30 / 48
第二章 シュレーディンガーの幽霊
第30話 隠し事
しおりを挟む
「隠し事……」
執事は神原の言葉を反芻するかのように、そう呟いた。
「そうさ、隠し事だね。ここで起きたことについてなのかどうかは分からないけれど……、確実に何か一つ言っていないことがあることは明らかだ。だとすれば、詳らかにしておく方が良いと僕ちゃんは思うのだよね。違うかな?」
「……何を根拠に、そんな話を宣うのかが分かりかねますな。それとも、何か明確な根拠でもおありですかな?」
「――じゃあ、何故個人情報を出せなかったんだ?」
「……それは個人情報を消してしまったからですよ。客人として認めていなかった――ただそれだけの話です。何かありますかな、それ以外に」
「それは言い訳では?」
一刀両断してくるな。
「そもそもの話をするならば……、個人情報を消してしまうのは良いだろうよ。けれども、誰がやってきたかというのは分かっていないとおかしくはないか? 殺人鬼がやってきた、けれども何処の誰かも分からないし記録も残していない――それは幾ら何でもおかし過ぎる」
「言われてみれば……」
瀬戸が呟きながら、顎に手を添える。
「そういえばあんた、最初からおかしい素振りを見せていたよね。あたし達をここに呼び寄せた目的こそ話していたけれど、何時まであたし達を閉じ込めておくか――ってことについては、言及しなかった。まさかそれも?」
「ここは楽園ですよ。地上に残された、数少ない正真正銘のね。そんな場所から脱出したいと望みますか?」
望むか望まないか――と言えば望まない人間だって居るだろうよ。けれども、それとこれとは話が違う。実際、楽園を楽園と思うかどうかなんて、本人が決めることだ――誰かが決めたことを押しつけるようなものではない。
ならば、ぼく達もそのことについて否定こそすれ肯定もしない――のらりくらりな状況に陥らざるを得ないのだった。
「楽園を楽園と思うかどうかは、ここに来た人間が判断を下すことだろう? あんたが決めることではないと思うがね……、無論お前さんもだよ、お嬢さん?」
「……わたしは別にここを楽園などと思ったことも宣ったこともありません。ここにやってきてから……、わたしはここを鳥籠のようにしか思っていませんから」
鳥籠――ね。
確かに聞いている話を解釈していったならば、そういった思想を抱いているだろうな――などとは想像が付くけれど、いざそう直接的に言われてしまっては、少しばかり溜息を吐きたくもなるかな。
諦観、という単語が一番近しいのかもしれない――尤も、それをどう思っていたって、本人がそれを改善しなくて良いと思うのならば、敢えてそれを弄る必要もないのだろうけれど。
間違っているかそうでないかと言われれば、大いに間違っている。それだけは確かだ。
「……何だか、面倒臭い話ではあるのだけれどね」
しかし、それもまた日常だ。
他人にとっては非日常であっても――当事者からすればただの日常で、何の変哲もない一日でしかない。些末な考えであり、価値観の相違を実感することでもあるだろう。
「鳥籠から飛び立とうとしたことは?」
「出来ることならそうしたいものですよ。……けれども、一斤染の名前がわたしを支配するのです。まあ、それを享受している以上、それはデメリットの一つだと思って受け入れるほかないのですが」
意外と暗く考えていないようで、やっぱり何処か違った感覚を持ち合わせているのだな、と思ったが――しかし、そのままで良いのかという問題だけは付き纏ってしまう。
「お嬢様。鳥籠と思っているのならば、飛び立ってしまっても構わないのではないでしょうか? 確かに、あなた様は一斤染家の当主になる可能性も持ち合わせています。けれども、それはただの可能性の一つとしか言えません。もっと他の可能性だってあるはずなのですから」
「執事さん。ちょっと話の方向性をずらしてもらっちゃ困るのだけれどね? 僕ちゃんが言いたいのは、このお嬢さんの未来のことを占っているのではないのだけれど?」
それもそうだけれど、ちょっとは空気ってものを読む力を身につけようぜ。
「……隠し事について、話してはくれない――という理解で良いのかな? それが永遠に続くようであれば、それを推理するところから始まる訳だけれど……」
「いや、それについては直接話した方が良いでしょう。こうもくどく話を続けられてしまっては、こちらが告白する時間すら与えられないような気がしますからな」
正直で何より。
というか、隠し事を突き止められてからは、何処か諦めたような感じすら思わせる。
もしかして、最初からこれを狙っていたのでは――などと思ってしまうのは、気のせいだろうか?
