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しおりを挟む王子と公爵令嬢は、二人のことを覚えてはいなかった。二人にとっては困っている人を見かけたら手助けをする。それが当たり前のことだったのだから……
「父王。この二人に更正の機会を与えては貰えませんか? たしかに私たちは迷惑を被りました。しかしそれは薬の副作用であり、心を操作されていたのです。真の悪人は侯爵であり、二人を貶めた人々でしょう」
「私からもお願いします。たしかに飴玉に逃げたのは己たちの意思でしょう。しかし辛いとき、何かに縋りたくなるのは当たり前のこと。その原因を作ったのは、父親としての責任のある侯爵です。私も侯爵にこそ、厳罰を望みます」
王子と公爵令嬢が王に頭を下げて願いでる。周囲は固唾を飲んで見守っている。
「被害者の二人に免じ、その願いを叶えよう。たしかにその二人も被害者だ。もちろん侯爵が一番の原因だが、貴族たちの傲慢さも二人を追い詰めた原因だろう。それがなければ、あそこまで愚かなことはしなかったのであろう」
「そうでしょうね。あの薬の副作用は、服用者の心の思いを増幅し、幻覚を見せるというものです。思いが強いほど幻惑に囚われてしまう。それだけ二人は心を傷つけられ、ひとときの優しさに縋りついてしまったのでしょう」
王と宰相が侯爵子息と令嬢拘束を外すようにと指示を出す。二人は今は精神が安定しているが、薬をしっかり抜かなくてはならない。そのため入院することとなった。退院後は王宮で家庭教師をつけ、侍女見習いと文官見習いとして働くこととなった。
「侯爵よ。貴様は辺境の討伐隊にいる二男に家督を譲れ」
「王よ! なぜ二男なのですか? 」
「貴様はまだ私に逆らうのか? ならもう良い。しっかりと裁いてやろう。長男は貴様と同罪だ。強制労働させる人材を、拐かしばかりではなく、貧民から二束三文で買い付けていた。我が国では奴隷売買は極刑だぞ」
「王よ。続きは私が話しましょう。三男は薬を悪用し女性を拐かし、隣国へ貢いでいました。密偵を潜り込ませかなりの人数を助け出しましたが、激しい暴行によりすでに死亡している方も多くいました。我が国に害を与え隣国へ利益を与える。領民を虐げ己のみが利潤を得る。あなた方は貴族として失格であり、自国を滅ぼそうとする売国奴です! 」
侯爵はとうとう膝をつき項垂れてしまった。しかしそれでもノロノロと頭を上げる。
「ですが……二男は長子ではありませんし……側室の……」
「いい加減に黙れ! なんならとり潰すぞ! 売国奴には相応しい処分だろう。正室は隣国の伯爵令嬢だったな。まんまと隣国の手先となるように誑かされよって! いや伯爵令嬢ではない。元伯爵令嬢だ。今回の内乱では首謀者に加担したとして、実家である伯爵家の当主は斬首。すべての一族は、爵位を返上させられているからな」
隣国はかなり周到に内乱を企てていたようだ。内乱は収めることができたが、王家の被害は多大なものだった。未だに国自体が暗く澱んでいる。だからこそ第三王子が王になるにあたり、早々に隣国へ渡り婚姻をしたいと考えているようだ。戴冠と婚姻のおめでたにより、国の景気も徐々に上昇して行くだろう。
「しかも三男と一緒に女性を虐待していたそうだな。二男とその母親にも、かなりの暴力をふるっていたそうだ。診断書も提出されている。それに貴様の親族もろくでもない輩ばかりだ。領民を虐げ不正まみれ。二男とその母親以外は、皆処刑台行きだ! 」
二男だけは、側室である自国の伯爵令嬢の子だった。実は伯爵令嬢とは幼いころからの婚約者だった。しかし侯爵は隣国の伯爵令嬢に誑かされ、無理やり伯爵令嬢を正室にしてしまう。婚約者であった伯爵令嬢は、ならば婚約を破棄して欲しいと訴えた。しかし侯爵は嫌がる彼女を無理やり組み敷き、傷もの扱いをして側室とした。娘を返せという婚約者の実家には圧力をかけ、無理やり婚姻を結んだのだ。
「まったく下衆な男だ。己が裏切っておきながら、去られそうになるともったいたくなるのか? 女性は物ではない! 父も良く調べもせずに、隣国の令嬢との婚約の了承をするとは! しかもスパイではないか! 私が即位していたなら、絶対に認めなかったわ! 」
高位貴族は側室を持つことが出きる。後継者を必ず得るためだ。そのため婚約者が複数いるのは不自然ではない。また後継者争いを避けるため、家督の相続は長子優先が原則である。そのため前王は、とくに疑問を持たずに承認してしまったのだ。
ここで侯爵子息が挙手をし、宰相は彼に何用かと尋ねた。子息は深くお辞儀をし、宰相に王への言葉を伝えた。
