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第七章 Flux
流転―①―
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ロックの目の前に広がるのは、暗闇だった。
目を凝らしても、目の前のモノの輪郭すら浮かび上がらせることのない“闇“。
ましてや、足で立つことはおろか、今いる場所の上下も分からない。
『ここに自分がいるのか』と問いて、『この世界にお前が在るのか?』と誰かに問われると、自らが消えてしまいかねない焦燥感の種火がロックの内に灯った。
在るモノを目にして、人としての自覚が生まれる。
人間として目にしたモノには、上下が生まれ、空間が広がる。
そうして、唯一で絶対な世界に対する曖昧な自我としての思考が生まれる。
つまり、我思う故に我あり。
考えることが生きること。
生きている実感の取り掛かりは、驚くほど単純なものだった。
しかし、その取り掛かりが少ないどころか皆無な状況。
それがロックに、一つの結論を出させた。
――死、かよ……。
死を意識させられたのは、初めてではない。
何れも痛みや極限状況に追いやられて自覚させられたことが、多々あった。
だが、“存在そのもの”が危うくなる水準は、初体験である。
人間として生きる。
その為に戦うことを、彼女に誓った。
しかし存在そのものがなくなるなら、それを求めてもしょうがない。
そう思案し始めたロックの前に三つの光が立つ。
それぞれ、人型を作り、
「ロック……初めて会う、のか?」
初めに出来た人型の光は、鉢金で額を隠した美丈夫。
剣の角が生えた鉢金は、頭部から突き抜ける龍の猛々しさを思わせる。
その反面、胴と四肢関節を纏う白色の甲冑が、羊の持つ牧歌的な雰囲気も不意に醸し出していた。
その青色の眼が、驚きの余り、口を小さく開けていたロックの顔を映す。
「話す機会が、今まで無かったからね……戸惑っても無理はないよ、バプト」
鉢金の男の隣で、光の口調には、呆れを表す息遣いが混じる。
二体目の光は、スカーフが巻かれた細面の男を形作った。
きめ細やかな肌と鋭い目つきは、何処か老獪の狐を思わせる。
ロックはその男と何処かで会った気がした。
名前も聞いた覚えがあったが、余りにも唐突な再会で言葉が出ない。
しかし、思わぬところから、ロックの出掛かった言葉が言語化された。
「バプト、アンティパス。彼の消滅を私の力で、抑えることは出来ましたが……これから、どうしたらいいか」
三人目の光は、ガレア付き兜を被る女――ヴァージニアだった。
彼女の言葉にロックは、
「アンティパス……テメェ、さっき戦った」
灰褐色の鎧を着た戦士との戦いで、ロックの記憶に過った男。
白い甲冑と、剣の様な雄羊の角の鉢金を身につけ、ロックの目の前で口を開いた。
「改めて自己紹介だ。一応、俺は“洗礼者“と名付けられている”命熱波”だ。アンティパスも……」
「だから、バプト……そんな名前だと呼びにくいだろ。“命熱波”でも使う側は分からないんだから、気を配りなよ?」
アンティパスの柔和だが何処か辛辣な自己紹介の批評に、バプトは頭を掻く。
信じられないことだが、死を前にした風景で、自らの“命熱波”がロックの目の前に立っていた。
だが、自分の”命熱波”の紹介の前に聞こえた言葉に、ふと違和感を覚え、
「テメェ……今、止めているって言っていたが、何が起きている」
ロックに問われた、ガレア兜の女戦士が右手を上げた。
すると、サロメやリリスと戦った蹴球場の風景が広がる。
だが、ロックは、画面に映る自分自身に目が釘付けとなった。
両膝を折りながら、月に向けて吼える赤い外套の自分自身。
その周囲を紅と黒の竜の光が、彼を守る竜巻となっていた。
「私の超微細機械も使って、今……貴方の崩壊を食い止めています。“命熱波”が貴方の体から吸い出されようとしていたので、あなたの超微細機械の活発化を利用して抑えている状態です」
「その活性化した余熱を利用して、僕たちは君の“命熱波”を“リア・ファイル“の活動によって出来たブラック・ホールの熱による冷却で抑え込んでいる」
ヴァージニアとアンティパスの言葉を、ロックは咀嚼した。
