【第二部完結】クリムゾン・コート・クルセイドー紅黒の翼ー

アイセル

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終章 Gearing of Fortune

歯車は回り出す―⑧—

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2017年4月20日 広島県 上万作あまんさく市内 午後4時36分

 河上 サキの頬を昼下がりの風が撫でる。

 暑くもなく、冷たくもない優しい風に包まれながら、サキは学校からの帰り道を歩いていた。

――色々あったな……。

 穏やかな陽気にも関わらず、サキの胸中は晴れやかとしない。

 

 今までの出来事、それが積み上がっていたから。

 彼女の前を歩く青年――ロック=ハイロウズ。

 彼のブレザーに覆われた背中が、サキに

「そういえば…………」

 サキに背を向けたまま、ロックが声を発した。

 その声には、感情が含まれていない。

 いや、に出た声。

 サキは、春風に消えそうな声で頷いた。

 4月19日の放課後、視聴覚室での動画配信を使った伊藤官房長官との会議。

 ロックによる陰謀の暴露を終えた後、ブルースと映写幕スクリーン越しのナオト、伊藤官房長官の三者が幕を下ろした。

 否定も肯定もされないロックの糾弾に、誰も口を挟めず、個別で解散となった。

「……県議会議員、胴田貫が死んだな……」

 ロックの声色が春風に消えそうな反面、内容は物々しい。

 サキは、県議会議事堂の民自党の控室で火災が発生したことを受視機テレビの報道で知った。

 
 と、が火災現場から発見された』。

 
 是音台高等科学研究所周辺で起きた事故や事件という煽情的センセーショナルな話題の尽きない中での、不審死のため周囲の注目を余計に集めた。

って――」

「サキ、……

 ロックの声が優しく響いた。

 サキの中には、 という皮を被ったの魔性の姿が浮かぶ。

「……そうだね」

 ロックの背にサキは応える。

 彼女の声に、前を歩くロックは止まらない。

 一週間前に停学の切っ掛けとなった、上万作あまんさく学園前の大乱闘。

 サキとロックは、その停学期間を終えて、今日登校日を迎えた。

 サキは、キョウコとアカリと一緒に登校し、教室で龍之助が出迎えてくれた。

 同じく停学なった一平も。

 ロックが最後に来た時は、クラス全体からどよめきが上がったものの、一平達が普通に接して、物々しい雰囲気を変えてくれた。

 龍之助が距離を離していた時とは違い――ロックが加わったものの――サキは日常への回帰を感じることが出来た。

「サキ……?」

 振り向かずにロックが一言。

 その言葉だけで、サキは、ややあって、

「大丈夫……マナさんの葬儀や手続き、

 サキの吐き出した言葉への返事は、ロックから無かった。

 ただ、彼の身体が少し上下に揺れる。

 サキにはそう見えた。

 岡田 マナの葬儀については、主に取り仕切ったのは、彼女の息子の秀雄だった。

 彼が色々手続きをして、サキはただ葬儀の手伝いをしたのみ。

 、サキの出る幕は余り無かった。

「無理するんじゃねぇよ……」

 ぶっきらぼうなロックの背を見て、サキは小さく「ありがとう」と言う。

 街中を歩いていくサキは、ふと、

「静かになったね……」

「……そうだな」

 振り返らず、ロックが返す。

 街中では“政治をまともにしたい会”と“政治に声を張り上げ隊”――二つの団体が、連日連夜、互いを牽制し合っていた。

 2010年4月17日に発生した是音台広域災害――通称“白光事件”――を使い、“政市会”と“政声隊”が主義主張の正当性を訴えることが主な狙いだろう。

「代表……からね……」

 サキはぶつける場所のない感情があふれ、言葉を失う。

 “政市会”の代表である尾咲 一郎と“政声隊”のリーダーである山土師 靖。

 4月15日の是音台高等科学研究所の戦いの後の二人の消息は、まだわかっていなかった。

 同時期に起きた、両団体の構成員の失踪事件と共に、電脳世界で二人の生死についての憶測が飛び交っている。

 “是音台広域災害”に対する国への抗議は、記念碑のあった公園跡地の崩壊による立ち入りが禁止された。

 それを機に、両団体の運動の勢いは衰えていった。

「……も、だな……」

 ロックの言葉で思い出す、二人の男女の背中。

 “政市会”と“政声隊”という、不俱戴天とも言える団体。

 乾坤とも言える、

「……私たちの、……」

 上万作あまんさく駅前で、衝突する二つの団体のど真ん中で、彼らは

「……自由だったな、も……」

 ロックの背負う“紅き外套の守護者クリムゾン・コート・クルセイド”という仇名。

 サキについて回る“バンクーバー・コネクション”を解決した日本人。

 よりも、  という

 サキにとっては、どんなものよりも輝いて見えた。

「……だから、……」

 サキの願いは、あの“”で否定された。

 “死神へルター・スケルター”に齎された上万作あまんさく症候群に苦しむ者の解放。

 三条の執着。

 “ホステル”、伊藤官房長官を始めとした政府の思惑。

 そのために、が生贄にされた。

――って!!

