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しおりを挟む今晩王宮の広間では、王家主催の夜会が開催されている。その会場の片隅では、二人の男女がいがみ合い怒鳴りあっている。その声はかなりの音量ではあるが、音楽を奏でる楽団の音でかき消され聞き取りにくい。周囲の楽しそうにざわめく声もあり、誰も気にしてはいなかった。しかしそのいがみ合いを、じっと見詰める四つの瞳。当人たちはこの二人の観客に気づいているのだろうか?
「私は君との婚約を早く撤回したい! 君は気が強すぎる! だが…… 少しは落ち着くだろう」
「まあ。先に言われてしまいましたわ。私こそあなたとの婚約を早く撤回したいのです。 あなたは弱腰で私の顔色を伺い拗ねてばかり。でも……少しは強気になれるのではなくて? 」
「私は弱腰ではない! ……しまうだけだ! 君は……この国から出ろ! そして……」
「あら? 私も……しまうだけですわ。ならばあなたも……国を出たら宜しいのでは? そして……」
「少しでも早く……しよう」
「そうね。少しでも早く……したいですわ」
向かい合う男女はこの国の第三王子と公爵令嬢。二人は国王が決めた婚約者同士だ。
二人はケンケンと言い合い怒鳴り合っているが、この喧騒の中では周囲の者にも良く聞き取れてはいないようだ。二人は周囲を気にもせず、やがて遅れて入場した国王にも気付かない。さらには国王の挨拶を聞くために、会場が静まり返ったことにも気付いていない。
会場内の人々の視線がいがみ合う二人に集まった。
「王子様ー。私のために婚約者と別れようとしてくれているのね。嬉しいですー」
そんな人波の中から一人の侯爵令嬢が飛び出してきた。王子は怒鳴ることを止め、彼女のことを凝視している。
「公爵令嬢。やはりあなたは私を愛してくださっていたのですね。私はあなたのその照れ屋な所が好きですよ」
今度は侯爵子息が人波から現れた。こちらも公爵令嬢は怒鳴ることを止め、彼のことを凝視していた。
良く見ると飛び出してきた男女は良く似ている。どちらも侯爵家であり、たぶん兄妹なのだろう。
「ほう。我が子たちとお二人が愛しあっているのですか? ならばちょうど良いではありませんか! 王よ。発言をお許し願いたい」
さらにはまたまた人波の中から、一人の男性が現れた。話す内容からして、痴話喧嘩に乱入した男女の父親なのだろう。
「良い。話せ」
王の許可を得た男性は、まるで水を得た魚のように喋り始めた。
「我が家の息子と娘には、幸いまだ婚約者がおりません。ですのでお二人の婚約が破棄されるのならば、我が家の子供たちとの婚約をお願いしたい。王子はまだしも、婚約を破棄された令嬢に次の貰い手は難しいでしょう。ならばぜひお認めください。愛しあうもの同士、お似合いの婚約ではありませんか! 皆様! 素晴らしきご縁に、ぜひとも祝福の拍手をいただきたい! 」
拍手は鳴らなかった……
「ないな……それに破棄ではない、撤回だ……」
「ええ……私たちの婚約破棄以上にあり得ませんわね……」
先ほどまで争っていた二人が手を取り合い見つめい、夫婦喧嘩は犬も食わないとばかりにいちゃついている。
「公爵令嬢! あなたは婚約破棄を願っているのではないのですか! 私を弄んだのですか! 」
「そうよ! 王子様は私のものなの! 愛しあう二人の邪魔をしないで! この女は私をいじめる性悪なんだから! 」
飛び出してきた二人がわめいているが……
「破棄ではない撤回だ!」
「撤回ですわ! 」
「二人とももう良い! だが侯爵よ。そちの子らは、ちと頭が足りぬ様だ。しかもその娘は、公爵令嬢をこの女呼ばわりか? その様なものたちとの婚約は誰もが嫌がるのであろう? 二人にはなぜこの年まで婚約者がおらぬのだ? 」
王が侯爵家の兄妹を馬鹿呼ばわり?
「そっそれは……」
父親はなぜ言葉に詰まるのか?