放射熱を囲って冷やすのと同じ原理で、ロックは閉じ込められている。
冷却熱力は、ブラック・ホール。
その発生時に出来る、光が到達出来ない境界を、人工的に作ったと言うことらしい。
「しかし、あくまで時間を遅らせている程度だから、長続きはしない。多くのエネルギーを使って、超微細機械の活動を抑えた冷却だから、宿主からエネルギーを得ることには変わらない」
自分に潜んでいたバプトという”命熱波”の口調は固い。
ロックは三人の説明を聞いて、驚きの余り思わず声を上げた。
「超微細機械の活発化を抑える……だから、テメェとライラはリリス対策だったのか!?」
サキの“命熱波”は、余剰次元の干渉による力を提供する超微細機械そのものの活動を制御できる程の熱力。
来るべきリリスとの戦いの為に、自らの熱量で今日まで現界を防ぎ、サキを守っていた。
ブルースやサミュエルが動けなくなったのは、リリスに染まった、“ナノマシン:リア・ファイル“の効果故の副作用だったのだろう。
「サキが”ウィッカー・マン”の動力源を見られた理由も納得だ……」
ロックは一人、呟いた。
「問題は、そのリリスだ。サキの体を乗っ取っている」
バプトと言われた男の口調に、ロックは目を伏せる。
「俺は……サキを殺す。それしかない」
ロックの言葉に、ヴァージニアが息を呑んだ。
アンティパスは、バプトに顔を向ける。
スカーフの戦士に促された、自身の潜在意識にいた戦士の放つ剣の様な眼差しにロックは、
「ファンは……人間でいることを望んだ。リリスに乗っ取られ、どうしようもなくなった時のアイツの最後の願いが……」
「『人間として覚えていて欲しい』だったな?」
バプトが、ロックの言葉に頷いた。
ロックは、ファンの優しい温かい笑顔を浮かべる。
しかし、彼女の笑顔に応える術は、彼女に冷たい剣を渡すしかなかった。
自分の物語を続けさせる為に、少女は自分を犠牲にしたのだ。
「それを望ませない為に、サキを守ると誓った。しかし、無理だった……」
ロックの意識の中から見える風景が、サキの体を使ったリリスが東の空へ飛んでいる様を映す。
街中の至る所で、青白い火柱が立ち始めていた。
黒い犬耳兜を被った”ワールド・シェパード社”の兵士、警察官に市民が火元である。
また、火の手を逃れた者たちが恐慌のまま、建物や物陰に入っていった。
だが、力づくである為、殴り合いが起きる。
そこに立ち会う者は、涙を流していた。
その場面で“クァトロ“が大きく割り込む。
一体ではなく、頭部を並べた群れが、視界を覆った。
市民たちが”命熱波”化していく様を、街を蹂躙する“四つん這い“の群れを見る一体の視点に変わる。
”ウィッカー・マン”も歓喜と言わんばかりに、雨降る夜の街で青い光を銀鏡の皮膚に浴びていた。
「サキは……あの時のファンと同じだ。もう、人間じゃない」
「いや、まだ人間だ」
バプトの強い声に、ロックは顔を上げた。
抗議の声を出そうとするが、彼の視線に制される。
「よく考えろ。英国……スコットランドでは、救世の剣から大きなエネルギーを得た。今はどうだ?」
リリスの目的は、“救世の剣“の熱力を得て、ファンとロックを彼女の都合の良い何かに作り替えようとした。
二人を作り替えた後、リリスが環境にも同じことを画策したのを思い出す。
「サキの”命熱波”を使って、乗っ取った……器というのは」
純粋に作られたという意味ではない。
ただ、ライラとヴァージニアを宿していられる程、リリスにとって丈夫なだけだ。
「リリスはただ、サキのエネルギーを使っている」
バプトの言葉の意味を、ロックは考えた。
それに基づいた思考が、ヴァージニアの口から語られる。
「そして、私たちを使う……いえ、使うしか無かったのは、彼女に力が無かったからです。元々、リリスの含まれた“リア・ファイル“の雨で、私たちは起動してしまった。雨にしか力を与えられなかったから……」
確定事項と不確定事項に絡み合った現状に、ガレア帽の戦姫の言葉の歯切れが悪かった。
ロックは、自分に残る謎を吐き出す。
「もし、リリスの復活が前提として、俺に固執する目的はなんだ。漠然と、アイツらに狙われるのは……」
「俺に含まれた魂だ。“命熱波”のベースとなった者がいる、リリスはそれを狙っていた。復活させる為に」
