【完】箱庭の王妃はモフモフに包まれ真綿の夢を見る~婚約無効からの真実~

桜 鴬

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  扉を開き私に向かい突進し、恐ろしい魔王のような宣言をぶちかまして下さったフレッド殿下。彼は我国の第二王子様で、エドウィン様の弟君にあたります。しかし相変わらずのやんちゃぶりです。私と王太子様は共に十七才。もうすぐ互いに十八才となります。フレッド様は十五才。確かそろそろ十六才のお誕生日のはずです。最後にお顔を拝見したのは、たしか彼が七才の頃でしょうか?
 実は彼はない私とエドウィン様との婚約の顔合わせに同行し、私と年子の弟になつき、よく遊びに来るようになったのです。それが彼が七才になるまでの約三年間、私が十才になり学園に通い始めるまで続きました。私たちは遠めにですが、ちょくちょく顔をあわせました。彼はヤンチャでしたので屋敷内や庭園でと、私とよくエンカウントしたのです。しかしこれは子供だからと許されていたのです。さすがに私が学園に通い始め、フレッド様が七才になると離されました。しかし……幾分背は延びましたが、あの頃と変わらず可愛らしいままですね。申し訳ありませんが、やはり私的には弟としてしか思えません。恋愛方面には頭がいきません。
 しかし面倒なことになりました。これは不味いです。甘い顔は出来ません。私の計画の邪魔になるのは困りものです。さてどうしましょうか……。
 なんて走馬灯のように脳裏をよぎります。しかしそんなことを考えている場合ではありません。あの可愛らしい弟分は、魔王と化してしまったのです。なんとか私は自力で、この場を逃げ延びねはなりません。
 私は突進してくるフレッド殿下をヒラリとかわし、もうダッシュでわき目も振らずに扉に向かいます。見渡すと会場の皆様は、さすがに驚愕なお顔をしております。ドレスの裾を翻し早足で小走りするご令嬢。めったに見られるものではありませんよね。しかしそんなことを考えている余裕はありません。これは逃げるが勝ちです!
 「衛兵!扉を守りアリエル嬢の退路を塞げ!早くしろ!」
 フレッド様?お言葉使いが荒いですよ?我儘を通してはいけません!
 「近衛兵!アリーを包囲!もちろんケガはさせないでよ?少しでもキズをつけたら殺すよ……」
 ………………人前で愛称で呼ばないで下さいませ。その愛称で呼んでよいのは、私の大切な家族のみです!しかも公衆の面前で!お言葉はヤンデレ臭いし……さらにはもしかして腹黒なの?
 気がつくと扉はすっかり兵士に固められ、周囲は近衛兵に囲まれてしまいました。おのれ……やりおるな……。
 これは大ピンチです!予想外の事態です。エドウィン様をチラ見すると、あちらも騎士団にすっかり取り押さえられています。騎士団がフレッド様の命令を聞いている……つまりそういうことなのですね。王様を丸め込んでいるのでしょう。それでは仕方がありません。作戦変更しなくては!
 「アリー……どうして逃げるのかな?しかも濡れ衣を着せられたまま退場するの?ずいぶん兄上の肩をもつじゃない。そんなに兄上を愛してるの?それはそれで妬けちゃうね。でもこのくだらない茶番劇だけど、だれが見ても可笑しいよね?」
 ……………………たしかにそうです。会場の皆様は王太子様にものを申せないだけで理解しているはずです。ミルキィさんが、男爵令嬢だということ自体が可笑しいのです。彼女はここにいるべき人物ではないのです。しかし私たちはそれを気づいていて、茶番を演じていました。私は真実を知っていて。周囲はエドウィン様にものを申せなくて……。まさかフレッド様に全てがバレていたとは……
 「それなのにアリーは兄上と共に茶番を演じている。それはなぜかな?」
 …………くっ……なにも言えません。
 「兄上も兄上です。婚約を無効にしたいならば、私に言って下されば良いのです。私はお二人を祝福しますよ。私が信じられないのですか?」
 「…………しかしお前も聖女様を好きなんじゃ…………」
 エドウィン様が苦しそうなお顔をしています。まさかフレッド様は、エドウィン様の動機までをも、知っているのでしょうか?
 「お願い二人とも!私のために争わないで!私が悪いの……皆が好きなの……だから……でも!私はエドに決めたの。だから許して……フレッド様!貴方を愛せなくてごめんなさい……でも!忘れないで。私たちは一生のお友だちよ!私が王妃になれば、お城でいつでも会えるわ」
 突然ミルキィさんが話だしました。いったいどうしたのでしょう。空気を読んで欲しいですね。なぜ今その言葉が出るのでしょうか?私にはまったく理解が出来ません。私のために争わないでって……
 「……ゲスが口を挟むな!」
 「フレッド様!なぜそんなにも冷たいのですか?私が誰を選んでも、優しく見守って下さると……己の愛は永遠に変わらないと仰って下さったのに……」
 「いい加減一人芝居は止めてくれる?まわりを見なよ。君と演じてくれる役者はもういない。君の幻覚による妄想劇は終了した。良く思い出してみて?僕はいつ君と話をしたの?兄上はいつ君と知り合ったの?君は貴族学園に通っている。高等貴族学園の僕たちに会えるはずが無いんだ。本来ならここにいる権利さえない。現に僕が君に会うのは今が初めてだよ。君にはもう破滅しかない。これは夢と現実を切り離せなかった君の罪だよ……」
 その場にヘナヘナと崩れ落ち、何かを必死に考えているミルキィさん。しかし訳がわからないのか、『なぜ?どうして!』を連発している。
 「エドウィン様!私を可愛いと!愛していると言って下さいましたよね?婚約者にして下さると!結婚してやがて王妃にしてくださると。あの約束は嘘だったのですか?」
 エドウィン様は首を横に振るばかり。震えながらすがり付き、ハラハラと涙を流すミルキィさん。可愛そうだけど……。
 「兄上は君を愛してはいないよ。君を愛してると囁いていた男性は、皆が君の魅縛に囚われてた。君の瞳には周囲を意のままに従わせ、君の妄想を現実にしようとする力があるんだ。それが魅縛の瞳だよ」
 男爵家に誕生したミルキィさんは、幼い頃からかわった子供だったそうです。最初は未来を予知したりする、聖女様の素質があるのかと喜ばれました。しかしやがて真相が明らかになってゆきます。ミルキィさんには前世という生まれ変わる前の記憶があったのです。その記憶の中の一部がこの世界と酷似していました。それが未来予知と勘違いされたのです。またその瞳には、強力な魅縛の力が宿っていたのです。本人は知らずに周囲の人間を魅縛してゆきました。その力は好意を向けさせるだけではなく、相手を何でも言うことを聞く傀儡としてしまったのです。前世の記憶と魅縛の力を利用して、彼女はこの学園に潜り込んでいたのです。
 「兄上とアリーは気づいた。そして利用したんだよ。お互いに婚約を無効にしたかったから。アリーが退場したら、次は兄上による君の断罪が始まったんだよ。完璧な出来レースだ。君はよくて幽閉か国外追放だね。君の頭の中ではアリーがあて馬らしいけど、君こそが完全なるあて馬だよ」
  「そんな!なぜ?私はヒロインなのよ?エドウィン様と結婚して王妃になるの……あ……もしかしてフレッド様のルートにはいったの?ならフレッド様でも大丈夫なはず。どちらでも王妃になれる。先祖返りの特別な瞳の力のために、孤独だったフレッド様の気持ちに気づき、その心に寄り添い癒すの。しかし私はエドウィン様と……それでも私を諦めきれないフレッド様は、瞳の力は使用しない約束をし、エドウィン様と王位と私をかけて決闘する。勝利して私に愛と王妃の座を与えてくれるのよ……」
 彼女はうっとりと夢見る少女のような瞳で、フレッド様に手を差し出します。しかしペシリとその手を払われてしまいました。
 「この世界は現実です。人の心をゲームとやらと混同すべきではない!何度もやり直せるルートなどもありません。ちなみに前世の記憶持ちはあなただけではありませんよ。過去にも現在にもいますが、皆様現実と前世は違うものと認識して生きています。ちなみに王妃である母上と、アリーの母上も前世持ちです。しかも同じゲームとやらの、悪役令嬢とヒロインだったそうですよ。しかし今も昔も大親友とのことです」
 そうなんです。実は王妃様とお母様は大の親友なのです。二人には共通の前世の知識がありました。いわゆる乙女ゲームというものらしいのですが、その中では王妃様が侯爵令嬢でヒロイン。お母様は王様の妹で、気にくわない将来の妹を虐めぬく悪役令嬢だったそうです。しかし二人は早々に現実と前世の折り合いをつけたのです。二人ともに高位貴族のご令嬢。政略結婚は当たり前。ならば互いに尊重しあえる方と結婚したい。支えあい暮らしてゆきたい。学園で知り合ってからは、互いに色々な情報交換をして仲を深めました。
 「衛兵!ミルキィとやらを地下牢へ。明日君の仲間の国に送り届けよう。ヒロインになり損なった君のような人間が沢山いる。勇者や聖女に神子などの有名どころは、ちやほやされるつもりが予想に反したものが多い。一般人だった学生や社会人たちは、世界観の違いに馴染めなかったそうだよ。狂った人間のオンパレードだ。そこから出られるかは君次第だ。あ!家族からは絶縁状を預かっている。君がこちらの学園に潜り込んでから、親類縁者の魅縛の効果が切れ、傀儡状態から解放されたそうだよ。二度と同じ目にはあいたくない。修道院にでも入れてくれとの言伝だ。魅縛の瞳を血統とする家族に縁を切られたら、制御方法も自力で習得するしかない。もう誰も助けてくれない。一生そのブレスをしたまはま幽閉だ。詳しい沙汰は追って国王からでる」
 泣きわめくミルキィさんがつれられて行く。なんだか心が痛い……
 「さて。兄上にアリエル嬢?今までの采配に何か異存はございますか?」
 …………ありません。私が会場を退場した後に、エドウィン様がする断罪予定を全てこなされてしまいました。
 つまりは……私は退出する必要がなくなってしまいました。逃げることさえ出来なくなってしまったのです。
 さてどうしましょう?まさか扉を蹴破って逃走しても捕まるでしょうし、下手したらお家共々お取り潰しになってしまいます。
 あーんもう!泣きたいですーー!

 *****
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