「宰相様ありがとうございます。失礼を承知で申し上げます。侯爵についての発言をお許しいただけませんか? 王様に許可をいただけたら幸いです」
「構わぬ。話せ」
王が答える。
「許可をいただきありがとうございます。私たち兄妹の母親は、正室の侍女をしておりました。正室は身籠ると同時に、侯爵の夜伽ができぬからと、無理やり母に侯爵の相手をさせたのです。嫌がる母を殴り、さらには押さえ付け、己が母を侯爵に与えたのです」
壮絶な告白に会場の空気が固まった。
「毎晩母は二人に辱しめられ、自殺をしようとしたそうです。しかしならばと鎖に繋がれ口までも塞がれ、正室の子が誕生するまで監禁され続けたそうです」
「貴様! ふざけるな! 認知してやった恩を仇で返すつもりか! 」
侯爵がイスをガタガタと揺らし暴れだした。しかし警備兵たちに押さえ付けられ、再度口に布を詰め込まれてしまう。
それからの侯爵子息の告白は悲惨の一言に過ぎた。
正室に男児が誕生して数ヵ月後、なんと侯爵子息の母親も男児を出産。日々暴力を振るわれていた母親は、痩せこけていたためか胎児の発育が悪く、産み月近くになるまで妊娠に気づかなかった。しかも男児を出産したことに腹を立てた正室は、侍女を未熟児の赤子とともに、屋敷から追い出してしまった。
「母は乳飲み子の私を抱えさ迷い歩く中、親切な商家の奥様に助けられました。母はそこで介抱され、体を癒したのです。やがて体調が回復すると、同じく出産したばかりの、奥様のお子様の乳母という仕事を任されました。やがて母は小さいながらも家をかり、私を慈しんで育ててくれたのです。なのに! 」
突如父親である侯爵が現れたという。嫌がる母親を拘束し、再度屋敷へ連れ戻された。そして恐ろしい現実を知る。正室が二人目を妊娠したため、前回と同様なことを強制されたのだ。母親は約一年間監禁され、息子とともに再度屋敷から放り出された。
腕には女児の乳飲み子を抱えて……
「私は食事は与えられていましたが、母とは別の部屋に軟禁されていました。時おり正室の長男であると言う男が次男を連れて、私に暴力をふるいにやって来ました。しかしなぜか長男は、私だけではなく次男にも、まるで恨みを果たすかの様に体罰を与えていました。さらには正室まで現れ、私たちに代わる代わる体罰を与えたのです。私はなぜ次男にまで暴力をふるうのか不思議に思いました。しかし兄弟の容貌を見て気付いたのです」
次男は正室の子ではなかった。側室の子だから疎まれていた。しかしいつ側室を迎えたのだろうか?侍女であった母親は、正室が懐妊し侯爵の夜伽が出来ぬと手ごめにされた。そのときは側室らしき人はいなかったという。だからこそ辱しめられたのだ。今は側室がいるのなら、母は必要ないのではないのか?なのになぜ追い出した侍女を連れ戻したのだろう?
しかも長男と次男の体格はほぼ同じくらい。容姿は違うが、双子だと言われても不思議ではないように見えた。己は痩せこけているから小さく見えるが、長男は同じ歳のはず。まさか侯爵は三人もの女性と同時に関係を持ち妊娠させたのか?
「実際私と長男と次男は、ほぼ同年だったのです。ある日私は侍女たちの話を聞いてしまいました。側室である女性は侯爵に傷ものとされ、その一度で懐妊してしまった。己より先に懐妊したことに腹を立てた正室が、彼女を暴漢に襲わせたため、気を病んでしまったと……」
側室は気を病んでしまったため、離れに隔離されて生活していた。しかし無理やり婚姻を結んだため、離縁するにも体裁が悪すぎる。しかしそんな側室に関係を迫ることも出来ない、そのために再度元侍女を探したのだろう。
「そうですか……そのため側室は、屋敷から出てこないのですね。私たちが捜査のために事情を聞きたくとも、体調が優れないからと、長男が会わせてくれなかったのです。次男は辺境にいるため、すぐには連絡がつかないと……」
「あら? しかし変ですよね? 側室が先に懐妊したのですか? 側室の子は、辺境にいる次男ですよね? 」
沈黙を守っていた公爵令嬢が話し出す。やはり女性には、なにかピンとくるものがあるのだろうか?
「そうです。次男の方が、本当の侯爵家の長男なのです。ですから正当なる侯爵家の後継者は、辺境にいる方なのです! 侯爵と正室は王家に嘘の出産証明書を提出しました。長男と次男の誕生順を入れ換えたのです。我が国は長子相続と定められています。これも王家を謀る立派な犯罪なのではないでしょうか? 」
侯爵子息はかなり勉学を頑張った様だ。法のことなど、庶民であればわからないであろう。
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