「たーくん。全くもってその通りだぜ。この執事さんは……確実に何かアイディアを持っていた。そしてそのアイディアを見つけて欲しくなかったのだけれど、今こうやって見つけられてしまった。だから、諦観というよりは興奮しているのではないかな?」
興奮?
これが?
「……難しい話ではありますからな。やはりというか、何というか……。シュレーディンガーの幽霊というアイディアまでは良かったような感じがありますが」
「なあ、執事さんよ。もう話をだらだらとしないで、さっさと真実を語ってみてはどうかな? 別に殺しをした訳でもないのだから、これが罪に問われることもないのだし」
罪に問われることもない――それはどういうことだ? 幾ら被害者が殺人鬼であったとはいえ、殺人という罪は消えることはないような気がするけれど……。
「たーくん。そこまで分かっていて、何故結論を導き出せない? だから探偵と一緒に付き纏っているのかもしれないけれど……、ちょっとは推理力を身につけた方が良いと思うぜ。今からでも推理ゲームをプレイすることをおすすめするよ」
「推理ゲームって何だよ、そっちの方が気になっちまうじゃねえか。……で、どういうことなんだ、それって?」
「つまりだね、この事件は――でっち上げだよ、この執事が一人で作り上げた……かどうかは分からないけれど、デタラメな事件だ。殺人鬼なんて居やしなかったし、当然シュレーディンガーの幽霊なんて物もありゃしない。ここには……何もないんだ」
執事は神原の言葉を反芻するかのように、そう呟いた。
「そうさ、隠し事だね。ここで起きたことについてなのかどうかは分からないけれど……、確実に何か一つ言っていないことがあることは明らかだ。だとすれば、詳らかにしておく方が良いと僕ちゃんは思うのだよね。違うかな?」
「……何を根拠に、そんな話を宣うのかが分かりかねますな。それとも、何か明確な根拠でもおありですかな?」
「――じゃあ、何故個人情報を出せなかったんだ?」
「……それは個人情報を消してしまったからですよ。客人として認めていなかった――ただそれだけの話です。何かありますかな、それ以外に」
「それは言い訳では?」
一刀両断してくるな。
「そもそもの話をするならば……、個人情報を消してしまうのは良いだろうよ。けれども、誰がやってきたかというのは分かっていないとおかしくはないか? 殺人鬼がやってきた、けれども何処の誰かも分からないし記録も残していない――それは幾ら何でもおかし過ぎる」
「言われてみれば……」
瀬戸が呟きながら、顎に手を添える。
「そういえばあんた、最初からおかしい素振りを見せていたよね。あたし達をここに呼び寄せた目的こそ話していたけれど、何時まであたし達を閉じ込めておくか――ってことについては、言及しなかった。まさかそれも?」
「ここは楽園ですよ。地上に残された、数少ない正真正銘のね。そんな場所から脱出したいと望みますか?」
望むか望まないか――と言えば望まない人間だって居るだろうよ。けれども、それとこれとは話が違う。実際、楽園を楽園と思うかどうかなんて、本人が決めることだ――誰かが決めたことを押しつけるようなものではない。
ならば、ぼく達もそのことについて否定こそすれ肯定もしない――のらりくらりな状況に陥らざるを得ないのだった。
「楽園を楽園と思うかどうかは、ここに来た人間が判断を下すことだろう? あんたが決めることではないと思うがね……、無論お前さんもだよ、お嬢さん?」
「……わたしは別にここを楽園などと思ったことも宣ったこともありません。ここにやってきてから……、わたしはここを鳥籠のようにしか思っていませんから」
鳥籠――ね。
確かに聞いている話を解釈していったならば、そういった思想を抱いているだろうな――などとは想像が付くけれど、いざそう直接的に言われてしまっては、少しばかり溜息を吐きたくもなるかな。
諦観、という単語が一番近しいのかもしれない――尤も、それをどう思っていたって、本人がそれを改善しなくて良いと思うのならば、敢えてそれを弄る必要もないのだろうけれど。
間違っているかそうでないかと言われれば、大いに間違っている。それだけは確かだ。
「……何だか、面倒臭い話ではあるのだけれどね」
しかし、それもまた日常だ。
他人にとっては非日常であっても――当事者からすればただの日常で、何の変哲もない一日でしかない。些末な考えであり、価値観の相違を実感することでもあるだろう。
