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④
しおりを挟む私とエドウィン様を交互に、まるで品定めをするようにじっと見つめる二つの瞳。相変わらず無邪気で可愛らしいですね。なんて思っていた頃の自分を殴りたいです。フレッド様が纏う気配はさながら…………
『魔・王・降・臨!』
のようではございませんか!
視線が突き刺さるように怖いです。背中がゾクゾクしてしまいます。背筋になにか冷たいものが滴り落ちてゆきます。年下のはずなのに、この威圧感はなんなのでしょう。
「さて……と。アリエル嬢が兄上たちの腕にはめた状態解除のブレスで、正気に戻った兄上と側近たちがミルキィを断罪。兄上は過ちを知り後悔し、慌ててアリエル嬢を追いかけた。しかし君は既に市民落ちし、市政へ下ったか修道院へ。多大な迷惑をかけたと反省をした兄上は廃嫡を願い臣下に下る。そして僕が王太子にくりあがる。君たちの計画の筋書きはこんな感じなのかな?」
はい……その通りです…………
「……………………」
「二人ともに無言は肯定ととります。でもそれだけじゃないよね?兄上?良く考えてみて。僕が立太子するなら、先ずは婚約者を変更しなくてはならない。僕の婚約者は病弱だからね。王妃が病弱では困り者だ。まあ変わりは幾らでもいると思う。でも病弱な僕の婚約者はどうなるの?そしてアリエル嬢のお相手は?」
「私は修道院へ……聖女様には…………エ……ヴィ……が…………」
「……………………」
「エドウィン兄上が、外された僕の婚約者に、新たに婚約を願い出る予定だったの?だからこの茶番劇なんだね。でもアリエル嬢?そんなに簡単に婚約者をすげ替えられると思っているの?立太子もだよ。ならなんで僕が病弱な彼女と婚約しているの?彼女は聖女だ。体が弱くても国に必要なんだ。僕は彼女を護る剣の役割なの。全ては政治的なものなんだよ。それを覆したいならこんな茶番を演じず、兄上が筋道を立て、キチンと父王に頭を下げるべきだった。下手したら君たちは国を乱したとして、処刑か国外追放処分がでる所だよ」
「「………………………………」」
「僕が立太子したら、聖女である僕の婚約者はもう二度と婚約できないかもしれない。この国にはもう彼女にみあう身分の男性がいない。だからこそ兄上は、あわよくば己が後釜にと思ったのだろうね。でもすげ替えればすむことじゃない。聖女様の婚約者に廃嫡された王子なんて相応しくない。下手な小細工してたら、立場が逆転してしまうんだよ!」
エドウィン様は項垂れるばかりです。確かに私たちは自分だけのことを考えていました。私は王妃の未来から、この婚約から逃げ切れればよい。エドウィン様は己が王太子でなければ、愛している病弱な聖女様と結婚できるかもしれない。私たちは周囲の都合も考えず、己のことばかりを考えていました。確かに浅はかすぎたのでしょう。
「次はアリエルだよ。君は本当に修道院で神に一生を捧げるつもりなの?なんで?兄上の気持ちを汲んだのは理解できるよ。そちらの方は僕が何とかしてあげる。でもだからって君が修道院に行く必要性はない。市民落ちしたいの?婚約を無効にしたい本当の理由は言えないのかな?」
「……………………」
フレッド様は、私の無言の態度に溜め息をつかれました。フレッド様ごめんなさい。さすがに本当の理由は言えません。約束したのです。
「はぁ……仕方がないですね……」
フレッド様がパンパン!と、大きく手を叩き鳴らしました。
「待たせてすまない!皆のものよく聞いて欲しい。まずは今日の良き日に、多大な迷惑をかけたことをわびたい。本当に申し訳ない。だが兄弟の痴話喧嘩だと思い勘弁して欲しい。我々は今日のことを深く反省し、我が国のために身を捧げることを約束する!この場で父王からの決定をお知らせする。兄上とアリエル嬢の婚約は無効とする!」
やはり王様と手を組んでいたのですね……
「また男爵令嬢のミルキィとやらが妄言をはき、魅縛の瞳の力でかなりの人間を傀儡にしていた。兄上と私はそれを内密に調べていた。兄上はわざと傀儡になっていたのだ。しかし心の強さで耐え、完全な傀儡ではなかった。その証拠が婚約無効の宣言である」
『私は心正しき優しい者と結婚する!凄惨な場にも目をそらさない。悲しみにも負けずに微笑みと慈愛を忘れない。その心根に惚れたのだ!真実の愛に生きたいのだ!』
