成り上がり令嬢暴走日記！

36

「ーー……本当になんの嫌がらせも起こらなかった……だと……？」

　その日の全ての授業が終わり、クラスメイトが帰りの挨拶を交わし始めた頃、リアーヌは自分の席に着きながらポソリと呟いた。

「だから大丈夫だと言ったでしょう？　ーーあとイタズラよ。　あくまでもお遊び間違えないで」

　隣の席からピシャリと言われ、リアーヌはキュッと唇を窄すぼめた。

「ふぁーい……」

（イジメは受けた側がイジメだと認識していたら、絶対にイジメだと認められるべきなんだよなぁ……？　ーーそんなん言って再開されたらイヤだから言わないけどー。　しかし今朝、ビアンカが「もう悪戯されないわよ」って言ってた時は、んなわけ無いじゃん……とか思ってたけど……本当だったーーえ、中庭で会話したの昨日で今朝にはみんなが、私がラッフィナート家の派閥に入ったって知ってるってこと……？　え、貴族の情報網こっわ……ーーでもラッフィナート家の派閥に入った私にはもう関係ない話かなー？　悪意を向けられない学園生活最高！　なんの変哲もない平穏な日々よ、おかえりなさいっ‼︎）

「ラッフィナート様々さまさまやで……」

　リアーヌは何事もなかった一日を噛み締めるように、しみじみとそう言った。
　そんな彼女に呆れを含んだ笑ったような声がかけられた。

「喜んでもらえて嬉しいけど、俺のことはラッフィナート殿かゼクス様でお願いできるー？」

　いつのまにか教室の中にゼクスがいて、困ったように首の後ろを触りながらリアーヌに向かって笑いかけていた。

（噂をすればご本人‼︎　ーーえ、殿……？）

「……雇い主に“殿”って変じゃありませんか……？」
「あー……じゃ、ゼクス様で」

　ゼクスの言葉にリアーヌは少し考えたあと、ビアンカに視線を送りつつ首を傾げた。

「名前を呼ぶのは平気？」

（教えて！　ビアンカ先生‼︎）

「……この場合に限って言えば、相手から許可が出ているのだから問題はないわ。　ーーだからくれぐれも、いい？　くれぐれも！　家名に様をつけて読んではダメよ⁇」

　思いの外、真剣な表情のビアンカに念を押され、リアーヌは気圧されたようにコクコクと何度も頷いた。

「うん……そこは本当に徹底しようね……？」

　ゼクスも少々疲れたようように大きくため息をつきながら言った。

　どれほどの財力をもってしても、あくまでもラッフィナート家の身分は平民でしかない。
　その平民階級にある者が、子爵家のご令嬢令嬢にラッフィナート様と呼ばせているなどという噂話が出回ってしまうと、ラッフィナート側の不手際、落ち度という扱いになってしまうことが十分に考えられた。
　そのため、ゼクスは神経質なほどにその呼び名を避けていて、ビアンカも問題になることが分かっていたために、リアーヌに忠告をしたのだった。

　ーーやはり今回もリアーヌだけは、よく理解していなかったが……

「分かりました……？」

（私としてはゼクス呼びのが慣れてるから願ったり叶ったりだね！）

「本当頼むよ……ーーあ、お礼持ってきたんだけど……時間もらえるかな？」
「あ、はい！　大丈夫ですよ！」

　ゼクスの言葉に、リアーヌは満面の笑みで答えた。

「ーー君って分かりやすくていいよね……？」

　思わず……といった様子でゼクスがそう口にした。
　それを聞いていたビアンカは、ぷふっと小さく吹き出したーーのだが、すぐに咳払いをして誤魔化すと「では私わたくしはそろそろ……ごきげんよう」と言った。

「お気をつけて」

　ゼクスはそう言いながら軽い会釈をし、ビアンカはそれに優雅に一礼して教室を後にした。

「ごきげんよう！　またねー」

　立ち去ろうとしているビアンカの背中に声をかけたリアーヌは、ビアンカがチラリと振り返ったのを確認すると満面の笑みで大きく手を振った。

　そんなリアーヌにビアンカは曖昧に微笑みながら教室を後にして、ゼクスは何も見えなかったかのように、鼻をかきながら窓の外を眺めていた。