実は侯爵家の兄妹はストーカー気質で、どの家も婚約を嫌がり逃げていた。返事ができずに黙り込む侯爵。そこへ宰相が登場し、王の側に並び立つ。宰相は王に発言の許可をとり話し始めた。
「侯爵家の兄妹よ。お前たちの悪事の証拠は揃っている。王子と公爵令嬢へのつきまといと、相手の婚約者への嫌がらせ。状況証拠しかなく苦労したが、ようやく物的証拠も押さえた。覚悟をするんだな」
「なによそれ! いじめられているのは私だし、つきまといなんてしていないわよ! 愛しあう恋人がそばにいるのに許可がいるわけ? 」
「私はあなたを愛してはいない。むしろつきまとわれて迷惑だ。大切な婚約者に害を与えられたりと、可能なら君を処刑台に送りたいくらいだよ」
「なぜそんな酷いことをおっしゃるの? 私に優しくキスをしてくれたじゃない。愛しているからと、あなたは強引に私の体を暴いたわ。私は愛する王子様のためにと、この身のすべてを捧げたの。あなたは朝まで激しくなんども私を求めてくれたじゃない! 」
泣きながら王子に駆け寄る侯爵令嬢。しかし警備兵に阻まれてしまう。
「あなたは……私の愛に応えてくれたのではないのですか? 私はあの熱い夜を忘れはしません! 私の上でそのたわわな胸をさらけ出し、嬌声をあげて激しく悶えていたではありませんか! もっと!もっと激しくとおねだりまで! そうです! 彼女はもう純潔ではないのです。私が抱きました! もう王族の嫁にはなれません! 」
侯爵子息の言葉に、会場内の音が無くなった。公爵令嬢は拳を握りしめ、プルプルと震えている。まさか事実なのか?会場内の人々からの不躾な視線が、公爵令嬢の体を舐め回す。
「いやー! ふざけないでー! 変な妄想をしないでよ! 私の肌は王子にしか見せていないわ! それに王子は紳士だから、初夜まで待つと言ってくれた。あなたみたいなケダモノとは違うのよ! 」
公爵令嬢は胸の前で両腕をクロスし、会場の不躾な視線から身を隠すようにうずくまってしまった。
「貴様……彼女の肌を妄想するだけでも許せぬ。しかもなんて破廉恥な奴なんだ。あれは己の願望を見せるもの。絶対に許せん! この場で手打ちにしてやりたいわ! 」
王子が公爵令嬢を、好奇な視線から庇いながら言い放つ。侯爵子息はそれに構わず、公爵令嬢に駆け寄ってゆく。
「いや! 来ないで! 」
「寄るな! これ以上近寄るなら拘束するぞ! 警備兵出ろ! 」
わらわらと現れた警備兵たちに、侯爵令息は拘束された。安心したためか公爵令嬢は気を失い、その場で崩れ落ちてしまう。
「王よ。彼女が心配です。一旦客室で休ませてきます」
王子は公爵令嬢を横抱きにし、客間へ向かうと王に伝えた。王が許可をだし、王子は歩き出す。
「なぜなの? どうしてその女を抱いているの? しかもなぜお兄様を拘束したの? みんなその女が悪いんじゃない! お兄様を誘惑したのよ。なのに私の王子様まで奪うの? 酷いアバズレじゃない……」
「私は貴様のものではない。しかもアバズレだと? 淫乱な妄想をする、貴様こそそうではないのか? 都合の悪いことは忘れているのか? 確かに貴様ら兄妹は被害者でもある。しかし選択したのは己たちだろ? いい加減に目を覚ませ! 」
王子はそう言い放つと、侯爵令嬢の捕縛を命じ、会場から出ていった。
「王よ! 我が子たちが何をしたというのですか? すぐに縄をといてあげてください! 」
侯爵が王に懇願している。
「なにが我が子たちだ! 侯爵にも縄を打て! さて。皆のもの騒がせたな。息子と公爵令嬢が戻るまで、ダンスを楽しもう。詳細は後ほど発表する。楽団よ。楽しい曲で頼む」
待機していた楽団が、軽快なリズムの音楽を奏で始める。会場はダンスを踊る人々で、色とりどりの花が咲き誇っていた。
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