2 / 55
2
しおりを挟む◇
――それから十年の月日が流れた。
人間の国、王都。
木々の葉が色付き、冷たい風が吹き付け始めた季節。
とある屋敷の一室で、一人の少女が涙ながらに自分の祖父に詰め寄っていた。
「どうして⁉︎ どうして王宮に連れていってくれませんの⁉︎」
「かわいい魅音や、落ち着きなさい。 龍王陛下の具合が悪化してな……――この度、龍の里に戻られる事になってしまったのだよ。 魅音にはその歌声で龍王陛下を癒してもらいたかったのだが……肝心の陛下がいなくてはのぅ……」
「そんな……――でも私は王宮に上がって、お美しい陛下に見初められるはずだったのに……――そうでしょ、おじいさま⁉︎」
「ーーそうだね? そうなったのならば素敵なことだ。 ワシもそれを望んでおる」
「私……陛下と結婚出来ないの?」
「美しい花よ、これも好機だ」
祖父は魅音の頭をやさしく撫でながら語りかける。
「好機……?」
「ああ、陛下は疲れていらっしゃる。 ――ではその疲れを癒せるのは誰だ?」
「――私ね⁉︎」
祖父の問いかけに魅音は顔を輝かせながら答える。
「そうだとも。 愛しい魅音、自慢の孫よ。 宝石に装飾品、そして美しいお前の歌声――これで癒されぬ訳がない」
「そうして私が陛下の正妃となるのね⁉︎」
「正っ⁉︎ ――……もちろんだとも」
崩れかけた口調を少々強引に戻し、優しく微笑みかける祖父。
その時、二人の背後から控えめな声がかけられた。
「お嬢様そろそろ……」
「今おじいさまと喋っているのよっ⁉︎」
声をかけてきた侍女をキッと睨み付けながら、魅音が険しい顔で言い放つ。
そんな態度に祖父は目を細め、眉を跳ね上げて不機嫌な様子をうかがわせる。
……しかしすぐにその顔に優しい笑顔を張り付けながら魅音に語りかけた。
「魅音や、心配はいらん。 陛下のことはワシがなんとかしよう。 そなたはその時に備え、その歌声を磨いておいで」
「ふふっ 私より歌の上手い子なんて、もうどこにもいないわ?」
祖父の言葉にクスクスと口元を押さえ可愛らしい微笑みを浮かべる魅音だったが、その瞳には残酷な光が見え隠れしていた。
「ああ、そうだね。 ……けれど練習を怠る事は許さない」
そのまま自分のわがままを押し通そうとしていることに気が付いた祖父は、その優しい微笑みに少しの苛立ちを混ぜ、軽く圧をかけた。
孫は可愛いが、自分の思い通りに動かない者は、誰であろうとも許しがたかった。
「は、はい。 おじいさま……」
そんな祖父の性格をよく理解していた魅音は、ビクリとその体を震わせながらすぐに恭順の意を示す。
「――さぁそろそろ時間なのだろう? 心配しないでしっかりと練習しておいで」
そんな素直な孫の様子に満足げにうなずき、再び優しい瞳を魅音に向ける祖父。
「はい――御前、失礼いたします」
魅音はそう言って深く頭を下げると、音も立てずにそのまま器用に後ろに下がる。
そして教養を感じさせる美しい所作で退室していった。
「――将来有望なお孫様でございますね」
魅音が退室したのち、祖父だけとなった部屋の中――
どこに控えていたのか、また新たな人物が祖父に向かって声をかける。
部屋の片隅から姿を現したその男の存在を、祖父はあらかじめ知っていたのか、声をかけられてもその姿を見ても動揺することはなく、静かにその人物に視線を向けていた。
そこには商人風の男が、わざとらしいほどの愛想笑いを浮かべていた。
そして、そのままペコペコと頭を下げながら祖父に近づいていく。
「――ふんっ ……見た目と歌声だけは有望なのだがな?」
先ほどまでの雰囲気とは全く違う態度で答え、テーブルの上に置かれた茶器を手にする。
「おや……溺愛なさっている、と聞いておりましたが……?」
商人はクツクツと笑いながら、からかうようにたずねた。
「――愛しているとも。 あれの見目と歌――そして御しやすい性格……頭の緩さも含めてな」
「……正妃、ですかな?」
にやりと笑いながら商人が返す――思わずそんな軽口を口にしてしまうほどには、魅音が言った言葉は夢物語にほかならなかった。
「はっ そうなってくれれば万々歳だが――歴代の龍王が人間を嫁に迎えた例は両手で数える程度……側妃にでも食い込めれば僥倖よな。 ――そのためには宝石に稀布金に糸目はつけぬ。 とびきりの宝が必要となる……いくらでも持ってこい」
「なんとも景気のいいお話で……この姜静誠心誠意、泰然様のために尽くさせていただきまする」
姜は芝居掛かった動作で深々と頭を下げ――
用件はそれで済んだとばかりに、そのままさっさと部屋から出て行った。
残された泰然は、クイッと茶を飲み干すと、誰もいない空間に向かって静かに話しかける。
「誰ぞあるか」
「はっ」
そんな答えと共に、どこからともなく黒ずくめの人物が姿を現した。
「蓮歌山へ伝言の式を飛ばせ。 “大至急、一反送れ”とな。文句を言うようならば小銭でも握らせてやるように、とも付け加えろ」
「はっ」
そんな返事と共に部屋の中の空気が揺れ、黒ずくめの姿はかき消えていた。
「――宝石に稀布、そして美しい娘……さっさと疲れなど癒して、お戻りいただきますぞ――我らが王、龍王陛下よ……」
1
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
悪役令嬢と氷の騎士兄弟
飴爽かに
恋愛
この国には国民の人気を2分する騎士兄弟がいる。
彼らはその美しい容姿から氷の騎士兄弟と呼ばれていた。
クォーツ帝国。水晶の名にちなんだ綺麗な国で織り成される物語。
悪役令嬢ココ・レイルウェイズとして転生したが美しい物語を守るために彼らと助け合って導いていく。
竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです
みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。
時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。
数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。
自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。
はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。
短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました
を長編にしたものです。
【完結】転生したら悪役継母でした
入魚ひえん@発売中◆巻き戻り冤罪令嬢◆
恋愛
聖女を優先する夫に避けられていたアルージュ。
その夜、夫が初めて寝室にやってきて命じたのは「聖女の隠し子を匿え」という理不尽なものだった。
しかも隠し子は、夫と同じ髪の色。
絶望するアルージュはよろめいて鏡にぶつかり、前世に読んだウェブ小説の悪妻に転生していることを思い出す。
記憶を取り戻すと、七年間も苦しんだ夫への愛は綺麗さっぱり消えた。
夫に奪われていたもの、不正の事実を着々と精算していく。
◆愛されない悪妻が前世を思い出して転身したら、可愛い継子や最強の旦那様ができて、転生前の知識でスイーツやグルメ、家電を再現していく、異世界転生ファンタジー!◆
*旧題:転生したら悪妻でした
辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~
深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる