【完】婚約を撤回しよう。そうしましょう。

桜 鴬

文字の大きさ
1 / 7

しおりを挟む


 今晩王宮の広間では、王家主催の夜会が開催されている。その会場の片隅では、二人の男女がいがみ合い怒鳴りあっている。その声はかなりの音量ではあるが、音楽を奏でる楽団の音でかき消され聞き取りにくい。周囲の楽しそうにざわめく声もあり、誰も気にしてはいなかった。しかしそのいがみ合いを、じっと見詰める四つの瞳。当人たちはこの二人の観客に気づいているのだろうか?

 「私は君との婚約を早く撤回したい! 君は気が強すぎる! だが…… 少しは落ち着くだろう」

 「まあ。先に言われてしまいましたわ。私こそあなたとの婚約を早く撤回したいのです。 あなたは弱腰で私の顔色を伺い拗ねてばかり。でも……少しは強気になれるのではなくて? 」

 「私は弱腰ではない! ……しまうだけだ! 君は……この国から出ろ! そして……」

 「あら? 私も……しまうだけですわ。ならばあなたも……国を出たら宜しいのでは? そして……」

 「少しでも早く……しよう」

 「そうね。少しでも早く……したいですわ」

 向かい合う男女はこの国の第三王子と公爵令嬢。二人は国王が決めた婚約者同士だ。

 二人はケンケンと言い合い怒鳴り合っているが、この喧騒の中では周囲の者にも良く聞き取れてはいないようだ。二人は周囲を気にもせず、やがて遅れて入場した国王にも気付かない。さらには国王の挨拶を聞くために、会場が静まり返ったことにも気付いていない。

 会場内の人々の視線がいがみ合う二人に集まった。

  「王子様ー。私のために婚約者と別れようとしてくれているのね。嬉しいですー」

 そんな人波の中から一人の侯爵令嬢が飛び出してきた。王子は怒鳴ることを止め、彼女のことを凝視している。

 「公爵令嬢。やはりあなたは私を愛してくださっていたのですね。私はあなたのその照れ屋な所が好きですよ」

 今度は侯爵子息が人波から現れた。こちらも公爵令嬢は怒鳴ることを止め、彼のことを凝視していた。

 良く見ると飛び出してきた男女は良く似ている。どちらも侯爵家であり、たぶん兄妹なのだろう。

 「ほう。我が子たちとお二人が愛しあっているのですか? ならばちょうど良いではありませんか! 王よ。発言をお許し願いたい」

 さらにはまたまた人波の中から、一人の男性が現れた。話す内容からして、痴話喧嘩に乱入した男女の父親なのだろう。

 「良い。話せ」

 王の許可を得た男性は、まるで水を得た魚のように喋り始めた。

 「我が家の息子と娘には、幸いまだ婚約者がおりません。ですのでお二人の婚約が破棄されるのならば、我が家の子供たちとの婚約をお願いしたい。王子はまだしも、婚約を破棄された令嬢に次の貰い手は難しいでしょう。ならばぜひお認めください。愛しあうもの同士、お似合いの婚約ではありませんか! 皆様! 素晴らしきご縁に、ぜひとも祝福の拍手をいただきたい! 」

 拍手は鳴らなかった……

 「ないな……それに破棄ではない、撤回だ……」

 「ええ……私たちの婚約破棄以上にあり得ませんわね……」

 先ほどまで争っていた二人が手を取り合い見つめい、夫婦喧嘩は犬も食わないとばかりにいちゃついている。

 「公爵令嬢! あなたは婚約破棄を願っているのではないのですか! 私を弄んだのですか! 」

 「そうよ! 王子様は私のものなの! 愛しあう二人の邪魔をしないで! この女は私をいじめる性悪なんだから! 」

 飛び出してきた二人がわめいているが……

 「破棄ではない撤回だ!」

 「撤回ですわ! 」

 「二人とももう良い! だが侯爵よ。そちの子らは、ちと頭が足りぬ様だ。しかもその娘は、公爵令嬢をこの女呼ばわりか? その様なものたちとの婚約は誰もが嫌がるのであろう? 二人にはなぜこの年まで婚約者がおらぬのだ? 」

 王が侯爵家の兄妹を馬鹿呼ばわり? 

 「そっそれは……」

 父親はなぜ言葉に詰まるのか?

 実は侯爵家の兄妹はストーカー気質で、どの家も婚約を嫌がり逃げていた。返事ができずに黙り込む侯爵。そこへ宰相が登場し、王の側に並び立つ。宰相は王に発言の許可をとり話し始めた。

 「侯爵家の兄妹よ。お前たちの悪事の証拠は揃っている。王子と公爵令嬢へのつきまといと、相手の婚約者への嫌がらせ。状況証拠しかなく苦労したが、ようやく物的証拠も押さえた。覚悟をするんだな」

 「なによそれ! いじめられているのは私だし、つきまといなんてしていないわよ! 愛しあう恋人がそばにいるのに許可がいるわけ? 」

 「私はあなたを愛してはいない。むしろつきまとわれて迷惑だ。大切な婚約者に害を与えられたりと、可能なら君を処刑台に送りたいくらいだよ」

 「なぜそんな酷いことをおっしゃるの? 私に優しくキスをしてくれたじゃない。愛しているからと、あなたは強引に私の体を暴いたわ。私は愛する王子様のためにと、この身のすべてを捧げたの。あなたは朝まで激しくなんども私を求めてくれたじゃない! 」

 泣きながら王子に駆け寄る侯爵令嬢。しかし警備兵に阻まれてしまう。

 「あなたは……私の愛に応えてくれたのではないのですか? 私はあの熱い夜を忘れはしません! 私の上でそのたわわな胸をさらけ出し、嬌声をあげて激しく悶えていたではありませんか! もっと!もっと激しくとおねだりまで! そうです! 彼女はもう純潔ではないのです。私が抱きました! もう王族の嫁にはなれません! 」