 確かに、マナを失った苦しみも大きい。

 比較する意図はないが、堀川と秋津の見せた笑顔。

 全てが、

 、サキの中で感情の波が押し寄せる。

「一平と龍之助……“……」

 サキの感情の堰が崩壊する寸前で、ロックが一言を発する。

 サキは曖昧になって頷いた。

 学校が終わり、サキ達と一緒に帰途に就くはずだった。

 一平と龍之助の二人は、ブルースによって、入社に当たるオリエンテーションを受ける為に、彼女たちと分かれた。

 キョウコとアカリも、二人に着いて行った。



「保護者同伴ですね」

 そういう二人の和ませる言い回しに、眉を顰めた一平と龍之助。

 何より、、頭を掻いていたブルースを思い出した。

「あそこまで話したら……まあ、当然だな」

「まあ……エリーと話すなら、キョウコとアカリもいた方が良いよ」

 サキの言葉のに、ロックが険しい声で頷く。

 いや、サキの耳には、

 一年前に、サキは“ブライトン・ロック”社社長のエリザベス=マックスウェルと会った。

 上万作あまんさく学園の留学生として、キョウコ、アカリだけでなく、一平や龍之助とも面識がある。

 ただ、サキの心の中にある疑問としては、

――ロック、エリーが苦手なのかな……?

 よく考えると、一平と龍之助も女性陣と対立した時、四の五の言った後で折れることが多い。

 サキは考えていると、

「やっと笑ったな……」

 ロックが振り返る。

 彼の月夜の綺麗な湖面を思わせる双眸。

 それが、サキの黒真珠と黒い髪を揺らす動作を捉えた。

 それに合わせて、見せるロックの笑顔。

 彼の眼の中のサキが笑顔を返そうとした。

――いや、これは……!!

 ロックの笑顔に掛かる傾いた日の影が覆う。

――!! でも、――!!

 ロックの笑みは、のではないか。

 そう考えていたが、サキは確信した。

 

――こんなにも!!

 サキの中では、怒りとも悲しみともつかない感情の嵐が渦巻いた。

 確かに上万作あまんさく市での、“政市会”と“政声隊”の活動の勢いは衰えている。

 しかし、電脳世界にばら撒かれたロックの正体については、両団体――特に、それぞれの代表の支持者や関係者が知っていることは、サキも聞いていた。

 報道では出せないものの、“紅き外套の守護者クリムゾン・コート・クルセイド”への危険性を訴える言論が電脳世界に飛び交っている。

 しかも、両団体の支持者には、マスメディアや大学関係者に加え、

――このままだと、ロックは――!!

 日本政府の伊藤官房長官、広島県選出の水谷に加え、活動家、“ホステル”や“ワールド・シェパード”社――ひいては、

 サキは考えるが、目の前のロックが怪訝な顔をした。

 眉を顰め、口が何とも言えない形をしている。

 サキは、ロックの胸中で「変なやつ」と言いたいのだろうと考えた。

 ロックが再び前を向き、歩き出した。

 サキは彼の背中が消えゆきそうに見え、走り出す。

 ロックの前に立つのに、そんなに時間は掛からなかった。

「なんだよ……サキ?」

 突然目の前に立ったサキに、ロックが眉を顰める。

 彼の碧眼に映るサキは、まるで長距離を全速力で走り切った様に、肩で息をしていた。

「あなたは……、戦った」

 サキの言葉に、ロックが困惑している。

 しかし、サキの心中。

 

 

 その思いが、サキを震わせた。

「でも……?」

「サキ……何が――」

 彼女の一言は、ロックの異議をねじ伏せる。

「私は……!! “ホステル”だろうが、……どんなものにも、!! ……私が、!!」

 ロックの前で、サキは叫びきった。

 全てを出し切ったサキは、ロックの前で力尽きた様に俯く。

 ロックの双眸が、俯くサキを映した。

 サキの眼に映った、ロックの眼。

 彼女の見た輝きは――。

The End Of “The Pedal Of Pax”
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感想 2

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みんなの感想(2件)

蒼月丸
2024.12.13 蒼月丸

ハラハラドキドキで見事です!これからが楽しくなりました!
自分は新作を投稿しています!お互い頑張りましょう!

2024.12.13 アイセル

ハラハラドキドキとは、そう思っていただいて嬉しいです!
ありがとうございます!!
キャラとストーリーが主導権を争って、粗削りな面も否めませんが、生暖かい目で見届けていただけるとありがたいです!!
改めて、寒暖差が気になりますが、お互い頑張りましょう!!

解除
蒼月丸
2024.09.14 蒼月丸

お気に入り登録しましたし、いい作品で見事です!

2024.09.14 アイセル

初めまして、お気に入り登録ありがとうございます!!
現在は完結としていますが、掲載作、紅黒機巧〜の続編を執筆していて、完成次第、再始動となる予定ですので、首を長くしていただけると幸いです🙇‍♂️
改めて、よろしくお願いいたします!!

解除

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