“洗礼者”という潜在意識の化身の言葉に、ロックはアンティパスを見つめた。
リリスが、アンティパスに言い放った言葉は、
『アンティパス……そういう名前だったが、その体がそんな風に動ければ申し分ないな』
「アンティパスを入れていた体……それが、洗礼者の“命熱波”の元の体……?」
ロックの振り絞って出した言葉に、アンティパスは、
「しかし、体と“命熱波”を留め、一体化させるには、エネルギーが必要だ。膨大なエネルギーが……」
アンティパスが苦々しく呟く。
ロックはその意味を悟り、込み上げてくる吐き気に堪えながら、
「人間の”命熱波”化……しかも、リリスの復活させたい誰かの為に、人間の魂を使っていた」
救世の剣の起動は、大量の人間を必要とする。
E=MC^2、理論上、人間一人は大都市――いや、地球上で必要な資源の熱力を補うどころか、お釣りを出すのに十分な発電量を持つと言われていた。
それを大都市にいる人間の“魂”を集めるとどうなるのか。
「環境を作り替えることが出来る程のエネルギーなら……死者の復活は、事も無いだろう。ただし、不完全な“救世の剣”では、人間どころか熱力を出した影響で、環境が激変する可能性が高い」
洗礼者と呼ばれる別人格は、呟く。
“救世の剣”は崩壊し、リリスはその欠片に潜んでいた。
バンクーバーの空に浮かぶ欠片でも、人一人の肉体に魂を固定化させることは可能だろう。
淡々と吐き出されたバプトの呟きから、ロックのリリスの意図を心の中で推測。
だが、ロックには目の前の状況が、どうしても理解できなかった。
「待て、なら何でテメェがそこにいる?」
ロックはヴァージニアを指さした。
当のリリスの力の一部である、ガレアの少女は言われて戸惑う。
「そもそも、俺自体、リリスの力を継ぐファンが中に――そうか、そういうことか!?」
ロックの叫びに、洗礼者は笑った。
子どもの悪戯が成功したかのように、バプトは口の端を釣り上げ、
「まだ、諦めることは無い。お前を助けた少女は、まだ……戦っている。サキと共に、お前を待っている」
洗礼者の言葉が、ロックの闘争心の鼓動を再び速めた。
「ヴァージニアもいる……ライラも」
アンティパスからの口から出た、サキを守るもう一人の“命熱波”の名を耳にして、ロックは彼に問う。
「アンティパス……テメェは、ライラ……いや、リリスか。そいつの所為で、洗礼者に殺された。恨みを抱いても不思議じゃない。ここに来て、俺らに手を貸す理由はなんだ?」
アンティパスはロックに向いて、
「死ぬ為だよ」
ロックは、息を呑んで目を見開く。
「不思議なんだけど……僕は、“命熱波”化された元の肉体を離れ、リリスの望む器に入れられた。お前と戦って、洗礼者と共にいる。だが……」
彼の灰褐色の眼が、ロックを見据える。
「殺されるのが、本望だった。リリスに仕組まれたとはいえ、バプトは大事な者の為に、全てを捧げる一途さがある。僕は、彼の刃を浴びただけでも、満足した」
ロックは言葉を噛み締めて、耳を傾けた。
「僕たちは、何等かの意図で“命熱波”化され、肉体を渡り歩いていた。その因縁からの解放を心のどこかで願っている。その願いを叶えてくれたのが、そこの友だった」
洗礼者は顔を曇らせ、何も言わない。
だが、ロックに無言で目を向けた。
交わす言葉を持ち得なかったが、ロックは何処かでその終焉を思い浮かべる。
その代わりに出したのは、
「俺は……誰かの為に、何かをすることはできない」
右拳を作り、それを強く握る。
「誰も救うことはできない。結局は、自分のことしかできない」
ファンの命を奪う選択肢、今までに行ったことの正しさについて、悩み尽きることは無い。
「しかし、それでも、俺の為にできることは……サキを目覚めさせ、サキを自分の為に行動させることだ。頼む、力を貸してくれ!」
ロックの目の前の闇を光で覆われ、三体の”命熱波”が消えた。
目を凝らしても、目の前のモノの輪郭すら浮かび上がらせることのない“闇“。
ましてや、足で立つことはおろか、今いる場所の上下も分からない。
『ここに自分がいるのか』と問いて、『この世界にお前が在るのか?』と誰かに問われると、自らが消えてしまいかねない焦燥感の種火がロックの内に灯った。
在るモノを目にして、人としての自覚が生まれる。
人間として目にしたモノには、上下が生まれ、空間が広がる。
そうして、唯一で絶対な世界に対する曖昧な自我としての思考が生まれる。
つまり、我思う故に我あり。
考えることが生きること。
生きている実感の取り掛かりは、驚くほど単純なものだった。
しかし、その取り掛かりが少ないどころか皆無な状況。
それがロックに、一つの結論を出させた。
――死、かよ……。
死を意識させられたのは、初めてではない。
何れも痛みや極限状況に追いやられて自覚させられたことが、多々あった。
だが、“存在そのもの”が危うくなる水準は、初体験である。
人間として生きる。
その為に戦うことを、彼女に誓った。
しかし存在そのものがなくなるなら、それを求めてもしょうがない。
そう思案し始めたロックの前に三つの光が立つ。
それぞれ、人型を作り、
「ロック……初めて会う、のか?」
初めに出来た人型の光は、鉢金で額を隠した美丈夫。
剣の角が生えた鉢金は、頭部から突き抜ける龍の猛々しさを思わせる。
その反面、胴と四肢関節を纏う白色の甲冑が、羊の持つ牧歌的な雰囲気も不意に醸し出していた。
その青色の眼が、驚きの余り、口を小さく開けていたロックの顔を映す。
「話す機会が、今まで無かったからね……戸惑っても無理はないよ、バプト」
鉢金の男の隣で、光の口調には、呆れを表す息遣いが混じる。
二体目の光は、スカーフが巻かれた細面の男を形作った。
きめ細やかな肌と鋭い目つきは、何処か老獪の狐を思わせる。
ロックはその男と何処かで会った気がした。
名前も聞いた覚えがあったが、余りにも唐突な再会で言葉が出ない。
しかし、思わぬところから、ロックの出掛かった言葉が言語化された。
「バプト、アンティパス。彼の消滅を私の力で、抑えることは出来ましたが……これから、どうしたらいいか」
三人目の光は、ガレア付き兜を被る女――ヴァージニアだった。
彼女の言葉にロックは、
「アンティパス……テメェ、さっき戦った」
灰褐色の鎧を着た戦士との戦いで、ロックの記憶に過った男。
白い甲冑と、剣の様な雄羊の角の鉢金を身につけ、ロックの目の前で口を開いた。
「改めて自己紹介だ。一応、俺は“洗礼者“と名付けられている”命熱波”だ。アンティパスも……」
「だから、バプト……そんな名前だと呼びにくいだろ。“命熱波”でも使う側は分からないんだから、気を配りなよ?」
アンティパスの柔和だが何処か辛辣な自己紹介の批評に、バプトは頭を掻く。
信じられないことだが、死を前にした風景で、自らの“命熱波”がロックの目の前に立っていた。
だが、自分の”命熱波”の紹介の前に聞こえた言葉に、ふと違和感を覚え、
「テメェ……今、止めているって言っていたが、何が起きている」
ロックに問われた、ガレア兜の女戦士が右手を上げた。
すると、サロメやリリスと戦った蹴球場の風景が広がる。
だが、ロックは、画面に映る自分自身に目が釘付けとなった。
両膝を折りながら、月に向けて吼える赤い外套の自分自身。
その周囲を紅と黒の竜の光が、彼を守る竜巻となっていた。
「私の超微細機械も使って、今……貴方の崩壊を食い止めています。“命熱波”が貴方の体から吸い出されようとしていたので、あなたの超微細機械の活発化を利用して抑えている状態です」
「その活性化した余熱を利用して、僕たちは君の“命熱波”を“リア・ファイル“の活動によって出来たブラック・ホールの熱による冷却で抑え込んでいる」
ヴァージニアとアンティパスの言葉を、ロックは咀嚼した。
放射熱を囲って冷やすのと同じ原理で、ロックは閉じ込められている。
冷却熱力は、ブラック・ホール。
その発生時に出来る、光が到達出来ない境界を、人工的に作ったと言うことらしい。
「しかし、あくまで時間を遅らせている程度だから、長続きはしない。多くのエネルギーを使って、超微細機械の活動を抑えた冷却だから、宿主からエネルギーを得ることには変わらない」
自分に潜んでいたバプトという”命熱波”の口調は固い。
ロックは三人の説明を聞いて、驚きの余り思わず声を上げた。
「超微細機械の活発化を抑える……だから、テメェとライラはリリス対策だったのか!?」
サキの“命熱波”は、余剰次元の干渉による力を提供する超微細機械そのものの活動を制御できる程の熱力。