「この宣言はあの男爵令嬢に向けたものではない。実は我が婚約者である『慈愛の聖女メアリー』に捧げたもの。お二人は幼少時に出会ったが、兄上が王太子のために、また聖女が病弱のために婚約が結ばれることはなかった。またアリエル嬢に対しても、婚約破棄ではなく婚約無効にと宣言した。つまり一方的に破棄するのではなく、婚約自体が元から無かったことにし、アリエル嬢の傷にならぬように配慮したのだろう。その姿を見た父王は仰った」
……………………どこからか覗いてらしたのですね……
『真実の愛を願い乞いながらも、周囲の気持ちをも労ることが出来る。また魅縛に屈しながらも、全てを支配されぬと心を強く持った。計画は稚拙だったが今回は多めにみよう。しかし民を騒がせた罪は重い。エドウィンは王太子の身分を返上し、臣下として王家に支えよ。そして民と愛するもののため。その身を粉にして尽くせ。これよりフレッドを立太子とする。兄弟共に力をあわせて国を守れ。さすれば真実の愛も報われるだろう!』
フレッド様が王からの手紙を読み上げます。
「兄上!未熟者の私ですが、どうぞお力をお貸しください。さすれば私は立派な王になれるでしょう。聖女メアリーも兄上を慕っております。二人で私を助けて下さい。私も心よりお祝い致しましょう。そして私の傍らにも愛する人がいて欲しい……」
会場に割れるような拍手が沸き上がる。演奏を中止していた楽団が、祝いの音楽を奏で始めた。『フレッド王太子様万才!現王の采配は素晴らしい!エドウィン様もおめでとうございます!聖女様と幸あれ!』
…………私はすっかり忘れられてるわね。しかしこれはどうしたら……
ゾクリ……やはり不味いわ……エドウィンってば!聖女様と上手くいきそうだからって、すっかり感激にうち震えちゃってる。自分の願いが叶ったらお仕舞いなのですか?私は市民落ちが希望なの!ダメなら修道院よ!王妃なんて絶対に嫌よ!どうしよう。二度と会えなくなっちゃう。あの温もりを二度と感じられなくなるのは嫌!こうなりゃこっそり抜け出して、駆け込み寺に走ろうかしら?
「今夜は皆で楽しんで欲しい。では乾杯といきましょう!卒業おめでとう!パートナーとの素晴らしき門出に幸あれ!乾杯ー!!」
あちこちのテーブルから、歓声があがる。軽快な音楽が流れ始める。パートナーが腕を組み、次々とホールに流れ込んでゆく。次々にダンスが開始され、男女のパートナーが踊り出す。
エドウィンは衝立にて簡易に敷居られた場所に連れていかれてしまった。どうやら聖女様がいらしてるみたい。エドウィンが言うには、決して独りよがりな気持ちではないといいます。その気持ちが伝わるとよいですね。婚約は決定だとしても、心が伴えばなお幸せです。
聖女様は幼い頃から家族と離され、王家所縁の大神殿にて神に祈りを捧げていました。聖女様は母君の血統による、癒しの瞳を受け継いでいたから。大神殿では代々この瞳を受け継いだ者が、聖女または聖者となる決まりなの。だからまったくいない時や、複数いらっしゃる時もある。現在女性二人が聖女をつとめていらっしゃいます。
聖女メアリー様の持つ癒しの力は、体調を管理され使われていました。そうでなければ聖女様が倒れてしまうから。エドウィン様は幼少時、かなりの喘息を患っていたそうです。その治療を一ヶ月程の時間をかけ、すべてを完治させたのが聖女メアリー様。確かにこれは好きになっちゃうわよね。己より幼い子が、頑張って治療をしてくれる。その治療の後で寝込んでしまったりしても挫けない。エドウィン様は、そんな健気な聖女様に恋心を……
実は私たちの婚約の顔合わせの際に、エドウィン様から手紙を受けとりました。そこには聖女様への正直な気持ちが綴られていたのです。そのため私たちはなんとかしようと足掻いていました。おや?エドウィン様と聖女メアリー様が、互いに手を取り合い出てきました。これは……
「只今聖女メアリーと、我が兄上のエドウィンの婚約が成立した!二人の門出に幸あれ!皆と共に大人としてデビューする二人を祝って欲しい」
フレッド様が高らかに宣言しています。拍手喝采にわく会場。手を取り合うお二人は幸せそうです。
エドウィン様。聖女メアリー様。どうぞ末長くお幸せに……
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