13番目の神様

真面目

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二期 三・五章

暗雲

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「こいつらの見ている方向に何があるか全くわからん!暗すぎて視界も頼りにならない…!」
 
 確かに爆音が聞こえたが、森の中が暗すぎて方角がわからない。

「くそ!とりあえずこいつらを蹴散らさなければ!」

 依然、目線を変えず襲いかかるボアの群れをどうにかしなければならない事だけは明白であった。流石にこの数の好戦的な魔物を放置しておく訳にはいかない。

「ちょっと、急ぐぞ。」

 クレイスはその場に仁王立をした。ボアアークがそこに突撃してくる。

ドガァ!

 ボアアークの突進により、岩と岩がぶつかったかのような音がなる。

常人や並みの冒険者なら即死であろうその突進にクレイスは微動だにしなかった。

「全力の四分の一を出してやろう。」

 剣を突き上げたクレイスは呪文を唱えた。

「鎌鼬!」

 そう唱えたクレイスの周辺に鎌鼬が吹き荒れる。
 鎌鼬は木々を切り倒し、ボアを切り刻んでいった。

 ズシンズシンとボアの巨体が地に倒れ、木々もそれに続いて倒れて行く。

「うむ、やはり威力がありすぎる…。今仕方ないが、木々を無駄に切り倒してしまったな。」

 しかし、見晴らしは良くなった。先ほどまで見えなかった空が見えるようになった。

「な…んだ…!?」

 空を見上げたクレイスはとんでもないものを見た。
 クレイスの視界に写ったもの…それは…

「なんだこの…黒い…雲は…!?」

 世界を覆い隠しているのではないかと思えるほどの暗雲が広がっていた。

「…この雲のせいで、この森が真っ暗になってしまったのか。」

 クレイスが気にしていた森の異変の正体であった。
 暗雲はクレイスがボアの群れに遭遇するタイミングで現れた。

「つまり、仕組まれた…?」

 ここで気づいた。
 ボアの群れが見ていた方向。それは…

「アルケイデスが危ない…!」

 急いで戻らなければ…、街が…!
 

~アルケイデス~

「動けるものは早く逃げて!!C級以上の冒険者は戦闘に回って!!」

 シルキーは東奔西走していた。受付嬢として、また、実力者として街を守るため戦っていた。

 闘技者の街であるアルケイデスに歴史上二回目となる魔物の襲撃であった。

 晴れ渡っていた空に突如暗雲が立ち込め、その矢先に街の東西南北の門から多種の魔物が攻め立ててきていた。

「一匹一匹が強い…!HからD級の冒険者じゃ歯が立たないほどに…!この街にC以上の冒険者が集まっていると言っても、これじゃあジリ貧よ!!」
 
 驚いたことに、H級であるはずのボアですらE以上の強さがある。一匹ずつならなんとかなるが、彼らは群れるうえ、体力はもともと高い。

 シルキーが南門についたとき、目の前には地獄が広がっていた。

「パッと見ただけでも数えきれない程…!しかも…」

 ボアだけならまだよかった。
 シルキーの視界に移っているだけでも、ボアアークやサンダーベア、さらに…

「アウェークドラゴンまで…!」

 アウェークドラゴンとは、龍種に似た魔物である。
 龍種ではないが、トカゲのような顔や鱗、翼から龍種の弱亜種として扱われている。体躯は人間の五倍以上。
 シルキーの目の前にいる個体に至っては7、8倍はある。

 弱亜種と言っても、ドラゴンの名を付けられたその力は伊達ではない。

 おそらく、燃え盛っている家々は奴の火炎息の仕業だろう。

「あんな奴倒せるわけないじゃない…、ただでさえB級なのに…強化されてるなんて…!」

 シルキーは願う。
 クレイス、早く帰ってきて…!

「きっとすぐ帰ってくる。それまでは私達だけでやるしかない!!」

「そうだ。やるしか…ない!!」

 声が聞こえたと思えば、目の前のサンダーベアが前のめりに倒れた。背中には大きな傷が付いている。

「ダイン!!」

 馴染みの友人冒険者が助けに来た。

「他の場所も人数不足。二人でここは守り抜くしか無いみたいだな…。」

 剣を高く振りかざし、ダインはそう呟く。

 足元には魔物に壊されて飛んでくるレンガ。火の粉が舞い、仲間たちが死ぬ覚悟で剣を握る。

 この状況は…一体なんなんだ、とシルキーは嘆く。
(かの勇者もこんな気持ちだったのだろうか…。)
 目から涙が溢れる。どうしようもない。

 絶望の淵に立たされたシルキーにさらに追い打ちがかかる。

 ダインが空を指してこう叫んだ。
「上を見ろ…!ガーゴイルの群れだ…!」

 その叫びは余りにも惨いものだった。

『ガーゴイル』

 悪魔の使い魔として古くから恐れられてきた魔物であり、大量の魔力を有している。その魔力量はもはや悪魔にも匹敵する。
 もちろんこのガーゴイルを使役する悪魔よりはが、基準が悪魔基準であり、もはやが太刀打ちできる相手ではない。

 この時代においてガーゴイルと戦えるのは、クレイスだけであった。

「…もう、終わりよ…!こんな状況、覆せるわけがない…。」

 頭上でキィキィと泣き声をあげ飛び回るガーゴイル。その中で五匹、地上にいるダインとシルキーに向けて指を立てた。
 指先に黒い炎のようなものが集まってくる。

 そしてキィキィとしか鳴かなかったガーゴイルたちが大きく口を開け、
『ヘルファイア』
 と唱えた。

 無機質でひどく冷たいその声は喧騒の中でもはっきりと聞こえ、背筋を凍りつかせた。
 指先から真っ黒で巨大な火の玉が放たれ、ダインとシルキーに向かって飛んでゆく。
 見た目だけでも危険だと察したが、シルキーは信じられない光景を目の当たりにした。
 
 その火の玉に向かって飛んできたレンガが、燃えるわけでも、焦げるわけでもなくただ…
 
 跡形もなく消えてしまっていた。

「あれは…、まずい…!」

「感心してる場合じゃない…!もうここはダメだ、逃げるんだシルキー!」
 その火の玉は着実にこちらに近づきながら、ものを消してゆく。おそらく消滅ではなく、炎が暑すぎて触れたものが溶けている。
 証拠に、逃げようとしたときにはすでに最初の倍ほどに膨らんでいた。

「無理!間に合わないわ!早く逃げて!!!!」

 ドォオオオオ!!

 決して遅いわけではないその火の玉はダインの目の前でシルキーを捉え、そして爆発した。

「シルキーーーーーーーーー!!!」

 ダインは爆発範囲に寸前入らず一命をとりとめたが…

「南門どころか…何もかも…無いじゃないか…!」

 シルキーを含め、爆発した一帯が跡形もなく消え去っており、大きく空いた穴の底には溶岩のようなものが見えていた。
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