来るべきリリスとの戦いの為に、自らの熱量で今日まで現界を防ぎ、サキを守っていた。
ブルースやサミュエルが動けなくなったのは、リリスに染まった、“ナノマシン:リア・ファイル“の効果故の副作用だったのだろう。
「サキが”ウィッカー・マン”の動力源を見られた理由も納得だ……」
ロックは一人、呟いた。
「問題は、そのリリスだ。サキの体を乗っ取っている」
バプトと言われた男の口調に、ロックは目を伏せる。
「俺は……サキを殺す。それしかない」
ロックの言葉に、ヴァージニアが息を呑んだ。
アンティパスは、バプトに顔を向ける。
スカーフの戦士に促された、自身の潜在意識にいた戦士の放つ剣の様な眼差しにロックは、
「ファンは……人間でいることを望んだ。リリスに乗っ取られ、どうしようもなくなった時のアイツの最後の願いが……」
「『人間として覚えていて欲しい』だったな?」
バプトが、ロックの言葉に頷いた。
ロックは、ファンの優しい温かい笑顔を浮かべる。
しかし、彼女の笑顔に応える術は、彼女に冷たい剣を渡すしかなかった。
自分の物語を続けさせる為に、少女は自分を犠牲にしたのだ。
「それを望ませない為に、サキを守ると誓った。しかし、無理だった……」
ロックの意識の中から見える風景が、サキの体を使ったリリスが東の空へ飛んでいる様を映す。
街中の至る所で、青白い火柱が立ち始めていた。
黒い犬耳兜を被った”ワールド・シェパード社”の兵士、警察官に市民が火元である。
また、火の手を逃れた者たちが恐慌のまま、建物や物陰に入っていった。
だが、力づくである為、殴り合いが起きる。
そこに立ち会う者は、涙を流していた。
その場面で“クァトロ“が大きく割り込む。
一体ではなく、頭部を並べた群れが、視界を覆った。
市民たちが”命熱波”化していく様を、街を蹂躙する“四つん這い“の群れを見る一体の視点に変わる。
”ウィッカー・マン”も歓喜と言わんばかりに、雨降る夜の街で青い光を銀鏡の皮膚に浴びていた。
「サキは……あの時のファンと同じだ。もう、人間じゃない」
「いや、まだ人間だ」
バプトの強い声に、ロックは顔を上げた。
抗議の声を出そうとするが、彼の視線に制される。
「よく考えろ。英国……スコットランドでは、救世の剣から大きなエネルギーを得た。今はどうだ?」
リリスの目的は、“救世の剣“の熱力を得て、ファンとロックを彼女の都合の良い何かに作り替えようとした。
二人を作り替えた後、リリスが環境にも同じことを画策したのを思い出す。
「サキの”命熱波”を使って、乗っ取った……器というのは」
純粋に作られたという意味ではない。
ただ、ライラとヴァージニアを宿していられる程、リリスにとって丈夫なだけだ。
「リリスはただ、サキのエネルギーを使っている」
バプトの言葉の意味を、ロックは考えた。
それに基づいた思考が、ヴァージニアの口から語られる。
「そして、私たちを使う……いえ、使うしか無かったのは、彼女に力が無かったからです。元々、リリスの含まれた“リア・ファイル“の雨で、私たちは起動してしまった。雨にしか力を与えられなかったから……」
確定事項と不確定事項に絡み合った現状に、ガレア帽の戦姫の言葉の歯切れが悪かった。
ロックは、自分に残る謎を吐き出す。
「もし、リリスの復活が前提として、俺に固執する目的はなんだ。漠然と、アイツらに狙われるのは……」
「俺に含まれた魂だ。“命熱波”のベースとなった者がいる、リリスはそれを狙っていた。復活させる為に」
“洗礼者”という潜在意識の化身の言葉に、ロックはアンティパスを見つめた。
リリスが、アンティパスに言い放った言葉は、
『アンティパス……そういう名前だったが、その体がそんな風に動ければ申し分ないな』
「アンティパスを入れていた体……それが、洗礼者の“命熱波”の元の体……?」
ロックの振り絞って出した言葉に、アンティパスは、
「しかし、体と“命熱波”を留め、一体化させるには、エネルギーが必要だ。膨大なエネルギーが……」
アンティパスが苦々しく呟く。
ロックはその意味を悟り、込み上げてくる吐き気に堪えながら、
「人間の”命熱波”化……しかも、リリスの復活させたい誰かの為に、人間の魂を使っていた」
救世の剣の起動は、大量の人間を必要とする。
