【第二部完結】クリムゾン・コート・クルセイドー紅黒の翼ー

アイセル

文字の大きさ
37 / 257
第三章 A Greek Gift

策謀の夜―⑦―

しおりを挟む
午後7時12分 スプリングプレイス・ホテル 12階 コンドミニアム棟


 淡い橙色の明かりが居間を照らす。

 珈琲コーヒー香草茶ハーブティーをそれぞれ残す陶器が硝子ガラス机に鎮座。

 硝子ガラス机を挟んで座するサキを、ロックは見ていた。

 彼女の目は俯いて、口を動かしている。

 サキにここ数日の出来事を話した後、ブルースとエリザベスは部屋を離れた。

 サキの個人空間にいるのは、ロックとエリザベスの執事のプレストンの三人である。

 第三の人物の彼をお目付けにして、不埒な行動をロックに取らせない対策らしい。

 憤慨と言わんばかりにエリザベスを睨んだが、忠実なる老執事はおろか、サキの目の前もあって皮肉すら出せなかった。

 それから、三人の間では何も起きずに時が流れている。

 サキは、今までの流れを整理しているのか、ソファで座ったまま思考していた。

 プレストンはサキに休養を勧めたが、当の本人は、

「二日も寝ていたのだから、眠気が来るまで起きています」

 疲れや気持ちを“”出さないサキの性格を、先日の出来事で思い知らされたロックは気が気でなかった。

 プレストンは、台所の隣にある硝子ガラス机で、情報通信端末タブレットを見ている。

 机の上にある、サキに出したのと同じツナ入りサンドイッチが老執事の目の前の皿に一口分。

 ロックも同じものを先ほど二つ平らげた。

 少し前、サキは笑顔を作りながら、プレストンと会話をしていた。

 サンドイッチの酩酊めいてい――つまり、日常会話の範囲から離れないものである。

 ロックに加わる意図がなければ、必要性も持ち得なかったので、口は食事の後味を楽しむだけに留めた。

 プレストンは、サキに向けた笑顔とは違う視線を、情報通信端末タブレットに向けている。

 今後の予定の確認でもしているのだろうか。

 サキについては、このままコンドミニアムに滞在させていても意味が無い。

 ワールド・シェパード社、バンクーバー市にB.C.ブリティッシュ・コロンビア州は、の為と称して、早い内に監視下へ置きたいはずだ。

 サロメの所属するホステルは、

 “ベターデイズ“の繋がりで、バンクーバー市は愚か、TPTP傘下の企業も捜査の対象となっていた。

 だが、それがことは愚か、“ホステル”の全容解明に繋がる訳ではない。

 UNTOLDと“ホステル“は、何らかの形で繋がっている。

 サロメは、バンクーバー市の企業や団体などの繋がりを通して、サキに近づくだろう。

 少なくとも、サロメとの繋がりの広さについては”ワールド・シェパード社”は愚か、”ブライトン・ロック社”も

 そう思考しているロックの目の前で、軽やかに液晶画面の上で五指を走らせる老執事は、予定を記録し確認すると言うよりは、むしろに錯覚させられる。

 ロックも掌台の自分の携帯通信端末スマートフォンに、目を運んだ。

 返信が来ていないことを確認。

 待機画面に変えると、今年の冬梅雨は長引くという天気情報を得て、画面を閉じる。

 待機画面を閉じた端末の液晶が、鏡として自分の顔を映し、ロックは目を逸らした。

『あの時とは違うぞ、ロック?』

 部屋を出る前に、耳打ちされたブルースの言葉。

 それが彼の心の内で、反響を繰り返していた。

――そんなつもりは……ねぇよ。

 心の中で反論をするものの、間もなくロックは自己嫌悪に陥る。

 硝子ガラス机の冷めた珈琲コーヒーに、ロックは手を伸ばすと、

「私、ある災害……いや、事故なのかな? それに関わっていたんだ」

 サキが唐突に口を開いた。

 ロックは眉をひそめて、珈琲コーヒーの寸前で手を止める。

「町の人が避難して、色々な人が助けに動いて……事故の原因を探して」

 サキの口から出た「」と言う言葉が、重く響く。

「新エネルギー開発……その関係で」

「“白光事件“……か?」

 ロックは珈琲コーヒー入りの陶器を手にした後、サキは首を縦に振った。

 白光事件。

 2010年、日本の本州西部の中国地方で、原因不明の光が発生。

 公式発表によると死亡者はいない。

 だが、その“発光現象”は日本の首都の東京はおろか、韓国のソウル、オホーツク海湾岸からも観測されるほどの大規模なものだった。

 事態を重く見た日本政府は、自治体の要請を受けて自衛隊を派遣。

 山口県の岩国に駐留していた在日米軍も救援に加わった。

 新技術開発の実験の事故と言われた為、爆心地の調査を行う機関が、特別法の元で設立。

 爆心地に近い住民は、県外の自治体へ避難させられた。

 避難区域への立ち入り制限は徐々に解除されていったが、その原因の究明は事件から時間が立った今でも継続している。

 同時に、住民の帰宅問題、安全性を巡る““という名の““まで出て左右問わず、現在も話題のネタが尽きなかった。

「私にも原因があるって言う人もいるけど、そうではないと言う人も味方になってくれた」

 サキの話し方に、間が入り始める。

「それだけじゃダメだって……”ワールド・シェパード社”から支援を受けながら、勉強して強くなるために」

「カナダ留学に来た……そういうことか?」

 ロックが、サキの言葉を継ぐ。

 先の会議で触れた、サキの疑問の残る訓練結果。

 あの結果が、カイルの糾弾するよう、が干渉したからか、試験を出す為の試験段階の不具合によるものなのかは定かではない。

 少なくとも、ロックはサキが試験で力を無暗に使ったとは思えなかった。

「でも、その力はあくまで日本で使いたい。助けてくれた人たちに、大丈夫だって伝える為に」

 俯くサキの姿に、ロックは懐かしいものを見た気がした。

「でも、そのためにキャニスさんが……あの時、サロメが――」

「サキ。安い慰めかもしれないが、そう考える必要はない」

 ロックは冷めた珈琲コーヒーを、口元に運ぶと、

「キャニスを殺したのは、だ」

 言葉を紡いでから、ロックは陶器に残る黒い液体全てを喉に流し込んだ。

「そして、お前に罪悪感を抱かせようとする奴らによって、キャニスは。能力を持つ奴やその周囲が、お前をダシにしようとしている。それを見て見ぬ振りする奴らも。敵も味方も変わらない。だから、力を付けろ。そして、リリス含めて、そいつらもぶん殴ればいい」

 ロックは、珈琲の苦味と共にサキに言って、目を逸らす。

 正直な話を言えば、それ以上の言葉が見つからなかった。

 ただ、力を求める者は、

 あるいは、その喪失感を埋める為に、それ以上の何かを求めるかを選ぶ。

 だが、自分の力を求める姿勢が、結果として多くの人の死と悲劇を振り撒くことになる。

 それを遠巻きに見る者たちがいる。

 運命に翻弄ほんろうされた者を、いびつな分類分けで自己投影し、彼らにまとわる不遇を何かにつけて糾弾し擁護した気でいる。

 自分の正当性を他者に求める行為に、は存在しない。

 何処までも、自己満足でしかない。

 ロックもそういう者達による、独り善がりのの悲劇を多く見てきた。

――

 サキの力を求める姿勢は、を守る為のもの。

 だが、守られて、残されたは、どう思うのか。

 守る意思が、ことを意味していたら。

 ロックは思考のどん詰まりに差し掛かり、目のやりどころを見つけようとするが、よりにもよってサキと目が合ってしまう。

 サキを遠巻きに見ることしか出来ない者たちと、ロックは、自分に嫌悪感を覚えるが、

「サキ、お前が目にして、考えて、感じている世界は全てお前のものだ。お前の力も含めてな。サロメや外野がお前をどうこうしようとしても、それは変わらない。だから、そいつらに譲る真似だけはするな」

 ロックはサキの目を見つめて言った。

 ロックの心の中にいるのは、

 彼女の誇りに、彼は今も世界に生かされていた。

「ありがとう、ロック。でも、ごめんなさい……やっぱり、私は……あなたに甘えている」

 サキの口調と内容に、ロックはを覚える。

――何を言って……。

 ロックの抱いた違和感は、に変わった。

「あなたに……命を委ねようと考えているの。変なことだけど……そうした方が良いかもしれない気がするの」

 彼女の言葉に、ロックは息を呑んだ。

 諦めにも似た解決策に、恫喝が出かけたが、

「ロック、正直に答えて。ブルースに言われた、“”って、どういうこと? それと違うって、どういう意味なの?」

 サキの言葉に、ロックは沈黙させられる。

 ブルースから先ほど、耳打ちされた言葉だった。

 二の句を告げることのできない喘ぎを、悟られない様にサキと向き合う。

「ロック、それだけじゃない。貴方には、? 私を助けた時……それと、グランヴィル・アイランドでも。ブルースさんに、キャニスさんは、あなたに仕切りに聞いていた」

 サキが言葉を紡ぐたびに、ロックの心臓が跳ね上がった。

 思わず天を仰ぎたくなる気持ちが濁流として表情に出そうだが、隠すことに務める。

 だが、サキの眼は、それが隠しきれていないロックの眼を逃さなかった。

「そして……教えて。リリスに魅入られた、その人の結末を」

――サキは、知っている……!?

 彼女の真摯な視線は、ロックを貫かんとするものだった。

 サキは、回答に詰まるロックの態度を答えと捉えたのか、

「……ありがとう。ごめんなさい」

 サキのロックに向けた、礼と謝罪。

 彼女に抱いた、““の正体にロックは気付いた。

 彼女の眼に輝く、鈍い光。

 ロックを助ける為に、

 それと同じだった。

『貴方は常に手が届かない。今もこれからも。そして、未来永劫ね!!』

 象牙眼の魔女の呪詛。

 自分を救った少女とサキが重なる。

 硝子ガラス机の向こうのサキの姿が、淡い部屋の光と共に、ロックの眼の前から霞んで消えていくように見えた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

まずはお嫁さんからお願いします。

桜庭かなめ
恋愛
 高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。  4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。  総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。  いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。  デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!  ※特別編6が完結しました!(2025.11.25)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、感想をお待ちしております。

クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。

桜庭かなめ
恋愛
 高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。  とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。  ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。  お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!  ※特別編3が完結しました!(2025.12.18)  ※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。  ※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

レオナルド先生創世記

ポルネス・フリューゲル
ファンタジー
ビッグバーンを皮切りに宇宙が誕生し、やがて展開された宇宙の背景をユーモアたっぷりにとてもこっけいなジャック・レオナルド氏のサプライズの幕開け、幕開け!

オッサン齢50過ぎにしてダンジョンデビューする【なろう100万PV、カクヨム20万PV突破】

山親爺大将
ファンタジー
剣崎鉄也、4年前にダンジョンが現れた現代日本で暮らす53歳のおっさんだ。 失われた20年世代で職を転々とし今は介護職に就いている。 そんな彼が交通事故にあった。 ファンタジーの世界ならここで転生出来るのだろうが、現実はそんなに甘く無い。 「どうしたものかな」 入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。 今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。 たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。 そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。 『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』 である。 50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。 ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。 俺もそちら側の人間だった。 年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。 「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」 これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。 注意事項 50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。 あらかじめご了承の上読み進めてください。 注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。 注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。

現世にダンジョンができたので冒険者になった。

盾乃あに
ファンタジー
忠野健人は帰り道に狼を倒してしまう。『レベルアップ』なにそれ?そして周りはモンスターだらけでなんとか倒して行く。

処理中です...