16 / 257
第二章 Beggar’s Banquet
狂宴―①―
しおりを挟む
3月18日 午後1時30分 グランヴィル・アイランド
ロック=ハイロウズは、サキ=カワカミの扱いに違和感しか持てなかった。
紙面や受視機で流されるほどの人物なのか。
古代ローマ提督の通貨の様に、印象に残る横顔なのか。
噂も含め、人の知り得る各種情報媒体を飾る価値のある被写体かと問われれば、ロックは断言するだろう。
「馬鹿か、テメェ」
ロックは聴衆に内心、毒気づいて眺めていた。
小演台の前に立つサキの恰好に、聴衆の目は奪われている。
紺をベースにしたブレザーと膝上で揺れる、暗色のチェック地のスカート。
サキの通う、日本の高校の制服であることは、聞いていた。
彼女の制服と共に、バンクーバーの冬梅雨の中休めとも言える陽光を受けて輝く黒髪に、見るものは黒真珠と称するかもしれない。
光を受けたサキの相貌に浮かぶ柔らかくも整った凹凸は、東洋人の中でも目を引いた。
つまり、美人の部類にあたることは、ロックの疑う余地もない。
聴衆の描くサキ=カワカミという日本人は、ロックの懸念を他所に、会場から電子と紙、媒介を問わず発信されている。
“深紅の外套の守護者“の呼び名を持つ少年の、サキについての評価は観衆や聴衆と大きく異なっていた。
”ウィッカー・マン”という未知の恐怖に、逃げるべきか立ち向かうべきかの相克に悩みながらも、恐怖を踏みとどめた彼女。
ロックの前で安心の余りに腰が抜け、彼の異質な力に恐怖し、息を呑む。
そうかと思えば、ほんの少しだけ寿命が延びたことに驚きの余り呆けた顔を、彼女はロックに見せた。
だが、我に返るのも早い。
足元を震わせながらも、彼の痛みを伴った警告を物ともせず異形に立ち向かった。
ただ、人間として生きる意思を胸に泥臭く足掻き、最後の一秒まで無為に死ぬことを望まない。
それが、ロックの見た「サキ=カワカミ」という一人の少女にして、一人の人間だった。
彼の視界に映る、緊張した面持ちで、地面から膝丈ほどの高さの舞台に立つサキ。
彼女は、小演台を挟む人物を臨んだ。
四十代の小奇麗な男性。
彼がサキに向ける笑みは、学校行事でメダルを渡す、子供向けのものではない。
凛々しさを感じさせ、人心を得られる風貌の持ち主はB.C.州首相のデヴィッド=スプリングショーだ。
彼は自由主義と中道、少数党からなる大連立内閣の手綱を引く現実派と知られている。
最低賃金を上げることを約束し、党による政争を控える実利的姿勢を世論に示していることをロックは耳にした。
宙ぶらりん内閣や多党制内閣による停滞を打破し、法案可決の勢いを今回のサキへの表彰で得たいのだろう。
そう考えながら、ロックはサキの周囲に目を向ける。
B.C.州知事の背後に聳える、白炭色の覆い布。
それに包まれたなにかは、二階建ての魚市場よりも高いが、会場を挟む様にして建つバラード橋とグランヴィル橋の橋梁に達するほどでもない。
されど、雲より垣間見える晴天とフォルス川の水面からの反射光も受け取りながら、人々の目を捉えている。
グランヴィル・アイランド。
かつては、カナダの先住民族――ファースト・ネイション――の釣り場だった場所は20世紀初頭に産業地区とするフォルス川周辺開発の拠点となった。
1970年代、跡地は大型商業地区として再出発をすることになる。
北のバラード橋を臨める、半島の北端。
サキのいる小舞台は、回覧船の到着場兼駐車場として使われている場所だった。
回覧船は、フォルス川の対岸を回りながら、西バンクーバーを往復及び巡航している。
対岸には、新築のコンドミニアム、高級洋服店や高級喫茶店、美容関係の店舗まで立ち並ぶ“イェール・タウンがある。
対岸の区画の安全性は、高収入の移民がいることで、証明されていると言っていいだろう。
ロックは、移民と現地住民の立場の逆転したスコットランドを思い浮かべながら、会場に視線を戻した。
両脇に割り振られた椅子の列が六席ずつ並んでいる。
演台に立ち、空席となったB.C.州首相の椅子。
カナダ総督の女性。
