勾玉遊戯/みすまるゆうぎ

さかきちか

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第六話 縁の来し方(5)

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      ☆

 三日後、深夜。
 飛鳥は、柚真人とともに、優麻の運転する車の後部座席にいた。

 深夜であるのは、三日前、巫女のひとりが相談してきた、彼女の友達が目指したのではないかと思われる場所に向かっているためだ。

 結果は保証できないが、探してみることはできる。
 何があっても後悔はしないか。

 そう柚真人に問われた彼女は、頷き、友人の捜索を正式に柚真人に依頼した。そこでまず彼女の友人が参照していたというネットの噂に当たってみた。昨今、怪談や心霊スポットに関するネット内のコンテンツ量ときた日には、おびただしいものがある。それでも該当しそうなものを探っていくと、やはり――どうやらあの時と同じ場所がネットの中に、地図から消された村として示されているらしいことが判明した。

 ――だけど、あの時の犯人は確か、お前と陵さんが一枚噛んで、逮捕されたんじゃなった? 有罪になって、収監されたよね?

 飛鳥が柚真人に尋ねると、柚真人は頷いた。

 ――だがこのご時世だ。あれだけネットの中で広がれば、誰かがまた道を通る。そういうことなんだろう。

 確かに、今回あらためて当たってみたネットの情報の中には、いったい出所がどこで、誰が見つけてきて、どうやって広まったのか、まったく理解しがたいような話も多くあった。好奇心や探求心に駆られた人間の執念とネット時代の集合知というのは恐ろしいものだ。
 柚真人と陵が協力して捕らえた例の殺人犯を、件の場所を結びつけるような情報も、皇や警察からは洩れてはいないはずである。しかし犯人の裁判時の言動や弁護士、マスコミ経由でなのか、流出して、さらに人心を煽り立てるような怪奇話へと盛られていったようだった。

 けれど、だからこそ希望もある。飛鳥の時と違って、単にネットの噂を頼りにあの場所にたどり着こうとした人間が、何かの拍子で迷い込んだだけという話であれば、まだこちら側へ生きて戻れる状態かもしれないからだ。
 なので、もう一度そこへ行ってみるか――ということになった。

 加えて今回三人が乗る車には、柚真人の指示でそれなりにそれなりな装備が積んである。何をするつもりなのかと飛鳥が尋ねると、柚真人は応えた。もう一度あの場所へ行くのであれば、皇の宮司として、しなきゃならないことがある、と。



 車内の時計は、午前一時過ぎを示していた。
 車は飛鳥の記憶にある道路を進んでいる。
 そのうち、対向車がなくなり、道の両脇が鬱蒼とした感じの木立になり、

「――あ」

 道路を渡る、縄を見た。
 ボロボロの、古びた、気味の悪い綱。
 今は、これがおそらく結界線か何かを意味しているのだろう、と飛鳥にもわかる。

 同時に、飛鳥の脳裏には記憶がよみがえっていた。
 もう数十年も前の出来事にはなるが、友人の女の子たち二人を、何も知らずに死地に追いやってしまったことは飛鳥にとって重い悔恨だ。

 そのこともあって、柚真人に覚悟を正されたのちは、本当に真面目に、皇の神職としてその責務の一役を担うべく、勉強もしたし修練にも励んだ。自分の軽率さを深く愧じもしたし、二度とこのような真似をしてはならないと強く思ったのだ。

 そして、道祖神像。
 これが村自体の内と外の世界との境界。

 それから、ボロボロにさびた道路標識。
 これが、おそらく――時間の流れの境界線。
 
 その証拠に、いまのいままで真っ暗闇の中を車のライトを頼りに走っていたはずなのに、空がうっすら赤い夕焼けのようになってくる。
 ここまでくると、時間の流れが止まるのだ――飛鳥の理解では。

 まったく、同じだ。
 そう思うと、飛鳥の胃はすこしの苦しさを訴えた。
 気味の悪さと異様さに、本能的な吐き気が込み上げる。
 それをぐっと飲み込みながら、隣に座る柚真人の横顔に目をやると、従兄弟は涼しい顔をしていた。

 柚真人もまた、あの時からほぼ変わらない。大学生だった頃の、姿のままだ。
 飛鳥は、もう四十を越える歳になったけれど。

 車は、やがて村に着いた。視界がすこしひらけて集落になっていくあたりに車を停めると、三人は車を降りた。
 柚真人はそのままあたりを見渡し、

「――この場所でよさそうだな」

 と呟く。

「なにが?」

 と訊くと、柚真人は車のトランクを開けながら答えた。

「祭壇を置く場所だ。これから、ここにいるすべての死者を祓い送る」
「――」

 その言葉で、飛鳥は、柚真人が出発前に積み込んだ荷物の意味を理解した。
 なるほど、ここにはおおくの死者がいる。それらをここから祓う、と柚真人は言うのだ。皇の巫が祓うというのは、つまり、正しく黄泉へ送る、ということだ。

 ここはある種の常世であるが、出口がない。閉じた空間で、ここで死んだ者、ここに遺体のある者は、ここから出られずにいるのである。皇の巫としては、確かに、ここをこのままにしておくわけにはかなかろう。

「お前がここに迷い込んだ時はお前を助けるのに精いっぱいで、俺も何もしなかった。だがもう一度足を向ける機会が与えられたなら、できることはやるべきだろう。まあ、さすがにこいつはタダ働きにはなるけどな」

 縁に免じてだ、と柚真人は続けた。

「俺は儀式の準備をする。お前は、優麻と、あの子――うちの巫女の友達とやらを探してみてくれ。ここと外の世界では時間の流れが違う。いなくなってから十日ばかり過ぎているが、生きている可能性はある」

 飛鳥は頷いた。
 優麻はそれまで黙って柚真人の荷下ろしを手伝っていたが、柚真人の言葉を聞くと手を止め、飛鳥の方へやってきた。

「――頼める、優麻さん」
「ええ。柚真人さんの御命令とあれば」

 優麻は答えたが、これは強力な助力であった。
 優麻は『鬼』で――今は飛鳥もそれを知っている。もちろん柚真人と優麻が同族であることも――『鬼』はヒトを餌と見る。であれば、たとえば狩猟動物がそうであるように、生きた人間の匂いや気配を、強く感じて追うことができるのだ。
 

 
 人の気配のまったくしない木造家屋や納屋、屯所や厩舎だったものだろうかというような建物があちこちに点在している。そこここで道を覆い隠すほとに草が生い茂り、建築物などは半分以上は朽ちている。
 この村への道が閉じ、時間の流れが止まってしまったのは、村がこのような姿になってしまった時からなのだろうと思われた。
 この村で何があってそんなことになったのか、ということもネットの中や怪談界隈ではかまびすしく考察されていたが、本当のところはよく――わかっていない。

 その中を、優麻は軽い足取りで歩いた。
 優麻の後を、飛鳥がついていく。
 その間じゅう、飛鳥にできたことは、頼むから生きていて欲しい、と思い願うことくらいだった。

 やがて優麻は一軒の家屋の前で足を止めた。
 周りに比べると、比較的破損が少なく、大きくしっかりした構えの家だ。

 優麻は飛鳥に家の中を示し、

「おそらく、生きていますよ。この中から、人の気配がします。死体ではありませんね」
「!」

 ほんとに、と思い、飛鳥は勢い飛び出した。
 といっても、その家も丈の高い雑草に囲まれていたので、それをかきわけながら玄関までたどり着く必要があったのだが。
 玄関は大きな格子の引き戸だった。がたがたとそれを叩いて、中に声を掛けてみる。

「おーい、誰か、いる!?」

 何度か繰り返しても返事が無いので飛鳥は引き戸を開けてみた。
 中はなんというか、農家だな、という雰囲気だ。
 土間がひろく、そのまま大きな広間がある。
 中は薄暗いが、飛鳥の後ろからついてきた優麻を振り返ると優麻がある方向を示したので飛鳥はそちらに進んだ。
 広間を横切り、建物の奥へ入る。そうするとさらに暗くなって目を凝らす必要があったが、廊下のような通路があるのがわかった。
 廊下は五メートルくらいか。
 優麻にそのまま進めと示され、暗い中を歩いていくと、つきあたりに扉があった。
 扉は少し緩んだように隙間があいていて、押して開けると。

 納屋、のようなものだろうか。
 そこには窓があって、外から赤い光が差し込んでおり、中が見えた。
 板張りの床に筵のようなものが敷かれ、そこにふたり、女性が倒れている。
 あたりには、今のそれよりは古い時代のものと思われる木製の農機具のようなものが散乱していた。ひょっとすると、彼女たちは、ここに隠れたつもりだったのかもしれない。

 駆け寄って、脈を確かめてみる。優麻が言ったように、生きてはいるのが確認できた。しかし、少し揺すっても、目を開ける様子はない。

「――どうしよう?」

 小さく、飛鳥が優麻にうかがうと、

「とりあえず、私が車まで運びましょう」

 と、優麻が軽く言った。

 事実、優麻にとってはなんということはない作業だろう。意識のない人間の身体は存外に重いものだが、優麻にはそれだけの力もあるのだ。

 その後で、飛鳥は女性ふたりの身体の近くにある、色々な機材と思しきものに気がついた。
 それらは、ひと目でもともとここにあったものとは違うとわかる。おそらくスマホ用のコンパクトな撮影機材だ。それに、ライトやバッテリー。

 巫女の子は、友達は怪談や心霊スポット、それにまつわる話が好きで、ネットの情報にも熱中していると言っていた。
 なるほど、その友達は、さらにそちらの界隈の友達と連れ立って、心霊系動画の撮影でもしに来たのだろう。
 そして、本当に、この場所に迷い込み、出られなくなってしまったのだ――。
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