合に限り、幽霊が入る隙を与えてしまう。例えば――コップがあるとするだろう。そのコップには常に満たされるように水が供給される。それが健康な状態であるとしよう。けれども、何かしらの理由でその水が供給されなかったとしよう。そうなると、コップから水が僅かに減ってしまう。そうして、その僅かな減少分に入り込むように幽霊が入っていく。それが今の状況だ」
「幽霊は、どうしてわたしに?」
「だから……、最初は恨みがあると思ったんだよ。見つけてしまったことへの恨みか? 或いは、関係なしに人間を恨んでいるために、見つけたその人間を恨んでいるのか? 答えは分かっていなかったけれど、しかしそれでは辻褄が合わない」
辻褄が合わない――ねえ。
最初はぼくも何かしら恨みがあるから楽屋から出さないようにしているのだと――思っていたけれど、それじゃないのか?
「つまりは、幽霊は見つけて欲しかった。それは恨みでも何でもなく、見つけてもらうことに何か意義があった。見つけてもらうことに、何か価値があった……はずだ。だから、正確にはきみは幽霊を見てしまったことに恐怖してしまっていただけで、幽霊が付き纏ったことで恐怖しているのではない――違うか?」
「それは……その……」
個室に、辿り着く。
正確には、その前のドアになるのだけれど。
ここだけ閉まっていることに、何か違和感を覚えるのだけれど、もしかしてここで何かがあったから――閉まっているのか? だとしたら説明が付く。
「まあ、結局答えを導き出すのはなかなか簡単なことではない。それは探偵であっても、警察であっても、一般人であっても……ね。そうして正解を導けば一番良いのだけれど、やはり人間の考えることだ。誤答があって然るべきだ。だからこうやって物事を整理するために、一度離れた視点で物事を語っておく方が良い。そうすることで、きっと別の答えが見えるはずだからね。……さて、答え合わせの時間だ。準備は良いかい?」
ようやっと、幽霊とのご対面って訳かい。
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