 侯爵子息の言葉に、会場内の音が無くなった。公爵令嬢は拳を握りしめ、プルプルと震えている。まさか事実なのか?会場内の人々からの不躾な視線が、公爵令嬢の体を舐め回す。

 「いやー! ふざけないでー! 変な妄想をしないでよ! 私の肌は王子にしか見せていないわ! それに王子は紳士だから、初夜まで待つと言ってくれた。あなたみたいなケダモノとは違うのよ! 」

 公爵令嬢は胸の前で両腕をクロスし、会場の不躾な視線から身を隠すようにうずくまってしまった。

 「貴様……彼女の肌を妄想するだけでも許せぬ。しかもなんて破廉恥な奴なんだ。あれは己の願望を見せるもの。絶対に許せん! この場で手打ちにしてやりたいわ! 」

 王子が公爵令嬢を、好奇な視線から庇いながら言い放つ。侯爵子息はそれに構わず、公爵令嬢に駆け寄ってゆく。

 「いや! 来ないで! 」

 「寄るな! これ以上近寄るなら拘束するぞ! 警備兵出ろ! 」

 わらわらと現れた警備兵たちに、侯爵令息は拘束された。安心したためか公爵令嬢は気を失い、その場で崩れ落ちてしまう。

 「王よ。彼女が心配です。一旦客室で休ませてきます」

 王子は公爵令嬢を横抱きにし、客間へ向かうと王に伝えた。王が許可をだし、王子は歩き出す。

 「なぜなの? どうしてその女を抱いているの? しかもなぜお兄様を拘束したの? みんなその女が悪いんじゃない! お兄様を誘惑したのよ。なのに私の王子様まで奪うの? 酷いアバズレじゃない……」

 「私は貴様のものではない。しかもアバズレだと? 淫乱な妄想をする、貴様こそそうではないのか? 都合の悪いことは忘れているのか? 確かに貴様ら兄妹は被害者でもある。しかし選択したのは己たちだろ? いい加減に目を覚ませ! 」

 王子はそう言い放つと、侯爵令嬢の捕縛を命じ、会場から出ていった。

 「王よ! 我が子たちが何をしたというのですか? すぐに縄をといてあげてください! 」

 侯爵が王に懇願している。

 「なにが我が子たちだ! 侯爵にも縄を打て! さて。皆のもの騒がせたな。息子と公爵令嬢が戻るまで、ダンスを楽しもう。詳細は後ほど発表する。楽団よ。楽しい曲で頼む」

 待機していた楽団が、軽快なリズムの音楽を奏で始める。会場はダンスを踊る人々で、色とりどりの花が咲き誇っていた。

 *******
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女じゃない私の奇跡

あんど もあ
ファンタジー
田舎の農家に生まれた平民のクレアは、少しだけ聖魔法が使える。あくまでもほんの少し。 だが、その魔法で蝗害を防いだ事から「聖女ではないか」と王都から調査が来ることに。 「私は聖女じゃありません!」と言っても聞いてもらえず…。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

家族の肖像~父親だからって、家族になれるわけではないの!

みっちぇる。
ファンタジー
 クランベール男爵家の令嬢リコリスは、実家の経営手腕を欲した国の思惑により、名門ながら困窮するベルデ伯爵家の跡取りキールと政略結婚をする。しかし、キールは外面こそ良いものの、実家が男爵家の支援を受けていることを「恥」と断じ、リコリスを軽んじて愛人と遊び歩く不実な男だった 。  リコリスが命がけで双子のユフィーナとジストを出産した際も、キールは朝帰りをする始末。絶望的な夫婦関係の中で、リコリスは「天使」のように愛らしい我が子たちこそが自分の真の家族であると決意し、育児に没頭する 。  子どもたちが生後六か月を迎え、健やかな成長を祈る「祈健会」が開かれることになった。リコリスは、キールから「男爵家との結婚を恥じている」と聞かされていた義両親の来訪に胃を痛めるが、実際に会ったベルデ伯爵夫妻は―?

よかった、わたくしは貴女みたいに美人じゃなくて

碧井 汐桜香
ファンタジー
美しくないが優秀な第一王子妃に嫌味ばかり言う国王。 美しい王妃と王子たちが守るものの、国の最高権力者だから咎めることはできない。 第二王子が美しい妃を嫁に迎えると、国王は第二王子妃を娘のように甘やかし、第二王子妃は第一王子妃を蔑むのだった。

真実の愛のおつりたち

毒島醜女
ファンタジー
ある公国。 不幸な身の上の平民女に恋をした公子は彼女を虐げた公爵令嬢を婚約破棄する。 その騒動は大きな波を起こし、大勢の人間を巻き込んでいった。 真実の愛に踊らされるのは当人だけではない。 そんな群像劇。

『二流』と言われて婚約破棄されたので、ざまぁしてやります!

志熊みゅう
恋愛
「どうして君は何をやらせても『二流』なんだ!」  皇太子レイモン殿下に、公衆の面前で婚約破棄された侯爵令嬢ソフィ。皇妃の命で地味な装いに徹し、妃教育にすべてを捧げた五年間は、あっさり否定された。それでも、ソフィはくじけない。婚約破棄をきっかけに、学生生活を楽しむと決めた彼女は、一気にイメチェン、大好きだったヴァイオリンを再開し、成績も急上昇!気づけばファンクラブまでできて、学生たちの注目の的に。  そして、音楽を通して親しくなった隣国の留学生・ジョルジュの正体は、なんと……?  『二流』と蔑まれた令嬢が、“恋”と“努力”で見返す爽快逆転ストーリー!

処理中です...