「鳥籠から飛び立とうとしたことは?」
「出来ることならそうしたいものですよ。……けれども、一斤染の名前がわたしを支配するのです。まあ、それを享受している以上、それはデメリットの一つだと思って受け入れるほかないのですが」
意外と暗く考えていないようで、やっぱり何処か違った感覚を持ち合わせているのだな、と思ったが――しかし、そのままで良いのかという問題だけは付き纏ってしまう。
「お嬢様。鳥籠と思っているのならば、飛び立ってしまっても構わないのではないでしょうか? 確かに、あなた様は一斤染家の当主になる可能性も持ち合わせています。けれども、それはただの可能性の一つとしか言えません。もっと他の可能性だってあるはずなのですから」
「執事さん。ちょっと話の方向性をずらしてもらっちゃ困るのだけれどね? 僕ちゃんが言いたいのは、このお嬢さんの未来のことを占っているのではないのだけれど?」
それもそうだけれど、ちょっとは空気ってものを読む力を身につけようぜ。
「……隠し事について、話してはくれない――という理解で良いのかな? それが永遠に続くようであれば、それを推理するところから始まる訳だけれど……」
「いや、それについては直接話した方が良いでしょう。こうもくどく話を続けられてしまっては、こちらが告白する時間すら与えられないような気がしますからな」
正直で何より。
というか、隠し事を突き止められてからは、何処か諦めたような感じすら思わせる。
もしかして、最初からこれを狙っていたのでは――などと思ってしまうのは、気のせいだろうか?
「たーくん。全くもってその通りだぜ。この執事さんは……確実に何かアイディアを持っていた。そしてそのアイディアを見つけて欲しくなかったのだけれど、今こうやって見つけられてしまった。だから、諦観というよりは興奮しているのではないかな?」
興奮?
これが?
「……難しい話ではありますからな。やはりというか、何というか……。シュレーディンガーの幽霊というアイディアまでは良かったような感じがありますが」
「なあ、執事さんよ。もう話をだらだらとしないで、さっさと真実を語ってみてはどうかな? 別に殺しをした訳でもないのだから、これが罪に問われることもないのだし」
罪に問われることもない――それはどういうことだ? 幾ら被害者が殺人鬼であったとはいえ、殺人という罪は消えることはないような気がするけれど……。
「たーくん。そこまで分かっていて、何故結論を導き出せない? だから探偵と一緒に付き纏っているのかもしれないけれど……、ちょっとは推理力を身につけた方が良いと思うぜ。今からでも推理ゲームをプレイすることをおすすめするよ」
「推理ゲームって何だよ、そっちの方が気になっちまうじゃねえか。……で、どういうことなんだ、それって?」
「つまりだね、この事件は――でっち上げだよ、この執事が一人で作り上げた……かどうかは分からないけれど、デタラメな事件だ。殺人鬼なんて居やしなかったし、当然シュレーディンガーの幽霊なんて物もありゃしない。ここには……何もないんだ」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
二重のカーテン (スカートの下の黒い意志)
MisakiNonagase
青春
洗濯物の隙間に隠したのは、母としての祈りと、娘のプライド。
かつて、女子高生という生き物はもっと無防備で、自由だった。
44歳の主婦、愛子が朝のベランダで手にするのは、娘たちが毎日履き替える漆黒のオーバーパンツ、通称「黒パン」。それは、令和を生きる娘たちが自らの尊厳を守るために身に着ける、鉄壁の「鎧」だった。
小学校時代のママ友たちとのランチ会。そこで語られるのは、ブルセラショップに下着を売っていた奔放な50代、無防備なまま凛と歩くしかなかった40代、そして「見せないこと」に命を懸ける10代の、あまりに深い断絶。さらには、階段で石像のように固まる父、生徒の背後に立たないよう神経を削る教師……。
一枚の黒い布を通して浮き彫りになる、現代社会の歪さと、その根底にある不器用なまでの「優しさ」。
ベランダに干された黒いカーテンの向こう側に、あなたは何を見ますか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる