【完】婚約を撤回しよう。そうしましょう。

桜 鴬

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⑤・本編end。

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 侯爵子息の告白で、侯爵は青ざめ震えている。その震えはこれからの裁きに恐れるためなのか、怒りからくるのかはわからない。しかしさすがに侯爵にも、己に先の未来が無いことは理解できただろう。

 「勇気ある告白に敬意を払おう。君たち兄妹には、侯爵家が後ろ楯となるように手配する。次期当主となる次男、いや長男だな。彼は中々男気のある男だ。以前は近衛の隊長をしていた。王族を守り、忠義をつくしてくれた。しかし急遽辺境の魔物退治をしたいと辞意を示した。彼は惜しまれつつ辺境へ旅だったんだ。どうやらあの噂は本当だった様だな! 」

 王の怒りの籠る声に侯爵がビクリとする。王族を守る近衛の職は名誉なこと。通常ならば辞意を示したりは決してしない。しかし彼は侯爵と正室に疎まれ、母親の命を盾に脅されていた。そのため己から、辞意を伝え辺境へ志願したのだ。かなり惜しまれたが、本人の希望であれば無理強いはできない。それは暗黙の真実として、社交界では囁かれていた。王は続けて話をした。

 「侯爵家は現当主と正室は、孤島の牢獄にて五年の幽閉。不眠不休で働き、自給自足で頑張るが良い。牢獄の番人は厳しいぞ。口ごたえをしたり、サボれば即ムチ打ちだ。暴力を受ける辛さを、とくと味わうが良い」

 侯爵はもう抗う気力もないのか、イスに拘束されたままピクリとも動かない。

 「侯爵の二人の息子も同罪とする。その後四人ともに斬首とし、首は晒して残りは海の魔物に与えよ。侯爵家は正当なる長男が相続。不正が発覚した他の親族は、爵位返上の上国外退去を命じる。侯爵を地下牢へ繋ぎ、関係者を捕縛せよ! 」

 国王の言葉に、控えていた衛兵たちが駆け出して行く。侯爵は抵抗を諦めたのか、抵抗もなく引きずられ、そのまま牢へと連れて行かれてしまった。

 「皆のもの!騒がせて申し訳ない。だが私は不正を許さない。貴族は民を守り導くものだ。決して民を虐げ搾取する側に立ってはいけない。これからも膿は絞り出すつもりだ。隣国はまだまだ混乱している。そんな中即位し王となる、息子の邪魔になりたくはないからな。皆で協力をし、より良い国にしよう。頼むぞ! 」

 会場内から怒涛の拍手が沸き上がる。国王を称える声。第三王子と公爵令嬢の未来を称える声。たくさんの拍手とともに、会場は祝福で包まれた。

 楽団の演奏が突如始まった。第三王子と公爵令嬢が、ホールの中心に躍り出た。続いて次々とダンスの輪が広がって行く。会場には色とりどりの花が咲き誇る。ダンスの曲の終了間際に、公爵令嬢がそっと王子の耳許に口を寄せた。王子は頷き、二人は終了のポーズを決めたのち、ホールの中心から離れて行く。

 「お嬢さん、一曲ご一緒しませんか? 」

 「どうか一曲、私と踊って戴けませんか? 」

 壁際で会場を抜け出すタイミングを見計らっていた男女が、突然のダンスのお誘いに驚き言葉もでない様だ。

 「でも私は……」

 「これ以上のご迷惑はお掛けできません……」

 お誘いに尻込みする男女。

 「大丈夫よ。もうあなたたちは、以前とは違うのでしょ? これから頑張れば良いの。苦労して二人を育ててくれたお母様のためにも、二人は幸せにならなくちゃ駄目。さあ踊りましょう」

 公爵令嬢が公爵子息の手を引きホールへ躍り出た。令息はかなり練習したのだろう。公爵令嬢の華麗なステップにも、遅れることも無くついてきていた。最後には笑顔で踊り終えることができた。

 「さあ。私たちも行こう。君も変わった。いや、元に戻ったのかい? 幸せはこれから見つければ良い。努力は必ず報われる。母君も君たちの幸せを願っているはずだ。これは君の新しい門出へのダンスだよ」

 第三王子が侯爵令嬢の手を引き踊り出した。令嬢は慣れぬダンスに体を強ばらせていたが、王子の適切なフォローにより、最後には笑顔で踊り終えることができた。

 夜会は無事に終了した。

 ***

 「お父様。お母様。私は今日から隣国の公爵令嬢となります。今まで慈しみ育てて下さりありがとうございます」

 父親は拳を震わせ男泣きをしている。

 「あなたのことを愛する家族がいることを、忘れず頑張りなさい。もう! いつまで泣いているのですか! あなたもです! 今からそれでは、婚姻式ではどうなるのですか? 少しは父親の威厳を示して下さいませ! 」

 母親に背中を叩かれる父親。

 「お兄様。お父様とお母様をよろしくお願いいたします。お義姉様と公爵家を盛り上げてくださいませ。私は家族の皆様の健康と幸福を願っております」

 「ああ。お前も頑張れよ! 」

 家族との別れの場面では、涙ぐみハンカチで目頭をおさえる人々の姿が目だった。

 公爵家のお屋敷には、隣国へ旅立つ公爵令嬢を送り出すために、たくさんの人々が集まっていた。

 「婚姻式には一族総出で行くからな! 」

 「お父様……お待ちしていますわ」

 公爵令嬢は別れを惜しまれつつ、第三王子より一足お先に旅立った。

 ***

  「叔母上! いい加減に彼女を返してください! 私は一ヶ月も会えなかったんですよ! こう言うときには気を利かせて、二人きりにしてくださるべきでは? 」

 公爵令嬢が隣国の公爵令嬢となり約一ヶ月後、遅れて到着した元第三王子が、この国の王となるためにやって来た。

 「これは王太子様ではありませんか? 立太子おめでとうございます。もうお式までは一月もないのです。女性は準備が大変です。役立たずの男性は、羽虫退治でもしていなさいな」

 令嬢が養子となった公爵家のご婦人は、もと第三王子の叔母であった。母の姉にあたる。内乱の際には降嫁している上女性だったため、命を狙われることはなかった。しかし後継となるべき息子は、刺客に襲われ毒で利き腕が麻痺してしまった。

 「羽虫は捻り潰しています。従兄殿の調子はどうですか? 首謀者の首は城下町の広場に晒しました。安心して休ませてあげてください」

 「もう! 可愛い娘の前で物騒な事を言わないの! あの子はもう大丈夫よ。あなたが探してくれた、治癒士の治癒魔法は素晴らしいわ。それに息子は強運なんですって。普通なら、かすっただけでも死に至る毒だそうよ。本当にありがとう」

 「お義兄様はすっかり元気になられたわ。それに毎日ラブラブなの。愛の力は偉大なんだから! ねえお義母様? 」

 「そうなの! もうすっかり元気なのに、毎晩つきっきりで看病してくれるんだもの。息子が狼にならないかと、心配で眠れないわ……まあ孫は早いに越したことはないけど、やはり順番はね……」

 「え……」

 なぜか真っ青になる王太子……

 「あ! お義兄様! 起きていらして大丈夫なのですか? 」

 長身な男性がこちらに向かって歩いてくる。

 「王太子様。この度は立太子、おめでとうございます。凄腕の治療士の派遣、感謝しかありません。わが公爵家は新しき王家に、誠心誠意仕えさせて戴きます」

 どうやら本当に体調は大丈夫の様だ。実はもと第三王子に立太子の話がくる前は、彼が一番王位に近かった。しかし利き腕の負傷と、婚約を解消したくないと辞退していた。彼の婚約者は幼馴染みの子爵令嬢。王太子の婚約者になるには爵位が足りない。もちろん高位貴族の養子になる手もある。しかし混乱する国内を纏めるためにも、後ろ楯の強い別の令嬢を正妃に据えよと圧力がかかった。

 「王太子様。義妹とのご婚約成立、おめでとうございます。おかげさまで私も、無事に婚約者との式の日程が決まりした。本当にあなたがたのおかげです」

 刺客による毒矢は、彼を王にし己の娘を正妃に据えたい貴族からの脅しだった。しかし脅しを逆手に取り、彼はわざと毒矢を受けた。

 王太子にはなりたくなかったから……

 「しかしまさか利き腕をやられるとは……私も考えが甘かった様です。一時は彼女に捨てられる覚悟もしました。しかし献身的な介護により私は癒され、彼女を手離せないと思い知ったのです」

 「まさか! 彼女は私の婚約者だぞ! 側室にでもするつもりか! 君もいくら義理の兄とはいえ、毎晩つきっきりで看病など! しかもラブラブ……ラブラブだと……私はまだキスさえ……」

 王太子はどうやら妙な勘違いをしている様だ。

 「お義兄様のお相手は私ではありません。キチンと見てください。素敵な女性を伴っているではありませんか。ですが婚約者様? まさか私の不貞をお疑いなのですか? いくらなんでも酷すぎます! もう知りません! 」

 一目散で駆け出す公爵令嬢。さらに顔色を悪くして慌てる王太子。

 「あらまあ。早く追いかけた方がよろしいのでは? ですが婚前交渉は駄目ですよ? もちろんあなたたちもです。ラブラブは節度を保ち行うこと! 良いですね? 」

 真っ赤になりうつむく、公爵令息と婚約者の令嬢。王太子は……

 「節度を保てば行っても良いのだな! おーい待ってくれー。つい焼きもちを焼いてしまったんだー。愛しているんだ! 君を愛させてくれー! ハグしてその先まで進みたい! 私もラブラブしたいぞー」 

 「いやー! ムードもなにもないじゃない! 婚姻式まで待ちなさいよ! 来ないでー! お義母様助けてー! 」

 二人の追いかけっこは長時間に及んだ。ついには疲れてへたりこんでしまった公爵令嬢。追い付いた王太子に部屋に連れ込まれ、どのくらいまでラブラブされたのか?

 真実は二人と神様にしかわからない……

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