太陽に照らされた沼の様な黒髪をした、語学学校校長、カラスマ。
続いて、語学学校の実戦技術の監修を行う”ワールド・シェパード社”の専務、ナオト。
中華系のバンクーバー市長の座る椅子の隣は、今回の行事のもう一人の主役とも言える女性の席である。
その背後には、バンクーバーの多様性の証でもある、移民共同体の代表者が控えていた。
彼女に目を凝らそうとするが、拍手に遮られる。
サキと握手を交わしたB.C.州首相が空席に戻る。
観衆の最前線が、カメラを構えた。
サキが遅れて壇上を後にすると、カメラの閃光が、祝砲の様に放たれる。
舞台の袖にいたロックは、騎馬警官、”ワールド・シェパード社”の私服警備員と共にサキを囲み、光を遮った。
「サキ、見失うな」
ロックはふと、言葉を漏らす。
その言葉に虚を突かれたのか、サキは言葉ではなく眼差しを返した。
見開かれたサキの目は、ロックの姿を大きく捉える。
余りにも、自分を隅々まで映していたので、彼は彼女から目を逸らし、
――見なくていい……。
言葉には絶対出さないようにした。
ロックの様子を見て、ふざける二人がすぐさま思い浮ぶ。
そんな動揺を隠すように、ロックは周囲を凝視。
川の向こうのコンドミニアムでは、こちらに情報通信端末や携帯通信端末を傾けるもの者がいた。
録画でもしているのかもしれない。
目の前では、物珍しさに割り込もうとするものもいた。
ロックは、その強すぎる好奇心に敵意をありったけぶちまけようと考えたが止める。
サキのうつむく顔に照らされた、カメラの閃光。
無数の光で照らされた顔には、感情は無かった。
ただ、一文字に結ぶ彼女の口の端が、微かに震えている。
思わぬものを見せられて、ロックの中の敵意は、いつしかサキの内で噛み締める何かに気を取られて霧散した。
「大丈夫だ。サキの周囲には誰も、何もない」
ロックは左耳に付けた中距離無線通信機を叩いて、小声で伝える。
”ウィッカー・マン”は機械兵器と言われていた。
だが、現在の技術では説明がつかない機敏性や活動が報告されているため、機械と言えるかについて、反論や考察の余地は大いにある。
どちらにも括られない、生物的疑似的動作を行う故に、”ウィッカー・マン”は地球の生態系と違う、独特の熱源を持っていた。
「何も無いの?」
いきなり、背後からキャニスの声がする。
ロックの双肩が、キャニスの両手に固定させられた。
左肩越しに彼女が顔を覗き込むので、松明の様なお下げがロックの首筋を擽る。
「離れろよ……動力となる光は何もない。もしかしたら、隠されているのかもしれない」
溜息を吐いて、紅い外套の戦士は、キャニスの両手を振り払った。
ロックは右手を、紅い外套の腰の革帯に付けた、籠状護拳だけの“ブラック・クイーン“を右手で掴み、周囲を見渡す。
”ウィッカー・マン”は、肉体の水分を電気分解し、蒸発させた水分からの熱を取り込む。
取り込まれた熱は、活動の為に貯蔵され、消費を抑える為に新たな熱運動を行う。
つまり、冷蔵庫の断熱圧縮の原理に近い。
冷気をもたらす、活発な熱変換機の熱源――それが、弱点とも言えた。
ロックは、ある出来事から”ウィッカー・マン”の急所とも言える熱源が見える。
だが、その経緯は彼が他者に誇って語れるものではなかった。
「それすらも隠せる新型……聞いたことある?」
背後からのキャニスの言葉に、ロックは唸る。
深く落ち着くようにしているが、内心穏やかではない。
サキも彼と同じものを見ているからだ。
しかも、ロックの予想もつかない、切掛けと過程によって。
「警戒を怠るな」
ロックは、キャニスから、サキに注意を切り替える。
彼の視線に気づいたサキは、臆せず、笑顔を返した。
――暢気なのか、強情なのか……。
サキに、ロックの胸中が見えているのかは測りかねる。
ロックを不安にさせていると、考えたのかもしれない。
サキも含めてだが、もう一人の心配ごとの比重がロックの頭の中を占めていた。
“首無し騎士”駆除の時に、出てきた男のことである。
――アンティパス……俺は、そう呼んだ。どうして?
ロックは、記憶を辿った。
無論、交友関係ではなく、敵か味方で括られる人間関係に焦点を当てても、アンティパスという男との因縁は全くなかった。
だが、まるで、失った何かを取り戻せたような、安心感を覚えている。
これをどう受け取るかにもよるが、ロックは、感情の起伏が一気に駆け巡る経験は苦手だった。
それに加えて、目の前のサキと言う少女も、彼を悩ませる。
――見る度に、アイツを思い出す……アンティパスと会ってから。
喪失感と同時に、励起される大切な存在。
それを自分の所為で、手放すことになった。
何故か知らないが、あの雨の夜の出会い以来、ロックの思考はその記憶に支配されていた。
サキと出会った日の夜、ブルースとキャニスにアンティパスのことについて伝えている。
エリザベスから、アンティパスという男について、調べるという確約を頂いた。
しかし、今日まで回答を得ていない。
ある疑問への戸惑いも覚えた。
――いや……何で、アンティパスとアイツを繋げる。接点は――。
苦い感情を紛らわせるために、ロックは壇上に立つ男性の言葉に耳を傾ける。
柔和な笑みを浮かべながらも、背筋を伸ばす五十代の東洋系男性は、バンクーバー市長のアンドレ・リーだ。
香港が中国返還を迎える前に、家族と亡命。
バンクーバーにおける、“沈黙なる多数派”を代表すると言われている。
彼の紡ぐ言葉は、中国語訛りの英語だが、垢抜けていない本土人のそれよりも洗練されていた。
かつて宣教師をしていた過去からか、言葉の一字一字の発音はおろか、余計な緩急もない。
されど、彼の明朗な話し方は、教養の深さを声の節々から伺わせた。
「長き雨は、人の営みを妨げます。しかし、天は今回、妨げの時間を無くしてくれたことに感謝しております」
市長の一言に、扇形の丸テーブルに座る観衆の拍手が湧く。
天気としては、今まで続いていた長雨と変わり、晴天である。
しかし、それも長くは続かない。これから、また冬梅雨の時期に戻る。
ロックを含めて、みんな知っていることだった。
「そして、今回、バンクーバー市の悲劇を考えると、尊い犠牲、我々市民が生活するための代償を払わなくてはなりませんでした」
最終的な死者は25人である。一小隊を10人として、十小隊が投入された。
軍隊では三割以内で済めば、全滅とは言えない。
だが、ロックたちの活躍も重なり、それで鎮圧できたことは奇跡に近い。
少なくとも、テロでもなく、宣戦布告状態で本土決戦でない前提ではあるが。
「しかし、今日の天気の様に希望もありました。そんな犠牲の中、民間人の中で先頭を切った一人の少女。そして、欧州の解放に導いてくれた少年。雨は私たちに立ち止まることを教えます。しかし、それは天による実りの発芽の段階だからです」
――発芽ね……雨だから黴類の方か?
ロックは、内心で吐き捨てた。
彼の思考は、市長の考えはおろか、サキを祀り上げることへの疑義とその周囲で起きていた不穏な動きも含んでいる。
ロック=ハイロウズは、サキ=カワカミの扱いに違和感しか持てなかった。
紙面や受視機で流されるほどの人物なのか。
古代ローマ提督の通貨の様に、印象に残る横顔なのか。
噂も含め、人の知り得る各種情報媒体を飾る価値のある被写体かと問われれば、ロックは断言するだろう。
「馬鹿か、テメェ」
ロックは聴衆に内心、毒気づいて眺めていた。
小演台の前に立つサキの恰好に、聴衆の目は奪われている。
紺をベースにしたブレザーと膝上で揺れる、暗色のチェック地のスカート。
サキの通う、日本の高校の制服であることは、聞いていた。
彼女の制服と共に、バンクーバーの冬梅雨の中休めとも言える陽光を受けて輝く黒髪に、見るものは黒真珠と称するかもしれない。
光を受けたサキの相貌に浮かぶ柔らかくも整った凹凸は、東洋人の中でも目を引いた。
つまり、美人の部類にあたることは、ロックの疑う余地もない。
聴衆の描くサキ=カワカミという日本人は、ロックの懸念を他所に、会場から電子と紙、媒介を問わず発信されている。
“深紅の外套の守護者“の呼び名を持つ少年の、サキについての評価は観衆や聴衆と大きく異なっていた。
”ウィッカー・マン”という未知の恐怖に、逃げるべきか立ち向かうべきかの相克に悩みながらも、恐怖を踏みとどめた彼女。
ロックの前で安心の余りに腰が抜け、彼の異質な力に恐怖し、息を呑む。
そうかと思えば、ほんの少しだけ寿命が延びたことに驚きの余り呆けた顔を、彼女はロックに見せた。
だが、我に返るのも早い。
足元を震わせながらも、彼の痛みを伴った警告を物ともせず異形に立ち向かった。
ただ、人間として生きる意思を胸に泥臭く足掻き、最後の一秒まで無為に死ぬことを望まない。
それが、ロックの見た「サキ=カワカミ」という一人の少女にして、一人の人間だった。
彼の視界に映る、緊張した面持ちで、地面から膝丈ほどの高さの舞台に立つサキ。
彼女は、小演台を挟む人物を臨んだ。
四十代の小奇麗な男性。
彼がサキに向ける笑みは、学校行事でメダルを渡す、子供向けのものではない。
凛々しさを感じさせ、人心を得られる風貌の持ち主はB.C.州首相のデヴィッド=スプリングショーだ。
彼は自由主義と中道、少数党からなる大連立内閣の手綱を引く現実派と知られている。
最低賃金を上げることを約束し、党による政争を控える実利的姿勢を世論に示していることをロックは耳にした。
宙ぶらりん内閣や多党制内閣による停滞を打破し、法案可決の勢いを今回のサキへの表彰で得たいのだろう。
そう考えながら、ロックはサキの周囲に目を向ける。
B.C.州知事の背後に聳える、白炭色の覆い布。
それに包まれたなにかは、二階建ての魚市場よりも高いが、会場を挟む様にして建つバラード橋とグランヴィル橋の橋梁に達するほどでもない。
されど、雲より垣間見える晴天とフォルス川の水面からの反射光も受け取りながら、人々の目を捉えている。
グランヴィル・アイランド。
かつては、カナダの先住民族――ファースト・ネイション――の釣り場だった場所は20世紀初頭に産業地区とするフォルス川周辺開発の拠点となった。
1970年代、跡地は大型商業地区として再出発をすることになる。
北のバラード橋を臨める、半島の北端。
サキのいる小舞台は、回覧船の到着場兼駐車場として使われている場所だった。
回覧船は、フォルス川の対岸を回りながら、西バンクーバーを往復及び巡航している。
対岸には、新築のコンドミニアム、高級洋服店や高級喫茶店、美容関係の店舗まで立ち並ぶ“イェール・タウンがある。
対岸の区画の安全性は、高収入の移民がいることで、証明されていると言っていいだろう。
ロックは、移民と現地住民の立場の逆転したスコットランドを思い浮かべながら、会場に視線を戻した。
両脇に割り振られた椅子の列が六席ずつ並んでいる。
演台に立ち、空席となったB.C.州首相の椅子。
カナダ総督の女性。