E=MC^2、理論上、人間一人は大都市――いや、地球上で必要な資源の熱力を補うどころか、お釣りを出すのに十分な発電量を持つと言われていた。
それを大都市にいる人間の“魂”を集めるとどうなるのか。
「環境を作り替えることが出来る程のエネルギーなら……死者の復活は、事も無いだろう。ただし、不完全な“救世の剣”では、人間どころか熱力を出した影響で、環境が激変する可能性が高い」
洗礼者と呼ばれる別人格は、呟く。
“救世の剣”は崩壊し、リリスはその欠片に潜んでいた。
バンクーバーの空に浮かぶ欠片でも、人一人の肉体に魂を固定化させることは可能だろう。
淡々と吐き出されたバプトの呟きから、ロックのリリスの意図を心の中で推測。
だが、ロックには目の前の状況が、どうしても理解できなかった。
「待て、なら何でテメェがそこにいる?」
ロックはヴァージニアを指さした。
当のリリスの力の一部である、ガレアの少女は言われて戸惑う。
「そもそも、俺自体、リリスの力を継ぐファンが中に――そうか、そういうことか!?」
ロックの叫びに、洗礼者は笑った。
子どもの悪戯が成功したかのように、バプトは口の端を釣り上げ、
「まだ、諦めることは無い。お前を助けた少女は、まだ……戦っている。サキと共に、お前を待っている」
洗礼者の言葉が、ロックの闘争心の鼓動を再び速めた。
「ヴァージニアもいる……ライラも」
アンティパスからの口から出た、サキを守るもう一人の“命熱波”の名を耳にして、ロックは彼に問う。
「アンティパス……テメェは、ライラ……いや、リリスか。そいつの所為で、洗礼者に殺された。恨みを抱いても不思議じゃない。ここに来て、俺らに手を貸す理由はなんだ?」
アンティパスはロックに向いて、
「死ぬ為だよ」
ロックは、息を呑んで目を見開く。
「不思議なんだけど……僕は、“命熱波”化された元の肉体を離れ、リリスの望む器に入れられた。お前と戦って、洗礼者と共にいる。だが……」
彼の灰褐色の眼が、ロックを見据える。
「殺されるのが、本望だった。リリスに仕組まれたとはいえ、バプトは大事な者の為に、全てを捧げる一途さがある。僕は、彼の刃を浴びただけでも、満足した」
ロックは言葉を噛み締めて、耳を傾けた。
「僕たちは、何等かの意図で“命熱波”化され、肉体を渡り歩いていた。その因縁からの解放を心のどこかで願っている。その願いを叶えてくれたのが、そこの友だった」
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だが、ロックに無言で目を向けた。
交わす言葉を持ち得なかったが、ロックは何処かでその終焉を思い浮かべる。
その代わりに出したのは、
「俺は……誰かの為に、何かをすることはできない」
右拳を作り、それを強く握る。
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「しかし、それでも、俺の為にできることは……サキを目覚めさせ、サキを自分の為に行動させることだ。頼む、力を貸してくれ!」
ロックの目の前の闇を光で覆われ、三体の”命熱波”が消えた。
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どこかの世界の、いつかの時代。
その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。
女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。
剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。
大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。
魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。
*表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*
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