【第二部完結】クリムゾン・コート・クルセイドー紅黒の翼ー

アイセル

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第四章 A Night For The Knives

刃夜―③―

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 24時間営業の珈琲コーヒー喫茶店、“Perch”。

 時間の制約が無い所為か、客層も課題に追われる大学生や享楽きょうらく帰りの酩酊めいてい者と、背景を選ばない。

 背景を選ばないこともあって、珈琲コーヒー甘味スイーツ以外にも、パスタや麦酒ビールも楽しめる。

 その代わり、大規模店舗の珈琲コーヒー店より、価格は割高傾向となっていた。

 ロックがここを選ぶ理由は、注文が多彩というよりは、目の前の赤毛の女性の存在が大きい。

「ジェニー……悪いな、大勢で押し掛けて」

 ロックは、隣の円卓の端に腰掛けるジェニーに謝罪を短く伝える。

「その代わり、フィリップに椅子代の弁償ね?」

「そっちは、シャロンに言ってくれ。ここを使わせて貰って言うのもアレだが、金を払う覚えもないし、特ダネも無い」

 ロックの座る円卓の向かいに、サミュエルとシャロンがいる。

 立て替え先に突き出されたシャロンは、円卓越しにロックへ飛び掛かろうとするが、隣のサミュエルに右手で制された。

 サミュエルに右腕で暴れるシャロンの水色と白の毛糸帽子の円錐が、不機嫌さで起立した猫の尻尾と重なる。

「まあ、ロックに助けられたのもあるから、今は置いておいてあげる。せめてチップ代はボトルにね」

 そう言うジェニーの細い指が、硝子ガラスの展示台の上に置かれた大瓶へ。

 銅やアルミニウム硬貨、紙幣が詰め込まれている。

 彼女の瞬きの奥の眼に、ロックの辟易した顔を映した。

 ジェニー=オースティン。

 ロックより少し年上の赤毛の女性だが、大きな瞳が無垢さを引き立て、自分より年下に見える。

 彼女の纏う革ジャケットと群青のデニムが、肉体の黄金律を戦闘的と言うよりは活動的に映えさせた。

 バンクーバー市で読んでいない者は、いないと言われる無料情報誌、“A Flash Of Nanoフラッシュ・オブ・ナノ“。

 主に路上生活者、留学生に企業など社会問題等を扱っている。

 街を騒がせる話題や事件を追及する様は高級紙でも舌を巻き、経済学を専攻する学生だけでなく、教授する立場からの寄稿も後を絶たない。

 目の前の女性は、そんな話題の情報誌の創設者にして、前線の記者でもある。

 その設立にロックが――間接的にだが――関わっていることを、人伝で耳にしていた。

「注文なしのチップだけは勘弁してくれよ?」

 その間に入ってきたのは、黒人のフィリップ。

 体躯たいくは、筋肉隆々ではないが、無駄な脂肪が無く靭で引き締まっている。

 無駄のない肉体の持ち主の彼が、三杯のマグカップの乗った茶色の盆を抱えている。

 そして、丁寧な動作で置かれていく。

 ロックは、珈琲コーヒー

 砂糖もミルクも入れない。

 シャロンの場合は、ホットレモネードで、冬の季節に相応しい注文である。

 しかし、サミュエルの場合は、

 ロックは視線で、サミュエルに胸焼けを訴えるが、

「……兄さんも飲む、ココア?」

 見当違いの弟からの善意を、ロックは顔をしかめ、丁重に断る。

 ココアの上のホイップクリーム。

 更にチョコレートとシナモンの粉末がまぶされ、白と薄桃色のマシュマロも入っていた。

 しかしながら、熱いココアの茶色と溶けたマシュマロの淡い色合いが混じった、得体のしれない飲み物――否、憚られる代物と化している。

「……見ているだけで糖尿病か高血圧になりそうだ」

 ロックは渋面で、手元の珈琲コーヒーに口を運び、円卓に置かれた情報通信端末タブレットに目を向ける。

 待機画面で湖面の様に浮かぶ、一本の櫓を模した黒地の白抜きのイラスト。

「サマナーも含め、望楼ヴェルヴェデーレは今回の出来事を注視している……」

 サミュエルの言葉に、ロックは情報通信端末タブレットから視線を離す。

 望楼ヴェルヴェデーレ

 “サマナー“という人物を中心とし、語られるべきではない技術の思わぬ形で当事者となった者たちによる、その悪用を監視する為の民間の反”UNTOLD”組織である。

 その活動は多岐に当たり、ジェニーの経営する“A Flash Of Nanoフラッシュ・オブ・ナノ“誌や、珈琲コーヒー喫茶店“Perch“の資金援助も含まれていた。

 ”ブライトン・ロック社”については、軍需産業、企業による独占や団体の使用に厳しく制限を課す反面、命導巧ウェイル・ベオと”命熱波アナーシュト・ベハ”使いを手元の戦力として保有する矛盾を抱えている為、望楼ヴェルヴェデーレと対立していると言ってもいい。

 しかし、それでもロックがエリザベスから接触を許可されているには理由がある。

「サロメの動きは?」

 ロックは珈琲コーヒーを飲んでから、口を開いた。

 “望楼ヴェルヴェデーレ“の監視範囲は、政府、企業だけでなく大小問わない組織や団体――無論、も含める。

 ”ブライトン・ロック社”、”ワールド・シェパード社”に望楼ヴェルヴェデーレは、サロメの所属する“ホステル“のUNTOLDによる破壊活動を警戒。

 その動向の監視する為、三者は情報を共有していた。

 無論、この協力関係は、何れの強硬派からも良い思いはされていない為、“”扱いであるが。

 エリザベスとブルースは、”ブライトン・ロック社”内のホステルの内通者も探る為、接触に許可を出したのだ。

「本当の顔を見せずに、こそこそやっている……恐らく、バンクーバーで色んなアクセスを得ているよ。”ワールド・シェパード社”、バンクーバー市やB.C.ブリティッシュ・コロンビア州、移民社会……下手したら、アメリカも」

 ロックは、サミュエルの眼に映る嫌な顔の自分を見て、

「……何でアメリカが関係あるんだよ?」

「“鬼火”のヘンリー=ケネス=リチャーズ。英国で暮らせなくなった彼を、アメリカがコンタクトを取ってカナダに入国させたみたい。彼の狙いは、僕かブルースへの復讐もあるけど、視野を広げると、ナオト=ハシモト専務の失脚……かな?」

 サミュエルがココアを一口入れ、苦い顔でロックは考えを整理しながら言う。

「事態の収拾に時間が掛かれば、アイツの責任になる。また、アイツに友好的な勢力も減らせる。米法人企業の護衛の名目で、人員を送ることも出来る」

「エリア51も、これを足掛かりにして研究の主導権を取り戻したいんだと思うよ」

 サミュエルの推測を聞きながら、目の前の珈琲コーヒーを、ロックは賞味しながら思考に入る。

 “UNTOLD“の扱いは、元々、エリア51の管轄だった。

 航空技術を主に扱うので、当然““も含まれている。

 しかし、その主導権を英国の”ブライトン・ロック社”に奪われた。

 アメリカ政府はそういった研究がエリア51で、共和党は愚か、民主党の意向も超えて行われるのは不本意だろう。

 その結果が、大統領権限から離れた“原子力委員会“による“原子爆弾製造“だった。

 ”UNTOLD”が政府の手を離れ、第二の米国製“大量破壊兵器“を作った汚名は避けたい。

 たとえ、”ワールド・シェパード社”を通しても、UNTOLDを”ブライトン・ロック社”から奪取し、手元に置きたいはずだ。

「ミカエラ=クライヴ……ビリーの件で、彼女は兄さんを相当恨んでいるからね」

 過去の事実を躊躇わずに言う弟、サミュエルがロックは苦手だった。

 ”ワールド・シェパード社”の専務となる筈だったミカエラの弟――ビリーも含めて、クライヴ姉弟の、”UNTOLD”に向ける敵意は並大抵のものではない。

 特に姉の執念は、と言っても過言ではなかった。

 まして、彼女の弟の死にロックが間接的に関わっているから、この事態は笑えない。

「カラスマのオラクル語学学校を、その傘下に入れたがっている。移民や留学生に、労働ビザと市民権を餌にこき使いたいだろうし」

 ロックたちが先ほど退けた者達は、実行部隊の“スコル“だろう。

 彼らに街の壁の外に向けて銃を撃てても、言語の壁は崩せない。

 また、民間軍事会社の募集人員は軍隊経験者の中途採用だと、どうしても報酬が高くなる。

 ”ウィッカー・マン”の様な未知の存在と戦える人材は、雇うよりも対費用効果の面から、

 外資による利益に掛かる税金は、中東動乱に比べれば、ゼロでは無いが

 語学学校が、座学と初歩訓練をこなし、身元保証も兼ねているのは都合が良かった。

「”ウィッカー・マン”は人類の敵、と刷り込めば躊躇ためらいもない。語学学校卒業後のキャリアを提供しやすい」

 オラクル語学学校の評判も高くなることを、ロックは考える。

 ロック達”ブライトン・ロック社”の協力者の排除に、カラスマとカイル=ウィリアムスが乗り出さない訳がない。

「ついでに、”ワールド・シェパード社”の社員を兄さんが、も出来る……日本の諺でいる『江戸の敵を長崎で討つ』ってやつだよね?」

 サミュエルの言葉で、ロックは、珈琲コーヒーとは違うを覚えた。

 ロック達や、彼らと交流している専務のナオトが共通で危惧していることは、”ワールド・シェパード社”が傭兵時代に中東で行った殺し合いを大都市で行うことだ。

 人類の敵を倒す為に、は無用な敵を作り、最終的に味方からの離反者も出す。

 英国で何度か刃を交えたロック達”ブライトン・ロック社”からも、人間然とした争いで離反する者が後を絶たなかった。

 “命熱波アナーシュト・ベハ”使いも含めて。

「それでも、兄さんは違って、死者を出さないようにしている。相手と装備を見ながら、攻撃しているよね」

 ロックは、サミュエルの言葉に肩を竦める。兄の苦い顔を無視しながら、弟はココアを飲んで続ける。

「“命熱波アナーシュト・ベハ”で強化された打撃……”ウィッカー・マン”の外装が壊れる程の衝撃なら、相手を気絶させるには申し分ないからね」

 弟の眼に映る俯き加減のロックを他所に、サミュエルはココアを傾けた。

「ついでに、兄さんが羽交い絞めにして銃を撃たせた女性……お腹を守っていたけど、妊婦だったんじゃないの? そもそも、妊婦がで、ということは、社会保障に社会福祉……は愚か、相談もろくに出来ない程、困窮こんきゅうしていたから……。それに撃たれた奴らは、バンクーバーでくすぶっていたギャング達……違う?」

 ”ワールド・シェパード社”の傭兵は、移民二世だけでなく生活困窮せいかつこんきゅう者もいる。

 反社会的勢力に身を置いていた過去と共に社会に復帰した者、精神疾患で職を得られない者に、生活設計に失敗した女性もいた。

 当然、が集団を支配する。

 所属する会社からを提供されても、力関係が変わることはない。

 ロックがその装甲を攻撃し破壊することで、武装した荒くれ者達への威嚇も兼ねていた。

 “命熱波アナーシュト・ベハ”による強化による攻撃は、情報端末が集まっているかぶとあご付近か、最も強固な腹部に限定している。

 また、荒事に慣れている者には、腕や膝も潰すことを心掛けていた。

「殺されるよりは、がやり直せるからな。それに、あんな物騒な銃を撃つことで、も学べたんだから、子供への良い情操教育になるし、再就職先に傭兵を選ぶ気も無くなるだろ……撃たれた奴らも含めて」

「……『”ワールド・シェパード社”からからぶっ殺す』という言葉があっさり出ないなら……僕から見たは、ではないようだね」

 サミュエルの指摘に、ロックは珈琲コーヒーを一口入れ、口端を釣り上げて、

「それに、多様性を求めて戦うなら、いろんな敵が来ることも想定して欲しいけどな。金目当てで、譲れないモノを背負わずに戦う奴らの授業料が、命導巧ウェイル・ベオじゃなくて、俺らの拳かだ。金に目が眩んで、人を撃つのがろくでもないことを学べて、会社から金と休暇も貰える……感謝してほしいものだ」

「金目当てで銃を向けた後の休暇と臨時収入が、病院のベッドや保険は笑えないけどね――って、今は、兄さんと”ワールド・シェパード社”の福利厚生の討論の為に時間を割いたわけじゃないからね。調べて来たよ。サキ=カワカミについて」

 サミュエルの言葉に、ロックは、息を呑んだ。
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