太陽に照らされた沼の様な黒髪をした、語学学校校長、カラスマ。
続いて、語学学校の実戦技術の監修を行う”ワールド・シェパード社”の専務、ナオト。
中華系のバンクーバー市長の座る椅子の隣は、今回の行事のもう一人の主役とも言える女性の席である。
その背後には、バンクーバーの多様性の証でもある、移民共同体の代表者が控えていた。
彼女に目を凝らそうとするが、拍手に遮られる。
サキと握手を交わしたB.C.州首相が空席に戻る。
観衆の最前線が、カメラを構えた。
サキが遅れて壇上を後にすると、カメラの閃光が、祝砲の様に放たれる。
舞台の袖にいたロックは、騎馬警官、”ワールド・シェパード社”の私服警備員と共にサキを囲み、光を遮った。
「サキ、見失うな」
ロックはふと、言葉を漏らす。
その言葉に虚を突かれたのか、サキは言葉ではなく眼差しを返した。
見開かれたサキの目は、ロックの姿を大きく捉える。
余りにも、自分を隅々まで映していたので、彼は彼女から目を逸らし、
――見なくていい……。
言葉には絶対出さないようにした。
ロックの様子を見て、ふざける二人がすぐさま思い浮ぶ。
そんな動揺を隠すように、ロックは周囲を凝視。
川の向こうのコンドミニアムでは、こちらに情報通信端末や携帯通信端末を傾けるもの者がいた。
録画でもしているのかもしれない。
目の前では、物珍しさに割り込もうとするものもいた。
ロックは、その強すぎる好奇心に敵意をありったけぶちまけようと考えたが止める。
サキのうつむく顔に照らされた、カメラの閃光。
無数の光で照らされた顔には、感情は無かった。
ただ、一文字に結ぶ彼女の口の端が、微かに震えている。
思わぬものを見せられて、ロックの中の敵意は、いつしかサキの内で噛み締める何かに気を取られて霧散した。
「大丈夫だ。サキの周囲には誰も、何もない」
ロックは左耳に付けた中距離無線通信機を叩いて、小声で伝える。
”ウィッカー・マン”は機械兵器と言われていた。
だが、現在の技術では説明がつかない機敏性や活動が報告されているため、機械と言えるかについて、反論や考察の余地は大いにある。
どちらにも括られない、生物的疑似的動作を行う故に、”ウィッカー・マン”は地球の生態系と違う、独特の熱源を持っていた。
「何も無いの?」
いきなり、背後からキャニスの声がする。
ロックの双肩が、キャニスの両手に固定させられた。
左肩越しに彼女が顔を覗き込むので、松明の様なお下げがロックの首筋を擽る。
「離れろよ……動力となる光は何もない。もしかしたら、隠されているのかもしれない」
溜息を吐いて、紅い外套の戦士は、キャニスの両手を振り払った。
ロックは右手を、紅い外套の腰の革帯に付けた、籠状護拳だけの“ブラック・クイーン“を右手で掴み、周囲を見渡す。
”ウィッカー・マン”は、肉体の水分を電気分解し、蒸発させた水分からの熱を取り込む。
取り込まれた熱は、活動の為に貯蔵され、消費を抑える為に新たな熱運動を行う。
つまり、冷蔵庫の断熱圧縮の原理に近い。
冷気をもたらす、活発な熱変換機の熱源――それが、弱点とも言えた。
ロックは、ある出来事から”ウィッカー・マン”の急所とも言える熱源が見える。
だが、その経緯は彼が他者に誇って語れるものではなかった。
「それすらも隠せる新型……聞いたことある?」
背後からのキャニスの言葉に、ロックは唸る。
深く落ち着くようにしているが、内心穏やかではない。
サキも彼と同じものを見ているからだ。
しかも、ロックの予想もつかない、切掛けと過程によって。
「警戒を怠るな」
ロックは、キャニスから、サキに注意を切り替える。
彼の視線に気づいたサキは、臆せず、笑顔を返した。
――暢気なのか、強情なのか……。
サキに、ロックの胸中が見えているのかは測りかねる。
ロックを不安にさせていると、考えたのかもしれない。
サキも含めてだが、もう一人の心配ごとの比重がロックの頭の中を占めていた。
“首無し騎士”駆除の時に、出てきた男のことである。
――アンティパス……俺は、そう呼んだ。どうして?
ロックは、記憶を辿った。
無論、交友関係ではなく、敵か味方で括られる人間関係に焦点を当てても、アンティパスという男との因縁は全くなかった。
だが、まるで、失った何かを取り戻せたような、安心感を覚えている。
これをどう受け取るかにもよるが、ロックは、感情の起伏が一気に駆け巡る経験は苦手だった。
それに加えて、目の前のサキと言う少女も、彼を悩ませる。
――見る度に、アイツを思い出す……アンティパスと会ってから。
喪失感と同時に、励起される大切な存在。
それを自分の所為で、手放すことになった。
何故か知らないが、あの雨の夜の出会い以来、ロックの思考はその記憶に支配されていた。
サキと出会った日の夜、ブルースとキャニスにアンティパスのことについて伝えている。
エリザベスから、アンティパスという男について、調べるという確約を頂いた。
しかし、今日まで回答を得ていない。
ある疑問への戸惑いも覚えた。
――いや……何で、アンティパスとアイツを繋げる。接点は――。
苦い感情を紛らわせるために、ロックは壇上に立つ男性の言葉に耳を傾ける。
柔和な笑みを浮かべながらも、背筋を伸ばす五十代の東洋系男性は、バンクーバー市長のアンドレ・リーだ。
香港が中国返還を迎える前に、家族と亡命。
バンクーバーにおける、“沈黙なる多数派”を代表すると言われている。
彼の紡ぐ言葉は、中国語訛りの英語だが、垢抜けていない本土人のそれよりも洗練されていた。
かつて宣教師をしていた過去からか、言葉の一字一字の発音はおろか、余計な緩急もない。
されど、彼の明朗な話し方は、教養の深さを声の節々から伺わせた。
「長き雨は、人の営みを妨げます。しかし、天は今回、妨げの時間を無くしてくれたことに感謝しております」
市長の一言に、扇形の丸テーブルに座る観衆の拍手が湧く。
天気としては、今まで続いていた長雨と変わり、晴天である。
しかし、それも長くは続かない。これから、また冬梅雨の時期に戻る。
ロックを含めて、みんな知っていることだった。
「そして、今回、バンクーバー市の悲劇を考えると、尊い犠牲、我々市民が生活するための代償を払わなくてはなりませんでした」
最終的な死者は25人である。一小隊を10人として、十小隊が投入された。
軍隊では三割以内で済めば、全滅とは言えない。
だが、ロックたちの活躍も重なり、それで鎮圧できたことは奇跡に近い。
少なくとも、テロでもなく、宣戦布告状態で本土決戦でない前提ではあるが。
「しかし、今日の天気の様に希望もありました。そんな犠牲の中、民間人の中で先頭を切った一人の少女。そして、欧州の解放に導いてくれた少年。雨は私たちに立ち止まることを教えます。しかし、それは天による実りの発芽の段階だからです」
――発芽ね……雨だから黴類の方か?
ロックは、内心で吐き捨てた。
彼の思考は、市長の考えはおろか、サキを祀り上げることへの疑義とその周囲で起きていた不穏な動きも含んでいる。
0
あなたにおすすめの小説
女神の白刃
玉椿 沢
ファンタジー
どこかの世界の、いつかの時代。
その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。
女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。
剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。
大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。
魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。
*表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です1~またクビになったけど、親代わりのメイドが慰めてくれるので悲しくなんてない!!~
あきくん☆ひろくん
ファンタジー
仕事を失い、居場所をなくした青年。
彼に仕えるのは――世界を救った英雄たちだった。
剣も魔法も得意ではない主人公は、
最強のメイドたちに守られながら生きている。
だが彼自身は、
「守られるだけの存在」でいることを良しとしなかった。
自分にできることは何か。
この世界で、どう生きていくべきか。
最強の力を持つ者たちと、
何者でもない一人の青年。
その主従関係は、やがて世界の歪みと過去へと繋がっていく。
本作は、
圧倒的な安心感のある日常パートと、
必要なときには本格的に描かれる戦い、
そして「守られる側の成長」を軸にした
完結済み長編ファンタジーです。
シリーズ作品の一編ですが、本作単体でもお楽しみいただけます。
最後まで安心して、一気読みしていただければ幸いです。
まずはお嫁さんからお願いします。
桜庭かなめ
恋愛
高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。
4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。
総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。
いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。
デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!
※特別編6が完結しました!(2025.11.25)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしております。
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。
とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。
ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。
お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!
※特別編3が完結しました!(2025.12.18)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる